fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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星影

 翌日、AM5:30。

 立華藤丸(タチバナトウマ)は目を覚ますと、まずもって、あくびを漏らした。

 肌寒いせいか、まだ眠気が強い。副交感神経優位になっているせいだろう、まだまだ身体は休眠をしたがっているようだ。

 こんなに早く目を覚ました理由は、これから2時間後に次の作戦に関するブリーフィングがあるからだ。普段ならもう少し遅く起きるているところだ。

 ふあ、とあくびをもう一度。目じりに流れた雫を拭うと、トウマはそれとなく、寂しげにベッドの脇を一瞥する。

 木造りのツインのベッド。普段いるはずの姿は隣に無い。それとなく哨戒のローテーションを思い出すと、そろそろ帰ってくるころだろう、と思い出す。

 気恥ずかしそうに、トウマは鼻頭を掻いた。次いで髪をかきあげて、緩む口角を両の手でしばく。頬が赤いのは多分色々な理由によるもので、だからこそ、少しだけ、微かに、不整脈のように心臓が軋む。

 ベッドで端坐位の姿勢をとったまま、トウマは天井を仰ぐ。オリーブドラブの天幕は恐らく島の植生に紛れるための迷彩だろう。さらには魔術的な走査に対する特殊な素材によって編まれているというそれは、言ってしまえば科学的走査以外の索敵に対して極めて高い静粛性を担保しているのだった。

 トウマにもやや理解できるようになった事柄だが、いわゆる膨大なオド・マナを利用する大魔術だけが偉大な魔術ではない、という。極めて微小なオドだけによって駆動し、物理学上の必然性によって運動する魔術礼装を作るのは、ただ大魔術を行使するよりもさらに難易度が高い。使用する素材の物理的特性に通じ、その上で精密な細工を施す手腕は魔術回路・魔術刻印の質とは全く異なる、夥しいまでの修練を要する高位の洗練。

この天蓋は、言ってしまえばそれだ。魔獣の毛皮と神木の樹皮によって編まれたこれは、ライネスやリツカ曰く、現代の魔術師にとっては理外の産物なんだとか。解析したクロが卒倒するくらいのものであるらしいそれは、無論海賊のサーヴァントたちが作ったものではない。

 この特異点が発生した直後、アルゴノーツのサーヴァントに敵対するように召喚されたという神代の魔術師。オデュッセイアに登場するという大魔女の手によるものだという。

設定上語られてきた、魔女メディアに比肩する魔術師。その真名、は―――。

 「あら、ここにいらしたのですね?」

 と、酷く温和そうな声が耳朶を打った。

 正面。入口の布を持ち上げて顔を覗かせたのは、豊かなプラチナブロンドの女性だった。

 名前はそう、アン・ボ

 「あら? あ、この格好ですか?」

 ちょっと目を丸くしてから、アンは大人っぽい徒な顔をしてみせる。対してトウマは顔を真っ赤にして、ただただ俯いていた。

 そりゃあそうである。普段の紅い霊衣ではなく、黒いビキニにホットパンツとかいうそれはもうほぼ現代的なほとんど下着姿なのだから、青少年には刺激が強かった。

 「似合っています? ちゃんと着られているかわからないんですけど」

 言って、アンがずいとにじり寄る。わざとらしく後ろで手を組んで見せるせいもあってか、それはもう胸部の真ん丸の強調具合は凄まじいほどになっていた。いや、というか何から何まで不健康的だと思う。割に筋肉質な腹部も、良い感じに太ましい大腿部も、どれも少年にはちょっと目に余る。

 「もうちょっと顔が善かったら、好みなんですけどねぇ」

 無邪気そうな嫣然と口元に浮かべている。なんでも美少年が好みらしく、トウマについては及第点ギリギリだけど別に手を出すほどではない、という認識ではあるらしい。今の性的誘惑のような身振りも、ただからかって楽しんでいるだけというのが実態だった。

 ドレイクとはまた違った方向で、海賊らしい感じの人だ。ドレイクが豪放磊落ならアンは自由奔放、みたいなところだろうか。わざわざ、カルデアから実物の水着を転送させて着ているあたり、なんだか少女じみた好奇心を感じさせる。まぁ……身体は全然少女ではないんだが。

 「あ、忘れてました。そう言えば、マシュが呼んできて欲しいって。ブリーフィングの前に。一緒にトレーニングがどうとか」

 「マシュが? じゃあ行きます」

 微かに覚える違和感。マシュだったら、わざわざアンに頼んだり、しなそうなものだけれど。

 そんなことを思いながら立ち上がる。既に眠気はなく、いつものコンディションだ。不調から体調を立て直すことが妙に早くなったのは、令呪に宿る神代の魔力(真エーテル)と体内循環する精気(オド)の循環を意図的に操作することができるようになったから───というよりは、戦地における精神性がそうさせている、だろうか。

 2秒ほどで素早く半長靴を履き終えたところで、ふと視線に気づく。

 「どうかしました?」

 すっくと身体を伸ばす。アンとの目線は大体同じくらいだ。

 「いえ、なんでもありませんわ」

 「そう」トウマは特にアンの仕草に拘泥しなかった。「ありがとう、アンさん」

 

 ※

 

 駆けていく少年の背に、アンは鼻息を吐く。

 メアリーの趣向は正直アンにもわからない……というか、多分メアリー自身すら理解していない節がある。特定の趣向があるというよりも、刹那的な関心のままに生きているかのよう。その意味では、アンよりも奔放と言って良い。

 だから彼女は多分、もう終わりを覚悟しているのだろう。元から、サーヴァントなんてそんなものではあるだろうか。

 とまれ、アンはちょっとだけ思っている。

 彼女、メアリーの主観的に。メアリー・リードの終わりは、

 

 ※

 

 AM7:36

 「さて、みんな揃ったかな?」

 予定より6分遅れて始まったブリーフィングは、ドレイクの天幕にて行われていた。

 空中投影されるモニターの前に立つのはライネスだ。自信、と言う言葉をそのまま表情に浮かべるような顔は、随分様になっている。”場”に慣れてしまえば、彼女は芯が強いということか。溶けだした金そのもののような艶やかな髪が、彼女の身振りに沿って小さく揺れていた。

 「朝からトレーニング」

 隣に座るクロが小さく声を漏らす。覗き込む視線に微笑と頷きを返したトウマは、クロ自身もそうだが、何より別なものを注視した。

 クロの頭の上、頭頂部。へたりと四肢を伸ばして鎮座する、なんか可愛らしい熊のぬいぐるみが居る。太眉の熊は微妙に気まずそうな顔で、トウマを一瞥してはキョロキョロとしていた。

 「それじゃあロマニ・アーキマン。よろしく頼むよ」

 (はいはいっと。どう映ってる?)

 無線の声が耳朶を打つ。直後、モニターに映像ウィンドウが立ち上がった。

 地図だ。海原に小さく島が点在する、歪なマップ。右端の群島には味方を示す青いブリップが並び、中央には割に大きな島の上に赤いブリップが明滅していた。

 (そこの拠点は比較的安定しているっぽいなぁ。映ってるよね)

 (結界の作用ってよりは、結果そのものの“閉じ込める”作用によるものってところかな。ちょっとわからないけど。っとごめん、続けて)

 ダ・ヴィンチの声に首肯するライネス。どこからともなく眼鏡を取り出したライネスは装着を終えると、なお自信満々な素振りで鼻息を吐いた。

 「まず初めに、“いつも通り”のアルゴノーツの攻勢があるってことがわかった」

 ざわり、と空気が軋んだ。

 張り詰めるような緊張感。だが、それは何よりカルデアから来た面々ではなく、海賊たちをこそ縛り上げるようだった。

 トウマたちが来る以前より、この特異点で発生していた戦闘は大別して2つある。アルゴノーツのサーヴァント同士の内紛と、特異点成立より召喚されていたキャスターが召喚した海賊たちとの戦闘。特に後者の戦闘において、海賊たちは常に消耗を強いられてきたと言っても過言ではない。前者の戦闘から離反し、仲間になったアルゴナウタイたちも含めて、既に5騎が脱落している。それだけ、海賊たちは劣勢の淵に居る。なればこそ、再度の攻勢に対する緊張感はトウマたちの比ではないのだ。

 「さて、今回敵が進行しようとしているのは、ここだ」

 マップの内、小島の一つに浮かんだブリップが一際大きく閃く。根拠地たる第1本拠地より北北西に位置する島だ。

 「第二中継点。敵の狙いはここだ」

 「第一本拠地を制圧するための橋頭保、ってところかしら」

 マップを眺めたクロが言う。確かに彼女の言う通り、第1本拠地から第二中継地点までの間は島が少ない。そこを攻略されれば、ここは目と鼻の先だ。

 「敵はまだ本拠地の存在も知らないし、この中継地点の存在が露見するのもこれが初めて。というのが、現状らしい。だが、ここでの戦闘で敗走すれば、こちらの敗北は一気に近づくと見做して間違いない。場合によっては撤退もあり得るが、なるべくここで敵は仕留めたいというのが本音だ」

 ライネスの口調は普段と変わらない。表情にも緊張は見て取れないが、却ってその泰然こそが、事態の重さを語っている。ように、トウマには感ぜられた。

 マップの縮尺からすれば、その中継点に想定される小島から、この本拠地まで50kmとない。目と鼻の先だ。

 「今回の作戦は進行する敵を迎撃、撃破することにある。敵のコラボレーターからの情報によれば、今回敵の戦力はサーヴァントが4騎だ。幸いなことに、敵にはヘラクレスが居ないとの情報もある。つまり」

 「これはピンチに見えるがチャンスでもあるってことだ」

 言葉を続けたのは、ドレイクだった。

音を立てて椅子から立ち上がった彼女もモニターの前に立つと、一度、明滅する空中投影のモニターを睨みつけた。

 その表情は、背しか見えないトウマからは伺い知れない。ただわかることは、振り返った彼女の顔は、凄絶な笑みだった。

 「正直言って、アルゴナウタイはアタシらよりはるかに強い。単純な数的優位はこちらが倍だが、実質の戦闘力は互角と思った方が良い。だが、その上で互角以上の戦力を用意できてる。しかもヘラクレスが居ないときた」

 「敵の戦力を削る、千載一遇の機会ってわけか」

 鋭く笑みを浮かべるコロンブス。いや、彼だけではない。黒髭も、アンとメアリーも、この現状を咀嚼して、各々情動を滾らせているようだった。

 「さて、じゃあこれから作戦概要を伝えよう。安心してくれ、アタシとライネスで大枠は考えてある───」

 

 ※

 

 アーチャー、アタランテにとって、船上というのはなんとも納まりの悪い場所である。

 無論、彼女とてアルゴノーツの一員だったわけである。当然船旅は経験している。が、元より地を駆け森に生きることこそ、アタランテの本懐である。ガイアへの信仰心こそないが、それでも大地的なものへの憧憬と、不安定な海上へのおぼつかなさは感じないわけにはいかない。

 まして。

 「イラッとくる野郎が!」

 不機嫌を撒き散らす奴がいるとなれば、アタランテも機嫌は悪いというものだ。

 隠すことなど1欠片も考慮していない、怒気そのものといった声。思わずアタランテが顔を顰めるほどの声を無思慮に散らしたカイニスは、舳先まで歩いていくと音を立てて座り込んだ。

 座り込んだだけならいいのだが、不機嫌そのままに床を殴ったりしているのだから始末に負えない。当たり散らされて粉砕される竜牙兵の姿は、憐れそのものだった。

 「行くな。お前も壊されるぞ」

 おろおろする竜牙兵を引き留めて、アタランテは嫌悪的に一瞥する。

 乱暴さや粗雑さは彼女には不愉快なものである。カイニスとは猪狩りの時からの顔見知りだが、はっきり言えば嫌いな部類であった。その来歴に、憐れみを感じはするが。

 大方、ディオスクロイと言い合いにでもなったのだろう。ポルクスはともかく、カストロの口の悪さはアタランテも感心するほどだ。

───ふむ、と思う。アタランテの予感が正しければ。

 「ポルクス?」

 「あれ?」

 ひょこり、物陰から金の髪が揺れた。質朴そうに髪を二つ結びにした姿は、間違いなく彼女の予感した姿そのものだ。

 白鳥の如き美麗な姿は、野趣を善しとするアタランテをして美質を感受させる。淑やかさと健やかさを同居させたような佇まいは、主神の血とは無縁のようにも思えた。

 双子座の英霊、ディオスクロイ。その片割れを担うポルクスは、なんというか、他人からすれば気苦労の多い神性だった。

 「申し訳ありません、兄がご迷惑をおかけしまして」

 小さく、ポルクスが頭を下げる。アタランテも僅かに肩を竦めて返事とした。

 「カイニスの煽り耐性のなさもどうかと思うが」

 「兄も機嫌がよかったもので」

 「お前の手料理か」

 おかしそうにポルクスは笑って見せる。妙にずれた返答な気がしないでもなかったが、アタランテは特に深追いしないことにした。実際のところ、長らく双子座を形成するポルクスの方が、敏くカストロの内面性は理解しているのだろうから。

 カイニスと異なり、アタランテはポルクスのことは好いている。物腰の柔らかい女性性的な雰囲気は、アタランテにはないものだ。善い、母親であるかのような。

 憧れ、後悔。冷たい理論を旨として、その生に誇りを持っていることは確かだが───また思考が傾斜しかけて、アタランテは慌てて考えないようにした。

 他方、カストロに関しては。

 特に好きでも無いが嫌いでもない、というところだろうか。乱暴さこそないからいいけれど、所かまわず他人を煽る癖だけはなんとかならぬものか、と思わなくもない。

 「久方ぶりの戦いだから機嫌がいいのですよ」

 細やかな注釈をつけるところも、ポルクスらしい。それでも、ちょっとズレている気がしないでもない。

 「ケイローンと戦った時以来か」

 「あの時は先生にいいようにやられてましたからね。アスクレピオスもヘラクレスに取られてしまいましたし」

 「誅罰を下すとか息巻いていたのにな。神を愚弄するとか」

 互いに、クスクスと笑った。以前、敵中継点攻撃の際に一番張り切っていたのはまさしくカストロ本人だった。

 メディアに導かれるようにアルゴナウタイが召喚された折、イアソンが提案した神代への回帰に一番強く賛同の意を表明したのはカストロだったし、反抗したサーヴァントたちを最も率先して殺して回ったのも、オデュッセウスを除けばカストロが一番積極的だっただろうか。いや、カイニスとどっこいどっこいか。

 何にせよ、今アルゴノー船に残った人間たちは、皆イアソンの意向に同意していることは間違いない。神の代へと刻を戻すことを、皆望んでいるのだ。

 「落ち着いたみたいですよ」

 くい、とポルクスが顎をしゃくる。釣られて振り返ると、なるほどカイニスは舳先に座り込んだまま、無言になっていた。

 「あれはむしろ怒りゲージを貯めているのではないのか」

 「というよりは、別なことで気を紛らわせているのかもしれませんね」

 同族嫌悪じゃないか、とは言わなかった。ベクトルの差こそあるが、敵を打ち倒したいという心情においては同質なような気もする。

 呆れながら鼻息を吐いたアタランテは、カイニスの背の向こう、さらには海原の先のさらに果てに居るであろう敵を想起した。

 「アタランテ」

 ひやり、と風が吹いた。

 「後方からの火力支援、よろしくお願いしますね?」

 妙に冷たい、風だった。




105話でした

先週投稿できなかったので、明日もう1話投稿予定でございます
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