fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
色々落ち着いたので投稿開始します
「さっきの話、もう一度確認したいことがあるんだけどさぁ」
組んだ足を卓上に投げ出したドレイクは、まるで些末事のように言った。
「何かな? 結構色々話をしたと思うけど。聖杯はとりあえずいい、って話?」
ライネスは脱ぎ終わった制服を畳みながら、寝間着をベッドに広げていく。ふわ、とあくびも一つすると、緩んだ涙腺から漏れる雫を擦り落とした。
既に、グリニッジ標準時は20時を過ぎている。逢魔が時は既に超え、暗黒の世界はまさしく魔的な時間ともいえるだろう。本来はこの夜こそが魔術師の時間であり、ライネスにとってもそれは変わらない。普段なら目も冴え冴えで、ましてサーヴァントの体躯である。眠る必要など皆無なのだが、それでもライネスは、就寝という習慣を励行していた。
サーヴァントの炉心たる魔術回路を熾す魔力供給は、マスターからではなくカルデアスの炉心から行われる。上位の魔術師すら優に超える魔力供給を可能とするシステムで、供給量は半永久的ですらあるのだが、それでも一度に回せる魔力量には限度がある。炉心で生成させる魔力は施設運営にも回していることを思えば、抑えられる消費は抑えられるに越したことはないのだ。戦闘に突入すれば、問答無用で膨大な魔力を食うことになるのだから。それ故に、ライネスは本来不要な“寝る”という行為に重点を置くことにしていた。わざわざ寝間着を魔力で編んだのは、完全に彼女の趣味なのだが。霊衣変換自体はさして消費としては多くないのでいいだろう……と、とりあえず言い訳はしている。
「あのヘラクレスを一回殺したってのは本当なんだよね?」
「本当だとも。彼女の投影魔術なら、例のゴッドハンドに対してある程度強気に出られるからね。まぁ完全に優位ってわけじゃあないだろうけど」
ライネスに応えたのは、逡巡のような黙然だった。ベッドの隣に設えられたデスクに投げた足を、ドレイクは下ろした。
「もう一度確認するんだけど」
「何かな」
逡巡は変わらず、ドレイクは思考を手繰るような慎重な声。「あの毛皮越しに殺したんだよねぇ?」
「毛皮? まぁそうだった、かな?」
妙に神妙な素振りに、ライネスも思案気に頬に触れた。
布。
戦術データリンクで共有した視覚情報を思い返せば、確かにあの巨体は頭から奇妙な防具を被っていた。そしてクロの投影した魔槍は、あの毛皮ごとにヘラクレスの肉体を刳り貫いたはずだ。
「そうか、ネメアの獅子の毛皮」
───ヘラクレス、十二の難行の一つ。人理を否定する神獣より剥いだ毛皮は、人間の生み出したあらゆる武具の攻撃を弾いたという。そうしてヘラクレスは武具ではなく、その強靭な肉体を以て縊り殺し、毛皮を剥いでその肉を喰らったという。
特異点冬木の情報はライネスも閲覧済みだ。あの第五次聖杯戦争に端を発したと思われる特異点、そこに現れた狂戦士のサーヴァント、ヘラクレス。十二個の命のストックを持ち、Aランク以下の宝具の攻撃を軽減するインチキ宝具『
このヘラクレスは別な宝具を持っているのか。いや、ゲイ・ボルグで間違いなく殺したにも関わらず、ヘラクレスは自己蘇生を果たした。ならば獅子の毛皮に加えてゴッドハンドも所持しているはずだ。
クロの視覚情報から鑑みるに、ヘラクレスは青銅の怪鳥も使役していた。それも宝具だとでも言うのか? 一体いくつ宝具を持っているのか、あのヘラクレスなるサーヴァントは。
それも疑念。だが、今は別な疑問が視界を揺れている。
彼女が投影したケルト神話の魔槍、ゲイ・ボルグ。心臓を穿つ光の御子の槍は、当然のようにあの毛皮を貫き、大英雄の心臓を喰らったはずだ。
「あの槍、ゲイ・ボルグという名なんだが」
「へぇ?」ドレイクは、ちょっとだけ関心を寄せた素振りを見せた。「神獣を原典にした槍ならば、ネメアの獅子の皮も貫けるって言いたいわけかい?」
……それとなく喋ってわかったことだが、フランシス・ドレイクは結構知的水準が高い。無敵艦隊を打ち破った戦術しかり、粗野に見えては知悉に富む。海賊の出でありながら、叙勲を受けるに足る人物なのだ。
「む……まぁそうだが」
ライネスは少しばかり、口を曲げた。リツカもそうなのだが、思考が回る相手というのは話はスムーズに進むが思考を見抜かれているかのような感じすらする。陰謀策謀を内に秘めることこそ本懐という生を送ってきたライネスにしてみれば、それこそ道端で裸にされるような感じすらする。
「可能性として無くはなさそうだけどねぇ。でもさ、普通に考えたらその槍だって道具だろう? 可能性としては弱い」
「むむ……」
正論だ。如何に魔獣を素材にしていようが、結局は人の手によって生み出された武具に差異はない。ならば神獣の毛皮を貫ける道理は、そこにないと考える方が自然だろう。
ならば、何故。
思案は、そこまで長くなかった。何より思考するための材料がない。クロがなんらかのスキル……防御効果を無効化するスキルを有していれば話は別だが、彼女のステータス上そういったものは確認できない。クロエのスキルは千里眼に心眼、といったもので、小回りは聞くがユニークスキルの類は持ち合わせていない。刀剣類の宝具を投影する、という派手さに目を奪われがちだが、クロエのスキル構成は割とオーソドックスに纏まっているのも事実だ。
人の手、ないし神なるもの……広く人理に属する者が作り出した武具なら全てカットされるものを貫通し得るには、どういう理屈を用意すればいいのか。ライネスには、ちょっとわからなかった。
「ま、どういう原理かはどうでもいいんだけど」
「いやいいのかよ!?」
今の思案の意味は一体……恨めし気にドレイクを見やると、案外子供っぽくにやにやと笑っている。
「アタシは、あのヘラクレスをぶち殺せる可能性があるサーヴァントってことにしか興味はないのさ」
「実利的なことだ」
「海賊ってのはそういうもんさ。伊達や酔狂だけでできるほど、楽な“仕事”じゃあない」
それに、と続けて、ようやくドレイクは足を下ろした。
真直ぐ見つめる、ドレイクの目。ごちゃつく倫敦というよりは、片田舎のからっとした青空を思わせるはずの彼女の表情は、そこにない。あるのはただ、底の知れぬほどの何かを抱えた目だった。あるいはそれは同質か。底抜けの青空が無限の穹窿であるのと、遥かな深淵の暗黒が見渡せないことは、本質的には同義とでも言うのだろう。ライネスは、内心で何か空恐ろしさすら感じた。外面は相変わらずなのは、エルメロイの家名に生きてきた、その生き方によるものだったか。
「アンタ、中国でも随一の名軍師なんだってね?」
「まぁあくまで中身は、だけどね」
「どっちでもいいさ。要するに、アタシは今後の作戦について話ができればそれでいい」
「まぁそれなら」
「これはアタシの考えなんだけど───」
ドレイクが言いかけた、その時だった。
(あー、こちらカルデアのロマニ。聞こえてるかな?)
空中に映像が立ち上がった。
いや、正確には映像はきていない。映像通信のウィンドウだけが立ち上がったものの、音声だけで映像データまでは出力されていないらしい。
(ドレイク船長、一つ確認なんだが)
「ん?」
(その島の北東4km方面にサーヴァントの反応を確認したんだけど、心当たりあるかな?)
「いや。アタシらで残ってるサーヴァントは6騎だけだ」
「敵、か?」
明瞭に象る疑念。
この島が諸々の作用で敵の索敵網から外れているらしい、という事情はそれとなく気づいているのだが、魔術に絶対はない。想像し得る全ての事象は魔法事象である、とはよく言ったものだ。
だが仮に敵だとするなら、それはそれで疑問もあるのも事実。
つまるところを言えば。
「なんだかわからん、ってことか」
(一応参考なんだけども、そのサーヴァント? の霊基規模が上手く測定できなくてね。単純にそちらの特異点に干渉できないってこともあるんだろうけど。どっちかというと、なんかちょっと優秀な魔術師の使い魔レベル、程度の反応なんだよね)
「なんだ、それ?」
ますます不明だ。カルデアの戦力を含めれば、サーヴァントが現状9騎いる勢力に送り込む戦力としては、心もとないにもほどがある。
ならば陽動。
可能性としては捨てきれない。
「少数の戦力を以て動向を探るってのがまぁ無難なところだと思うけど、どう?」
「そうだろうね」
ドレイクに、頷きを返すライネス。次いで彼女の思考は、選定すべき戦力に移る。
いや、これはほとんど思考の余地はなかった。即座に解答に辿り着いたライネスは、パスを介した無線を開いた。
「あーあー、聞こえてるかい2人とも。ローカルでも通じにくいんだな……。ちょっと気になることがあるからドレイクのところに来て欲しいんだけど───ってどうしたんだ?」
※
「それで、この2人はなんなわけ?」
むう、と頬を膨らませるクロ。全く以て機嫌はよろしくないようで、目の前に並ぶ2人を見る目はけんもほろろだ。
「ごめんなさいね、お嬢ちゃん? メアリーったら、いつも以上に張り切っちゃって」
「まーまー、お仲間なんだから仲良くしようよ」
他方、もう一方のサーヴァント2人は、どちらものほほん、とした様子だ。泰然というよりは飄々。つかみどころの無い笑みは、なるほど規律戒律という言葉から自由な雰囲気がある。
アン・ボニーとメアリー・リード。およそ世界でもっとも有名な女海賊のコンビだったと、とトウマは記憶している。黒髭やドレイク、といった海賊たちが英霊の座に上り詰めているのなら。2人も同じく英霊に昇華していてもおかしくはない。
特異的なのはその在り方だろう。
アンとメアリーは人物としては2人だが、サーヴァントとしては1騎に数えられる。ライダークラスの霊基を2人で共有する、稀なサーヴァントなのだ。
「数的有利で押すのは常道だろー」
「まぁ敵って決まったわけじゃありませんけどね」
朗らかに言葉を交わすアンとメアリー。対照的な外見の2人だけれど、それだけに親密に話す姿はコンビとしての結びつきの強さを思わせた。
「まぁ、別にいいけど―」
相変わらず拗ねた様子のまま、クロはぐい、とトウマの袖を引っ張った。
じい、と見上げる酸化銅の目。トウマが何らかのリアクションを取る前に、クロは素っ気なく鼻を鳴らした。
「おやつを食べるのはいいけど。食べ過ぎてメインディッシュが食べられない、なんてことにならなければね」
流石に、口を噤む。気まずいなんて話ではない。
というかなんか……これってそういうことなんだよな。
(あーごめん、痴情がもつれてるところ悪いんだけども)
と、無線が耳朶を打つ。
視野投影される通信ウィンドウに、のほほんとした顔が浮かぶ。リツカは緊張感などまるでない表情のまま、エナジードリンクを呷っている。
───その背後のベッド。黙然とメルトリリスが足を組んで座っているのは、何なのだろう。後ろでわたわたするマシュもマシュだけれど。むしろ、痴情がもつれているのは向こうなのでは。よく見れば、確かにリツカは緊張感などなさげだけれど、妙な気まずさは感じさせる顔つきである。
(正体不明のサーヴァントの動きが止まった。というより、動きからして何かしらの戦闘行為が発生しているようだ。こちらの結界の防衛機構が作動してないことを考えると、原生生物と小競り合いをしているらしい)
「とりあえず距離を詰めて静観、ってことでいいのかしら」
(話が早くて助かるよ)
リツカに素早く応えたのは、やはりクロだ。なるほどー、と頷くメアリーに目を丸くして首を縦に振るアンは、あまり戦術とかそういうことを考えることは得意ではないらしい。なんならトウマも、リツカとクロの会話はついていくので精一杯だったりする。
(配置は)一瞬、リツカは思案するように視線をずらした。(メアリーとクロが前衛、アンは後方からの援護に徹して。トウマ君はよく見て)
各々、了解の声を返す。トウマも流石に慣れたもので、「了解」と応える声は落ち着いたものだ。最も、緊張はしていないわけではないし、自分の立場を弁えているからなのだが。
「だって。よろしく、クロエ」
「……よろしく」
むっつり、と返すクロ。対するメアリーはやはりつかみどころ無く、「じゃあ行こうか」と森の中へと飛びこんだ。
「クロ」
トウマの声に、振り返る白銀の影。月光の下に煌めく彼女の双眸は、拗ねというよりも、もっと別な感傷で。
「行ってらっしゃい」
「うん」
駆ける、疾走。弓を投影したクロの姿は、一瞬後に樹々の中へと消えていった。
101話でした
とりあえず週1、金曜夜の投稿していきたいと思いますので皆さまよろしくお願いします 誤字脱字や感想、評価などありましたらじゃんじゃか頂けると執筆者はありがたく思ったりします