デスとハイエロファントの物語:REBOOT 最終章 作:桁石スミオ
★ マジカルランド中央・フォーチュンの居城・謁見の大広間
ブルースとマッコイ、ストレングス(父)とガオガオが入室した、大広間。
天井は非常に高く、ヴォールト(蒲鉾型)造りになっている。
深紅の細長いカーペットが一直線に奥に伸び、太い円柱が左右に並んでいる。
室内の壁、柱にはランプが設置されていて、仄かではあるが明るい。
4名のすぐ眼の前、床の上に脚を縮ませ座り込んでいるハイプリエステス。
それを抱き留めるように背後で支え、片膝立ちで屈んでいるマジシャン。
ふたりの表情は窺えないが、驚愕した様子で、目線を奥に投げている。
後から入室の4名、視線を上げる。
カーペット延長線上の向こう、幾段か高い位置に玉座がある。
そこに座っている、影。
紫色の全身。酷く太った、ブヨブヨとした形状。椅子からはみ出すほど。
頭頂に乗っかっている、金色の小さな王冠。
眉と思しき部分をこれ以上ないほど歪め、口角を鋭利な角度で上げている。
身体全体から湯気のように、紫が混じる濁った黒いオーラが立ち上る。
ブルース「(息を飲んで)マッシュマン!」
マジシャン「(ブルースを振り向いて)こいつがそうであーるか!」
マッコイ「(チッ、と舌打ちをして)やっぱコッチの世界に来てやがったのか!」
両側の肘掛けに腕を置いて、仰け反るような態度になるマッシュマン。
マッシュマン「(ニヤァ、と嗤い)これはこれは、ブルースとマッコイ・・・貴様らもこの世界に飛ばされていたとは、奇遇、ゾ」
マッコイ「(ギン!とマッシュマンを睨んで)何が奇遇だよッ!」
ダン!と床を蹴り、跳ねるような動作で前方に回るブルースとマッコイ。
ハイプリエステスとマジシャンの眼前に飛び込み、ふたり同時に右腕を振り翳す。
ポウッ・・・と、ブルースは橙色の、マッコイは薄青色の霊力ボールを発生させる。
即座に、全身をバネにして、ブインッ!と投球する。
宙に光の軌跡を残し、一気に距離を詰める2色の霊力ボール。
マッシュマン、不気味な笑みで着席したまま、右腕を掲げ、掌を翳す。
途端。
ムウオォン・・・と、マッシュマン直前の空間が歪む。
紫と黒が入り混じった光が、直径50センチほどの渦を巻き、中心が闇となり凹む。
飛来してくる霊力ボールが失速し、ヒュイッ、と渦に吸い込まれてしまう。
ハッ、と驚いた顔になるブルースとマッコイ。
2色の光球が消滅し、すぐに闇の渦巻きも消える。
一層嗤いを歪ませて、見下したような眼を向け、腕を下ろすマッシュマン。
ブルース「(奥歯を噛んで)ワームホール、か・・・使えるようになっていたとは・・・」
マッコイ「逃げやがった時にも使ってたな・・・(右拳を握って)畜生ッ!」
マッシュマン「(可笑しそうに)ムシュシュシュ・・・貴様らはおおよそ解ってるだろうが、今宵は皆既月蝕、我輩の霊力も魔力も最大限になる時、ゾ。霊力ボールなど、全部ワームホールに吸い込んで異空間に飛ばしてくれよう。それでも盾突いてくるか?」
台詞が終わるかどうかの時に、ジャスティス、ストレングス、エンペラーが走り込んでくる。
玉座に踏ん反り返るマッシュマンの姿を目にし、息を飲んで立ち止まる。
ジャスティス「(目を見開いて)こいつっ! まさかっ!」
マッシュマン「(ジロ、とジャスティスたちを見て)おやおや、貴様らもいたのか?」
エンペラー「(息を思い切り吸い)この声ッ! 『小アルカナ』の時のッ!」
マッシュマン「ご名答! 漸く直接会えた訳だ。感動のご対面、ゾ!」
間髪を入れず、大広間奥、入口扉とは左斜向かいの片開きの扉が、忙し気に開く。
すぐさま、小走りに入室してくるエンプレスとフォーチュン。
カーペットの延長線上の扉近くに集まる各位に目線を投げ、横を振り向く。
大きな玉座に腰を掛けたまま、ジローリ、と眼を向けるマッシュマン。
フォーチュン、マッシュマンを鋭く睨み返す。
マッシュマン、妙に懐かし気な、且つ厭らし気な視線をフォーチュンに繋ぐ。
フォーチュン「(拒絶の雰囲気で)・・・何者じゃ。わらわの玉座から退け」
マッシュマン「(ハァ、溜め息を吐き)つれないではないか。暫く振りに会ったというのに」
フォーチュン「(眉間に皺を寄せ)・・・何を申しておる? そなたなど知らぬ。そこはわらわの座る場所じゃ。(バッ!と右腕を振り広げ)早々に去れ!」
マッシュマン「(口の片側を歪め)ムシュシュシュ・・・覚えていないとは、悲しい、ゾ。まあ良い・・・」
フォーチュンとエンプレス、刺すような眼光を放ち、視界をマッシュマンに据える。
その状態のまま、ゆっくりと歩みを進め、玉座を迂回するように移動していく。
マジシャンに身体を支えられながら、緩慢な動作で起立するハイプリエステス。
やがて、11名が謁見室の扉付近に固まって集まる。
待っていたかのように、グワバッ、と腰を上げ、両掌を上側に両腕を広げるマッシュマン。
マッシュマン「(声高に)お集まりの諸君! 自己紹介してやろう! 我輩の名はマッシュマン! またの名を“恐怖の大王”ゾ! 今からこのマジカルランドを、我が王国として統治する! ゴーストの王国、ゾ! そして喜べ! 貴様らは、我輩の配下に加えてやる!」
エンプレス「(ギラ、と鋭利な視線で)呆れて言葉も出ないねぇ・・・寝言は寝て言いな!」
ストレングス(父)「(怒声)ブッ飛ばしてでも追い出すズォ!」
マッシュマン「威勢がいいが、何処まで続くか見物、ゾ。我輩には、貴様らを全滅させるだけの霊力も魔力も備わっている。実力を即、行使してもいいのだが、我輩は慈悲深い。貴様らに選択権とチャンスをやろう」
マッシュマン、スイッ、と右腕を伸ばす。
マッシュマン「マジカルドロップを渡せ」
フォーチュン「(明後日の方向を見て)・・・何を言っておるのか解らんのう。知らんぞよ、そんな物」
マッシュマン「とぼけるな。何でも願いを叶えるマジックアイテムであることは、既に知っている、ゾ。400年以上前、ワールドとかいう女神が作り出した代物、ということもな」
ぴく、とフォーチュンの目尻が動く。
微かだが、動揺した色合いが瞳に浮かぶ。
それを見逃さず、ニヤァ、と嫌な嗤いを表し、腕を下ろすマッシュマン。
マッシュマン「やはり存在すると見た、ゾ」
フォーチュン「(チッ、と舌打ちし)だから何じゃ。あったとしても、そなたなんぞに渡す理由はない」
マッシュマン「理由はある。マジカルドロップでゴーストの王国を誕生させるのだ。(しみじみと)・・・ここは素晴しい世界だ・・・我輩は以前から、このマジカルランドを知っていた。異世界である元の世界から様子を窺うことが出来た。まあ我輩の無限の魔力をもってしても、こちらの世界が月蝕もしくは日蝕、あるいは我輩の世界が月蝕もしくは日蝕の機会でないと、遠視の力が及ばなかった、ゾ」
ハイプリエステス「(ごく、と唾を飲み込み)やっぱり・・・天体の運行に関係があったざますね」
フォーチュン「(ハイプリエステスを思わず見詰め)真か?」
マジシャン「(大きく頷いて)プリエステスが気付いた。それをお前に伝えに行く途中、ここでマッシュマンに遭遇してしまったのであーる」
マッシュマン「(声を張り上げ)それでも! 何百年間、マジカルランドの隅々まで見通して情報を得てきた! そして決めたのだ! この地こそ我輩のミレニアム! 千年王国に相応しい! (一転して憎々し気に)・・・だが、月蝕もしくは日蝕の好機に侵入を試みたが、ワールドとかいう女神の力に邪魔されて成しえなかった・・・(ニヤ、と歪な嗤い)しかし今宵! この皆既月蝕の良き晩に漸く来ることが出来たのだ、ゾ!」
エンプレス「(瞳の奥に鋭い光を宿し)・・・ワールドを襲った、って訳かい?」
マッシュマン「(更に、ニイヤァ、と歪んだ嗤いで)ご名答! 鉄壁の守護魔術を誇った女神だろうと! 今の我輩の魔力と霊力をもってすれば瞬殺だったのだゾ!」
手にしていた鞭を眼前に掲げ、柄の部分と鞭の部分を両手で握るエンプレス。
そして奥歯を強く噛み締め、バチイッ!と音を立てて鞭を左右に引っ張る。
エンプレス「(怒りに燃えた眼で)アンタのような吐き気がする野郎は初めてだね!」
マッシュマン「(嘲笑)ムシュシュシュ・・・その台詞は我輩を倒せた時に吐くがよい、ゾ。貴様らが勝てもしない今、何をほざいても負け犬の遠吠え、虫けらの喚きにしか聞こえんゾ」
マッシュマン、全員を見回し、バッ!と両腕を高く挙げる。
マッシュマン「(割れるような声で)さあ選択のチャンス、大王の慈悲の時間ゾ! マジカルドロップをすぐに渡すか、命だけはと土下座して許しを請い我輩の下僕になるか、好きな方を選べ! (両腕をゆっくり下げ)でなければ、我輩と一戦交えるという愚かな選択肢も、あるにはある・・・(ギロリ、と眼球を剥き)その場合は実力行使で、貴様らを皆殺しにする。その上で、貴様らひとりひとりにゴーストを憑依させ、我輩の王国の国民にしてやろうゾ! 歓喜せよ! 貴様らは骸となりし後でも! 我輩の奴隷として永遠に扱き使われるという栄光を手に出来るのだゾ! (凶悪な蔑みで嗤い)ムシュ! ムシュ! ムシュシュシュ!」
直後。
ダダッ!と床を蹴り、ジャスティスが一直線に長絨毯の上を駆け出す。
スチャッ、と背中の大剣を抜いて、ポウ・・・と霊力の橙色の光を発生させる。
一瞬で間合いを詰め、ダンッ!と跳ね、弾丸射出のような軌道を成す。
マッシュマンの正面、空中で大きく剣を振り被ったジャスティス。
両眼に、蒼く静かに、しかし激しい烈火の光。
その瞳が、宙に透過の光を描く。
マッシュマン「(腹の底からの声で)ヌウウウゥゥゥンン!!!」
マッシュマン、凄まじい発声と同時に右腕を突き出す。
ブワアアアアッッッ!!!と、突風が乱舞し、更に球状を形成する。
声を上げられず、あっという間に飲み込まれるジャスティス。
大剣を握りしめたまま、球となって暴れる風の塊の中で、揉みくちゃにされる。
その突風の球形を、ブンッ!と右横に薙ぎ払うマッシュマン。
風が瞬時に散り、ジャスティスの身体が石柱に向かって吹き飛ばされる。
途端。
ストレングス、目にも留まらぬ速度で石柱に駆け寄る。
そのまま床を蹴り、ダッ!と柱をも蹴って宙に跳ね、両腕を全開にする。
飛んでくるジャスティスを、ガバッ!と空中で捕獲するストレングス。
しかし勢いを殺せず、ドガッ!と石柱に激突するふたり。
柱面を伝って、ズルウッ・・・と床に擦り落ちていく。
茫然とそれを見ている、他の一同。
マジシャン「(息を飲み)風魔法! しかも強力であーる!」
ジャスティスを抱き締めた状態で、ふうう、と大きな息を継ぐストレングス。
我に返って、ストレングスを振り向くジャスティス。
ジャスティス「(申し訳なさそうな顔で)ごめん! 大丈夫っ!?」
ストレングス「(ニィ、と笑顔で)平気! ジャスティスは?」
ジャスティス「キミのお陰で助かったよ。ありがとね・・・(ふう、と短く息をする)」
マッシュマン「(見下した目で)貴様はあの時の剣士か・・・まったく血気盛んなだけで、空回りにも程がある、ゾ。だから我輩の力もロクに使えず、負けたのだな。折角我輩自ら力を与えて、憑依までして操ってやったというのに、(物凄く厭味っぽく)な・さ・け・な・い・ゾ。(自分の口調にウケ)ムシュ、ムシュ、ムシュシュシュ・・・」
刹那の、後。
憤怒の空気を全身から噴き出させ、即座に立ち上がろうとするジャスティス。
眉間の皺を深く刻み、逆鱗に触れられたかの如く、爆発的な殺気を漲らせる。
慌てて、ジャスティスに回した両腕に力を込めるストレングス。
飛び出そうとする彼女を、渾身の力で押え付けている。
ジャスティス、何度も、何度も身体を揺さぶり、大剣の柄を痛いほど握り締める。
ジャスティス「(これ以上ないほど激高して)お前なんかに! お前なんかにぃっ!!!」
ストレングス「落ち着いてっ! ジャスティスっ!」
ジャスティス「(涙を散らしながら、絶叫)悪党ぉっ! 絶対に許すものかっ!!!」
マッシュマン以外の全員が、悔し気な、また深い怒りを包括した表情となる。
マッコイ「今までも散々闘ってきたケドよ・・・(ギン!と睨んで)とことん腐ってんな! マッシュマン!」
ブルース「ああ、久々に私も・・・(ギラ、とサングラスの奥の眼を光らせ)怒りで冷静さを欠きそうだ」
マッシュマン「(蔑んだ目線と口調)それとそこの泥鰌髭の男・・・無能な分際で、よくもまあ我輩の前に面を出せたものだな。貴様は憑依するまでもなく、たかだかちょーっと魔力を与えてやっただけだが・・・(吐き捨てるように)期待をした我輩が愚かだったとは言え、能無しはやはり能無しだった、ゾ」
エンペラー「(怒声)何様よあンた! アッタマくるわねェッ! 無能だの能無しだの! どこまで馬鹿にすれば気が済むのよォッ!」
大声を出したすぐ後、急に悔悟の色彩を顔に浮かべるエンペラー。
エンペラー「(転じて深みのある声で)確かにアタシはエロファントちゃん欲しさに、あンたの誘惑に負けて『小アルカナ』で事件まで引き起こしたわよ。自分で思い出してもゾッとするくらい残酷なコトも仕出かしたわよ。あンたなんかの甘言に騙されたアタシが愚か者だったのは認めるわ・・・(ギラリ、と眼光鋭く)でもそんだけじゃなく、ジャス子を無理矢理乗っ取ったり、ワールドを闇討ちするなんて、少なくとも“王様”のすることじゃないわねッ! そーいうのを、卑怯者、って言うんじゃないのッ!?」
マッシュマン「(間髪入れず、立腹した表情で)雑魚の分際で吠えるな! 喧しいゾ! 我輩の機嫌を損なったらどうなるか思い知らせてやろうか!」
フォーチュン「(即座に)喧しいのはそなたじゃ!」
ビリッ、と謁見室内の空気が、圧力を伴って震える。
全員の視線が、一斉にフォーチュンに集まる。
彼女の全身から、有無を言わさぬ威圧感。
マッシュマン、これ以上ないほど眉を顰め、フォーチュンを凝視している。
フォーチュン、その中を、堂々とした足取りで前方に歩いていく。
深紅のカーペットを数歩進み、一度、ギン、とマッシュマンを睨む。
それから徐に、振り向いて後方のエンペラーに視線を繋ぐ。
フォーチュン「(穏やかな視線で見て)よう言うた、エンペラー。見直したぞよ。(今度はマッシュマンに鋭利な眼光を向け)マッシュマンとやら・・・マジカルランドに土足で踏み込んでおいて、ようもまあ抜かしおる。そなたの方が、そこいらの駄犬よりよっぽど五月蝿いぞよ!」
マッシュマン「(急に悲嘆な顔で)そこまで言われるとは、悲し過ぎる、ゾ。我輩は貴様の恩人だというのに」
フォーチュン「(更に眉を顰め)恩人? 馬鹿も休み休み申せ」
マッシュマン「(ハア、と露骨に溜め息)貴様の封じられた記憶を復活させたのは、我輩、ゾ」
沈黙。
沈黙。
マッシュマン以外の全員が、何の言葉も発せない。
室内のすべての音が、一時中断される。
更に、間。
尚も、間。
ゆっくりと、非常に緩やかに見開かれていくフォーチュンの両目。
フォーチュン「(茫然と)・・・何・・・じゃ・・・と・・・?」
マッシュマン「やはり覚えていなかったとは・・・まあいい、語ってやろう、ゾ」
ドスン、と重たい落下音を響かせ、マッシュマンが椅子に座る。
それから両肘掛けに腕を乗せ、据えた目線をフォーチュンに放る。
マッシュマン「フォーチュン・・・貴様は1万年を超える時を生きてきた。タワーを配下にしてからも5千年を過ごしたが、やがてワールドが誕生し、マジカルランドとマジカルドロップを創生した。更に時を過ごし・・・貴様の中に野望が生まれた。マジカルドロップを使う為に、自身に世界全体の魔力を集めていた時期があったろう? それこそ、魔力均衡を歪めるほどの勢いで・・・それは別世界の我輩でも、認識出来るほどの凄まじさだった、ゾ」
フォーチュンの表情が、徐々に驚きの彩りを濃くしていく。
マッシュマン「しかし・・・我輩の世界での、ある日蝕の日、マジカルランドの様子を見てみたが、魔力均衡が元に戻っていた。何とフォーチュン、貴様、赤子になってしまっていたな。原因を後から探ってみたところ、この世界の法王と死神と闘い、敗れた挙句に赤子になってしまったというではないか・・・しかも過去の記憶を失っていた。いや、失っていたのではない。封じられていたのだった。同時に、貴様が産まれ持っていた桁違いの魔力も、眠るように封印されてしまった。もったいないことだったが、これはチャンスだと思った、ゾ。何故なら・・・」
右手を自分の眼前で、ギュッ、と拳にして握るマッシュマン。
マッシュマン「(凶悪な雰囲気で、通る声で)記憶の戻らぬ内に貴様を我輩の下で育て、その無制限の魔力を我輩の為に使わせれば、マジカルランドだけではない、多くの世界を滅ぼし、我輩は大王として君臨出来る! 不可能ではないゾ、とな!」
ビク、と思わず顔を上げるフォーチュン。
息が飲まれ、目線がぶれて泳ぐ。
マッシュマン「だが・・・(憎悪を剥き出しにして)それから何回も機会を窺ったが、我輩の力が及ぶには障害があった。マジカルランドと我輩の世界、どちらかの月蝕もしくは日蝕だけでは、ワールドの守護魔術が邪魔をしてきたのだ。(嘆息して)流石に手元に呼び寄せ、育てるのは無理だと悟った。見切らねばならん、と・・・ならば、貴様の意識に介入出来まいか、と閃いた。かつて膨大な魔力を操っていた記憶を蘇えらせ、我輩の魔力を埋め込めば操れるのではないか、と結論付けた、ゾ。ところがこれも、ワールドの防衛魔術で上手くいかなかった・・・(勝ち誇ったように)しかし! 千載一遇の好機が訪れた! 我が世界の日蝕と、マジカルランドの日蝕が重なる時があったのだ! それが! 貴様の記憶を呼び戻した日、ゾ!」
後方のマジシャン、瞼を半分閉じ、鋭い眼光をマッシュマンに向ける。
隣のハイプリエステス、口元を固く結び、マッシュマンに視線を送る。
マッシュマン「なぁに、造作もないことだった、ゾ。我輩の魔力を異空間を通して、貴様の脳内に送り込み、赤子に戻る前の時間まで戻してやっただけだ。その後の結果は、貴様自身がよーく解っているだろう。過去の記憶も、膨大な魔力も復活した。だがそこで、想定外のことがふたつ起きたのだ。(右手人差し指を立て)ひとつは、赤子になって現在までの記憶、つまり育てられた記憶が消えなかったこと。それともうひとつ、(右手中指を続けて立て)復活した魔力が強大過ぎて、我輩の魔力が一瞬で弾き飛ばされて消えてしまったこと、ゾ。特にふたつ目が凄まじく、我輩の遠視の力さえも掻き消されてしまった・・・貴様の魔力の底知れなさを侮っていた我輩の読みが甘かった、という訳だ」
一度大きく呼吸をして、背凭れに身体を預けるマッシュマン。
フォーチュン、俯く。
目は正円に近いほど見開かれ、焦点が合っていない様子。
顔の上半分に昏い陰を落とし、微かに肩を震わせて立ち竦む。
マッシュマン「それからすぐに再度遠視を使ったが、既に日蝕は終わってしまった。暫くして次の機会にこちらを窺ってみた。フォーチュン、貴様の魔力は完全なものとなり、我輩の力でどうこう出来るレベルではなくなっていた。(首を左右に振り)いやぁ、千載一遇のチャンスを物に出来なかったのは大変に口惜しい、ゾ。上手くいっていれば、貴様を我輩の虜とし、マジカルランドを即座に支配していたものを・・・」
再び訪れる、沈黙。
沈黙。
沈黙。
泥濘が足元に広がるような、重圧の雰囲気。
フォーチュン「(空虚な声で)・・・嘘じゃ・・・」
マッシュマン「嘘ではない、ゾ・・・(ジィッ、とフォーチュンの瞳を覗き込み)では問うが、何故急に記憶が蘇えったのだ? 原因は解っているのか? 戻った理由は? 記憶も魔力も自然に復活したのか? 誰にも何もされた覚えがないのだろう? いずれの質問にも異議を唱えるのだったら・・・(右側口角を思い切り上げ)我輩の言っていることが間違っていることを証明してみせるがいい、ゾ・・・」
途端。
両手で顔を覆い、ブンブン!と頭を激しく左右に振り捲るフォーチュン。
膝から崩れそうになる半身を、必死で踏ん張って支えている両脚。
フォーチュン「(涙を散らし、振り絞るように叫び)嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃぁっ!!!」
マッシュマン「(大声で)何故信じない! 本当はもう気付いているのだろう?・・・(一転して重い声で)賢い貴様のことゾ、我輩の言っていることが真実だと理解している。(更に深めの声質で)だから案ずるな・・・今からでも遅くない。その膨大な魔力があれば、あらゆる世界を支配し、君臨することなど容易いこと、ゾ。(囁くように、濁った声で)我輩の元に来い、フォーチュン。そして共に、この世界を統べようではないか・・・」
マジシャン「(ピシャリ、とした発声で)黙れ」
発言の方向に、視線が集中する。
その中、マジシャンとハイプリエステス、早めの足並みでカーペットを進む。
フォーチュンの傍ら、両脇に立つふたり。
ハイプリエステス、そっ、とフォーチュンの両肩に手を置き、優しい仕草で抱き寄せる。
身体を預け、涙の跡を頬に残した顔で、縋るようにふたりを見るフォーチュン。
マジシャン「(凛々しい声で)それ以上、私たちの娘に対する戯れ言、許す訳にはいかんであーる!」
ハイプリエステス「(清廉な声で)フォーチュンはあたくしたちの誇るべき娘、あなたみたいな悪の親玉に渡せないざますっ!」
マッシュマン「フォーチュンの養父、養母か・・・(嘲笑)ムシュシュシュ・・・貴様らに何が出来る? (マジシャンを見て)そこそこの魔力は持っていそうな奴と、(次にハイプリエステスを見て)魔力など持っていない奴が、この“恐怖の大王”に盾突くつもりか?」
ハイプリエステス「(勇ましい表情で)娘の為に身体を張るくらい、どうってことないざますよ」
マジシャン「我が妻にも、娘にも、傷ひとつ付けさせるつもりはないであーる。(スイッ、と腕を上げ、右掌をマッシュマンに翳し)マジカルランド随一の天才魔術師、マジシャンの魔法を喰らい・・・(切るような視線で)泣き喚いて命乞いをするがいい」
マッシュマン「(愉快そうに)ムシュシュシュ! 面白い! 貴様らふたりから料理してほしいと! ならば望み通り我輩の力で八つ裂きにしてくれようゾ! 詫びる暇すら与えんゾッ!!!」
ズイ・・・と玉座から立ち上がり、侮蔑の表情で3名を視界に映すマッシュマン。
マジシャン、伸ばした右手の掌に、ポウ・・・と薄青色の霊力光を発生させる。
ハイプリエステス、フォーチュンを抱く腕に一層の力を込める。
そのまま、対峙。
フォーチュン、目線を床に投げ、遥か遠くを眺めるような眼差しとなる。
表情は、幾分穏やかさを取り戻している。
しかし唇は真一文字に固く結ばれ、深い思考を巡らせている様子。
【 To be continued...『最終章第三話:我らは、多くの患難を経て』】