グランドマスターの過ごす日々。 作:Eden
「お兄ちゃ〜ん、そろそろ起きてきてよぉ!」
「んん? ふぁぁっ……」
白雨の声で俺は目を覚ました。
時計を見ると示しているのは10時30分。
元々休む予定だったから問題ないとはいえ、さすがに寝坊だな。
昨日は夜遅くまで話し合いをしていたので少し睡眠時間が足りないくらいだが、この体には睡眠なんてものは必要ない為これは俺の人間だった頃の名残だろう。
「おはよう白雨。
今日もいい天気だな」
「今日は雨だよ?」
「……」
窓を見ると結構本格的に雨が降っているようで、とてもじゃないが良い天気とは言えそうにない。
完全に土砂降りの大雨である。
何とも言えない空気になったので、俺はいつもの様に魔剤を取り出すとクイッと一気に飲み干した。
スカッとする炭酸が喉を通る感覚は何とも爽快感があって捨てがたい。
「ぷはーっ!
やはり朝はこの一本に限るな」
「そんな生活してるとそのうち体壊すよ?」
「これが俺のモーニングルーティーンだからな。
朝起きたら魔剤を決める。
この1本がなければ何も始まらんからな」
「それでも晩御飯以外レッドモンスターはやりすぎだよ!?」
部屋に篭ってる時とか、その晩御飯も俺は魔剤だけで終わらすんだがな。
ビタミンも結構含まれているし、カロリーもそこそこあって非常に効率的に栄養補給を終わらせる事ができるのだ。
元々の人間の体ならば確かに害があるかもしれないが、幸いな事に今の俺はベルクリムの大邪神と完全に同じ生命体となっている。
核を撃ち込まれようが超新星爆発が間近で起ころうが、ブラックホールに飲み込まれようが無傷で終わるような化け物に体調の不調なんてものは存在しない。
というかベルクリムがレッドモンスターの大量摂取で体を壊すような存在なら何らかの方法で弱らせる事ができる筈で、究極の邪神なんて風には呼ばれていない。
一応上には上がいるのだがそれは魔術の技量込みでの話で、単純な身体能力そのものでいえばベルクリムを超えるような邪神は存在しない。
今の俺はこの世界の物理法則とは全く違う別な法則で動いており、それは俺の自由自在に変えることができる。
簡単にゲームに例えて言うとステータス書き換え放題どころか、ゲームシステムも書き換え放題というそれなんてチートな状態だ。
一応理論上では光の速さを超えた無限の力で拳を繰り出したり、ビックバンクラスの一撃をホイホイ撃ったりする事もできなくは無い。
だがそんな事をすれば間違いなく世界から弾かれるし、俺の存在そのものが犠牲になるので結局何も起こせずに終わるんだがな。
「さてと、とりあえずこの家を要塞化してもいいか?
要塞とは言ってもガッチガチに結界で覆うだけなんだがな」
「要塞?」
「まあ見てろ」
俺も晴れて魔術師として表舞台にたったんだし、一応警戒して魔術を張り巡らせるべきた。
昨日俺の部屋にはグループで会話をしながら完全な防御体制を整えたのだが、俺は安全でも白雨はそういう訳では無いので家自体を要塞化してしまおうという訳だ。
とりあえず空間を切り離し、核を撃たれても問題ないようにしておく。
その上から隠蔽と偽装の魔術で隠し、完全に元の状態に見えるようにするような魔法陣を既に片手間で作った有り合わせのものだが用意してある。
「ここに用意したのは一枚の魔法陣。
この魔法陣がっと……」
その魔法陣に魔力を込めると魔法陣が更に魔法陣を展開し、あっという間に立体的な魔法陣ができあがる。
三次元化魔法陣を四次元展開するよりも、このように二次元魔法陣を三次元展開する方が遥かに楽なので掛かった時間はほんの2、30分程度だ。
この魔法陣でも最低限は機能するがマスタークラスならば何とか見破れるレベルだし、空間系攻撃に対しては無意味なので後で本格的な物を作るつもりだ。
それより俺も
お祭りのイベントとして俺が挑戦する時に本格的に解析を入れるつもりだし、それを参考にして作ればいいだろう。
現存する空間魔術では間違いなく最高峰の魔術の一つだし、パクるだけでほぼ誰も立ち入ることすら出来ない究極の世界ができあがる。
うん、真似しない理由はどこにもないな。
「い、今のって展開法陣!?」
「そうそう、単純なハルト式展開法を用いた魔法陣だ。
もしかして初めて見るか?」
「……お兄ちゃんってもしかしてマスターの人なの?
そんな高位魔法陣中々組める人居ないよ?」
「残念ながらマスターではないぞ。
それに一応時間を掛ければウィザードクラスでも作れなくはないからな?」
片手間でこんなものを作れるのは俺くらいだろうけども、ただ魔法陣を三次元展開するだけなら魔法陣専攻ならウィザードクラスにもできることだ。
魔法陣学のウィザードの基準が「一般的な魔術、魔法陣の知識、及び技術を完全に習得しており、何れかの高等魔法陣を独力で制作可能なこと」なので中には展開法陣を描けるものももちろん存在する。
……展開法陣を単体で描くだけではほぼ無意味だけども。
「よし、これでいいか。
単純な物理攻撃にはほぼ無敵になったぞ」
「……お兄ちゃん何者なの?」
「まだ内緒にしておくわ。
確実に知ったらびっくりするってだけ言っておくか」
「えー、教えてよぉ」
「なら国立魔術学校である祭りに参加するか?
俺も出るし、イベント会場は特等席が取れるぞ」
「それって今朝告知があったハルト祭?」
「何も予定が無ければで良いんだがどうする?」
昨日話し合った結果、開催は8日後の16、17日。
話がどんどんと展開され、かなり大規模なお祭りになる事が決定した。
日本の魔法界では間違いなく最大級だ。
告知した瞬間から出店やイベント会場を使用したいという応募が予想以上に殺到し、急遽決まったイベントとは思えないレベルだ。
「え〜と……、友達からもう誘われてて」
「あー、じゃあ俺は一緒に居ない方がいいか。
ならその友達と遊んでこい」
「お兄ちゃんイベントにはいつ出るの?」
「17日の日曜日だな。
その友達って長久市北支部の人か?」
「うん、魔術協会の先輩。
仮だけど副支部長やってる子」
「副支部長って事はお前より強いのか?」
「ん〜、全力で戦った事も無いし、階級も同じウィザードだから分からないかな?」
そりゃあ、こんなところにハイウィザードが居たらビビる。
全世界でハイウィザードの総数は1121人、ハイウィザード以上の魔術師は5000人魔術師が居たら一人はいるってレベルでかなりレベルの高い魔術師だ。
日本にいるハイウィザード以上の魔術師は166人、単純計算で一つの県に3、4人。
そんな人がわざわざ支部長なんてやっている訳が無い。
「そうか、まあ……なんだ、友達は大切にしろよ?」
「友達の居ないお兄ちゃんがそう言うと無駄に説得力あるね」
「うるせぇ、俺もネットには友達が何人かいるぞ」
「……一度もあったことが無い人を友達って言うのはどうかと思うよ?」
「( ゚∀゚):∵グハッ!!」
いや、確かに一度もあった事の無いやつを友達というのは無い気がする。
会う機会はこれから幾らでもあるし、そのうち友達を増やしていけばいいだろう。
……よく考えてみるとガチでリアルの友達1人も居ねぇな。
人生を魔法陣に捧げてきただけあって、そもそも知り合いと呼べるような相手すらも殆ど居ない。
完全にボッチマスターだな……。
「あ〜、そうだ。
これ持っとけ」
「ん、なにこれ?」
俺が白雨に渡したのは小さなお守りだ。
これも機能作ったもので、中には俺に位置情報を送信し周囲に結界を展開する魔法陣が入れてある。
とりあえず魔力を込めれば使えるもので、緊急用として活躍してくれると思う。
「見ての通りのお守りだな。
命の危険を感じたら魔力を流してみろ」
「命の危険?」
「邪神に襲われたとか、手に負えないレベルの魔術師に襲われたとかそう言う時に魔力を流せ」
「邪神って……。
そんなの出会う事は無いと思うよ?」
「だからお守りなんだよ。
即死さえしなければ助けてやる」
グランドマスター9人で攻め込まれるとか、大邪神クラスの化け物を複数相手にするとかしなければ今の俺ならば何とかできると思う。
化け物が技術を持ったという事がどれ程恐ろしいかよく分かるな。
「どういう魔法陣が入ってるの?」
「防御結界と俺に位置情報を報せる魔法陣だ。
異世界に居ても起動するから安心して使え」
「……そんなものどうやって作ったの?」
「人生を全て魔法陣に捧げてきた俺に描けない魔法陣はそんなにないからな」
発動に特殊な部位を使用する事が前提の魔術や、詠唱そのものを前提とした魔術なんかはそのまま描く事は不可能だが、同じ結果を得る事ができる魔術であれば例えそれがどんな事象であれ魔法陣で描くことが可能だ。
これは俺が初めて提出した論文で証明済みだ。
後は第三難問、理論的には可能な時間そのものに干渉する魔法陣を作る事ができれば俺は魔法陣を極めたと言っていいだろう。
そのうち試してみたいが、無理ゲーな可能性もあるんだよな。
大丈夫だとは思いたいが銀河規模の魔法陣が必要になるという可能性もある。
物質に干渉してその流れを完全に逆流させたりする方法は無くはないのだが、それでできるのはあくまでも擬似的な時間操作であり、本当に時間の流れを操作している訳では無い。
今一般的に言われている時間停止の魔術も、本当は魔力や物質を完全に停滞させるだけの魔術であり真の時間停止魔術なんてものは未だに存在しない。
長年に渡り、究極の封印魔術とされて来た禁呪『悠遠刻断絶』でさえも本当に時を切り取っているという訳では無い。
例え空間そのものを停止させようとも、魂や魔力を停止させようとも、それは時間そのものに干渉しているわけではないのだ。
その証拠にそのような一見して時間停止している物体でも、外部から大量のエネルギーを瞬間的にぶち込めば微かに物体が動く事が知られている。
その魔術の限界を超える力を留める事はできないのだ。
そもそも地球が動いているのにそこに留まっている事がそれが完全な時間停止では無い証明になっている。
これが完全な時間停止だと、完全に地球から置き去りにされるわけであっという間に遥か彼方へと消えて行く事になる。
そう言う意味でいえば完全な時間停止なんてそもそもこの世界では有り得ない事象である可能性が高い。
物理学的に完全に時間が停止する筈の光の速さで動いている物体も動きがある以上本当の意味で時間が止まっている訳では無いし、莫大な重力で時間の止まっているブラックホールも動く以上は時間が完全に止まっているという訳では無い。
他のどんな事象でも精々時間が止まっていると言えるのは相対時間だけで、完全に時間が止まった状態というのは物理的にはまず有り得ないわけだ。
俺が証明したのはこの世界で起こり得るありとあらゆる結果を魔法陣を用いて再現可能という事で、そもそも有り得ない事象を魔術で行使可能かどうかについては謎のままである。
通常の魔術とは一線を画す『魔法』というのは幾つかの段階に分類される。
その最高位にあるのが『例えどのような事象を併用しようとも、この世界では絶対に起こりえない筈の結果を引き起こす御業』である。
最上位魔法に分類されるのは『概念そのもの自由自在に操る』概念操作系や『法則そのものを自由自在に書き換える』法則改変系で、どちらも間違いなく不可能だと結論付けられているものだ。
この最高位魔法と次点の高位魔法『例えどのような技術を併用しようともこの世界では絶対に起こりえない筈の結果を引き起こす御業』との二つにはかなり大きな差が存在する。
後者はこの世界のバグやこの世界の外の法則を利用すれば何とかなるが、前者は例えどう足掻いても魔術を用いていては行うことができない。
例えば後者に含まれるものは通常の魔術で『存在阻害術式』や『
このように今のところ高位魔法は6つも存在するのだが、最高位魔法に関しては0だ。
無理やりにこじつけて言えばベルクリムを初めとしたアビス、ネメシスと言った大邪神の存在そのものが当たるので、『
そして最後に残った第三難問は不可能だとも証明されてないし、可能だとも証明されてないというちょうど中間。
つまりは存在する可能性のある魔法陣の中、今の俺ではどうやっても描くことのできない唯一の魔法陣という訳だ。
ちなみに中位魔法というものは存在せず、あとは単に魔法と呼ばれているものと、準魔法、魔法級と呼ばれているものが存在する。
一般的に魔法と呼ばれているものは『現在科学の知識や技術ではどのような手法を用いても再現不可能な結果をもたらす魔術』
準魔法は『現段階でそれを行う技術や知識はあるが、資金、資材等の問題でどのような人間にも再現不可能な結果をもたらす魔術』
魔法級は結果に限らず、通常の魔術を遥かに上回る高位の魔術の事を示す言葉だ。
始まりの杖の
今は科学技術の進歩で魔法の難易度がかなり跳ね上がっている為、何かしらの高位魔術が使えるかそれ並みの知識、技術を持っている事が条件となっている。
「あ、そうそうお兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃんも始まりの杖には所属してるんだよね?」
「おう、アカウントは教えんぞ」
「えー、教えてよぉ」
「それ教えたら俺の正体とか2秒で分かんだろうが……。
サブ垢で良ければ教えてやるぞ?」
「え? アカウント2つ持ってるの?」
「一応3つあるが一つはもう使ってないから持ってるって言えるのは2つだな」
一番最初に加盟した時のアカウントと、ハルトとして活動する時に作ったアカウント、グランドマスターになってから作ったサブ垢の3つだ。
この3つ目は一般的な魔術師として登録してあり、普通にSNSとして使う用のアカウントだ。
これならば教えても俺は困らないし、白雨が何かしらのトラブルに巻き込まれる心配も無い。
「……違法だよね?」
「違法というか規約違反ではあるな。
言っておくがお前は真似するなよ?」
「バレたら捕まるからやめた方がいいんじゃないかな?
……絶対警察より怖いよ?」
「そりゃあの情報局が完全に下部組織状態だからな。
怖いとかってレベルじゃすまないんじゃないか?」
「分かってるならやめようよ……」
「一応教えてやるが……、
絶対に誰にも言うなよ?」
そう言って俺は白雨にアカウントを見せた。
アカウント名は『情報屋ToDo』フリーの情報屋として適当に使ってるアカウントで、ランクはメイジ。
表には出回らない情報を販売したり、通常では話が伝わらないような相手にまで話を届けたりするサービスを暇潰しにやっているだけのアカウントだ。
俺のサブ垢だと知っているのは執行者とツクヨミだけなのでここから分かる事はほぼないだろう。
「ToDo、東堂?」
「正解、苗字隠す気もまるで無いアカウントだな」
「ってお兄ちゃん情報屋してたの!?」
「ん? 他にも色々してるがでもこれだけで1ヶ月に35万は入ってくるな」
「え、ハル?」
「いや円だ円、35万ハルって年収やばい事になるぞ」
ハルというのは世界共通の通貨として使用されているもので、俺の名前が元になっている。
物価がかなり違う、というか他の通貨とは互換性がほぼ無いので何とも言い難いが勘で言えば1ハルでだいたい15円相当くらいだと思う。
実物は紙幣ではなく全て魔術が掛けられたコインで、裏側には装飾された三日月のマーク、つまりは俺のシンボルが刻印されている。
俺が考案した『付与するのは物凄く難しいが解析するのは誰にでもできる』という魔術が付与されており、どれだけ頑張って偽造しようとしてもその分の労力が掛かるという完全なる偽造対策が施された貨幣だ。
そして、他のあらゆる通貨と違う点はなんとこの通貨は堂々と偽造が許可されているという事だろう。
1ハル作るのに1ハル分以上は頑張る必要性があるので、むしろ偽造は大歓迎である。
そもそも公式な造幣所なんてものは一つも存在せず、史上に出回っているものは全て勝手に発行された貨幣だ。
一応、始まりの杖や国際魔術連盟が直接運営している造幣施設もあるのだが、俺が許可を出したりした訳でも無ければ、直接俺が運営しているという訳でも無い為、この2つも実は勝手に作っているだけだ。
高い価値のハル程作るのに労力がかかるので他の仕事をしていた方が稼げる人も多いんだよな。
一応何故か100万ハル硬貨まであるが、100万ハル硬貨が作れるなら他の仕事をすればその間に明らかに数百万ハル以上稼げるという矛盾が発生している。
現在は5万ハル以上の硬貨は1万円金貨のような記念硬貨的な扱いがされているので市場で使われる事はほぼ無い。
ベルクリムと化した今の俺でも100万ハル硬貨を作るのはかなりめんどくさいと言えるレベルなので、恐らく100万ハル硬貨は世界にほんの数枚くらいしか存在しないんじゃないだろうか?
一応始まりの杖の造幣所と、国際魔術連盟の造幣所に残っている記録では1枚ずつ発行されたらしいのでその二枚だけの可能性が高い。
発行者は両方共にグランドマスターで錬金術師のアルコーと魔術連盟会長のノアだ。
これ以外に発行された記録が全く無いため、なんと言うか少し寂しいな。
100万ハルにもなればグランドマスタークラスの腕前でもなければ発行できない以上、100万ハル硬貨が製造されないのは当たり前なんだがな。
「お兄ちゃんってほんと色々やってるよね。
魔術連盟の関係者だったり、情報屋だったり、魔法陣の研究してたり。
明日も本部に行くんでしょ?」
「そうそう、明日は丸々一日家を開けるからそのつもりで居てくれ、帰りは明後日になりそうだ」
「丸々お仕事?」
「仕事だ、仕事。
とりあえず暫くはガチで忙しいな」
帰ってきてからは本格的に解析の魔法陣を組む必要があるし、なんやかんやで16日まではあっという間そうだな。
……よし、それじゃあ今日も一日頑張るとするかな。