天子様の無茶ぶりに、私は今日も血反吐を吐いた 作:沖縄の苦い野菜
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「お前の運命は、実に面白い」
吸血鬼レミリア・スカーレットが紅魔館の屋根の上で、その翼を広げて尊大に言い放つ。
彼女を前に、長尾在人は顔を強張らせている。何度会おうと、何度繰り返そうと、彼女を前にして緊張が解けることはなかった。
「私は、お前に再び会う気で、お前を殺す未来があった。不死でもないただの人間を、再会する気で殺すなど、支離滅裂で実に面白いと思わないかい?」
「……悪魔としての感性、という話であれば。私には理解の及ばぬ範疇です」
「だろうな。理解は求めていないよ」
ところで、とレミリアは何の前触れもなく、まるで明日の天気でも聞くように。
「悪魔と契約してみる気はないかい?」
その言葉に、在人は目を見張った。
レミリア・スカーレットという幼く傲慢な吸血鬼……悪魔が、契約などと持ち出してくるなど、思ってもみなかったのだ。
悪魔にとって、契約とは絶対のもの。それを違えるなど悪魔自身にとっては以ての外であり、破れば悪魔側は格落ちどころでは済まないデメリットが待っている。
「……内容を、お聞きしても」
「話が早くて助かるよ。なに、お前にとってはそう難しいことでもない」
――フランの狂気をどうにかしてくれ。
「フランドール様は着実に正気に戻っている筈です。私が手を下すことなど、もはやありません」
「墓穴を掘ったな? お前、フランに何をした」
その言葉に、在人は首をかしげて、ついで口を一文字に結び、最後には唇を震わせながら彼女に聞く。
「……紅霧異変の際。私は誰よりも早く、この紅魔館に侵入したのはご存知ですか」
「いいや? 私に伝わっていないということは、門番も、魔女も、メイドも知らないだろうな」
「……重ねての質問をお許しください。現状を、把握する必要がございます」
「礼節をわきまえているようだな。許可する」
何を聞くべきか考えた。あれもこれも聞いては、目の前の強大な存在をいつ怒らせるかわかったものではない。
やり直したとして、次も彼女が現れてくれる保証はどこにもない。せっかく差し込んだ光を、見失うわけにはいかなかった。
聞くべきは、フランドールの現状だろうか。
それとも、本来はレミリアしか知り得ない情報を聞き出すべきか。
あるいは、あの紅霧異変のことについて聞くべきか。
「……紅霧異変の後、フランドール様は博麗の巫女か、白黒の魔法使いと弾幕ごっこをいたしましたか?」
「あぁ、していたよ。うちの魔女が雨を降らせなければ、フランは外に飛び出していただろう。おかげで私も館を出られなくてね。そのガス抜きをしてくれたことは評価している」
「どちらと」
「――博麗の巫女だ」
耳の奥から、歯車が軋むような不快な音が鳴りだした。
頭が割れるように痛い。
そう言えば、と思い出して、吐き気まで催してきた。
決定的に己がズレていることを自覚して、涙がこぼれ落ちる。心がまた悲鳴を上げる。声を出して今すぐ何もかも投げ出したい衝動を、どうにか抑え込む。
この情報だけは持って帰らねば、という狂気の妄執が、彼の心に虚飾の勇気を植え付ける。
「最後に。フランドール様に何をしたのか、というご質問にお答えするために。ひとつだけ、お聞き入れいただきたく」
「聞こうか」
これを言ってしまえば、もはや後戻りなど出来ないだろう。
元より後戻りなど出来る立場ではなかったが。既定路線が、世界がガラリと変わってしまうほどの変化が訪れて。
今まで積み上げてきたものが文字通り形骸と化してしまうことになるかもしれない。
より絶望的な状況に追い込まれるかもしれない。
それでも、この光届かぬ螺旋のどこかから、光が漏れ出ているというのなら。
確認しないわけにはいかないのだ。
「私を、紅魔館にご招待いただきたく」
「フランの部屋に招待するが、それでもいいのかい?」
「構いません」
悪魔はその口元を三日月に裂いた。人間は持たぬ鋭い犬歯が、今はその大口に似合う牙のように見えた。
「お前はもう逃れられないぞ。しかし、約束しよう。フランの狂気をどうにかしようとしている内は、我が館が異変解決の妨げになってやる。契約を果たした暁には、お前の願いを叶えられる範囲でひとつだけ、叶えてやろう」
「……気まぐれですか」
何と無しに彼が聞くと、吸血鬼は「いいや」と尊大に首を振って肩を竦めてみせると、あっけらかんと言い放つ。
「暇なのだよ、ワトソン君」
彼女はその手のひらに赤色の毛玉のような魔力を乗せたかと思うと、ギュッとそれを握り潰すのであった。
目に痛い外観の館の中に入った時、迎え入れたのは静寂だけであった。
妖精がいたずらをしてくるということもなければ、メイド長が時を止めて現れることもなく。門番が慌ててすっ飛んでくることもなければ、屋敷を破壊する喧騒に包まれるわけでもない。
その静けさが返って不気味であり、人間100人が集まっても立食会が出来そうなホールにポツンと立たされれば、なおさら気味の悪さが引き立った。
外観以上に中の広さを感じさせることも、それに拍車をかけているだろう。悪魔の館としては、ある意味正しい姿なのかもしれないが……。
「……静かですね」
「メイドには犯人捜しをしてもらっていてね。門番にはこの館の入り口を死守してもらっている。魔女は今も調べ物にご執心でね」
「フランドール様は今も地下に?」
「案内するといっただろう? その耳は何かい、飾りだったりするのかい? それとも頭の中身が空っぽなのか……」
「確認、です。ここでフランドール様と邂逅しないということは……私がフランドール様に“何も関与していない”可能性が高まりました」
「ふむ? おかしな事を言う。フランの運命に、お前の運命に、ここで双方が
まるで羅針盤でも覗き込むかのように、手のひらに浮かべた赤い毛玉のような魔力を覗き込むレミリア。話を聞きながら、彼女は自身の力“運命を操る程度の能力”を用いていた。その上で、彼女は考え込むように、真っ赤なネイルに染めた爪の先を、その桜色の唇に当てた。
その反応に、やはり、と在人は目敏く確信と新しい情報を手に入れた。
「なんだい、その目は。探るようなことはやめたまえ。どのみち君は、もう私の運命に囚われの身だ。いわば捕虜だよ、捕虜」
「捕虜は丁重に扱うもの、と聞き及んでいます」
「残念、それは人間の常識さ。……人間もそれほど守るわけでもないがね。それが私にもなれば、過度な期待は止した方が身のため、というものだ」
いやに鋭く、いやに声を弾ませて、まるで教鞭をとるステレオタイプのように指を天に向けて語るレミリアに、在人は上がっていた肩を落とした。
「私の期待値はどれほどにお見積りで」
「またおかしなことを聞くね? そもそも、期待値などという、決まった回数しか起こらないことを前提にした話に何の意味があるのかね?」
「っ……」
あまりにも上機嫌な彼女の言葉に、在人は背筋が凍る思いで体を震わせた。頭は熱く、腹の奥から熱が抜けていく、とても正常では居られなくなりそうな感覚に襲われる。
「賽は確かに振るさ。でも、気に入らない数字が出れば振りなおせばいい」
化け物だ、と在人は改めて目の前の存在を認識した。
魔法使いでもない。魔女でもない。天人でもない。半人半霊でもなく、幽霊とも違う。正真正銘の、人間とは相容れることのない化け物――妖怪。
彼女の言葉は、どこまでも残酷であった。残酷なことではあるが、それを顔色ひとつ変えず、むしろ上機嫌に言い放つその感性は、決して人間と相容れることはないだろう。
「恐いかい? 結構。それが我々、妖怪なのだよ」
背中に異形の翼を生やした小さな少女の背中が、何よりも巨大に感じられた。妖力を意図的に出しているわけでも、特別感情を向けられているわけでもない。ただ何の気ないその言葉が、プレッシャーとなって彼の肩に降りかかる。
そうして場面は移り変わり。
見上げるほどの二枚扉を潜った先は、そびえたつ本棚の森の中であった。
樹海、と呼んで差し支えないその場所は、まるで迷路のように通路が入り乱れており、光源は各所に引っ掛けられたランタンだけだ。仄かに本棚の周りを照らしているが、曲り角は本棚の角を残すだけで先は暗闇に包まれている。ここから奇襲でもされれば、初見では間違いなく対処できないだろう。
「ついてきたまえ。私を見失えば、この図書館の何処かで餓死するかもしれないね」
クスクス、と何がおかしいのか笑っているレミリアの後に慌ててついていく。
曲り角に入るたびに、影の中に隠れてしまうその小さな姿を見失いかけながら、彼はつかず離れず、必死に足を運び続けるのであった。
本棚の樹海を抜けた先には、大きなラウンドテーブルと椅子が置かれていた。
テーブルの上には本の山が出来上がっており、まるで波のようにテーブルの下にまで積み上がっている。その山にほとんど隠れる形で、その少女は本に向かい合っていた。
「やぁ、パチェ。早速で悪いのだけど、また紅い霧を幻想郷中に出してくれないかい?」
「……あら、レミィ。もう探偵ごっこはおしまい?」
「新しい暇つぶしさ。この男と、ちょっとした契約を交わしてね。フランの狂気の矯正さ」
紫紺の長髪をした寝間着のような明らかに大きいサイズの服に身を包んだ魔女は、レミリアの言葉に「ふうん?」と、彼女の隣に立つ在人を一瞥して、すぐに本へ視線を落とした。
「いいんじゃない。それで、霧の方はどういう風の吹き回し?」
「異変の解決を遅らせてやろうと思ってね。それに、私も暇だ。自主的にこの館に入り込む輩がいるなら、退屈しのぎにはなるだろう?」
「……はぁ。ほんと、退屈しない友人を持ったものね」
「そうだろう、そうだろう。……さて、お前はあっちの扉から下に降りろ。アプローチの仕方は、お前に一任するとしよう」
「……お任せください。報酬も、御忘れずに」
「悪魔の契約は絶対なのさ。どんな格下相手にでもね」
そうして、指示された扉のドアノブに手を掛けたところで、「そうそう」とレミリアが彼の背中から声をかけた。
「――迷子の感想を聞いてもいいかね?」
「もう、慣れましたよ」
「なんだ、つまらん」
扉を潜り、音を立てて閉め切った。
もはや、後戻りのできない回廊の中。
やっぱり此処は訪れちゃいけない場所だったんだ、と。
彼は一寸先も闇の、地下に続く石階段を降り続ける。この先に待っているのが希望か、それとも絶望かなどわからないが。
――コンコン、と部屋の扉をノックする。
「誰?」
幼い少女の声に、在人は一度息を詰まらせる。しかし、すぐにいつも通りを振舞うと、扉越しに彼女に声をかけた。
「長尾在人と申します。……レミリア様より、こちらへご招待を預かりました」
「あいつが? ……ま、いっか。人間の扱いなんて慣れてないけど、死んでもいいならどうぞー」
逡巡は一瞬だった。
ドアノブに手を掛けた在人は、その扉を開けて部屋の中に足を踏み入れ――
「きゅっとして」
――ドカーン、と。
そんな能天気な声と共に。
在人の意識は、呆気なく霞となって消し飛ぶのであった。
制限時間付きフランドール正気化計画とかいうルナティック課題を出されました
貴方ならどうする?