fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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遅れてしまいました申し訳ありません、104話でございます


残余のトライスターⅣ

 「放さないでくれー! もっとこうぎゅっと───あ、やめて。撃ち殺そうとするのはやめて」

 中央の天幕。

 中央テーブルに集まる白々しさとげんなりした視線の先に、そやつはどてんと座っていた。ぬいぐるみである。黄色い熊のぬいぐるみ。一昔前の主人公みたいな太眉が目を惹くが、一番異様なのはぬいぐるみが喋って動いてることである。ふとライネスが脇目を振ると、トウマとリツカが互いに困惑げな瞥を交わしていた。

 「一応聞きたいんだが、これ本当にサーヴァントなんだよね?」

 (計器上はサーヴァントに間違いない。ただ観測できる霊基規模からしたらギリギリ幻霊になるかならないか、みたいなレベルかな)

 ライネスの質問に、ロマニの声も困惑だけを返すようだった。うん、この世界の一般常識ともズレ気味らしい。

 それはそうである。この喋る熊がサーヴァントと言われて誰が納得できるのか。いや、もちろん動物が英霊の座に昇ることはあるのは知っているのだが。熊の英霊。三毛別羆事件とかだろうか……。いやそれはどうでもいいか。

 「それで、アンタ。真名はオリオン、って言ってたっけ?」

 睥睨たっぷりに見下ろすドレイク。明らかにこの熊のことは一切たりとも信用していない素振りである。 まぁそれもそうだ。この魔術的に興味深い人避けの結界の中にいきなり現れたのだから、疑念は沸いて当然であろう。磊落な人柄でこそあれ、フランシス・ドレイクは不用心ではないということか。

 「そうだって言ってるだろ? オリオン。それが俺の名前」

 他方、この熊も結構肝が据わっている。ドレイクの不躾な視線に対して一切たじろがず、むす、と腕を組んでいる。太い眉を寄せて座り込む姿は、見た目だけならちょっとかわいい。真名を除けば、だが……。

 オリオン。魔術に通ずるものでなくとも、その名を知らぬものは少ないだろう。オリオン座、なんて名前もあるくらいである。単なる知名度で言えばヘラクレスと同等かそれ以上に世界に知れ渡る、古代ギリシャ名うての狩り人だ。もちろんなのだけれど、如何なる伝承を紐解いても、こんな熊の姿はしていない。

 まぁ一応逸話……というか紐づけがないわけでは、ないのだが。だがそれだと、つまりは。

 「さっきも言ったけどよお、俺も何が何だかわからないわけ! なんでこんな辺鄙なところに召喚されたのかも、なんでこんな形なのかも! 泣きてえのは俺だよぉ!」

 わんわん泣いて見せる熊オリオン。当然泣き真似なのはドレイクもライネスも周知のことで、ここで妙な手心を加えると胸元に飛び込んで来ようとする不埒な仕草の予兆なのである。肝が据わっていると言ったけれど、どちらかというと無神経な部類……だろうか?

───ぬいぐるみを抱っこしていると思えばそう悪い気分ではないのだが。

 幼少期に、さしてそんな子供らしい経験もないライネスは思ったりもするのだが、今更自分がそんなことをしなくていいとも思う。

 まぁ、それはともかく。

 なんにせよ、オリオンを名乗るこの不審な熊をどうしたものか、と思うところだ。

 何せオリオンはギリシャ由来の英霊だ。アルゴノーツとは無関係だけれども、何かの由来から紐づけて敵側が召喚したとも限らない。不信な点は、ケイローンもこのオリオンを名乗る熊については知らないと述べている点だろう。少なからず、アルゴノーツのサーヴァントの中にオリオンは居なかった、という言質は取っているけれど。

 まぁ

 「オリオンかどうかはともかく」ドレイクは熊の首根っこを摘まみ上げると、泣き真似をする熊をまじまじと睨めつけた。「腕が立つことは確かみたいだね、アンタ」

 「これでも一応ギリシャきっての狩り人ですので……」

 ちょっと引き気味にオリオンは応えた。もじもじする仕草はどっちかというと逆の感情の発露だろうか? ライネスには若干、その機微を把握し損ねた。

 「そんなチンケな身体で、結界を守護する魔獣に殺されないだけでも大したもんだ。にも拘わらず、アンタは殺さないように手心を加えた上で動けないようにしていた」

 「そりゃあわけわからん状況だったからな」

 今度はやや、照れるように熊が頭をかく。

 つまりは簡単なことだ。敵か味方かもわからない状況で下手に敵対行動を取れば、本来味方かもしれない相手を敵に回しかねない、と判断した。オリオンが言いたいのは、そういうことだろう。ライネスはなんとなく、生前……というより、人間であることの記録を想起する。とある冠位の魔術師は自分が敵ではないことを教え込むことで、他者の工房に平然と立ち入ったという。熊オリオンのアプローチも、方向性としてはあの人形師と同じというわけだ。敵意を発露しないことで敵ではない、と証明する。シンプルな手法だ。

 ……ちょっとだけ、ライネスは顔を苦くした。記録と記憶の差は、定義されるよりももっと境界線は曖昧だ。

 むう、と顔を顰めつつ、ライネスはすぐに内心だけで首を横に振った。詮の無いことは置いておいて、目の前のことに集中しなければ。内面性の奥で無言の司馬懿の存在を感じながら、ライネスは静々と摘ままれたままの熊と、それを見下ろすドレイクを見比べ───。

 「なぁアンタ、アタシらの仲間にならないかい」

 「え?」

 「へ?」

 素っ頓狂な返事をしたのは、オリオンだけではなかった。

 先ほどまで峻厳な顔をしていたはずのドレイクの口ぶりに、ライネスすらぽかんとしてしまった。

 だが、それでも流石に司馬懿の性能を担っているだけのことはある。即座にドレイクの思考に辿り着いて、ふむ、とライネスは手慰みに頬を撫でた。

 「アンタら、俺を仲間にするメリットあるか?」

 「あるさ。アンタがもし敵のスパイってんなら目と手の届くところに置いておくべきだろう? アンタが味方で、もしオリオンだってんなら、それこそ益になる。こっちにはアーチャー役が3人いるが、アンタのサポートがあれば、アーチャーとしての技量を底上げできると思ってね」

 ひょこり、と熊をテーブルの上へと座らわせる。頬杖をついて、ずいと熊に顔を近づけたドレイクの顔は酷く楽し気だ。睨むような目と挑むような目を同居させた無邪気な相貌。冒険者の顔、という言葉が脳裏を過る。

 「従わなかったら俺を始末するってところかよ」

 「いやあ、そんなことはしないさ。アンタはアタシの商談相手。武力を背景にした交渉ってのも嫌いじゃないが、アンタにそれは裏目な気がするし」

 「む……」

 「アンタにとっても悪い話じゃないだろう? ここなら現界維持の分くらいの魔力供給はあるわけだし、飲み食いだって当分困らない」

 幾ばくか、熊は思案したようだった。太い眉を寄せて腕を組むと、何故か奇妙に唸り声をあげた。

 「ヤメヤメ! 俺あんま難しいこと考えるの得意じゃない!」

 「お?」

 「いいぜ。アンタの誘い、乗ってやるよ」

 にやりと嫣然一つ、勢いよく熊が跳躍する。

 目指すは一路、ドレイクの胸部。重装甲に激突する寸前、当然のようにドレイクの手に迎撃されてテーブルに激突した。

 潰れたヒキガエルみたいな声を挙げながら、顔を上げたオリオンは今度こそ実際泣いていた。多分疼痛が原因ではないと思う。

 と、ドレイクの目がライネスを一瞥する。無論、その意はライネスとしても承知している。微かな嫣然を口角に綻ばせ、ライネスは頷きを返して見せる。

 要するには。

 「君にはそうだね、一緒に戦ってほしい人が居る、かな」

 

 

 「お戻りですか」

 ひょい、とベッドに飛び乗る姿を見、ケイローンはいつも通りの穏やかさで応えた。

 そうよ、と素っ気なく相槌を打つメルトリリス。ごろりと寝転がって、やはりどこか遠くを見るように天井を見上げる姿は、何か憂いというか、郷愁めいた感傷が宿っている。

 記録も記憶も、何故か抜け落ちてるという。彼女の素振りはもっぱらその記憶を手に取り戻すことだけで、それ以外のことにはさしたる興味は示していない。降りかかる火の粉は払うが、対岸の火事に飛び込もうという気はないらしい。

 果たして、この拠点にこそ居るけれど、海賊たちの味方をする気はさらさらないはずだ。ただ、あのマスターの少女を気にしているだけで、この場に居るだけのこと。特に公言しているわけではないが、多分そんなところだろう、とケイローンは思っていたりする。

 「アナタも休みなさい。私、もう今日はどこにも行かないし。当分、何もする予定ないし」

 独語にも似た呟きに、ケイローンは至極穏やかに相槌を返した。

 ケイローンの知る由のないことであるが───あるいは現時点でのメルトリリス自身もはっきりと自覚はないが───、やはり、彼女はケイローンのことが少しだけ苦手だった。苦手、というのは正確ではないだろうか。単純に、彼女はケイローンと接する方法を理解しかねている。他方、ケイローンには苦手意識はない。流石に教え子という感覚こそないけれど、やや素直でない少女という姿にしか捉えていない。

 「それでは何かありましたらお呼びください」

 「あら?」

 「食はともかく、褥まで共にするのは流石に憚られますので」

 メルトリリスは意外そうに目を丸くすると、そう、と自分でも実感なさげに声を漏らした。

 入り口をくぐる。樹々の狭間から昏い空を見上げたケイローンは、ほんの微かな夜風を鼻で嗅いだ。

 首を、振る。納まりの悪い蜂蜜色の髪を束ねた姿は、野生と知性、相反するものが均整のとれた姿そのものと言って良かった。そういう相反するものを高く両立する佇まいこそを賢人と言うのだろう。ごく自然に賢人としての在り方をするケイローンは、すん、と鼻を鳴らしながら森を往く。時折樹々の合間から顔を出す魔獣も猫なで声を出すだけだ。

 そうして、ケイローンは不意に現れた広場で、足を止めた。

 ぽかりと森のただ中にを啓いた、小さな広場。人為的ではなく自然的に発生したであろうその広場に、彼女は居た。

 長い、髪の女だ。

 艶のいい髪は健やかさを感じさせる。いや、むしろ幼さですらあるだろうか。高く一つ結びにした髪型も、幼さにより強い印象を抱かせる。

 くりくりとした目、小さな身振り。彼女の全ての身振りが幼気を印象付ける。生前会うことこそなかったけれど、その人物のことは、良く知っていた。

 「おいでになっていましたか」

 ケイローンは、普段通りに柔和な顔を浮かべた。むしろ、普段の微笑こそこの柔和さの延長とでも言うようだ。

 「メディア」

 「はい、ケイローン様。1か月と22日ぶりですね」

 メディア。

 ケイローンにそう呼ばれた少女は丁寧にお辞儀をすると、花のように無邪気さで顔を綻ばせた。アルゴー船の船長であり、またケイローンの教えを受けた勇者の花嫁であり。そしてその勇者の人生を終わらせた人物……と、史実上目される。まだ幼少期の頃の彼女の風采は、どちらかというと前者である。後者は、ちょっと観念と乖離するな、とケイローンは思った。

 「次のアルゴノーツの動きですか」

 メディア、は小さく顎を引く。ぴり、と顔を引き締めたケイローンも小さく頷きを返した。

 だが、その前に。

 「メディア。イアソンはまだ?」

 ケイローンは、いつも通りの質問を、くりかえした

 あるいは、その表情の鋭さはその質問のためのものか。メディアは思慮深げに一度瞑目すると、やはり小さな動作で、振り仰ぐように首を持ち上げた。

 否定。温和な表情を微かにしかめながらも、ケイローンは特に不快さを表す言説を表現するのを避けた。彼にとり、表情にネガティブな心情を現すことはほぼ皆無。ならば、現時点でのこの細やかな感情表現は、内心としては怒声を浴びせるほどの忍苦であるう。

 イアソン。アルゴー船の船長となり、羊の毛皮を求めて旅をした、古代ギリシャを代表する傑物の1人だ。そして、その幼少期のイアソンを育てたものこそケイローンその人にほかならない。それ故の、怒気だった。イアソンは確かに傲岸な人間だが、理性と良識をきちんと収めた上での素振りだったはずだ。少なからず、そのような子だった、とケイローンは了解している。なれば何故こんなことをするのか。神代に戻って一体何があると言うのか。そんなものには、青少年じみたセンチメンタリズム以外の価値など一切ないというのに。

 どうして、そんなことをするのか(Why done it)。ケイローンの知悉を以てもイアソンの今の行いは身勝手、没価値、且つ、不鮮明だった。

 とは言え、ケイローンはこの場で怒気を発することはしなかった。怒気をぶつけるべきはイアソンである。あの男のためを思って、忌避すべき逸話(裏切り)を買って出たメディアの前で感情のまま振る舞うことは、筋が違う。

 「お辛くはありませんか」

 言ってから、愚かなことをした、と思った。メディアはただ、ほろり、綻ぶように微笑を返して、肩を竦めるようにした。小首を傾げた笑みは無暗矢鱈な儚さで、何か父性的な情動が軋むようだ。

 「それでは私も映写(プロジェクション)にも限界がありますから、手短に説明を。次のオデュッセウス様の戦略ですが」

 

 

 「原初のルーン、てのはなんでもできるのか?」

 ふと、声が肩を叩く。

 振り返る、キャスター。きょろきょろと周囲を見回す影依(シャドーロール)のアーチャー。普段背負っている丸い武具は展開しておらず、ちょっとだらしない様子でふらふらと歩き回っている。

 「ふむ、そうだな」キャスターは自分の手先を見る。黒い外套の裾から突き出た細い指先は、どちらかと言えば頼りない。「大神であればそれこそ根源にすら手が届こうか。まあさして意味のないことだが」

 「ふぅん、すげえな」

 「アーチャー、おぬし何もスゴイと思っておらぬだろう」

 「思ってない」

 なんともまぁ直截な切り返しである。フードの奥でむっつりと頬を膨らませたキャスターは、「まぁ私は大したことないがな」と捨てるように言葉を吐いた。

 「この結界を乗っ取ったのもアンタなんじゃあないのか」

 「そんな乱暴なことはしておらぬさ。元から自然発生した結界を、転用しただけのものだったようだしな」

 腕を掲げる。

 掲げた右腕に、どこからともなく現れた小さな鳥らしきものが飛び乗った。

 大きさは鳩ほどであろう。凛とした目は、しかしその鳥が猛禽の類であることを感じさせる。

 最も、それは鳥などではない。水晶で形作られた、人造の使い魔だ。

 舌を巻くのはその超絶技巧。その実魔術によって駆動するのはごく一部で、その多くが物理・力学的合理性をもとに駆動している。空を飛んでいる原理も魔術は介さず、翼の揚力だけでひらひらと舞って見せているのだ。この結界の見張り番、といったところだろう。本来外敵が現れれば飛び去り、主に危機を知らせるのだろうが、今はこうしてキャスターに手懐けられている。

 「私はただ大神の加護を使っているだけにすぎんのだ。それこそ此度の要石……メディアやキルケ―には及ばん」

 「神なのに」

 「そもそも、私は何かできる神ではないのだ。何かしてもらうだけで」

 痛いところを衝く男である。やはり火の使い手は嫌いだ、と思いながらも、それでも私事に拘泥しないざっくばらんとした身振りは、そんなに嫌いになれないところでも、あるのだが。

 「アルジュナみてえなもんか」

 アーチャーは何やら独り言つが、漠とした感慨を漏らしただけらしい。キャスターは特に構いもせず、ぷらぷらするアーチャーに水を向けた。

 「して、何用か。わざわざ私を褒めそやそうと来たわけではあるまい」

 「あーそうそう。マスターが呼んでるぜ。飯食おうとかよ」

 「むう。サーヴァントに食事がいらぬことくらいわかっておろうに」

 言いながらも、キャスターはさらりと身を翻す。渋々、という動作ではない、軽やかな動きだ。口では非難がましいことを言いながらも、内心が滲み出ているのである。汎人類史から来た愛し子のことを、キャスターはとても気に入っていたのだ。

 「まぁ要らぬとは言え無用というわけではないからな、うん」

 「誰も何も言ってねぇだろうが」

 フードの奥から寄越される非難がましい視線も何のそのである。自然、キャスターの足取りも軽やかになるというものだ。

 「何料理か聞いておらんのか、アーチャー」

 「サバの……なんかカレーみたいな食い物だったな。泥みてえな汁かかってたが」

 「なんだそれは。なんとも食欲をそそらぬ食事ではないか。マスターのアクアパッツァとやらを食べたいぞ」

 「故郷(クニ)の料理なんだとさ。まぁなんでも食ってみるもんじゃねえか」

 ほれ、と促されるまま、キャスターはアーチャーの背後に続く。

 大方、ランサーあたりが釣りをしていたのだろうか。それとも熊さながらにアサシンが川で魚でも取ってきたのか。どうせセイバーが山ほど食うのだろう、などと思いを巡らせたところで、キャスターはその一角の前に立った。

 一見、ただ草木や蔦が絡まっただけの洞のようにしか見えない。だが、それは見かけだけのものだ。アーチャーが手を翳すと、草木の一部が音を立てて口を開けた。人一人が入れるほどの穴が開いたのだ。

アーチャーがなんらかの魔術を使用したわけでは、ない。結界の主が認証した人物の形質に反応して作動する魔術が事前に敷設されており、それが滞りなく機能を発揮したことによる現象だ。タッチパネルを介した指紋認証、みたいなことをマスターが言っていたような気もするが、時代は神代に生きていたキャスターにはあまりよくわからない言葉だった。

 中に入れば、これもやはり魔術の一端ともいうべきか。広々とした空間は、ある種の空間歪曲が働いているのだろう。これは自然にあったものではなく、おそらく人為的に設置された魔術による作用だ。しかもこれはかなり高等なものだろう。未だ多くの魔術が魔法であり、また神の権能が世界を支配していた時代の神であったキャスターで以ても、これがどんな原理で成立しているのか理解しがたい。原初のルーンを使えばこの真似事も可能だろうが、逆に言えば大神のルーンに比肩する魔術である、とも言える。

 おそらく、この世に現れた魔術の使い手にあって五指に入る術者に違いない。そう、キャスターは理解した。

 最も。

 「あー、できてるよキャスター」

 そんな高位の魔術の場において、行われているのは現代の家庭料理なわけだが。

 ぐるりと囲んだ鍋。もうもう、と揺れる火は、キャスターが護身用にとマスターに渡した使い捨てのアンザスのルーンによるものだろうか。

 「原初のルーンをなんだと思っているのだ」

 「ライター。マッチより便利」

 「コンビニエンスだね、わかるともわかるとも」

 ぽかんと間抜け面をするマスターに、隣でそわそわと鍋を眺めるランサー。

 「おいしい食事が山のようにあり、且つ数多存在するというのは兵站の面でも貴重かと思われますが」

 「呵々、お主はただ喰いたいだけであろうて」

 鍋を囲む、黒フードの群れという図も珍妙な光景だ。大小さまざまな黒フードがわいわいがやがやしている様は、出来の悪いファンタジー作品のようですらある。まぁ実際のところ、この物語(ナラティブ)は出来が悪い。これほど異物が混入した物語、甚だ歪になることだろう。

 と、黒フードの中でもひときわ小柄なフードと目が合う。フードの奥で仄光る金の双眸。並みいる影依のサーヴァントの中にあって、最強の銘を恣にするサーヴァント、タイプ・セイバー。ちんちくりんな姿に、キャスターは嫣然ともつかない微笑を薄く浮かべた。

 互いの立場は、似ているようで全く異なる。だというのに似たような振舞をしているのは、きっとマスターの人徳、なのだろう。ならば、キャスターが浮かべた温かさは、人と共にある神の暖かさ、だっただろうか。

 苦労人だ、と思う。もちろん、セイバーがだ。あんな小娘の癖に、その両肩にとんでもないものを背負っている。たかだか人間の子が、それほどのものを背負うのは、キャスターとしては不条理且つ、不憫なことのように思われた。

 ……そんなことを、彼女は自分を棚上げして考える。最もキャスター自身としては、遺物と化していた自己の責任として、当然と理解していただろうか。

 「キャスターはアクアパッツァが食べたかったんだとよ」

 「あ、そうだった? ごめん、今度作るよ」

 ひらひらと手を振りながら、アーチャーはさも面倒くさそうに言う。わざわざ言わんでもいいことを、とその背を睨みつけながらも、キャスターは至って傲岸な素振りをすることにした。

 「はいこれ」

 どこからともなく取り出してきた皿に、鍋から一切れ切り身を盛る。併せて茶色いソースを不躾にぶっかければ、完成らしい。

 ……あまり旨そうには見えない、確かに。皿に載ったフォークを一刺ししてしげしげ眺めてみても、なんというか嗅ぎなれない匂いだ。

 「神様のお口にあいますでしょうか」

 「善い。たまには、口に合わぬ食事を摂るのも一興」

 むんず、と一口。むしゃりと咀嚼し、しっかり嚥下。唇についたソースを舌で掬ったキャスターは、ただただ無言で頷いていた。

 「見ろよセイバー、あの至福の顔をよ」

 「ええわかります。おいしい食事というのは心が温まる」

 「ところでセイバー、これの使い方教えてくれないかな。あまり慣れなくて」

 「箸はですね、このように持つと良いかと思いますが」

 「セイバー、お主何故箸など使えるのだ?」

 喧噪の中、満面に浮かべる無邪気なマスターの笑顔。魚を頬張りながら、キャスターは、思うのだ。

 この運命を選んだのは彼女の恣意性。だとしたら、ここに集った英霊どもは皆、物好き連中ということだ。

 だから、気など使わなくていいのに。みんなに遠慮なんて、しなくてもいいのに。キャスターはそんな風に、個体的な思惟を重ねるのだった。

 「どうしたの?」

 「奇妙な味だが悪くない、と思っただけだ。次も善いものを作るのだぞ」

 「はぁい」

 まぁ、これも、良い。これは多分彼女の自己犠牲なのだけれど、それでも彼女自身も満たされているのだから。倫理とは、全体としての善き生への配慮なのだから。無限の自己犠牲が前提になる道徳的行為は、唾棄すべきものに他ならないのだから。

 微かな、闃然。ならばこの淡く解れるような情動の原子崩壊は、マスターとの出会いに依るものだったのだろうか。かつての己の脱存的決断を思い返して、キャスターはフードの奥で破顔する。

 「そういやあライダーの野郎はどこいったんだ?」

 「あぁ、それならセンパイと一緒に釣りに行ってるよ」

 遠い、喧噪が耳朶に触れゆく。




金曜に投稿すると申しておりました。日曜日になってしまいました、スミマセン。

リアルがちょい忙しいので、週末に投稿するんだなぁと漠然とした思っていただければ……。
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