fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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黒衣の騎士王

「これが聖杯―――」

オルガマリーの呟きが、地鳴りに飲まれて溶けていく。

円蔵山をくり抜くように広がる伽藍洞の地下空間。巨大な黒い柱のような何かが屹立し、その突端に黝い孔がぽかりと浮かんでいた。

「こんなの、超抜級の魔術炉心じゃない。たかだか極東の島国よ、なんでこんなところにこんなものがあったのよ」

オルガマリーは、明らかに動揺している。恐れというより畏れに身をすくませながら、あの黒い泥の柱に目を奪われている。

いや、彼女だけじゃない。ここに居る全員が、畏怖と呼ばれる原初的な情動を惹起させていた。目の前に横たわる、人智を超えた沙汰との遭遇、限界状況。

そして、彼―――トウマは、目の前の光景をある意味で誰よりもよく理解していた。

世界の危機。まるでハリウッド映画か特撮映画みたいな見慣れたフレーズが、不気味なほどの現実味を以て肌をなぞる。ぞわぞわと肌を粟立たせた。肌を粟立たせたが、彼は何はともあれ、《大丈夫?》とクロにパスで念話を送った。

《あんまり、ここは良い場所じゃあないよね。無理してないかな》

何と言っていいかわからず、トウマは曖昧にしか言えなかった。

大聖杯『魔法陣』の作成には当然アインツベルンが関わっているのだろうし、そしてクロ自身、小聖杯としてやはり作られた存在だ。だとしたら、何らかの影響があって然るべきだろう。大聖杯を開き、固定させる錨こそ小聖杯なのだから。

さりとて、そんなプライベートなことにとやかく言っていいかも、トウマには判断しかねた。

《大丈夫、もう開いちゃえば、私は特に関係ないから》

いつもみたいに莞爾と笑って、クロは応えた。彼女はそれだけ、聡かった。

「何か情報は無いの?」

(冬木の聖杯戦争に関しては、データに乏しくてよくわかっていません。セカンドオーナーの遠坂を中心に術式を構築した、ってことぐらいしか情報が無いもので)

「―――おっと悪いな、ご歓談はここまでのようだぜ」

キャスターが槍のように杖を構える。それを合図に、周囲を飛んでいた2羽の鴉は消滅した。

彼の睨む視線の先、黒い柱を悠然と見上げる人影が、ゆっくりと振り返った。

血管のように赤く血走った鎧に身を包んだ、黒い騎士。青年というより少年といった風采の若い顔立ちながら、死蝋のような生気の無い肌は、人間性と呼ばれる情動を削ぎ落した冷徹さを感じないわけにはいかなかった。

臓腑が凍えて壊死するかのような、不快感にも恐怖にも似た戦慄。場違いに脳裏に過る、高校の友人の顔が過った。

―――セイバー・オルタ。間違いなくあれは、アルトリア・ペンドラゴンそのもの、だ。

「ちんまいからって油断すんなよ。セイバーの魔力放出は一級線なんてもんじゃねえ、気を抜けば防御越しにぶった切られる」

「き、気を付けます!」

「奴を倒せばこの街の異変は消える。いいか、それは俺も奴も例外じゃあない。そのあとのことは、しっかりやれよ」

がちゃり、と思い足取りが大地を抉る。

黒く濁った剣を大地に突き立てたセイバー・オルタは、睥睨するように視線を投げつける。表情の無いはずの死蝋のかんばせが、微笑するような嘲笑に歪んだ。

「3騎か。キャスターに、アーチャー、か―――」ひたと、金色の目がマシュを見据える。思わず一歩後ずさるマシュを見る彼女の目は、何故か、無邪気に見えた。「面白いサーヴァントが居るな。さしずめシールダー、といったところか」

「テメエ、喋れんのか? てっきり案山子だと思ってたんだがな」

「粗忽な物見が居るのでな。狂化のふりをしていた」

「物見ねぇ。一体何を守ってやがるかは知らねえが、いい加減決着つけようや。永遠に終わらないゲームなんざ退屈だろう? 良きにつけ悪しきにつけ、駒を先に進めないとな」

「流石アイルランドの光の御子、よく見えている。だが、それでいて己が欲望に熱中するか。貴卿は変わらんな」

ひたとした微笑は、そこで終い。

怜悧に表情を変えたセイバー・オルタが、地面に突き立てた剣を引き抜いた。

王の選定の剣、その2振り目。脈打つように赤く明滅する剣を掲げた。まるで外敵との開戦を宣する如く、星の聖剣の刃が鈍く煌めいた。

「光の御子よ、赤き天の嬰児よ、そして名も知れぬ小娘よ。我が剣こそは聖剣エクスカリバー、星の内海より来るもの。貴君らの未来が真実か否か、この剣で選定し『確かめ』よう―――恐れず挑むが良い!」

「―――先輩、行きます!」

 

 

横薙ぎに剣を払う。黒い聖剣の切っ先はキャスターの頸へと延び、そのまま行けば間違いなく跳ね飛ばすはずだった。

だが、届かない。頸を跳ねる一瞬前、間に割って入った大盾がセイバーの放った斬撃を寸で受け止めた。

ならば、とセイバー・オルタはさらに足を踏み込む。魔力放出によって強化された一撃は盾の防御ごと少女の矮躯を突き上げ、がら空きになった頭めがけ、かち割るように剣を振り下ろす。

こちらも必殺の一撃。間違いなく頭蓋を砕き、咽頭を切り裂き、股まで両断するはずの切り下ろし。

だが、届かない。脳天を打ち砕く寸前、10時方向から4発の矢が飛来した。

3発は鎧どころか纏った魔力そのものが弾く程度の攻撃だ、無視していい。だがその中の一発、破魔の紅い矢だけは無視できない攻撃だ。

矢に作り替えられているが、彼女がかつて相まみえた武器に違いない。フィオナ騎士団の無双の騎士、ディルムッド・オディナが振るった呪いの朱槍『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』、あの矢はその宝具を作り替えた産物だ。高い魔力でもって強固な鎧を編むセイバー・オルタにとって、あの槍は鬼門の一つだった。何故、あのアーチャーがその宝具を弱点と見抜いたのか―――思案の暇は、無い。咄嗟に攻撃を辞めて半身を捩り、飛来した矢を叩き落す。粉々に砕けた破魔の矢には目もくれず、ただ彼女は、視線の先の赤い小さな弓兵を睨みつける。

相対距離を確認。魔力放出で一気に距離を詰め、首を跳ねるのに1.5秒。アーチャーの応戦を含めても2秒ほど。騎士王の名を恣にする彼女にとり、あのアーチャーの接近戦能力は論ずるに値しない。

だが、届かない。魔力放出でもって吹き飛ぼうとした刹那、地面を割って沸いた巨大な樹の手が行く手を阻むように拳を振るう。同時、6時方向に回り込んだ少女が圧し潰す気勢でもって盾を振り下ろした。

防御―――不可。回避する方が賢明。そうと判断すれば行動は速く、アーチャーに飛び掛かろうとしていた魔力放出を転用、9時方向へと飛び退いた。

着地と同時、身体を捩じりながら背後へと剣をすくい上げる。虚空を切るはずだった剣は、あわや飛来した矢3本を一刀のもとに打ち上げた。

厄介だな、と思った。

個々の戦力は決して大したことはない。高く見積もってB+~Aランク程度のサーヴァント。あの盾の少女は、それよりも格が落ちる。

だが、戦ってみればよくわかる。あの3人、誰もがセイバー・オルタにとって、鬼門だ。彼女の防御を貫通する矢を放つアーチャー、対魔力に干渉されない古のルーン魔術を扱うキャスター。そしてセイバーの絶大な攻撃力を防御しきる、盾の少女。

強力な布陣。額から滴った赤い雫を籠手で拭うと、薄く目を閉じた。

「これまでか」

 

 

正面から切り結ぶマシュ、近~中距離からマシュを攻防面で掩護するクー・フーリン、隙あらば破魔の矢(ゲイ・ジャルグ)を撃ち込むクロ。即席とは思えない精錬された連携は、素人目にも隙の無い布陣に見える。

事実、とトウマは思う。あのセイバー・オルタを、半ば完封している。原作最終ルートのラスボスだったセイバー・オルタを相手に、何の心配も無く戦っている。感動にも似た情動の惹起を、彼は覚えずにはいられなかった。

「アイアスの盾に呪いの矢……タチバナ、あなた本当に真名を聞いてないの?」

「き、聞いてないです。俺は未熟だから信用為らないとかなんとかで、すみません」

「あなたが未熟なのは私も同意します。なんで魔術回路が3本しか無いのにマスターになれているのか、理解に苦しみます」

じろりとオルガマリーが横眼で睨む。明らかに罵倒されているらしい。トウマはビビりながら、なんとか愛想笑いだけを返した。

破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』の使用をクロに勧めたのは、トウマだった。

通常時のセイバーよりも防御力の高いセイバー・オルタだが、彼女の防御は魔力で編まれた鎧によって発揮されるもの。重厚化した鎧に加え、無意識化で周囲に纏う魔力があらゆる攻撃を軽減する。低下した敏捷を補って余りあるその防御を突破することは、並大抵のことではない。

だが、突破する方法はある。それこそ、かのフィオナ騎士団の英雄ディルムッド・オディナが振るう紅き呪いの魔槍、『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』。あらゆる魔術的効果を切り裂くその刃は、如何に強力な防御であろうとも、それが魔術で編まれたものであれば意味を成さない。肥沃な魔力をリソースに防御力を誇示するアルトリア・ペンドラゴンという英霊にとり、ディルムッドの槍は明確な切り札になる。もちろん、二段構えの運用も見越している。セイバー・オルタが防御を捨てれば、次は『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』の出番だ。

自分は戦える―――そんな考えが、軽い羽根のように、脳裏に落ちる。原作の知識とクロの相性は、とんでもなく良いはずだ。あらゆるサーヴァントに対して優位に立てるのは、明確なアドバンテージ、と言える。メドゥーサの時も、『不死殺し(ハルペー)』を推奨したのはトウマだった。

難点があると言えば、自分の魔術回路が3本しかないことか―――そもそも魔術回路があることそれ自体は予想外だったけれど、3本とは。思っても詮の無いことだけれど、どうせなら、こう、三桁くらいあればいいのに―――。

いや、今はそれどころではない。ぶんぶんと首を振ったトウマは、頬を叩いた。余計なことは考えるな。ただ、マスターとして、ちゃんと戦いを見届けなければ。

そんな、ちょっとした慢心が掠めた時だった。

マシュが薙ぎ払いを防ぎ、キャスターが火のルーンを撃ち放ち、クロが破魔の矢を放ち―――後方へ大きく飛び退き、セイバー・オルタが距離を取る。剣の構えを解くと、彼女の金色の目が、どこかつまらなそうに周囲を睥睨した。

「良い宴だ。貴君らの戦い、称賛に値する。特に盾の小娘、良いな。良い守りだ。この私が手も足も出ない。」

つらつらと述べるセイバー・オルタは、しかしやはりつまらなそうな口調だ。

「なんだ、珍しいじゃねぇか。テメエが負けを認めるのか?」

「頭に蛆でも巣食っているのか、クランの猛犬。確かに手も足も出ないが、勝てないわけではない。」

「負けず嫌いかよ。勝てないわけじゃあないんなら早く勝てや」

「そうしたいところはやまやまなのだがな。あぁ、残念だ。実に、残念だ」

彼女は、嘆息すら吐いた。退屈そうな、残念そうな溜息を吐いて、ただ、色の無い目で、戦場を俯瞰した。

「てめぇそりゃ―――まさか」

(ごめん、戦っている最中だけど悪い知らせだ! 円蔵山の麓に設置したセンサーが感知した、サーヴァントだ! クラスはバーサーカーと推定される!)

ぞわ、と怖気が奔った。

確か、クー・フーリンが言っていたはずだ。セイバーに斃された後、さっきのメドゥーサのようになりながらも、教会近くの森の中で動かずにいるサーヴァントが居る、と。

それこそ、バーサーカー。聞いた情報から察するまでもない、かのギリシャの大英雄ヘラクレスだ。

「今更に動こうとはな。どうする、そこな小娘、小僧。マスターなのだろう。せめてもっともな指示を出してみろ」

セイバーはやはり関心を喪ったように声を吐き捨てた。

なるほど、と思う。本来自分で倒すはずの布陣が、偶然の要素で打倒されては面白くない。だから、彼女は既にこの戦いに興味を無くしたのだろう。投げやりな言葉は、せめて最後の興を愉しもうとするだけか否か―――。

生唾を飲み下す。今の布陣、何をするのが正解だ。ここでバーサーカーもまとめて迎え撃つのか?

考えている時間は無い、自分が、なんとかしなければ―――!

「―――その安い挑発、乗ってあげる。騎士王」

軽口一つ。軽やかに耳朶を打った声に、トウマは、思わず目を向けた。

赤銅色の髪の少女―――リツカは、挑むような微笑を向けていた。

「フェーズを3-bに移行、アーチャーはバーサーカーを押しとどめて」

「ちょっと、何を勝手に! 大体、キャスターとキリエライトだけでアーサー王が倒せるの!?」

取り乱したように、オルガマリーがリツカに掴みかかる。胸倉を捩じり上げられながら、さりとて、リツカの表情はちっとも変わる様子はない。

「倒せるからそのように指示を出しているんです。成功するかは五分ですけど―――」

「じゃあ別の案を出しなさい! 5割? 私には認められません!」

「他の案ではここに居る皆、死にますよ? それでいいならそうしますけど」

気圧されるように、オルガマリーがたじろぐ。呻くように声を漏らすと、オルガマリーは苦々しく顔を歪めて、ただ、手を緩めるしかできなかった。

「大丈夫です、きっとうまくいくから、任せて」

リツカは、柔らかく微笑を浮かべた。そっとオルガマリーの手を取って握り返すと、リツカは、その柔らかな視線を、トウマへと向けた。

お願い、と彼女は言っている。アーチャーとともに、バーサーカーを食い止めてくれ―――そう、その目は言っていた。

「―――アーチャー!」

「いいわ、その大任、熟してあげる!」

威勢は強く。獰猛に嫣然を浮かべるや、剣を投影。撃ち放った。

絶世の銘剣がセイバー・オルタに直撃する寸前、ぷくりと爆光が膨れ上がる。さながら榴弾のように炸裂した矢が爆炎をまき散らしたその瞬間が、合図だった。

赤い矮躯が跳ぶ。

トウマも、背後を振り返る。岩だらけの洞窟の先、暗い洞に溶ける赤い影を追い、走り始め―――。

「タチバナ、持っていきなさい!」

飛んできたそれを、手にとった。

掌の皮膚を、強く打つ。顔を顰めながら手の内を見れば、何か文字の並んだ石が、2つあった。

「それぞれ防御と目眩ましのルーンを刻んである。使えそうな時は使いなさい!」

返事をする暇は無かった。ただ、ぶつかったオルガマリーの視線に視線を返して、トウマは駆けだした。

 

 

「やれやれ、俺のマスターは随分無理難題を言うねぇ」

気だるそうに、キャスターは伸びをした。足元の石ころを左足の親指と人差し指でつまむと、ひょい、と宙に放り投げる。

特に意味の無い、手慰み。いや足慰みか。放り投げた石が力を失い、重力に従って自由落下していく様を見届けると、地面に突き立ててあった杖を手に取った。

「ま、嬢ちゃんとビビりな所長さんの為にも、さっさとカタをつけますかね」

「ほう。私を倒す、とそう言ったな?」

じとりと、重い声が鼓膜をなぞる。晴れ往く土煙の先、黒い騎士は、泰然と佇んでいた。

「おう、言ったぜ。てめえなんざ、キャスターだろうが相手じゃあねぇんだよ。それにお嬢ちゃんも居ることだ」

「勇ましいことだ。その減らず口、すぐに切って捨てるには惜しいな」

「吠えづらかくんじゃねぇぞ、セイバー!」

「精々よく哭け、キャスター!」

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