fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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倦怠、淡い

 沈む、毛布の音。おや、と振り向いたサーヴァントは、その姿に奇妙な感慨を覚えた。

 淀むような、黝いコート。すん、と済ましたように鼻を鳴らす姿。ともすれば異形めいた佇まいにも見えただろう。だが、彼には優美さというよりも技巧的な精妙さを感じさせた。

 鍛冶神ヘファイストスが鍛えた一振りの剣。そんな印象に結びついたのは、もちろん彼が古代ギリシャを原典とする英霊だったからだ。

 アーチャー、ケイローン。長い亜麻色の髪は艶やかな獣毛を思わせる。粗野粗暴なケンタウロスと呼ばれる種族にあって、賢者とも称される英雄だ。

 「お疲れ様でした、メルトリリス様」

 静やかな、バリトンの声音。耳に心地よい声に、果たして黒衣のサーヴァント、メルトリリスも素っ気なくも、柔和さすらある一瞥をケイローンに返した。

 「悪かったわ、無理を言って」

 「いえ。大事なご用事だったのでしょう」

 深い吐息とともに、臥床するメルトリリス。温和さを湛えた微笑のまま、ケイローンは天幕の奥に向かう。

 元は療養目的で設営された天幕の奥。目的は物理的魔術的に、厳重に封印された壺───ではなく、ケイローンは慣れた手付きで干した薬草を手に取る。カンゾウ類、要するに甘草と呼ばれる被子植物の根を砕き、蜜を練ったものをケースに流し込む。次いで指にとると、仰向けで寝転ぶメルトリリスの胴───外見上は見えない傷へと、べとりと塗りたくっていく。

 穏やかな闃然。

 本来、メルトリリスは、他者に触れられることを極度に嫌う。どこの馬の骨ともしれない愚物が己に触れるなど烏滸がましいにもほどがある……そう、志向している。もし触れてよいものがあるなら、それは特別な人間(ひと)だけだ。

 そんな彼女をして、ケイローンの施術をメルトリリスは許していた。むしろ鈍麻な彼女の神経にすら、ケイローンの手のひらの倫理性は心地良い。美質を賛美するメルトリリスという人物が故、とも言えるだろう。光明の神に芸術、医術、予言を。月の女神には狩猟の術を学んだケイローンの技術は、言ってみれば芸術性を帯びる。つまるところ、ケイローンの施術はある種芸術なのだ。それを享受することは幸福でこそあれ、厭うべきものでは全くない。メルトリリスはそのような結論に至っていた。最も、もし無思慮に触れてくるようなことがあればその時は容赦なく首を落とすつもりだ。だが、それは在り得ない可能性だろう。そんな夢想を抱くことすら、この賢人には無礼であろう。そう思わせる空気が、ケイローンにはある。

 「後でこちらをお飲みください」

 「む……」ずい、と差し出された木のカップと錠剤に、メルトリリスは眉を顰めた。

 「メルトリリス様」

 ぴしゃり、と温和な声が耳朶を打つ。眉間に皺を寄せながらも、メルトリリスは、反論はしなかった。

 「わかってるわよ。でも後でね」

 つん、とした不機嫌そうに顔を逸らすメルトリリス。どこかぎこちない仕草も、ケイローンには微笑ましい限りだ。

 ……メルトリリスにとり、ケイローンという人物像は全く未知だった。理性と良識を備えた健やかな人物像。それでいて道徳性を振り回したり威張り散らしたりはせず、師父という言葉が自然と似合う倫理的主体性を格率とする……端的に、善い大人。そんな存在者は、メルトリリスには彼女の短い生には一切関係のない人物像だった。

 じゃあ不快か、というと、そうではない。峻烈そのものと言っていいメルトリリスには、その凪いだ海のような在り方は良い意味で不思議な感触だった。

 「それで、思い出されましたか? 例のマスターを見て」

 白い天幕、その天蓋を眺めるメルトリリスの表情は明るくない。妙な気持ち悪さを抱えたような、そんな顔だ。

 彼女、メルトリリスがこの天幕に運び込まれてきたのはおおよそ数日前。最低限の処置だけ施されて消滅こそ免れていたものの、それでも重篤な状態だったのは変わりない。そんな彼女が数日で、一応日常生活を送れるように恢復できたのは、一重に治療にあたったケイローンの為せる業ではあっただろう。

 とは言え、ケイローン本人としては至らなさが先行しているらしい。もしアスクレピオスであれば既に完治させていただろう、と一度だけ口にしていた。間接的ではあるけれど、ただその医術の才だけで神の座に昇った彼のことを、ケイローンは誇らしくもあり、また純粋に尊敬しているのだろう。

 あるいは、と思う。

 施術をしたケイローンだからこそ察知した、というべきか。歪な象のメルトリリスに交ざる、かつての師の面影を考えれば。神霊の類の療養は、自分では力不足だ、という自覚だろう。

 「何も。私の記憶は戻りそうになかったわね」

 メルトリリスの言葉は、歯切れが悪い。

 「何か思い出したような、気もするのですけれど」

 言って、メルトリリスは手を掲げた。

 袖口がずりおちる。外気に露わになった白い手は不気味なほどに病的で、ほとんど骨と皮しかないようにすら見える。指が動く様は酷くぎこちなく、不気味ですらある。不快感すら催す蠢動は、何かを掴もうとしているように、見えた。

 「でも」

 思わず言いかけ、メルトリリスは口を噤んだ。はっとしたような表情をしたのも一瞬、そもそも何故自分はそんな顔を作ったのか。それすら不鮮明な様子で、彼女は難しい顔を作った。

 無論。

 「なんでもない」

 ケイローンは、そんなメルトリリスの振舞に対して、特に何も言葉を発しない。彼女がそれを必要としていないことを、ケンタウロス族きっての賢哲は理解していた。

 「動いたらダメかしら、まだ」

 「かまいませんよ。通常の戦闘なら可能でしょう。ですが宝具の発動、といった急激な魔力運用は控えてください」

 「わかってるわ。それじゃあ……」

 ベッドから身体を起こしたメルトリリスは、目の前に差し出されたそれに顔を顰めた。

 「お飲みください?」

 「わかったわよ。抜け目ないわね、アナタ」

 

 ※

 

 「ニホンにフランスにローマかぁ。とんでもない旅なんだなぁ」

 脚をパタパタ。椅子に腰かけたメアリー・リードの素っ気ない声に対して、応えるトウマの声はどっちかというと緊張しているように、クロには思えた。

 「どこが面白かった?」

 「面白かったとこ、ですか」

 天幕のベッドに腰を下ろすトウマは、ちょっと考えるように首を捻る。クロはそんなマスターの後ろ姿を、ベッドの上で携帯用のタブレット端末を弄りながらちらと一瞥する。

 「あんまそんな感じじゃないんだ」

 「そうですかね。どっちかというと大変というか、いつもギリギリで」

 トウマは、ちょっと身体を小さくした。頭をかく仕草は照れというよりは気まずさを紛らわせているんだ、とクロはよく知っている。

 「でも言われてみると良いことも、あったかなとは。サーヴァントの皆と会えたのは、良かったのかなって」

 相変わらず、トウマは頭をかいている。でも今度は気散じではなくて、照れだ───電子書籍化したファッション雑誌をちらちら見ながらも、クロはそれとなくトウマの心情を、理解する。

 「ちゃんとその出会いを活かせていかなきゃなっても思いますけども」

 「少年君は真面目だなぁ、ボクだったら楽しいやってくらいしか思わないと思うよ」

 言って、メアリーは椅子から飛び上がる。身長150ちょっと、脚の高いベッドに座るトウマとは、ちょうど顔の高さは同じくらい、で。

 「じゃあ、ボクのことも忘れられないようにしてあげるから」

 不意に、メアリーの身体が沈む。あ、とクロが思ったときには既に完了済みで、トウマには恐らくその事態をよく理解していない。

 粘膜接触。

 口唇の接触。

 接吻。

 即ちそれって。

 「んな!」

 「な、なな何!? キ、キキ―――!?」

 「何それ。漫画とかで野蛮人が挙げる奇声? そっちは深淵にいる兎人間みたいだな」

 朴訥としたような顔は全然変わらない。表情の起伏など無さそうな顔のまま、メアリーは口元だけを蠱惑的に歪めた。

 「少年君、かわいかったから。いいよね、アーチャー? まぁ、答えは聞いてないけど」

 「いや、良いって言うか……」

 「ボクこれでも海賊だからさ。欲しいものは盗っちゃうよ」

 そうして再度。当たり前のようにトウマの唇を掠取すると、あっさりと身を翻した。

 「じゃあね」

 後ろ姿のまま、ひらひら手を振るメアリー。そのまま何事も無かったように彼女は天幕を去っていった。

 嵐のような……と言うより、無風の青い田園に吹いた颪のようだった。

 「きゅう」

 無言の転倒。ベッドに転がったトウマは、身体をくの字に曲げたまま、耳まで顔を真っ赤にしていた。

 (あーあー、聞こえてるかい2人とも。ローカルでも通じにくいんだな。ちょっと気になることがあるからドレイクのところに来て欲しいんだけど……ってどうしたんだ?)

 ライネスの声も、妙に上の空にだけ響いていた。




なんか100話になってました。2年前に投稿初めてから随分進んだなぁとしみじみしております。長いような、短かったような不思議な気分ですね。肝心の100話はそう目覚ましい話ではないんですけども。


今後とも当作をご愛顧のほどよろしくお願いいたします。
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