fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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旅程の前

 「何、その眼は。気持ち悪いから見ないでもらえる?」

 鋭い声に一切の呵責無し。うえ、と顔を引きつらせたトウマは、不機嫌そうに切り株に座る姿から、慌てて視線を逸らした。

 足を組んだまま、素っ気なく下界を流し見るサーヴァント。醜い家鴨の雛を思わせる黒衣のサーヴァント、メルトリリスは、この場所に到着してから終始不快そうだった。

 第一本拠地より北西に位置する第二中継点。40㎢ほどの大きさの一画に位置する結界の拠点に先着したのは、マスターのトウマを除けば、4名だった。

 クロは当然として、まずその頭の上に乗っかっているぬいぐるみみたいな熊。真名、オリオン。当然トウマも知る英雄の名前だが、とても風体からは想像がつかない。

 3人目はライダー、メアリー。そして4人目がメルトリリスであり、この5人での拠点防衛が戦闘の序章というところだ。

 なの、だけど。

 「なんで彼女、あんな不機嫌なわけ?」

 「ん? あ、下か」

 変な方向からの声に一瞬戸惑うも、トウマはすぐに声の方を見下ろした。

 「なんかやったの、お前」

 ひょい、とトウマの肩に飛び乗る熊。ぬいぐるみみたいな顔に浮かんでるのは、多分同情、だろうか。

 「どっちかと言うとそもそも人間が嫌いなんじゃないかと」

 「道理で、納得」

 ぶるぶる、と身震いしてから、オリオンはおっかなびっくりとメルトリリスを一瞥する。熊オリオンはメルトリリスに恐々している。妙な怖気に震えたような仕草の意味を、なんとなくトウマは理解した。

 アルターエゴ、メルトリリス。女神をエッセンスとして人工的に作られたハイ・サーヴァントであり、その要素の中にはオリオンと縁のある女神も居る。

 月女神、アルテミス。純潔の処女神でありながら、唯一恋した人物がオリオンだったはずだ。けれども、伝承によっては怒りに任せてアルテミスがオリオンを射殺するエピソードがそこそこある。この世界のオリオンとアルテミスの関係性は不明だけれど、その来歴故に、アルテミスが苦手、と言ったところ……なのだろうか?

 「んー」

 「どうした?」

 「いんや、まぁ、考え事」

 生真面目そうに、眉を寄せる。腕組みしてメルトリリスを眺める様は、なんというか……珍妙だった。ゆるキャラみたいな風貌なのに真面目という不似合い。

 「そんなこと言って絶対狙ってるでしょ」

 そんなんだから、トウマもつい、弄りに行ってしまった。

 オリオンの逸話を思えば、それはもう華やかというか色男そのものみたいな人生を送っているわけで。美質そのものであるようなメルトリリスは、それこそ好意の対象だったりするんじゃないだろうか。

 「……ドレイクとかアンの方が好きかな」

 なんだろう、その沈黙は。表情も渋ければ声のテンションも低い様は、なんというか弄り方を間違えたのかと不安になる。それとも、それほどアルテミスに対する恐れのようなものがあったりするのだろうか。

 「やっぱりあれですか」トウマは慌てて声を続けた。「デカい方がお好みということでいらっしゃる?」

 「なんかさ、愛が重そうじゃない。彼女。すなおクールに見せかけて激重感情ぶつけてきそうな感じがする。俺にはわかる」

 「あー……」

 「まぁもちろんデカい方が好きだけどな! デカいは正義よ」

 「わかるー」

 「どっちかというとアンタの方好みなんじゃないんか。何回もちらちら見てるじゃん」

 「いや、それは」

 言いながらも、つい、トウマはわき目を渡すように黙然とするメルトリリスを一瞥する。

 確かにちらちら見ているけれど、その理由は別に下心とかではない。あのメルトリリスがサーヴァントとして召喚されているという事実が、トウマには何より衝撃と言えば衝撃なのだ。

 そもそもサーヴァントと言えるのか。確かに分類上ハイ・『サーヴァント』だけれど、彼女やもう1人のアルターエゴは英霊の座に登録されているのだろうか。召喚されたということは、登録されているのだろうか。登録されているとしても、何を以て彼女は召喚されたのか。その上で、何故、彼女はカルデアに協力すると言っているのか。彼女のパーソナリティからすればあまり考え難い考えを、何故発しているのだろうか。ところどころ記録が抜け落ちているようだが、それが何かの原因だったりするのだろうか。

 「まぁあの姿、普通に過激だよな。露出狂っていうの? 若い時はあーいうのにやられちゃうのわかるよ、わかる。今でも好きだけど」

 ニヤニヤ。熊の癖にチェシャな笑みを浮かべるオリオン。ふ、と思考を途切れさせたトウマが「いや、あれは」と言いかけた時だった。

 「何をトンチキなことを言ってるわけ?」

 「うおわ!?」

 不意に耳朶を貫いた声に、オリオンとトウマは二人して素っ頓狂な悲鳴を上げた。思わずこけたトウマは尻もちをつきながら、彼女を、ローアングルから見上げた。もう一度言うけれど、ローアングルから、メルトリリスを見上げた。

 「男ってホンットに、短慮で愚図で低能ね。私が露出狂? 何を見たらそう思うわけ?」

 「???」

 「これほど貞淑に隠しているじゃない。それをわかりなさい」

 侮蔑の視線が極まって、もはや呆れにすらなっている。不愉快そうな鼻息を精一杯吐き出すや、彼女は素早く右足を持ち上げた。

 踵の魔剣が鈍く灯る。ぞっとする暇すらなく振り下ろされた刃の切っ先は、容赦なくトウマの股下に直撃した。

 股間部まであと5cm。冷たい汗を吹き出すトウマに対し、メルトリリスは一切の情動もなく、ただただ冷厳とした視線を突き刺すばかりだった。

 「私がアナタの指示に従うからといって、私の主だなんて思わないこと。アナタみたいなとびっきりの凡骨。私と口を聞けるだけでもあり得ぬ僥倖、ってことくらいはわかるわよね?」

 くるり、メルトリリスは身を翻した。唾を吐かなかったのは、ただ、彼女の美学意識にそういった行為は存在しないだけのことだった。

 「私に欲情するのは勝手ですけれど、もっと身近な人のことを気にした方がいいんじゃないかしら」

 メルトリリスの体躯が跳ねる。陽の光(エオス)を受けるのも一瞬で、黝い鳥は鬱蒼とした森の中へと溶けていった。

 「こっわ……ありゃあ、間違いないわ」

 トウマの右肩の上で、オリオンは身震いとともに、おののくような声を漏らした。

 メルトリリス。確かに、メルトリリスだ、あれは。よろよろと立ち上がったトウマは服についた埃を払うと、戦慄しながらも、思案だけは続けていた。

 そう、彼女は、カルデアという組織に対して何かしら信ずるものがあるわけではない。まして、彼女の来歴を思えば、人理に与することに積極的な動機があるとも思えない。

 それとも、記憶も記録もないならば、何か異なることもあるのだろうか。とは言え、彼女の身振りは間違いなくCCCのそれだ。いわゆる身体的な記憶や性向は、間違いなくあのメルトリリスだ。

 畢竟。

 思考したとしても、それは詮の無いことだ。あるいは現時点で考えたとしても、あまりに素材が少なすぎる。 

 とは言え、トウマには何か、直観がある。

 多分、メルトリリスはこの特異点の謎に、かかわってくるような気がする。それも核心に近しい部分において。

 何故、そう思うのだろう。ただの先入観だろうか。メルトリリスほど存在者がこんな形で召喚されるのには、何かある───そんな、妄想だろうか。

 「お、おい。トウマ、トウマ」

 「え、あ。何―――」

 「随分楽しそうね、トーマ」

 それはもう、クロは満面の笑みを浮かべていた。

 得物こそ持っていないが、敵意というか鋭いものを感じるような気がするのだが……。なんだろう、妙な寒気がする。

 「爆ぜる? マスター」

 「ゴメンナサイ」

 「もう、あと2時間よ? リラックスは大事だけど、緊張感がないのは善くないわ」

 正論である。ただただ小さく肩をしたトウマは、おっかなびっくりとクロの顔を伺った。

 顰めた眉宇、ちょっときつく結んだ口唇。胡乱のような目に日光が反射して、濡れたように閃いていた。

 《結局、メルトリリスについてはまだ何もわからないのよね》

 《まぁ》

 《ならいいわ》

 前髪を、かきあげる。逡巡するように視界を彷徨わせたクロは、僅かにだけ、探るように視線をトウマへと触れさせた。

 「?」

 「なんでも。ほら、おいで」

 「へーい」

 ひょこり。トウマの肩から跳躍すると。熊のぬいぐるみは綺麗にクロの腕へと飛びこんでいった。

 ぬいぐるみを抱っこする小学生。絵面は微笑ましいし、実際のところクロは結構オリオンのことは可愛がってる様子がある。オリオンの表情はちょっと微妙そうだが。

 「そもそも俺、本当に役に立つのかねぇ。お嬢ちゃんだって結構使い手なんだよな」

 「あなた、【心眼:A+】持ちじゃない。それになんだっけ、【三星の狩り人】だったかしら。伝説の狩り人様と近現代の凡人じゃあ、比較にもならないじゃない?」

 クロの腕から抜け出すと、熊はまるで定位置であるかのようにクロの頭へと飛び乗る。ぐで、とだらけた熊は、微妙そうな顔のまま、盗み見るようにトウマを伺った。

 「言っておくけど、そういう趣味はないからな。まぁ乱暴な方だけど」

 言い訳がましく、熊は小さく漏らした。幾ばくかの瞬間───果たして一瞬だけだったか、あるいは数瞬ほどはかかったか───逡巡したトウマは、ただ肩を竦めた。特にトウマはそれに言葉は返さず、どこかぎこちなく口角を持ち上げた。

 「何の話?」

 「や、なんでも」

 ぽかん、とするクロにも、トウマは曖昧にだけ応えた。

 「お嬢ちゃんが使っていいのは弓と槍と、それだけか?」

 「あと双剣くらいは」

 「オーケーオーケー。まぁ安心しろよ、基本的には弓だけで仕留められるさ」

 ぐだっとした姿から、やはり緩慢な動作で蠢動する。今度はぺたんとお座りみたいな姿勢を取ったオリオンは、太い眉をきりっと窄めた。

 「オリオンの名前が伊達じゃないってとこ、ちゃんと見せてやるぜ」




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