fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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狐疑のアポロウーサⅡ

 「始まった、かな」

 空中投影された映像に、ライネスは椅子の背もたれに身体を預けた。

 ドレイクの天幕の裡、寝室が当面の指令所だ。彼女はカルデアの制服姿のまま、モニターの映像を眺める。

 比較的、映像ははっきりしている。カルデアと特異点間の通信は未だ不安定だが、この特異点内であれば、まだまともに連絡は取り合える。

 「全くドレイクめ。指揮官とか言いながら」むすっとしながら、ライネスは独り言ちる。「アヴェンジャーじゃないか、義憤なんて」

 テーブルの上の杯を手に取る。スプーンでドライフルーツを掬って口に運ぶと、やれやれ、と金糸のようなさらりとした髪を手で弄んだ。

 「これ、兄上が見たら卒倒するんじゃあないかな」

 杯を、掲げる。天井に灯るLEDの極めて近代的な光を受けて煌めく金の杯は、間違いなく―――。

 聖杯(アートグラフ)

 だが、この杯には何の魔力も感じない。なんらかの魔術礼装、ということはわかるが、それだけだ。

 聖杯の形をしただけの別物?

 そうかもしれない。だから、この直観は何の根拠もない閃き。推測ですらない思考は、恐らくライネスというよりは、司馬懿のそれであろう。

 「しかし、わからないな。それだと何故人理定礎が崩壊してないか、その理由がわからないぞ。だってもう、こいつは」

 しげしげと、金の杯を眺める。

 妙な感慨だ。彼女の兄は、これを巡る戦いに参加して生き残った。そうして次の戦いには、参加できなかった。いや、しなかった、というべきか。何にせよ兄はこんな願望機そのものには興味はないだろう。

果たして、これがあればあの調律師が居なくともエルメロイ家の源流刻印を完全に再生できるのだろうか、などとも思ってみる。まぁどうでもいいことか、と心にもない願望を胸中から叩きだすと、ふふん、とライネスは鼻で笑ってみる。

 「Why done it.」

 当たり前のように、ライネスは聖杯にドライフルーツを一つまみ。上から紅茶を注ぐと、ぼんやりと、果実が柔らかくなる様を眺めた。

 「この戦いの結果次第か」

 

 

 「これだから色ボケ野郎は信用できねえんだよ。おままごとは他所でやってくれってな」

 履き捨てるように言う。乱暴な言質は相変わらずだが、逆に言えば特段苛立っているわけでもないとも言えるだろうか。何にせよ、やるべきことは本質的には変わらない。

 カイニスは自覚のまま、「んで、どうすんだよ」と念話の向こうの男に柄もなく伺いを立てた。「アタランテの野郎、もう宝具を使うだけのリソースはないんだろうが」

 (そのまま攻略に進め。カストロ、ポルクスはカイニスの後に続け)

 (了解した。全く、あのような戯けに先陣を譲るとはな)

 不愉快極まりない声が聞こえたが、カイニスはとりあえず無視する。「へいへい」と気乗りしないような声色で応えながら、彼は腐肉を漁る禽のような視線を向けた。

 相手の規模は不明。とりあえずアーチャーがいることはわかっているが、それ以外は何が潜んでいるのやら。

 だが、彼女にしてみればどうでもいいことだ。たとえなにが立ち塞がろうとも、ただ己が膂力で打ち砕くのみ。そして如何なる攻撃であっても、海神の加護による伝承防御は弾き返すだろう。先陣を任されたのも、カイニスのサバイバビリティを信じてのことだろう。こと防御性能という観点から評価すれば、カイニスはヘラクレスのそれに勝るとも劣らぬものがある。

 ……懸念が無いわけではないが。ある英霊の姿が一瞬脳裏を過ったが、カイニスにしてみれば、些末な懸念で踏鞴を踏むことは有り得ない。

 「行くぞテメエら」

 じろり、周囲を睨みつける。竜牙兵たちは畏縮するように身動ぎし、シルバーメタルの奇怪な球形にも、赤い単眼(モノアイ)がぼやりと灯った。

 「テメエらには一切期待しちゃいない。ただ、俺の邪魔だけはするんじゃねぇ。いいな」

 三叉の槍、その金の切っ先を掲げる。

 それは宣戦布告。目の前に立ち塞がるもの、悉くを打ち殺すという、高らかな宣言だった。

 「それじゃあ派手に粉砕してやるかァ!」

 

 ※

 

 「兄様、カイニスが進行を開始しましたよ」

 妹の声は、すぐ傍で、やや後ろから聞こえてくる。いつもの、彼女の定位置。カストロは彼女の淑やかで、それでいてはっきりした勁い芯の感じさせる声を好ましく思っている。ゼウスの子、ディオスクロイに相応しき、善き神性だと思う。

 「オデュッセウスも慎重が過ぎるのではないか? たかだか人間如き、力で押し切ってしまえば善かろうが」

 カストロは、顔顰めて気に不満を漏らした。

 敵はたかだか人間。神性満ち満ちたるアルゴノーツの英霊たちにしてみれば、海賊などそこいらの小石も同じことではないか。正体不明の勢力の実力は底知れないが、それでも人間風情であることに相違はない。

 「人間の力を侮ってはいけませんよ? 前だって、ドレイク船長にしてやられたのは兄様でしょう?」

 「むう」

 柔和な微笑ながら、ポルクスはしっかりとカストロを諫めた。どちらかと言うと人間を下に見るカストロに対して、ポルクスは人間を妙に重く見るところがある。ポルクスという存在者に対しては全く不満はないけれど、時折、こうしてカストロの期待とは異なる反応をする。はるか以前。ともに完全な神性であったころは、そんなことはなかった、と、思うのだが。

 「妹よ、あの時は師父にやられたのであってだな、決して」

 「ほら、行きますよ兄様」

 ひょいひょい、と駆けだすポルクス。慌ててその背を追いかけたカストロは、僅かに罅割れるような錯覚を覚える。

 時々、思う。

 神性を維持するポルクスの目には、何が映っているのだろう。半神になりながら、神の子の名に相応しい強度を保つポルクスの思惟は、何を捉えているのだろう。既に人間などに堕落させられてしまったカストロには、最早計り知れない。疑念、などとは到底呼べない小さな不安。美しい大理石についた、小さな瑕疵のような思惟───。

「待て、ポルクス!」

 

 

 敵が、来た。

 メルトリリスは密林の中に蹲るような岩塊を背に、静かに瞑目する。

 サーヴァントとして現実世界に召喚される都合、彼女はランサー・アサシンの二重召喚(ダブルサモン)に近しい在り方をしている。その恩恵か、彼女は【気配遮断】を所有していた。

 彼女の在り方と相容れない故にか、ランクはC-と低い。だが、心情的には、メルトリリスはこのスキルのことを毛嫌いはしていない。プリマとは耳目を集めるもの。だが、そのタイミングまで息を潜め、機を伺うのも、優れたプリマの素質なのだから。

何はともあれ、今はこのスキルを役立てる時ではある。彼女は彼女らしく、己が存在を秘めやかに整える。

 雑音が、耳朶を打つ。

 雑踏、というべきか。骨同士がぶつかる渇いた音、金属同士が軋む甲高い音。観客のざわめき、というにはあまりに不躾で、粗末な喧噪だろう。三流の大根役者しかいない、場末の舞台ならそれでもいい。だがこの戦いの主役はメルトリリス、彼女なのだ。そこいらのカスとは全く違う。そんな彼女に、こんな雑音は不要極まりない。

 ならば。

 メルトリリスの痩躯が、翔んだ。跳躍した彼女は眼下に犇めく敵を見据え、流星のように目標へと強襲した。

 ガンメタルの球体。蜘蛛のようにも見えるそれは、この特異点で幾度も見てきた機械仕掛けの躯体だった。サーヴァントを倒せるほどの性能ではないが、苦戦は必至。通常であれば、御しやすい敵ではない。 

だが、彼女はそんじょそこいらのサーヴァントではない。トップサーヴァントすら凌駕し得る、高位の複合神性(ハイ・サーヴァント)。そんな機械仕掛けの人工物など───。

 「速さが、足りないわ!」

 咄嗟に蜘蛛が反応しかけた時には、既に遅い。秒すらなくクロスレンジに飛び込んだ黒影は、魔剣の一太刀だけで巨大な蜘蛛を両断した。

 ずるりと、銀の体躯が床に崩れ落ちる。続けて膨れ上がった爆風に乗って飛び立つや、すぐさま次の獲物を捕捉する。

 竜牙兵、総数15体ほどの集団。取るに足らない雑魚、と判断。広げた両腕を持ち上げると同時に両の脚を志向した後、メルトリリスは己が身体を魔力放出で以て一気に射出した。

 さながらその様は掩蔽壕破壊弾(バンカーバスター)の如くであっただろうか。超高速で大地に突き立つや、あまりの衝撃に地面が隆起する。衝撃と余波だけで直近の竜牙兵数体が微塵までに粉砕された。

 続けざまに、回し蹴りで1体両断。突き出された槍の穂先をハイキックで弾き返し、そのまま踵落としの要領で頭からち割る。後から飛び掛かってきた竜牙兵を察知する。上体を前に倒すと同時にひねり蹴りを放って槍を破壊し、身体を倒した勢いのまま前宙して別な足で切り裂く───。

 そこまでイメージしかけたメルトリリスは、だが一瞬後に背後へと飛び退いた。

 後退と同時に両手を広げ、さらに身体をスピンさせる。僅かな微風すら揚力に転換したクイックロールを捕捉するのは、弓兵すら困難であっただろう。事実、背後から強襲した黄金の槍は、遥か虚空を捉えたに過ぎなかった。

 着地と同時、メルトリリスはその敵影を識別した。

 白い甲冑に、金の武具を装備した槍兵(ランサー)。振り向いた視線の剣呑さは、全く変わり映えしなかった。

 「またアナタ? 正直、飽きたのですけれど」

 「こっちの台詞だ、駝鳥女。テメエとの勝負付けはもう済んでるだろうが」

 「あら。あんなの、大体ヘラクレスのお陰じゃない」

 微かに、カイニスの表情が蠢動した。ほんのわずかな軋みを、けれど、メルトリリスは天性の性質から、その機微を理解した。

 抉るような視線、歪む口角。悪竜(レビュアタン)のように蠕動した舌先は、どろりとその言葉を啓いた。

 「あぁ、忘れていたわ」吐瀉のような、微笑だった。「貴女。男の陰に隠れなきゃ、何もできないくらいか弱い乙女でしたものね?」

 トライデントの一突きに一切の仮借なし。純粋な殺意が終息した気勢は、透き通るほどの美麗さだった。

 その一撃を魔剣で叩き落し、半瞬すらなくクロスレンジへと猪突する。薙ぎ払いすら上体を背後に逸らして躱して見せ、踵の魔剣を掬い上げるように奔らせる。股から脳天まで切り裂く斬撃を盾で弾き返しながらも、カイニスの躯体はまるでゴム毬のように吹き飛んで行った。

 滑るように着地してみせたカイニスの挙措に、隙はない。わざと押し負けたな、と察しながらも、メルトリリスにはさして気にした素振りはない。

 あの時とは違う。ヘラクレスに滅多打ちにされたあの時とは、何もかも。完全とは言い難いけれど、サーヴァントごときに後れを取る性能ですらない。

 だが、まだ、これは、作戦の第一段階に過ぎない。小癪な話だが、今はあの凡夫の指示に従わなければ。結果、それが大局を優位に進めることになるのだから。それが、今はメルトリリスにとっても良いことだ。

 「神に嬲られるのが、貴女たち(ギリシア)の文化でしょう?」

 じり、と距離を詰めるカイニス。対するメルトリリスも後退する素振りはなく、ただ猛々しい禽のように敵を見据えた。

 「卑しく汚らしく矮小に、私に蹂躙されなさいな!」




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