fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
「どうですか、リツカ。物事は整然と進んでいますか」
ケイローンは、地面に座り込む小柄な少女へと声をかけた。ケイローンという人物の生そのものを感じさせる大人の口調でありながら、何かその調子は普段とは異なる。そうだねぇ、と呟く少女。焼けた赤銅色の髪の少女、リツカは座り込んだまま、そうだなぁ、と胡乱気に言葉を漏らしただけだった。
「トウマ君はよく頑張ってると思うよ。うん、そのままでいいと思う」
(あ、ありがとうございます)
「何照れてるの?」
(いえ……じゃあ)
遠見の魔術で何かやり取りを終えたらしく、ちら、と彼女はケイローンを見上げた。そうして頷きを一つ。なんだかぽやんとした顔のまま、リツカはほろほろと相好を崩す。
言って、リツカはごそごそと懐から何かを取り出す。黒い色の、金属の筒らしいものだ。ぱきゅ、と小気味良い音をたてて蓋? らしきものを開けると、ずいずいと飲み込んでいく。
「いけませんよその……エナジードリンクとやらをむやみやたらと飲むのは。たまにはいいでしょうが、そう毎日飲まれては。もう脂肪肝なんでしょう?」
むむ、とリツカは顔を渋くする。彼女が所属するカルデアとやらの医務からそれとなく頼まれていることだが、なんというか彼女の偏食をなんとかしてほしいらしい。特にこのエナジードリンクとやらがその象徴で、とりあえず一日で3本は飲むそうな。そもそも毎日飲むものではないし、それを毎日3本飲むのは明らかにおかしい。少なからず、ケイローンの口には一切合わない飲み物である。プロテインバーとかはともかく、ジャンキーな食い物はなんとかならんものか。他人事ながら、そう思うケイローンである。
「いいですか、健康な食生活こそ活力の源です。無論、嗜好品を否定はしませんが。嗜好品はたまに摂るからこそ嗜好品としての価値を持つのではありませんか?」
「むむむ」
「何がむむむですか」
リツカは少しだけ、悲し気に眉を寄せる。口を尖らせながら、それでもちびちびとエナドリを呷ると、「ふぁい」となんとも頼りない声を漏らした。本当に、よくわからない子だなと思う。こんな頼りなさげに見えて、その双肩に人類史全てを背負っているのだ。いや、逆説的な話だが。人類史全てを担っているというのに、こんなにのびのびと、それでいてのほほんとしているという事実に目を向けるべきか。何にせよ、藤丸立華はなんら動じることなくこの特異点で、そしてこの戦闘の渦中に居る。メルトリリスがリツカになんらかの志向性を抱いているのも、そんな彼女のこの在り方が理由なのだろうか。
「お母さんみたいだなぁケイローン」
「よく言われます」
ごきゅ、と残りを飲み干す。丁寧に指で缶側面を潰したのち、ぐしゃりとコンパクトに圧し潰す。ごそごそと空き缶を仕舞ったリツカは、何故か周囲を探るように視線を巡らせた。
「敵ですか?」自然、慌ててケイローンは周囲を見回した。
「いや、マシュ居るかなと思って」
「戻っていませんが。呼び戻しましょうか?」
「いや、いい」リツカは、幾ばくか力が萎えたように岸壁に身を預けた。「いない方がいい」
ぽやんとした顔のまま、ふう、と息を吐いた。眠たげな視線は樹々の隙間を抜け、岩場をなぞり、凪いだ海面に堕ちていく。
「マシュの前だと、カッコイイお姉さんでいなくちゃいけないからさ」
あくびも一つ。伸びもすると、だらりと一つ結びにした髪をかき回した。
「楽ができていいよ。トウマ君もいるし、ライネスちゃんもいる。最初に考えていたよりも、ずぅっと楽」
呑気そうに言う。傍目には普段の呑気そうな様子と変わらないのだが、彼女は彼女なりの緊張の中に居た、ということなのだろう。
「いやさあ、最初私一人でやれって言われたときはもうほんと……まぁできる自信はあったけど、マジかぁってはなったよ。デイヴィットとキリ様と……あとカドック君がいたらもっと楽だったんだろうけど。ペペさんも居て欲しい。オフェリアも。パイセンとベリルは───まぁ雑魚はいなくてもいいか」
「仲間ですか」
「みんなほとんど死んじゃったけどね。戦闘指揮の顧問って予定だったんだけど、そんなこんなでこの始末って感じ」
苦笑いして、肩を竦める。ケイローンは一瞬顔を顰めて周囲を見回した後、「お辛いですね」と口にした。
「そうでもないよ。トウマ君頑張ってくれてるし」
「いえ、そうではなく」
ケイローンは眉を顰めた。リツカは、少し照れ臭そうに髪をかき回した。そうだね、と口にして、前髪を、かきあげた。
「まぁ別に高い目的意識とか、願いとか、私にはそういう大層なものがあるわけじゃあないんだけど」
緩慢に、リツカは立ち上がった。 何かを払うように、両手をはたく。遠く眺望するような彼女の視線の先を追うと、速足でこちらに向かう影2つを捉えた。
「もうちょい頑張るかな。みんながやるはずだったことは、やらなきゃね」
莞爾、とリツカは笑った。底抜けのような表情に、ケイローンは一瞬だけ、逡巡した。
「リツカ、一つ聞きたいのですが」
「お?」
「メルトリリス様のこと、どう思っておいでですか」
「え゛っ」
「いえ、別にどうというわけではないのですが」
そうして、ケイローンも、口角を微かに緩めた。
「万が一なのですが。メルトリリス様と、その、」
※
───不愉快だな、とメルトリリスは思った。
何が、と言われると色々ある。この状況の多くの事柄が彼女にとって不愉快であるのだが、当面の不快はこのランサーだった。
魔剣の斬撃を撃ち込む。パワーダイブからの踵落としで機械仕掛けの球体を両断し、続けざま、襲い掛かってきたランサーに横蹴りを叩き込む。
反応速度はメルトリリスの方が遥かに上。後の先を盗るように、突き出された穂先がメルトリリスの躯体を捉えるまえにランサーの胴めがけて剣先が迸った。
刺突の構えをとったランサーに、既に躱すだけの余裕はない。ジゼルの刃は問答無用でカイニスの胴体を叩き切るはずだった。
カイニスの脇腹を打つ剣戟。時に宝具すら切り裂くメルトリリスの魔剣が返した感触は、酷く鈍かった。まるで、分厚いゴムを蹴りつけたかのような、重鈍さ。
「効かねぇって言ってンだろうが!」
直後、喉元に迫る黄金の矛先。舌打ちする余裕すら無く刺突を蹴り上げ、同時に上体を背後へ。宙返りの要領で身体を逸らしたメルトリリスは仰け反った勢いのまま地面に手を付け回転し、両手で地面を押し出す勢いを推力にして背後に飛び退く。痺れるような手の感触を振りほどくように、着地した地面を蹴り上げて膝蹴りを追撃の薙ぎ払いにぶつけた。
伝承防御───。カイニスのあの堅牢さは、そういった類のものだ。
海神より授けられたカイネウスの肉体には、不死性が宿っていたという。伝承により、暴行であったか、合意のもとであったかは不確定だが、どちらにせよカイニス/カイネウスの肉体は何物も犯し得ない不死性が宿っている。その発露がこれであり、当面のメルトリリスの苛々の原因だった。打ち破る術が無いわけではない。それが伝承防御である限り、神話を再現しさえすれば突破できる守りに過ぎない。あるいはそれより濃度の高い神秘で無理やり殴り倒すか。だが、メルトリリスに神話を再現することは、できない。後者も、現状では不可。畢竟、メルトリリスにカイニスを撃破する手段はない。
他方。
する、と頬を滑った温い感触。切れた頬から滴った赤い液体を指で掬い、舌先に乗せた。
―――攻防、どちらの面でも不利。本来完全流体であるメルトリリスに対して、並大抵のサーヴァントの、特に非-魔術系の攻撃は有効打にならない。にも拘らず、カイニスの攻撃は当然のようにメルトリリスに傷を与えていた。これも海神の加護によるものだ。海を制圧する神の加護により、海の具象たるメルトリリスへの干渉を可能としている。
単純な性能差では、メルトリリスはカイニスに対して有意に立てる。だがこの現状、むしろ不利。一気に敗北することはないが、ジリ貧に追い込まれるのは必然だ。もし宝具を使えれば、と思うが、無いものねだりの、詮の無い思考だった。
不愉快だな、と思う。
ならば、何故メルトリリスは強張るような自我に従わないのか。不愉快極まりないこの現実に対して、自我を発露しないのか。
(ごめん、メルト。もう少しだけ待って欲しい)
無論、念話で呼びかけてくるこの凡人のためではない。ただ不躾に応答のクリックだけを念話で返した彼女の脳裏、延髄から生える脊索に、その影が過る。
あの、女。赤茶けた色の髪の女の顔。未だ靄のかかるあの顔に対する、何か
掠める穂先が白い肌を削り、ぷしゅ、と噴き出た飛沫が赤い花のように散っていく。ほとんど構わず、ただ当面の不満に対処することにした。
どちらにせよ、カイニス相手に耐久戦ができるサーヴァントなど自分くらいのものだ。なら、とりあえず任された仕事程度は完遂してみせよう。不出来な形で仕事を終えることは、それはそれでメルトリリスの美意識に反することなのだから。
※
熱っぽく、それでいて渇いた吐息。頭が割れるほどの重圧は、けれど、ちっとも吐き出せそうにはなかった。
岩陰で、身体を岩塊に預ける。オリオンが当初にマークした退避場を巡ること、既に2か所目。30秒だけの休憩を終えれば、また戦場に駆けだしては、3人に全体の状況を知らせなければならない。
……本質的に、トウマの存在意義は大きくない、と理解している。戦略的な判断はライネスがするし、戦術的な判断も最終的にはリツカが判断する。トウマはただ戦闘の推移を見、目の前の戦闘に専念する3人とリツカに状況の推移を知らせ、自分の判断をリツカに伝える。それだけの役割だ。言い換えると、それだけの役割しか果たせない。それが当面の現実であることを、トウマはよくよく承知しているつもりだった。自分が弱者である、という自覚は、もちろん身に備えていた。
知悉に長じる秀才などではない。当然、天性の知性あふれる天才などでもない。凡人がそこそこ努力して手に入れられる程度の知性の持ち合わせしかないが、逆に言えば、彼は馬鹿でもなければ感受性が鈍麻なわけでもない。つまるところ、トウマは己の存在意義に対し、幾ばくか陰鬱なものを抱かないわけにはいかなかった。とは言え、やはり少年はその鬱屈を発散できるほどに前衛的でもなく───。
(馬の骨。あと10秒で規定ラインまで誘い込めるわ)
「あ、うん。了解」
視野投影される映像ディスプレイを一瞥する。休憩時間終了まであと8秒。併せて戦域マップに表示される赤青の
「リツカさん」
(はいはい)
「メルトはあと…10秒くらいでいけるかと思います」
数瞬、リツカの逡巡がパスを返す。彼女の声が返ってきたのは、トウマが息を飲むよりも早かった。
(了解。こっちも準備する。3人の進行ルートも了承済みだわよ)
「あ、はい。ありがとうございます」
(いいね。通信終わり)
ぷつ、と耳道の奥で音が途切れる。幾ばくか、森の奥の虚空を眺めたトウマは、よし、と声を漏らした。
立ち上がる動作は酷く緩慢だった。地面が押し返す感触を膝で感じながら、トウマは顔を上げる。
自分の存在意義は決して大きくないかもしれない。覚悟だなんだというものも多分よくわかっていない。きっと多分、本質的に自分は居なくても良い。
だが、小さいながらに役割がある以上、居なくてもいいが、
なんとなく、彼女のことを、思い出す。自分よりずっと小さい、炒ったハト麦色の肌をした少女の姿を、思い出す。思い出して、すぐに思考の隅に置いた。だって、今彼女に会いたいと思うのは、そういう意味で、今は不要なものだったから。自分の左の手の甲に宿った双剣型の令呪を、手で抑えた。
視野投影されたMFD映像の中、タイムカウンターを一瞥する。現在3秒、そして2秒。休憩時間はあと1秒。
「じゃあ、行くか!」
あまり設定を本文でだらだら書くのは好きではないのでこちらに一言二言
顕性型令呪云々は要するにサーヴァントとマスターの距離が近ければ近いほどバフがかかりやすい令呪、みたいなもんなんだなぁと思っていただければ
視野投影、という言葉もさらっと使っちゃってますが、こちらも一言。暗示の魔術の一環で薬物投与とか催眠暗示を併用して脳内の視覚野に直接作用してな網膜投影みたいに視界に戦域情報とか表示してる、みたいなものだと思っていただければなぁと思います。当初は普通に網膜投影で描いてたんですが、少々色々あってこんな形に。
いずれリツカちゃんとトウマ君のキャラデザとか令呪のデザインをちゃんと絵で起こしたいなぁ、と思ったりしています。できるかどうかは不明ですが……
それでは来週もまた、よろしくお願いいたします
御形