fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
メディアはその時、珍しく眠りについていた。
サーヴァントは本来、睡眠を必要としていない。にも拘わらず、メディアは祭祀所の奥、扉に寄り掛かるように眠っていた。
どれほどそうしていたかわからない。疲労が滲んだ
「イアソン様」
口唇から、言葉が転げ落ちる。
それが何かの契機であったかのように、彼女は目を見開いた。莫、と虚空を見つめるほど数秒。額に浮かんだ脂汗を拭ったメディアは、目前の空中へと映像を投射した。
「オデュッセウス様、状況の如何は」
念話を送ってから、メディアは多少、後悔した。己はただ、魔術に長ずるだけの小娘に過ぎない。そんな者が、戦闘に口を出すべきではない。そういう賢しらな素振りを見せるべきでは、ない。
(問題なく進んでいる。安心していてくれ)
が、帰ってきた声はオデュッセウスのそれではなかった。
(あぁすまない、船の指揮は今私が執っている。オデュッセウスに回そうか?)
「いえ、大丈夫ですアタランテ。オデュッセウス様は前線に?」
(あぁ。敵の戦力を確認したい、とか言っていたが)
「敵の?」
そうだが、と訝るアタランテ。慌てて了承の応答を返すと、メディアは幾ばくか思案する。
オデュッセウスは、滅多なことでは前に出ない。指揮官が前線で戦うことが、如何に愚かしいことか十分知っているから。それが、わざわざ戦力の確認をしたいからと前に出る。何か必然があってのことだろう。
では、その必然性とは何か。
応えは明白だ。彼は、ヘラクレスを打倒する戦力を発見し、それを破壊しようとしている。既に戦力的に消耗が激しいアルゴノーツの中にあり、ヘラクレスは最後の砦なのだ。かの最強の大英雄を撃破し得る戦力を削ぎに行くのは、指揮官としては妥当な思考と言えばそう。回せる戦力に限りがある、となれば妥当な判断ではある。
何か、引っかかりを覚えないでもない。だが、そんな些細な引っかかりに気を付けている場合でないのも事実だった。
困るのだ。オデュッセウスが、敵の戦力の要諦を潰してしまうのは。ヘラクレスは、必ず殺さなければならないのだ。この特異な人類史をその特異性から解放するには、なんとしてもヘラクレスを殺さなければならない。そのために、あの投影魔術使いのアーチャーは、死なせるわけにはいかない。
さりとて。現状、メディアには何もすることができないのも事実だった。海賊たちの拠点を囲う魔術的防御は、メディアですら中々手が出せないほどのものだ。影を忍び込ませることはできるが、直接的な支援となると難しい。しかも、オデュッセウスの目を欺くとなると。
今は、信じるしかない。余計な手出しをし、不和を生み出してはすべてが台無しになる。赤い外套を着た小柄なアーチャーの実力が、真に英雄たるに相応しい、という蓋然性を、今は当てにするしかない。こういうところが、未熟たる所以。女王メディアはいつだって突発的に事を為してしまう、と彼女は己の人生をして知っている。
だが、もう一つ、彼女は知っている。
女王メディアは、案外幸運なのだ。複数の裏切り全てを成功させ、己が憎悪を悉く果たしてきた。そうして故国に還った彼女の人生は、皮肉にも成功に満ち満ちていた、と言っていい。彼女の高い幸運値は、その薄暗く残酷ながら確かな足取りに裏打ちされたものだった。
だから、それは祈りのようでありながら、確信ですらある。あるいは、その祈りこそが原初の魔術であるからだろうか。魔術とは根本的に世界システムへの干渉であり、そして祈りとは既に確立されたシステムに対してのある種の働きかけに他ならないのだから。
何にせよ、メディアは天井を振り仰いだ。鬱屈した石造りの天井の先、見果てぬ虚空へ寄せる期待。
ヘラクレスの死。それに続く、この特異点への区切り。その先に、未来は待っている。
「イアソン様」
零れかけた声を、舌先で掬い取る。
決して忘れ得ないその姿を。黄金の背中に、視線を滞留させるように。
※
「うおっと」
襲い掛かった刃のタイミングは、ほとんど、同時だった。
ディオスクロイのそれは、まるで双剣使いの名手が振るう卓越した技巧というべきだろうか。1人の達人が振るう剣閃を思わせる太刀筋の内、首を狙う一撃は身体を窄めて躱して見せる。ほぼ一瞬だけ遅れて、掬い上げるように迫る剣にはカトラスを重ね合わせた。
刃先同士がぶつかり合う。突き上げるような衝撃は、明らかな身体性能の差を否が応もなく感じさせた。だが、その性能差は利用すべきものだ、とメアリー・リードは心得ている。
斬撃の衝撃を推力に。カトラスの背を同時に蹴り上げ、メアリーは直上へと飛び上がる。今度は真上に広がる樹々の枝を踏みつけ、直下のサーヴァントの脳天へと船刀を叩きつけた。
ただ、愚直なまでの剣戟。当然、最優と謳われるセイバークラスで現界するディオスクロイへの有効打には、なり得ない。剣を持ったサーヴァント……おそらくポルクス……がカトラスごとメアリーの体躯を叩き飛ばし、直後もう片方、カストロと思しきサーヴァントが円盤を投擲した。
回避、不可能。そのタイミングをこそ狙っての追撃だろう。舌打ちする暇すらなく両手の剣を叩きつけたが、その威力たるやメアリーにはどうしようもない程度だった。呆気なく左手に持った両刃の剣が明後日へと弾け飛び、胴から切り離された頭部が水面に捨てられるような空虚さでメアリーの体躯は岩塊へと激突した。
だらり、と何かが顔に流れる。何の気なしに手のひらで拭うと、どす黒くぬるりとした手触りの液体が手にまとわりついた。
「んー。強いなぁ」
己の損傷具合は特に気にせず、さっさとメアリーは起き上がるなり、手近な木の陰へと飛びこむ。ううむ、と考え事を巡らせて、メアリーはさっさと答えを結論付ける。
「うん。ボク一人じゃあ勝てない」
頭頂部の裂傷をとりあえず圧迫止血して、メアリーはあっさりと口にする。
元より、彼女は海賊である。生き死にには頓着するが、戦うことそのものには大した興味が無い。元軍人故の合理的思考と、海賊としての大らかな思考のもとでの、ある種割り切った思考だった。勝負付け、なんてものは興味がない。
「アンだったらどうするかな」
とりとめのない思考。メアリーには、その実、その答えは不明だ。アンとメアリーは互いに深く通じ合った相棒だけれど、それでも突き詰めれば他人なのだ。なんとなく考えることがわかったりするけれど、それはなんというか蓋然性とかに依るものだ。確信はあるけれど、絶対はない。それは多分、アンにしても同じことだろうか。
……多分、アンならそもそもこんな戦いはしないだろうな、と思う。じゃあなんでメアリーは引き受けているのか、と言えば答えは簡単で。好きな人間の願いは、かなえてあげたいのが甲斐性ってもんだからだ。
「ディオスクロイ、かぁ」
ちら、とメアリーは木陰から顔を出す。周囲を流し見るセイバー。これまでのデータを照合すれば、ディオスクロイ、らしきサーヴァンは、まだメアリーの姿を捕捉できていない。だが時間の問題だ。あの双子のサーヴァントの内、女剣士の方。ポルクスは、妙に勘が良い。何故か、こちらの行動に対しての行動予測が、
「兄様!」
「む、そこか!」
「げっ」
上手い。
ひゅ、という音と直撃の衝撃は同時だった。円盤が地面に着弾、爆発するかのような衝撃が膨れ上がる。木っ端のように吹き飛ばされながら、メアリーはなされるがままに飛ばされていった。
ぐちゃり、と硬い感触が腹を打つ。思わず胃液を撒き散らしながら、それでもメアリーはぴくりとも動かなかった。
「すみません兄様、私の思い違いのようで」
「いや、構わん。人間の姿など、そこいらの岩と見間違えても大差ない。ましてあんなちんちくりんではな!」
「あんの野郎」
遠く、なんだか腹立たしい会話が聞こえてくる。好きでこんな身体なんじゃないぞ、と抗議したくもなったがぐっと我慢。そろりと起き上がったところで、耳道の奥で何か擦れるような音が鳴った。
念話、とかいう奴だ。
「なぁに?」
(あ、その。僕です)
「知ってる、少年君の声は覚えてるからね。愛の告白だったらいつでもオッケーだよ」
(や、そういうんではないんですけど)
「残念」
口ぶりに反して、メアリーは特に心象を害した風でもない。念話の向こうで、心情判然としない躊躇のような沈黙が半瞬ほど滞留したようだった。そういうところも、ちょっとかわいいと思う。
(あーそれで)トウマは、僅かに慌てたように声を続けた。(予定の時間です)
「了解。ありがと、愛してるよ」
(あーえと、その……)
「通信終わり」
ぷつ、と弾けるような音が耳朶に触れる。耳介を小指で撫でると、それとなくHUDを立ち上げる。
面前、映像が空中投射される。周辺状況の戦域マップを眺めれば、確かに光点一つがこちらに接近していた。
「反撃、開始」
契機は来た。ぬるりと、這い依るように。
今日短いので、明日続けて投稿予定です