fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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アマリリスの(追憶)

それは、多分、ずっと昔のことだ。

いや、昔、という表現が適当か。彼女にもわからない。あらゆる時間軸から脱臼した例外中の例外。全てが泡沫の夢に消えるような、永遠と刹那の狭間の出来事。電脳世界で繰り広げられた日々を過去といっていいか不明だが、少なからず、彼女の主観的時制としては過去に相当する。

その瞬間にだけ生きた、我性の一滴(アルターエゴ)。人智を超えた異形の怪物の象を以て産卵されたその生をどう理解して良いのか、彼女にすらわからない。()()()と一緒で、何のために生まれたのかすら判然としないままに断絶した記憶の最期は、それでも自分の決断だった、だろう。

 あの人の手を振り払ったのは私自身。ならばその生涯に意味は不要(いら)ず、ただ1人の孤絶の中で桜のように舞い散るだけ。その結末は徹頭徹尾了解していたけれど、それでもやっぱり、女の子だから、そんなことを思うのだ。

 無限へと延長した手。何も感じることのない実-存(てのひら)。もし、■■が、握り、返してくれたなら───。

 

 

 ───メルトリリスが目を覚ました時に感じたのは、とにかく異常な不快感だった。

 全身からの発汗、悪寒、馬鹿みたいな倦怠感。全身の血管に液状の錫を流し込まれたかのような感触は、全身を焼くような冷たさだった。

 そして、何より彼女の情動を揺さぶる光景があった。

 天幕の中、いつの間にか天へと伸ばした自分の手。剥き出しになったか細い皮と骨だけの、何も感じない手を、誰かが握っていた。

 「お、起きた」

 手のひらを乱反射する無の惹起。蠕動する五指を包む小さな手が、メルトリリスの網膜に焼き付いていく。

 「ケイローンせんせ、起きたみたいだよ」

 ざくり、と何かが軋む。頭蓋に収まる脳みそが液状化して、脊索を伝って全身を犯していくかのよう。

 「先輩、そろそろお昼の時間で……あ」

 「そー、起きたよ」

 まるで砕けたガラス片のような言葉だ。言葉の内実が、というわけではない。ただ、この人間の発する言葉は、何故か知らないが物凄く不愉快で頭にくる。

 握り返す、手のひら。痙攣するような手はまだぎこちなく戦慄くばかりだった。

 「はへ?」

 呑気な、赤銅色の髪の女。何故かその顔が、ずっと昔に見た誰かの顔によく似ていて。

 「先輩!」

 本当に、気持ち悪いと思った。

 

 ※

 

 「という、顛末でして」

 「ははぁ、なるほど……」

 それから、およそ2時間後。

 広々した部屋、ずらりと居並ぶサーヴァントたちを前に、立華藤丸(タチバナトウマ)は蒼い顔で頷いた。

 あの戦闘から、日数にしておよそ4日経っているらしい。

 らしい、という伝聞推定なのは、トウマもついさっき目を覚ましたばかりだったからだ。

 目を覚ました、というよりは叩き起こされたというべきか。くしゃくしゃに寝ぐせのついた髪を撫でつけながら、件の2人を見比べた。

 長い艶やかな髪を彩るような、鮮やかな青いリボン。それよりなお深い海を思わせる蒼い目に鼻筋通った顔立ちは、それだけならば美質に富んだと言って良い。だが、どうしようもなく惹起する怖気のような感情。畸形の神像と相対するかのような、畏怖と恐怖のシャム双生児にも似た情動は、人間では避け得ないものだという確信がある。

 つん、とした顔のまま組んだ脚、その先端。踵から生える魔剣はその異形の象徴で、畸形の神像という表徴が真実であると主張しているようだ。

 サーヴァント、メルトリリス。黝いドレスを着飾る神霊は、悪びれる様子もなくテーブルの上の紅茶を両手で持つと、ずいずいと飲み込んでいる。

 対するもう1人、全身包帯ぐるぐる巻きになって畏縮する人物……藤丸立華は、しょげたようにただただ肩を落としていた。……というかなんでアホ毛にまで包帯巻いてるんだろう。

 「そこ。サーヴァントじゃなくてハイ・サーヴァント。トールキン風に言うなら、上古のゴーストライナー、私は3柱の美神を兼ねた至高の存在者なわけ。人理の奴隷(スレイブ)なんかと一緒にしないでくださる?」

 「ヒェ」

 じろり、と切れるような青い目が睨みつける。済ました様子は相変わらずなのだけれど、なんというか威圧感は半端ではない。在り方はどうあれ、英霊すら超える神霊に等しいものの一瞥は、それだけである種の魔眼にも似た効果を発揮する。サーヴァントならばともかく、魔術師としても三流ですらないトウマには結構厳しい。

 「偉そうなこと言ってるけど、要するに女神の豚汁みたいなものじゃない。けんちん汁でもいいけど」

 豚汁て。けんちん汁て。身もふたもないクロのたとえに、案の定、メルトリリスは笑顔のまま額に青筋を浮かべている。

 「クロさん、せめてミックスジュースとかではありませんか? それかその……女神の欲張りセットとか……」

 「アナタみたいな野卑な弓兵にはわからないのよ。それとマシュ・キリエライト、そのたとえやめて。イラっとするから」

 あくまでも辛辣なクロとどこかずれたことを言うマシュ。応じるメルトリリスの口ぶりも辛辣だったが、マシュへの口ぶりは少しだけ苦手そうだった。

 その理由は至極全うで。病床のメルトリリスを見舞いに来るや襲われたリツカを守りに入ったマシュに、それはもうしこたま盾でぶん殴られたらしい。すましているが、実は全身打撲中のメルトリリスなのだ。……隣で病床に臥していたトウマは、丁度そのあおりを受けてすっ飛ばされたりしているが、まぁそれは、些細なことなのでいいのだけれど。

 「大方、リツカが悪いんだろうけど。襲っちゃったんだろう、リツカ」

 「変態そのものみたいな格好してるしね。ムラムラしちゃったんでしょ」

 「先輩、変態です……」

 「め、メスガキ2人に煽られた挙句に幼馴染ヒロインにドン引きされるなんて!」

 「我々の業界では……ご褒美、かと」

 「はい」

 「やっぱりな」

 「はいじゃないが。タチバナ、君も結構、アレだな」

 寒々とした目を向ける3人の視線の温度は相変わらずだ。メルトリリスはメルトリリスで、つんとすました顔のまま、我関せずの姿勢である。

 まぁでも気持ちはわかるよな、とコーヒー一口。砂糖マシマシの黒い汁を啜りながら、ちらっと一瞥……というか覗いてみる。

 ふうふう、と両手で持ったティーカップに息を吹きかける姿は、異形の神性にあるまじき仕草である。そして何よりその姿。脚を組み替えるメルトリリスの姿は、まぁなんというか……ほぼ裸体なんですよね。

 四肢末端にこそ衣服をまとっているが、肝心の胴と腰部はほぼ素肌。重要な部分こそ隠しているけれど、逆にその隠している装飾も装飾だ。R指定かかりそう。17くらいの。

 ……詳しく表現できないけれども。あれ、絶対挿入()さって固定してるよな―――。

 「? タチバナ先輩、お腹でも痛いんですか? 前かがみになって……」

 「いえ、そうではありません。健全な生命現象が発露してしまいましたが社会的には問題がございますので、防御姿勢をとっております。どうかお気になさらず」

 高校1年生男子には、ちょっと刺激が強すぎた。しょうがない。

 「やっぱり具合が悪いのではありませんか? 熱発はありませんし顔色も悪いどころか良いように見えますけど……お手洗いに行くと言うのは……というか、何か喋り方が……」

 「人間とはままならぬものなのです、どうか御目溢しを」

 そう言って顔を覗き込むマシュは本当に純真で優しいんだと思う。邪気が無い。邪気が無いだけに、腕に触れる妙に柔らかなマシュマロじみた感触が、なおのこと凄まじい。白々しい視線がおおよそリツカに向いてることだけが救いなような気がする。

 「───それで、いつまでガキの色狂いの話を聞いてりゃいいんだい。アタシは」

 ……高校生の低能な会話に紛れた声。呆れたようでその実品定めする、朗らかななのに強かな声音に、今更ながらにトウマは席の奥に意識を移した。

 つまらなそうに頬杖をついては、指先でくるくる三角帽子を回す人物1人。肩ほどまでの長さの髪は癖が強く、頭頂部からひょこりと生えるアホ毛は茶目っ気と言えばそういう風采にも見える。実際、つまらなそうな顔も子供みたいに表情の輪郭が鮮明で、それだけに溌剌さを思わせる人物だろう。

 だがそんな外見にも関わらず、受ける印象はまるで逆。強かかつ怜悧。豪胆と双生児になった犀利を惹起させる人物こそは、トウマが“原作知識”として知る人物だった。

 ライダー、フランシス・ドレイク。Fate/extraにて、最も初めに戦うサーヴァントだ。原作ではどちらかと言えば磊落さというか豪胆さを感じさせるのだが、目の前に居る彼女の威容はそれとはまるで違う。豪胆且つ繊細。無邪気と邪気を同時に併存させる雰囲気が、彼女には、あった。

 「あぁすまない、つい揶揄いが楽しくなってしまって」

 応えたのは、ライネスだった。特に気負った様子もなく、優雅さすら思わせる余裕さだ。最も、その容量大きな仕草も彼女の打算によって存立するもの……らしい。

 ひとまず負傷者の容態回復を待った後、フランシス・ドレイクを中心とする海賊団とカルデアの間で“今後の話し合い”をする、と決めたのが、あの遭遇戦の直後のこと。4日を経ていざ会合の日が来てみれば、なんだか子供じみたやり取りを見せられては興が冷めるのも無理からぬことではあると思う。逆に言えば、ドレイクはカルデアの戦力に対し、ある程度の期待を寄せている……ともいえるのだが。現地協力者が欲しいカルデアにしてみれば、ドレイクたちは是非とも仲間に引き入れたいところでは、あった。

 「なぁコロンブス、本当にこのマセガキどもがヘラクレスを撃退したのかい?」

 「そりゃあ間違いないぜ。俺がこの目と耳で確かめたことだ」

 「ふぅん?」

 ドレイクの背後、佇立するコロンブスは粛然と応えた。聞くドレイクの表情は変わらず、思案しているのかすら判然としない。

 肩透かしのような、奇妙な感覚だ。トウマのイメージにあるフランシス・ドレイクとは明らかに様相を異にする姿に、ただただトウマは疑問符を頭に浮かべていた。

 「私たちの力を証明しろと仰られるかな?」

 「証明といよりは信用の問題さね。どうやら、強さに関しては問題ないみたいだし?」

 ちら、とドレイクがコロンブスの姿を一瞥する。期待の裏打ちは既に十分、らしい。だがあくまでそれは、強さだけの話、ということだ。

 「背中を預けるには、もう一押しということか」ライネスの言葉は、問いかけというよりも思案ついでに独り言ちるようなものだった。「敵のサーヴァントの一人も討ち取って見せればいいのかな。オデュッセウスあたりを」

 ドレイクの表情は変わらない。相変わらず気乗りしない様子で帽子をくるくる回しては、気だるげな一瞥だけをこちらに寄越していた。

 他方、ライネスも泰然とした姿は変わらない。優雅にティーカップを指先で弄ぶ姿は、場所が場所なら深窓の令嬢という言葉が似あいそうなほどだ。

 奇妙な、一瞬の間。不意に帽子回しをやめると、ドレイクは緩慢な動作で、納まりの悪い髪を帽子の中に押し込むように被った。帽子の唾の奥で、彼女の口角が僅かに上がった。

 「その条件で良い。腕試しにもなるだろう?」

 どかり、とドレイクは背もたれに身体を預けた。

 帽子から覗く眼光。鈍麻なほどに鋭利な視線の直下、歪む口角は酷く竜の如くに悪魔じみていた。

 「交渉成立、どうも」

 ならば、対するライネスの微笑もやはり凄惨か。チェシャな表情は子猫のように愛らしいが、蠱惑の堕天使を思わせた。

 「ちなみにオデュッセウスの首でいいのかい?」

 「そうさねぇ。いや、別な奴がいい」

 「だと思ったよ、エル・ドラゴ」

 刹那の瞠目。表情筋の硬直は秒未満、その後には、ドレイクは酷薄なまでの朗らかな笑みを浮かべて見せた。

 

 

 「そろそろかなぁ?」

 彼女のその呟きは、つまらなそうなふりをして、実際のところは好奇そのものと言って良かった。

 「何笑ってるんだよ、アン」

 黒いコートをすっぽり被った彼女……メアリー・リードの、口元を隠したむっとした顔も微笑ましい。ちんちくりんな見た目も相まって、きゅっとすぼめた眉頭が可愛いのだ。

 「メアリーはあーいう男の子、好きそうですものね。朴訥としてる、というか」

 ふふ、と小さく笑うもう一人。脱色したような白い髪のメアリーとは対照的な、豊かなプラチナブロンドに偉丈夫もかくやといった長身の姿。アン・ボニーはころころと笑いながら、メアリーの髪をくしゃくしゃとかき回した。

 「そういうアンはどうなのさ」

 「そうですわねぇ。私はあっちの女の子の方が好みですわ」

 「だと思った」

 素っ気ない素振りのメアリー。他方のアンはエヘヘ、と笑って身体を左右に揺さぶっていた。

 「英霊になっても私たちは私たちだ」

 と零したメアリーも、表情こそは感情に乏しい。長いわけではないが濃密な時を共に過ごしたアンにも、メアリー・リードの人物像の全てはよくわからない。大方荒々しい女海賊のように、獲物を狙っている、ということか。

 「終わったみたい」

 もちろん、最初に気づいたのはメアリーだ。天幕からぞろぞろと出てきた姿を認めるや、メアリーはひょこひょこと野兎みたいに駆けだした。

 駆け寄る先は黒い髪の男の子。気づいた少年が不意に目の前に飛び込んできた姿に目を白黒させるのも構わず、メアリーは「少年君、少年君」とやはり感情に乏しい言葉を繰り返した。

 「ボクが世話係のメアリー、メアリー・リード。よろしく」

 「あ、どうも……タチバナ・トウマです。トウマが名前で」

 「ふーん、トウマ」特に関心もなさそうに言う。「それで、そっちのアーチャーが少年君のサーヴァント?」

 「そ。クロエ」

 「クロエに、少年君か」

 きっと、今彼女は死んだ魚みたいな目をしながら品定めしているに違いない。コート姿の小さな姿の背にころころ笑みを浮かべて、自分の仕事をしようか、と一人頷く。

 メアリーに対して、アンはもう一方の案内役だ。大人しそうな眼鏡の女の子に、赤銅色の髪の少女に近寄ると、「はぁい」と小さく手を振った。

 「キャプテンから聞いてると思いますけど、アン・ボニーです。この拠点での貴女たちの世話係を仰せつかりました。よろしくお願いしますわね?」

 「リツカです。この子がマシュ、マシュ・キリエライト」

 赤銅色の髪の女の子、リツカと名乗った彼女は眠そうな目で言った。

 「すごい美人さんだね、マシュ」

 「は、はい。それにその……スゴイおっきいです!」

 「確かに……でっか」

 ちょっと興奮気味の眼鏡の女の子、マシュはキラキラした目でアンを見上げた。リツカも目を輝かせているが、なんか意味が違いそうだなと思わなくもない。マシュの目線はアンの頭頂部あたりを向いているけれど、リツカはもう少し下の方を見ている。具 体的には首の下あたりだ。

 ───先ごろ、アンはメアリーのことを熊だの女海賊だのと言ったが、実際のところはアンも十分同類だった。獲物は必ず略取するのが彼女の流儀であり、得物は現状、目の前であまりに無防備に目を輝かせているではないか。

 普段のアンであれば、既に()()に行っている。だが寸で彼女が思いとどまったのは、得物の隣で同じように目をキラキラさせながら、アン・ボニーと呼ばれる人物の説明をするもう一人の存在者のせいだった。

 「つまりアンさんとメアリーさんはとても勇猛果敢な海賊さんでいらっしゃって」

 「マシュは物知りだなぁ」

 「あ、いえ……その、本に書いてあっただけのことなので」

 照れるマシュ。陶器の人形みたいな白い肌を赤らめる姿の初心さは、痛ましいまでに微笑ましい。

 アンに、いわゆる18世紀的な理性や良識はあまり存在しない。もしそういった徳を備えていたなら、そもそも海賊になどなってはいまい。だが他方、アンには理性や良識など欠片ほどくらいしか持ち合わせがないが、そのなけなしの徳と、女であることが不意に接合したその奇妙な何かが、アンの挙動を一手止めていた。

 ()()()()

 彼女は敏い。この間、僅かに数分である。にも拘らずにおおよそを理解した彼女は、とりあえず何もしないことにした。

 とりあえず。

 「フォウ?」

 このちんまり毛むくじゃらを愉しもうかな、と思う。ひょいと抱き上げると、特に抵抗もしない白い毛玉をわしゃわしゃする。

 「それではようこそおいでくださいました、我ら海賊の穴蔵へ」




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