fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
同時刻
「えーっと、それで、何でしょう」
折り畳まれる映像通信用のコンソール。ふう、と嘆息を一つ。同時にエナジードリンクを飲んだリツカは、気まずそうに、右側頭部にまとめた銅色の髪をかき回した。
声の向く先、リツカの後ろ。彼女の天幕に堂々とやってきたメルトリリスは、ベッドの上で胡乱気な目を向けていた。
無論、メルトリリスの視線が向く先はリツカである。じとーっとした目に居心地悪くなったのか、自然、リツカのエナドリを呷る速度はちょっと加速していた。なんなら脂肪肝も加速気味である。肝硬変もそう遠くない。
……ちょっと、こういうところは珍しい。と、マシュは思った。泰然は泰然だけれど、大きく構えるのとはちょっと質が違う。かといって海賊たちのような身軽さでもなく、ただ底抜けの能天気さとでも言おうか。そんなリツカが、ちょっとたじろぐ姿は新鮮と言えば新鮮な光景だ。
……ちょっとだけ、マシュはむっとなった。
「別に。ただ気になってるだけ」
「えーと、何が?」
「アナタが。フジマルリツカ」
「ははぁ」
わかったような、わかっていないような言葉を返す。真直ぐ見つめてくる目が苦手なのか、リツカは曖昧な笑い顔っぽい表情を浮かべるだけだった。
「アナタを見てるとイラつくの」言いながら、メルトの表情はあまり変わらない。いや、ちょっとだけ、眉間が蠢動した、ようだった。「とても不愉快。切り刻みたくなる」
「私にプラナリアごっこをする趣味はちょっと無いんですけども……」
「やらないわよ。アナタなんて触りたくもない。気持ち悪い」
罵倒はにべもない。リツカはただ困惑げな顔を浮かべたけれど、取り付く島のないメルトリリスの身振り棘のある物言いへの感情というよりも。
「アナタのことが気になるからいるだけ。勘違いしないこと」
リツカの困惑は、メルトリリスからの、望外の志向性そのものにあるようだった。
言葉尻だけを捉えれば、まるでツンデレの告白である。流石にマシュはそんなたとえは思いつかなかったけれど、むしろもっと素直の言葉尻を捉えた。
「メルトリリスさん」
「何よ―――ってキャ!?」
どすん。
勢いよく、マシュはメルトリリスの隣に腰かけた。腰かけたというより、もう隕石の落着みたいな勢いで。衝撃でメルトリリスの身体がちょっとバウンドしたような気がするが、多分気のせいではない。まぁ知ったことではない。
「お隣、よろしいですか?」
「いやもう座っ」
「よろしいですね、了解しました」
「……怖っ」
※
(何か見えた?)
無線の声が、耳朶を打つ。眉間に皺を寄せながら、クロは小さく唸った。
森林の中、林立する樹々の狭間で、確かに何かが蠢いている。そこまではわかるのだが、逆に言えばそれ以上のことは判然としない。時折迸る叫喚は、獣の咆哮か。
彼女の……と言うより、元になった英霊に由来する【千里眼】のスキルによって、いわゆる遠目は効くはずなのだが。そのスキルの効力は夜間とてほぼ減衰されないことも兼ね備えるならば、この事態は異常だ。
いや、原因は既にわかっている。この島全体を覆う結界の作用がそうさせているのだ。
天然に発生したものを転用した結界。高度な魔術理論によって構築された結界は、そんじょそこらでお目にかかれるものではない。
───神代の大魔女。この特異点成立直後に生じたアルゴノーツのサーヴァント同士の抗争、海賊のサーヴァントの召喚と戦闘に関わったらしい、サーヴァント。常にアルゴノーツの思惑に立ち塞がり、最後はオデュッセウスに討たれたキャスター。最後の瞬間を以て、サーヴァントの身で対抗勢力たる海賊たちを召喚したのも彼女だという。
その真名、キルケー。オデュッセイアに語れた魔女こそは、海賊たちの拠点に幾重もの結界をはじめとした魔術を残したサーヴァントの名だ。
それほどに偉大な魔術師が練り上げた結界である。秘匿性は高く、且つ中に入れば外敵の排除に働く典型的魔術工房の一種だ。視認性の悪化は恐らくその一端だろう。
だが、逆に言えばそれほどの魔術師が作り上げた工房である。万が一敵ならば、既に防衛機構が働いていると見るべきだ。広く見れば、島を闊歩する幻想種もそういった防衛機構の一種と言えばそうで、それに襲われているのなら敵と言えばそうなのかもしれない。
いや、だからこその疑問形なのだ。敵はこの結界を容易に突破するほどの敵なのか、それとも敵ではないのか。故に、それを索敵すべくにクロたちは現地に向かっているのだ。
視覚情報と位置情報を併せる。脳内の視覚野を直接暗示で刺激することで戦域情報を視野に投影するそれは、レンズシバの観測データも相まって、センサーフュージョンされた確度の高い情報が表示される。
間違いなく、あそこにサーヴァント……みたいなものがいる。クロエは、そう理解する。
(思うんだけど)トウマの声だ。クロはなんとなく耳をそばだてた。(これあんまりキメラ……っていうか幻想種? がやられるのもよくないんですよね)
(そうかな)応えたのはライネスだった。一応の指揮権はリツカに委ねてあるらしいが、モニターはしているらしい。視野投影されるMFDには、音声オンリーのライネスの通信回線が立ち上がっている。(アルビオンの怪物が束になっても敵わないのがサーヴァントだからな。とは言え、数秒の時間稼ぎくらいはしてくれるのも事実だ)
ライネスの口ぶりは淡々としていたが、どこか感慨深い。その意するところまでは判然とはしないが、何にせよ、やるべきことは明瞭というわけだ。
(トウマ君、どうする?)
リツカの声が、耳朶を打つ。
沈黙は、数舜に及んだ。一瞬を過ぎ二瞬を超え、およそ五瞬。沈黙の向こうで耳を傾けるのはリツカだけでなく、おそらくライネスも、あるいはその他のサーヴァントも。
これはある種の試練。というよりは、試験か。乗り越えた特異点の数は既に3つ。4番目の特異点に差し掛かり、リツカは、立華藤丸という少年の思慮がいかばかりになりつつあるのかを試さんとしている。
(ウワ、甘ッ!?)
(先輩、それ私のお茶です……)
……いや、多分リツカは自覚的にやってるわけではない気もするが。どちらにせよそういう機会になったことは事実で、トウマもそれをよく理解しているからこその思案なのだろう。
(特に配置は変えずにこのまま。えーっと地形的に……ここの坂から通っていけば視覚的に隠れた上で側背に回れるので、こちらからクロとメアリーさんに行ってもらおうかと。アンさんと僕は逆側のちょっと丘になるところに行って、いざと言う時の援護……という形で)
(イイネ。無意味に戦力を分散させないのはいいことだよ)
(ありがとうございます……なんか照れる)
とりあえず、リツカのお眼鏡には叶ったらしい。ライネス……もとい司馬懿も口を出さないのだから、彼女としても間違いではない、というところか。
ちょっと、胸を撫で下ろす。クロが綻ぶような安堵の吐息を漏らすと、ふと、その視線に気づいた。
じい。隣に並ぶメアリーのぼやんとした目が、こちらを向いていた。
「ふーん、面白いね」
「何よ?」
「でもわかるよ。少年君、かわいいよね」
「いや私は」
「へただなぁ、クロエ。へたっぴさ。自分の気持ちに対する態度がへた。2人とも同じ気持ちなら、早くすればいいのに」
メアリーは剣を……いわゆるカットラスの切っ先を、クロの鼻先へと突き付けた。
「うかうかしてるとボクが
剣を肩に担ぐ。相変わらずの無表情に、クロは知らず、たじろいで、
「……君も可愛いから3Pでもしよっか。ボク、3人でするのも好きだよ。少年君可愛いし、2人で舐めたりしていじめたら、きっと可愛いよ」
品定めするように、メアリーは小さなクロの身体を頭からつま先まで眺めた。
「サーヴァントだし、関係ないよね。うーんでも2人とも小柄というのは……アンも呼ぼうか」
流石に、これは顔を真っ赤にした。
クロエ・フォン・アインツベルン。いわゆる知識レベルで性的に成熟してこそいるし、なんならフリーな方だけれども。それでも肉体に引っ張られているが故か、流石に直接的な表現には慣れがない。イリヤに『そういうこと』を教えた時だって、流石に恥ずかしかった。
ことここに居たり、この直接的表現は免疫系等が皆無である。新型ウィルスである。とは言え流石にクロもませ方にかけては達人のレベルだった。同じ顔をした妹のような姉であれば自我喪失するくらいの羞恥でも、クロは赤くした顔をなんとか咳とともに払ってみせた。
「ま、それならそれでいいですけど?」
まぁ、それでも強がりなのだが。そうして、メアリーはそんなクロの強がりを見抜いている。見抜いた上でニコニコ笑顔を象ると、「じゃあ決まりだね」とコクコク頷いて見せた。
「いやまっ」
「ほら、早く行くよ。少年君の指示、ちゃんと結果を残してあげないとさ」
「むう」
さっさと走り出すメアリーの背後、クロはケルト神話の英雄が使う両刃の小剣ベガルタを投影すると同時、メアリーの背後に追従する。
敏捷値、Aということもありメアリーの歩様はとにかく迅い。それでもクロが彼女の速度についていけているのは、アーチャークラスの特性故か、密林での足運びに分があるからだろう。
一瞥もくれずに疾駆するメアリーの背を、クロは、追いすがった。
※
「さっきの話の続きだが」
空中投影される映像を横目で一瞥しながら、ライネスは眠たげに目元を擦った。
既に休眠に入ると決めた中での中途覚醒はややしんどい。人間の頃なら魔術でどうにでもできるのだろうが、寝るために魔術を行うのでは、サーヴァントとして象られるライネスにとっては本末転倒だ。睡眠は、運用する
「要するに、クロエがこの特異点の戦いの趨勢を決めるって言いたいんだろう?」
「話が早い」
他方、ドレイクは食い入るように空中投影される映像を眺めている。遍く時制に延びる英霊の座に昇華した時点で、英霊はおよそほぼすべての時代・地域の習俗には通ずるものだ。とは言えそれは記録上の知識に話であって、実体験的ではない。こういった近未来的な技術的産物……どちらかと言えば魔術と技術が融合した、民主主義的な産物……は物珍しいのだろう。
関係ないが、派閥的には貴族主義の
ともあれ。
「彼女たちも以前、ヘラクレスとは戦っているようでね。その時ヘラクレスを墜としたのはやはりクロエだった。トウマ君の指図だったようだが」
「意外。単なるひょろガキだと思ってたけど」
ふあ、とあくびをするライネスに対し、やはりドレイクは映像に専心している。音もなく森林を侵攻するライダーとアーチャーの姿は、やや粗い映像が流れるばかりだが、好奇はいや増すばかりといった風体だ。
「だからこそ、脅しに使ったってわけかい?」
「そういうこと。相手はヘラクレスだけじゃない。優れた頭があるならば、あんなつまらない遭遇戦でヘラクレスの命のストックを1個消費した時点で撤退するだろう? 戦争において最も忌避すべきことは戦闘行為なんだから」
それとなく、ライネスはドレイクの顔を伺う。頬杖を突く姿勢のドレイクの顔は変わらなかったような気がするが、何故か、若干、眉間の皺が深くなったような気がした。
「その上で1回に留めたのは後々のためかい」
「1回殺せることは教えても良い。でも、無限に殺しきれるだけの力があることは教えられない。これは脅しと同時にブラフみたいなもの。こういう腕力に任せた戦術は得意ではないんだけど、戦略的にはこれが適当ってわけ」
無論、9割9分、オデュッセウスがそう動くことはライネス……というより司馬懿の範疇の中だ。もしオデュッセウスが予想より拙劣な知性しかない愚かものであるならば、却って不味かった。
あの場で、もし互いに戦い続けたなら。
居合わせた敵性勢力を殲滅するくらいのことはできたかもしれないが、こちらの被害を考えれば絶対にとりたくない選択肢。
いや、あるいはオデュッセウスはそれも考えたか? だが思考の上に昇ったとして、その選択を取ることはあり得ない。何故ならその選択を絶対に取らないからこそ、オデュッセウスや司馬懿といった頭で戦う人間たちが英霊の座に召し上げられたのだから。
「軍師様には流石に敵わないねぇ」
ドレイクの口ぶりは、朗らかだ。酒は入っていないのだが、そもそも本性として彼女は海賊らしい磊落な人物ということなのだろう。ライネスは曖昧に言葉を返しながらも、そう言ったドレイクの口ぶりも、雰囲気も、妙な上滑りを感じていた。兄上のような、妙な蟠り。ライネスの好奇心を弄るような素振りに思わず舌なめずりをしかけるが、ここは硬く禁じよう、と思う。流石にライネスの嗅覚と言うべきか、踏み込むべき場所と踏み込んではいけない場所は弁えている。
「
ライネスは、変わりに澄ましたように言う。
「一国を築き上げた軍師様が何言ってんだい。お、動いた」
ドレイクが身を乗り出す。釣られて眠たげな視線を向けるライネスは、弓の弦が跳ねる甲高い音を視認した。
102話でした
次話は来週18日の18時に予定しておりますので、皆さまお待ちくださいませ