天子様の無茶ぶりに、私は今日も血反吐を吐いた 作:沖縄の苦い野菜
「あいつが? ……ま、いっか。人間の扱いなんて慣れてないけど、死んでもいいならどうぞー」
「……死にたくないので帰っても?」
「あはは! 冗談、ってわけじゃないけど。自殺志願者ってわけじゃないんだ。うん、殺さないから入っていいよー」
知っていた。つい先ほど殺されたばかりだ、と在人は出そうになる溜息を呑みこんだ。
即死であった。声からして、フランドールが“ありとあらゆるものを破壊する程度の能力”を使ったのは間違いない。しかし、一体どこを破壊されて即死させられたのか。そこまで詳細なことはわからなかった。
「それでは、失礼いたします」
「本当に失礼したら知らないよー?」
「……ご忠告、痛み入ります」
部屋に踏み込んで早々、くぎを刺されるような発言に彼は無難に返して、まずはフランドールの方に向いて一礼する。くぎを刺されて早々にフランクに接するほど、在人は命知らずではなかった。
「ふーん。なんか平凡。ね、お姉様から何を言われたの」
「狂気をどうにかしてくれ、とのことで」
「えぇ……? 貴方、カウンセラーなの?」
「いいえ。私は天界に住まわれる方の従者です」
えー、とつまらなさそうに唇を尖らせ不満を声にのせる彼女に、在人は困ったように笑みを浮かべる。
「ドカーン」
……は? と、声が漏れたのはフランドールの部屋の前でのことだった。
まるで先ほどの光景が夢幻だったかのように、いつの間にか巻き戻っていた。ドカーン、などと緊張感のない間の抜けた声だけが、最後に得られた情報。
おそらく能力を行使されたのだろう。
問題は、どうして能力を行使されたのか全く分からないことだった。
ここまで唐突な死は、過去を顧みても珍しいことだった。こんなことが出来るのは大抵が大妖怪、その逆鱗に訳も分からず触れてしまった時くらいだ。
奇襲によって一瞬で首を取られようとも、数秒は意識が残っている。だから原因は自然とわかるものなのだが。
幸いなのは、痛みさえ感じる暇もないほどの即死であることか。精神としてのダメージは、嬲られて殺されるよりよほど軽微なものだ。
「……」
思考に耽るも、答えは出てこない。ならば仕方ない、と彼は割り切って、前回を焼き回す。
フランドールは、特別何か変化を起こしたわけでもなく、ついに第一のデッドポイントがやってきた。
「えぇ……? 貴方、カウンセラーなの?」
「いいえ。私は天界に住まわれる方の従者です」
見極める。その覚悟を固めて、表情が自然と強張った。
えー、とつまらなさそうにするフランドールは前回と一緒。それに愛想笑いを浮かべる余裕などなく、彼が表情を固めたままでいると――
「何で貴方なんだろうね。私の気まぐれひとつで死んじゃいそうだし。……あっ、もしかして潰れた目がいっぱいあるから、私が目を見つけられないと思ったのかな?」
「……それは、フランドール様の能力、でしたね?」
「うん! 貴方は目が潰れすぎてて気持ち悪い。泥の中に手を突っ込んで探し物してるみたい」
ひどい言われ様であると同時に、何故かデッドポイントを過ぎ去っていた。
余裕があるのが気に食わなかったのか、それとも狂気が発作的に、それこそ前後関係なく発生するのか。後者だとすれば、在人にはお手上げだ。
「それでね、もしかして、なんだけど」
「何なりと」
「じゃあ、死にたくなかったら、次に私の言う言葉を五秒以内に言って。ほら」
「……は?」
「ドカーン」
人の命とはこうも安っぽいものだったのか、とどこか達観した目でしみじみと思う。
「じゃあ、死にたくなかったら、次に私の言う言葉を五秒以内に言って。ほら」
「ドカーン」
「わっ、正解! でも、偶然ってこともあるよね! 私ってワンパターンだから。じゃあ、次の問題! 死にたくなかったら、また私が次にいう言葉を当てること! 五秒以内に答えてね、ほら!」
「……まだ続けるのですか?」
「端数7個と1000以上の潰れた目の海に、また一個、目玉が潰れました。ドカーン」
「端数7個と1000以上の潰れた目の海に、また一個、目玉が潰れました。ドカーン」
「わっ、ほんとだ! 数がぴったり! 本当に“死んでるんだ”!」
「ッ!?」
すぐさま舌を噛み切って自害しようと口をあけて閉じようとしたところに、異物が突っ込まれる。まるで鋼でも噛んだかのように、歯が軋みギャリと嫌な音を立てる。歯と頭に痛みが響き、その眉がしかめられる。
「あははは! 死んでる! 殺した! 心を読むんじゃなくて、本当に死んでる! 私が知らないところで私が貴方を殺してる! ねえ、私は貴方を何回殺したの? 何回で此処にたどり着いたの?」
(まずいまずいまずい! 取り返しがつかない! 早く死なないと――!)
怪しく光る深紅の瞳が、彼の瞳の奥まで覗き込む。眼前まで近づいた顔に、口の中に突っ込まれた彼女の手。どこかに向くことも、逃れることも出来ない彼は、ただ彼女の狂気の瞳を見つめることしかできない。瞼を閉じようとも、何かの暗示に掛けられたかのように動いてくれない。
魅入られる。幼い少女の瞳が血のようにぬらりとした光沢をもち、彼の頭を狂わせようとする。瞳の奥から、ミミズが這うように少しずつ、頭の中へ狂気が蝕む。本来なら震える唇も、歯も動かせず、ただ無防備なまま狂乱の瞳に晒されて――
「あっ、そっか。これじゃあ喋れないね。でも、手を抜いたら貴方、死んじゃうでしょ? ……だから、壊してあげる!」
やめろ、やめてくれ、と絶叫に喉を震わせるが、お構いなしだった。涙を流しても、その腕を噛み千切ろうとしても、能力を彼女に向けて使っても――
冷静な思考を、狂気の瞳に犯され失っていた彼に、能力による自殺の選択肢は浮かんでこなかった。
ただ自分の頭に指を向けるだけで死ねるのに、そんな簡単なことさえ出来ないほど混乱して。
「きゅっとして」
――ドカーン、と。
パリン、と彼の中の何かがガラス細工のように音を立てて崩れ落ちていき。
「貴方はもう、コンティニュー出来ないのさ!」
フランドールが彼の口から手を引き抜き、口元を三日月に歪めながら高らかに宣言する。
そんな狂気の笑みを貼り付けながら、ぬらりと彼の唾液と少しの血に濡れる手に、ちろり、と小さな赤い舌を這わせた。付着した血を舐め取るその仕草は、幼い少女の姿をしているとは思えない、狂気に犯されているとは思えない、怪しい艶をもっていて。
何より、その見た目不相応な獲物を狙いすました様な深紅の瞳の流し目を向けられて。在人は身体をぶるりと震わせた。
狂気に染まりながら、色を覚えそれを求めるような視線。それが幼い少女の姿から繰り出され、見た目と中身のギャップが背徳的に浮き上がる。
それが、どうしようもなく人外なのだと認めるには十分で。
長尾在人は膝をつき、もはや自殺しようなどと考えられないほど、目の前の現実に打ちひしがれるのであった。
今日の死因:
失敗を笑われたような気がした。失礼だから死ね!(意訳)