fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
「貴女が私たちの敵―――でしょうか」
視界の、先。
堕ち始めた陽が木漏れ日となって差し込み、その姿を薄く照らしていた。
「まぁ多分。そんなところかな」
腑抜けた返答だ。
黒いボロの
「兄様。あれはカトラス、という大航海時代の剣です」
抜け目なく、相対する敵を識別する。
見覚えはない。なにせディオスクロイはアルゴノーツからの離反者を狩ることに専心しており、海賊たちと矛を交えたのは1度のみ。それも艦隊戦でのことで、サーヴァント同士の白兵戦には発展していなかった。
だが、ポルクスはその敵の真名を推察する。
人類史に名を遺した女海賊など、そう数は居ない。フランシス・ドレイクのような例外もいるが、あれは例外であって普遍的事象ではない。
と、なると。
「兄様、恐らくこの敵の真名は」
「ふん。たかが人間如きの名など不要だ」
一歩、カストロが足を踏み込む。ポルクスの前へと出、庇うようにカストロは手を掲げた、
「人間。我らと相まみえた喜悦に咽ぶがいい、そしてひれ伏すが善い。貴様ら芥が如き
「兄様!」
ぐん、とポルクスは踏み込んだ。
カストロの脇を潜り抜け、一挙に前へ。同じタイミングで猪突した敵サーヴァントの斬撃に己が剣戟を重ね合わせ、続け様の一太刀も叩き伏せる。返す刃を首へと叩き付けたが、敵も悠々とその一撃にカトラスを激突させた。
「き、貴様! まだ俺が喋っている途中だろうが!」
「悪かった? ボク、バカだから。むつかしい話はわからないんだよね!」
ふわ、と手応えが抜ける。あ、と思ったときには黒衣の体躯が沈み込み、ポルクスの下腹部めがけて踵をめり込ませた。
「ポルクス!」
カストロが一瞬で間に割って入る。彼の武装、円盤の斬撃の気勢はポルクスの比ではなかった。あっさりと弾き返された敵サーヴァントへと立て続けに斬撃を重ねるカストロに続き、半瞬ほどで立て直したポルクスも再度の猪突をしかける。
ちょうど飛び上がったカストロの下を潜り抜けるように滑り込み、敵サーヴァントの懐へと侵襲する。カストロの攻撃に手一杯のサーヴァントに、ポルクスの次の攻撃を防ぐ手はない。掬い上げるような彼女の剣は、問答無用でサーヴァントの体躯に剣筋をなぞった。
いや。手応えが硬い。迎撃された、と理解したときには既に遅く、黒い外套をすっぽりかぶった風体のサーヴァントは、兎みたいな軽やかさで距離を離していく。
「迅いなぁ。反応速度の差かな。ボク一人じゃあ勝てそうにない」
おもむろに、彼女はもう一本の剣を抜き放つ。
両刃の
今の一瞬で、互いの力量差は把握したはずだ。基本的なステータスにおいて、敵がディオスクロイに勝る要素はほとんどない。
畢竟、まともな戦闘なら負ける要素はない、と思われる。
「妹よ。この戦い、奇を衒う必要はないな。我らと彼奴の戦力比は明白だ」
カストロの表情に険しさはない。さりとて、敵を軽んじているわけではない、とポルクスは知っている。いや、軽んじてはいるのだろう。だがそれは奢りではない。自我の戦力比を把握した上での、合理的な思考のもとの見縊りのはずだ。そこに、油断はない。
───多分。
一瞬の、それは紛れのような情動。胸郭の奥底、心臓の右心室の底に凝る、熱発した悪心───。
「兄様、敵は恐らく防戦に徹するでしょうね」
ポルクスは、特に変わる様子はなく口にした。カストロもさして何かに気づく様子はなく、半身を形作る妹の言葉に頷きを返した。
「あぁ。我らに都合がいい。敵に乗せられてやるとしよう、ポルクス!」
※
飛来する矢を、視認する。
音速にすら達する矢の威力は、それだけで低ランクの宝具にも匹敵しようか。十分な破壊力を要しながら、それでいて狙撃の精度は舌を巻く。機動格闘戦をしているはずのメルトリリスとメアリーへと的確な狙撃を撃ち込むなど、尋常ではあるまい。
だが、それも当然と言えば当然か。相手は古代ギリシャにして名を馳せた狩り人、アタランテ。この程度のことは、きっとできて当然だろう。
「これで、24───!」
他方。
クロにとって、それは易しいことではない。
飛来する矢の軌道を予測。既に弓に番えた矢を狙いに定め、飛来する矢へと番えた矢を打ち放つ。味方への狙撃を狙撃して迎撃する、などという曲芸、それこそ神代に名を馳せる弓使いでもなければできまい。あくまで、クロエ・フォン・アインツベルンというサーヴァントは並みの範疇なのだ。英霊エミヤの戦闘技倆を継承しているとは言え、そもそも英霊エミヤの戦闘技倆は左程のものでしかない。弓術にこそ長ずるが、それは凡人の範囲内で長じているだけに過ぎないのだ。超絶技巧、などというものは、彼女には存在しない。
「よし、次はここに狙点確保」
「了解。アナタも結構人使い荒いわよね」
「そうかぁ?」
頭上で間抜けそうな声で応えるオリオンとやらに、クロは肩を落としそうになる。矢で矢を撃ち落とす、などという曲芸ができているのは一重にオリオンの指示ありきのものだ。そしてオリオンは、そんな曲芸はできて当然だと思っている。クロがどれだけ神経をすり減らしているのかは、彼の想像の埒外のことなのだろう。
「っと次はあっちだ。多分次は強めにくるぜ?」
「もう、ホントに人使い荒い……
※
「接岸完了。これより敵アーチャーを強襲する」
(了解。アーチャーの予測位置座標を送る。あまり無理はするな)
果たして、それは情報に対する了解だったのか。それとも別な事柄に対する得心だったのか。あるいは両方だったのかはわからないが、ともかく、オデュッセウスにはある種の確信があった。
あのアーチャーが何者か。ヘラクレスを殺して見せたあのアーチャーは、一体何者なのか。いや、畢竟すれば、何者でも構わないのだ。どんな手段にしても構わない。彼にとって重要なのは、ヘラクレスを殺したというその出来事そのものなのだから。
そう、確信。
正確には予感に過ぎぬものだが、それでもそこに、何か確からしいものを感じざるを得ない。艱難辛苦の旅路を経たオデュッセウスの、閃きにも似た予感は、スキル【知将の閃き】に昇華されている。合理的でありながら、それでいて感性的な思惟。直感とは異なる直観。
これは、きっと、最初の一歩になる。この特異点を巡る戦いにピリオドを打つ、最初の一歩になる。それが大きな一歩なのか、それとも稚児の戯れにも似た小さな一歩にすぎないのかは、オデュッセウスにはわからない。
だが、それが一歩であることには違いない。長い旅の始まりは、常にどんな形であれ、一歩を進むことから始まるのだ。それが、どれだけの艱難辛苦なのか。多くの難業を超えてきたオデュッセウスにも、想像を絶するだろう。
だが、きっと超えて見せる。旅を超えることこそオデュッセウスという英霊の本質なのだから、それがどれだけの難業だろうとも踏破してみせる。それが己に対する義務であり、またこの手で屠った同胞たちへの義務なのだから。
揚陸艇から岸部に飛び上がる。仮面の男は、周囲を振り仰ぐ。無風の海岸線には、ちゃぷちゃぷと海水が這い寄ってくる。
男の顔は、伺い知れない。神鋼の仮面の奥で漏れた声は、苦笑のような嗚咽だっただろうか。恐らく本人にすら不明瞭な
宝具『
「見せてもらおうか。ヘラクレスを殺し得るのサーヴァントの、性能とやら」
男は、一歩を踏み出した。
109話でした。
新年度が始まりましたね。今年度も拙作をどうぞよろしくお願いいたします