天子様の無茶ぶりに、私は今日も血反吐を吐いた   作:沖縄の苦い野菜

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根絶か、延命か

 

 

 紅と緋色が空で激突し、空気を軋ませ暴風を起こす中。

 彼が一目散に向かった先は、フランドールの元であった。

 

「ふーん、振った女の子にいきなり頼るの? 節操なし」

 

 つん、と不機嫌そうに頬を膨らませる彼女は、どうにも見た目相応の愛らしさがあって、緊張していた彼の毒気も抜かれていく。

 悪魔としての残酷な一面と、見た目相応な少女の一面。狙って使い分けているのか、それとも気分屋なのか。彼にそれを見破る術はなかった。

 

「ご容赦を。そして、そんな鬱憤を晴らす素敵な提案をお持ちしました」

「やだ」

 

 にべもない。取り付く島もない即答に、あー、と彼は言葉を詰まらせた。

 それでも、話さなければ始まらない。彼は意味があると信じて口を開く。

 

「……私が合図したら、この私の精神だけを壊してください。肉体は壊さないように、細心の注意を払って」

「しーらない」

 

 返事をしてくれるだけ、まだ情けのある対応だと考えるべきなのだろうか。そっぽを向いたフランドールは、視線を合わせようともしてくれない。

 

「どのみち最後の機会です。だから、この一回に全てを委ねます。どうか、お付き合いいただければ幸いです」

「……」

 

 今度こそ、フランドールは口を開かなかった。助勢は期待できないかもしれない。それでも、彼はフランドールが味方してくれる未来を信じるしかない。

 もうやり直せない。そう考える彼は、少女の気まぐれに未来を委ねるしかないのだ。

 

「別に、やり直せばいいじゃない」

「……はい?」

 

 一体何を、と彼は思わず聞き返す。キョトンと呆けて、目を瞬かせる間抜け面に、フランドールは唇を尖らせ細い息を吐く。

 

「今ならコンティニュー出来るの。私が壊したのは、貴方のご主人様が仕掛けた警報器だもの。だから、血相変えてすっ飛んできたわけだし」

 

 不満そうに、不貞腐れたようにぶっきらぼうに口にする様子に、彼はただ瞬きをするしかなかった。

 

「だから、もっと安全に、何度もやり直せばいいじゃない」

 

 彼が気づいていないそれを、どうしてフランドールは口にしてくれたのか。

 味方になってくれることの証明か。それともまた、狡猾な罠なのか。

 

 しかし、どちらにしても。

 

「やり直しは、不可能です」

 

 彼にとって自発的にやり直すことは不可能であるという事実は変わらない。

 例えやり直しが出来ない、というのがハッタリなのだとしても、彼にそれを試すだけの無鉄砲な肝っ玉はなかった。それこそ、死んでみなければ何もわからないのだ。

 

 加えて、結局最後に一発勝負をしなければならない事実は変わらない。

 長尾在人の精神は、たった一度さえもやり直せないほどボロボロだ。どれだけ不屈を貫こうとも、やせ我慢では魂の崩壊は止められない。

 

「ま、そっか」

 

 フランドールは納得したように頷くと、トコトコと小さな歩幅に軽い足取りで、門の方に向かった。

 

「門番、起こしてくるね。貴方は本の虫と話してくるといいわ」

「……パチュリー様と?」

 

 どうしてそこで、紅魔館の魔女の名前が出てくるのか。

 フランドールが名指しをする意味が、彼には理解できなかった。

 

「急いで。早くしないと、時間切れになるよ?」

「――ご助言、ありがとうございます」

 

 しかし、どちらにしても総当たりをしていくしかない状況だ。

 ならば、その助言に従って優先して会いに行くのも、悪くないだろう。

 

 加えて、時間切れ、というワードも引っかかる。

 フランドールはまだ何かを知っているのか。それとも質問をさせないための悪知恵だろうか。やはり、彼に真実を見極めることは出来ない。

 

 ただ、どちらにしても。

 無意味に時間を掛けることが愚策であるのは間違いない。

 

 だから、彼は素直にその助言に従い、フランドールに一礼をした後、紅魔館へと駆け出した。来た道を走って戻っていく姿は、まるで役者がおどけて舞台袖に退場していくかのようで滑稽だった。

 

「もう、この世界がもたないもの」

 

 紅に覆われた空を見上げて、フランドールは小さく呟いた。

 ぼうっと、気のない空虚な瞳は深紅ばかりに染まっている。

 

 とん、とん、と濡れそぼった葉っぱから水滴が落ちるかのようなリズムで足を運び。

 その後ろ姿は、風に巻かれた砂煙の中に消えるのであった。

 

 

 

 図書館、というよりも巨大迷路と称した方が良いのではないだろうか。

 紅魔館の大図書館に足を踏み入れた彼は、記憶の通りに道を進んでいきながら、そんなどうでもいいことを考えていた。本棚を、本の背表紙をちらちらと観察しながら。かつ、かつと足を鳴らす。

 

「あれ。珍しいお客様ですね。……うわぁ、お嬢様と契約? 御可哀そうに」

 

 しばらくすると、再びあのラウンドテーブルのある地点にたどり着く。紫の髪の魔女、パチュリーはまるで根でも生えているかのように、一歩たりとも動いていなかった。

 しかし、相違点もある。彼女の隣に、本を抱えた赤髪の少女が立っていたのだ。側頭部から小さな黒い翼のようなものを、それを大きくしたものを背中からも生やしている少女は――典型的な悪魔、といった風体である。

 白いシャツの上から黒のベストを身に纏い、同じく黒のロングスカートを穿く彼女は、側近ともいえるような立派な装いに整っている。初対面でいきなり露骨な憐れみを向けた発言をしたことで、全てを台無しにしていたが。

 

「フランドール様のご助言により、参上しました。パチュリー様と話してこい、と」

「……そう」

 

 抑揚のない声であった。声音自体は空のように澄んでいる。ただ、そこに感情など介在していないのか、凪の海のような静寂を思わせるのだ。

 本から一瞬視線を外して、パチュリーは彼を認めると――パタン、と今度は本を閉じて、しっかりと彼の方を見た。

 

「単刀直入に聞くわ。博麗大結界が壊れかけているのはご存知?」

「……いえ」

「原因は貴方ね。それも能力のせい。だから、スキマ妖怪が積極的になった。綻びは、スペルカードルール制定となった紅霧異変の時から徐々に表れ始めた。その時から、あの子もいつに増しておかしかったけど……それも貴方が原因。すべてが繋がった」

 

 決して早口でしゃべっているわけではなかった。むしろ、清流のような穏やかな流れで、淡々と口にしていた。

 しかし、そんな新しい情報を説明もなく、唐突に、ただ結果だけ口にされても頭がパンクしそうだった。

 

 待った、と声を掛けようとするも、パチュリーはそれを読んでか自分の口元に人差し指を当てて、彼を黙らせる。

 

「私は貴方に手を出さない。解決策がないから。これはきっと誰もが同じ。その能力の対抗策は詳細を知って尚、無い、としか言えない。蓬莱人を殺す方法くらいに難題ね。更に厄介なのは、私たちが実際に覚えていられないこと。そもそも幻想郷から逃げられたら、探す術もなかった。だからこそ、スキマ妖怪は貴方のご主人様の異変を、貴方を囲む檻として使った。ここで確実に、解決するために」

 

 目の前の少女は丁寧に、異変を解決したのに、比那名居天子が殺される理由を説明しているのだ

 

 長尾在人の能力が原因で、博麗大結界に支障が生じた。それに気づいた八雲紫はようやく原因の彼を見つけて、比那名居天子の起こす異変にかこつけて解決しようと試みた。

 

 ざっくりまとめると、こんな感じなのだろう。

 もっと複雑な事情は絡んでいるのだろうが、彼の視点からすれば、それだけの情報で十分だった。

 

 八雲紫がいつから気づいていたとか、記憶を保持しているのか、どうやって保持しているのか、とか。そんなことは、彼にとっては不純物である。彼にはどうしようもないのだから。

 

「スキマ妖怪は絶対に来る。貴方の能力が解除されてすぐに、貴方を確実に殺すでしょうね」

 

 どうして博麗霊夢と行動を共にしていないのか。そもそも、記憶を保持していることから、逆行を逆手に取ってそう思い込ませるように行動したのか。

 

 分からないことだらけだが、必要な情報がこれだけ出揃った。

 

「でも、私は反対」

「……えっと」

「貴方を殺すことに」

 

 どうして、それほど八雲紫と対立しようとするのか。彼には思い当たる節が全くない。長尾在人にもない。

 

「だって、それで終わるとは限らないでしょう? それに、博麗大結界も限界。指で数えられる程度、能力が発動すれば壊れるわ。その貴重な一回を、そんな短絡的な手で潰すわけにはいかない」

 

 なら、と古ぼけて表紙の擦れた本を小脇に抱えて、彼女はようやく椅子から立ち上がる。

 

「原因を断つよりも穏便に。私は、結界の修復の方に向かうわ。巫女と、後は人形遣いも借りる。スキマ妖怪にはこう言いなさい。腐る前にこっちに来て添え木でもしなさいな、って」

 

 スタスタと、人柄を表すかのように、入り込む余地のない無機質な歩き方。声を掛けることさえ躊躇わせるその後ろ姿を、彼はただ見送るしかなかった。

 

「……あれ、私だけお留守番ですか?」

「……留守を守るのも簡単ではありませんので」

「そんなぁー!」

 

 今まで黙ってパチュリーの傍に控えていた小悪魔が、よよよ、とわかりやすい演技で崩れ落ちる。案外、こんな状況を楽しんでいるのかもしれない、と彼はくだらない予想を頭に浮かべる。

 

「それでは、私はこれで失礼します」

「こんな広くてかび臭い図書館で、私はひとり朽ち果てるのでした……」

 

 やっぱり悪魔の感性はわからない。

 悪魔特有の故事だろうが、冗談だろうが。

 

 彼にとっては、それはあまり笑い事ではない。

 それをわかって口にしているのは、彼女の上がった口角からも間違いない。

 

「悪魔はやはり、理解できません」

「あっ、理解とか求めてないんで」

 

 辛辣すぎる。そのきっぱりとした物言いに、親しみなど無縁のものであることがよくわかる。

 やはり、人間と悪魔は分かり合えるものではないのだろう、と。

 

 彼もまた、パチュリーの後を追うように、紅魔館の大図書館から出ていくのであった。

 

 





延命?
冗談はよしてくださいな。
必ず未来に起こる問題なのだから。
根絶をするのは、幻想郷の賢者として、当然の務めですわ
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