fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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不死鳥(ゴッド・フェニックス)

 「さっさと沈め───沈めったらよ!」

 矛の薙ぎ払い、気勢のままの振り下ろし。宝具でもなんでもない打撃だが、喰らえばサーヴァントとて一たまりもない火力だ。事実、カイニスはそうして裏切者も海賊も、等しく屠殺してきたのだが。

 この時だけは、カイニスの膂力は空を切るばかりだった。1撃、2撃と重なる攻撃全てをいなす黒い踊り子めいたサーヴァント。叩けばすぐに潰れてしまいそうなほどに華奢な小娘は、苦慮しながらも、カイニスの矛を防御しきっていた。

 ───カイニスにとり。

 この戦いは、圧倒的に()()()()()()()。この女神の肉片を縫い合わせた人形との戦いは、つまらないことこの上なかった。

 これは、絶対に負けない戦いだ。彼の肉体に宿る伝承防御、海神(ポセイドン)の守護がある限り、カイニスの肉体が傷つくことはない。通常の召喚であれば、サーヴァントの身でこれほどの強度を持った伝承防御を所持することは叶わない。が、この歪極まりない函庭のような特異点と召喚者たるメディアの技倆が成せる業か、カイニスは()()()()()としての膂力の全てを所持していた。

 故に最強。不死の肉体を殺せるものはなく、カイニスはこれまで単調に、敵を殺し続けてきた。

 別に、それ自体は不快ではない。圧倒的なスペック差でゴリ押すことは、それはそれで愉しい。強い相手と鎬を削ることも楽しめるが、矮小な存在者を一方的に殺戮する愉悦も、それはそれで嗜みになる。

 だが、これはどちらでもない。強者との命を削るような凌ぎ合いでもなければ、雑魚を蹂躙する快楽もない。不快な戦いだった。

 既に何度目かの刺突。薪割りもかくやといったように振り下ろした矛を、あのサーヴァントは意図的に、寸で躱して見せる。矛を引き戻す動作よりも早く、矢のように飛び出した敵の膝蹴りを躱す術はなかった。

 直撃、眉間。凄まじい衝撃とともに吹き飛ばされたカイニスは、さりとて無傷のままに着地。竜牙兵を殺戮しながらも、うんざりした顔の敵を睨みつける。

 自覚する。

 スペックに、明確な差がある。カイニスがどれだけ本気になろうとも、この女々しい女には勝てない。それでもカイニスに有利があるのは、あのクソ忌々しい海神の庇護があるからだ。あの呪い(祝福)がある限り、敵は己に傷をつけられない。

 要するに、これは消耗戦でしかない。今々にカイニスが有効打を与えられずとも、いずれその機会は巡ってくる。あの神霊モドキの剣がカイニスを傷つけることはないのだから、悠長にその時を待てばいい。勝利は揺るがない。

 ……それが本当に、クソ忌々しい。これでは、あの女の言う通りだ。あのクソの加護がなければ、こんなどこぞのモヤシみたいな女1人倒せないことになる。そんなことが、あっていいのか。当然そんなはずはない、と自問へ自答を返し―――。

 「そんなに見たきゃ見せてやる」

 矛を、地面へと突き立てる。否、そればかりではない。彼女は左手に握った、盾すら放棄した。

 射殺すような目に、黒い服のみすぼらしい神霊のようなサーヴァントすら、気圧されるように眉を潜めた。

 ちりちりと、何かが弾けていく。大気中の大源が煮沸されるように軋みはじめていく。足元の緑草が焦げ付き始め、頭上の梢から黒煙が噴き出していく。

 「───宝具!」

 「オデュッセウスがなんて言おうが知ったことじゃねえ。この拠点ごと、お前は肉の一滴だって残さず蒸発させてやる。ポセイドンでもなんでもねえ! 他でもない、俺自身、カイネウスとしての力でだ!」

 発火は、足元からだった。逆巻くような炎の渦は忽ちにカイニスの躯体を覆い、その骨身ごと焼き尽くしていく。

 火が、広がる。肢体へと伸びた炎は翼のように、広がっていく。既に人としての血肉はそこに無く、ぐらぐらと煮え滾るように擡げた首は、化生へと変性していた。

 (貴様、何を考えている! この島を丸ごと焼き尽くすつもりか!)

 頭蓋の中、鬱陶しい声が響く。あのクソ生意気な双子の男の方だ。自己欺瞞も甚だしい、それでいて己を一番正視している愚か者の声。

 カイニスは、それを、一切無視する。

 「さあ、我が肉体よ! 地より飛翔し天を舞え、炎を纏いし熾天の鳥となりて───!」

 爆炎を撒き散らし、黄金の鳥が舞う。周囲の酸素を全て焼き尽くし、真空状態となった大地に一挙に空気が押し寄せる。津波のような気流を炎の翼で鷲掴む。莫大な推力を背に、上空300mまで秒未満で駆けあがる。

「―――『飛翔せよ、我が金色の大翼(ラピタイ・カイネウス)』!」

 焔が、墜ちる。火山から這い出した火砕流が全てを飲み込む様に、大気中の全てを塵芥にして焔が堕ちる。

 それこそは、英霊カイニスの宝具。死後、金色の鳥となって天へと昇った逸話の昇華。真名解放とともに燃え盛る金の鳥と変性し、一帯を焼き払う対軍宝具。むろん、ただ1人のサーヴァントを焼き払うにはあまりに過剰な火力だった。

 眼下のあのサーヴァントに直撃するまであと1秒以下。瞬く間に落下した炎の塊を、躱す術はない。どれだけ逃げ惑ったところで、カイニスの宝具のレンジから、この速度で躱すことは敏捷値がA+あろうが不可能だ。他の敵が殺せるか否かは不明だが、どうでもいい。何が何でも殺さなければならないと、カイニスは、カイネウスは決めたのだから。

 そうして、その決意のもとに必殺は為る。海をも焼き尽くさんとするほどの炎の鳥は、あとコンマ数秒であの小生意気で出来の悪い女神のつぎはぎ人形を血の一滴も残さずに燃やし尽くす。

 永遠にも思える、恍惚と苦悶の狭間に軋む刹那の間隙。

 「あぁそう。道理で、イラっとするわけね」

 何故か、カイニスは、その唇の蠢動を克明に目撃してしまっていた。

 「私たちより寂しいじゃない、アナタ」

 女が、顔を上げる。

 不快に歪んだ侮蔑の顔。憎悪で崩れてしまいそうなほどの、同族嫌悪じみた形相(エイドス)は、何故か。

 「馬の骨、今だけアナタのサーヴァントになってあげるって言ってるの。だから二画、令呪とやらを寄越しなさい!」

 静かな、同情のようなものを孕んでいた、だろうか?

 「特別に見せてあげるわ、ゴリラ女。これが孤高な私の流儀!」

 ぞわりと、何かが大地に蠢く。

 地面の裂け目。樹木。あらゆる場所から沁みだした黒黒した液体は瞬く間に柱と化す。屹立した黝い海嘯が口を開けた様は、

 「『大海嘯七罪悲歌(リヴァイアサン・メルトパージ)』」!

 海竜そのものだった。

 

 ※

 

 息を、呑む光景だった。

 天より舞い降りる焔の燐光。太陽を戴いたが如く金色の流星は、禽の姿をしていた。

 相、対するは屹立する濁流。周囲の大海すら飽き足らず、島の液体全てを簒奪したが如く、汚濁の水柱。激甚なる強欲の顎を開いた様は、古き海の悪魔(レヴィアタン)そのものであっただろう。

 ぶつかり合う炎の神鳥と偉大なる海の魔竜。絡まるように天を上りながら互いに食い合う光景は、常世の終末かとすら思われるほどだった。

 見惚れるような放心。思考停止しかける情動の弛緩を切り裂いたのは、左の手の甲から全身に迸った激痛だった。

 左の手の甲を基点に、全身の神経が罅割れ裂けて、肉片にまで分解されていくような錯覚。悲鳴こそ上げなかったが、トウマは立っていることすらできずにその場に蹲った。

 思わず舌打ちを漏らした。令呪発同時にBDUから投与される薬物は、鎮静作用も持つがあくまで超短期での作用機序しかない上に、令呪発動後はさっさと解除されてしまう。要するに、なんの庇護もなく、トウマは裸の精神状態でこの激痛を耐えていた。

 なんというか。

 普通にキツイ。

 (タチバナ先輩!)

 「その場で、待機。メルトの気が済むまで、待ってやって。予定とちょっと違うけど、大筋変わってない」

 干からびた声を絞り出す。無言で了解を返してくるリツカの姿を幻視して、断絶しかける意識をなんとか握りこむ。

 ───メルトリリスを成立させる女神は実に3柱。

 ギリシャ神話の女神、アルテミス。

 インド神話の女神、サラスヴァティー。

 そうして、旧約聖書、ヨブ記に姿を現す海の化け物。ベヒモスに番う海魔の雌竜、レヴィアタン。

 メルトリリスの宝具は、主にサラスヴァティーの権能を振るうものだったはずだ。だが今発動している宝具は、CCCで発動した『弁財天五弦琵琶(サラスヴァティー・メルトアウト)』ではない。明らかに、レヴィアタンの権能を振るっている。あんなもの、確かmaterialにも記述はなかったはずだ。

 つまるところ、メルトリリスはなんらかの意地で、無理やり宝具を引き出している。彼女ほどのサーヴァントが、わざわざ宝具を発動するだけで令呪の二画を使わせ、その上でのこの激痛。令呪から伝わってくるこの痛みはメルトリリスが直に味わっているもので、なんならパスを介する分、まだ軽減されているはずだ。キツイけど。

 (よし、メルトリリスの自慰が済むまで雑魚の掃討でもしていようか)

 (リツカ。あまり、マシュの前でそのような言葉を使わないでください。クリス、行きますよ)

 (おう、じゃあそうすっか。行くぞ嬢ちゃん!)

 (は、はい!)

 遠い意識の向こう、4人の声が鈍く響く。

 ぷつり、と途切れた音が溶けてから、何秒ほどか。まさしく気が遠くなりながら、覚束無い膝を支えに、トウマは立ち上がった。

 袖口で冷や汗を拭う。左の手の甲の令呪、残り一画。喪失した2画は、血濡れのように明滅していた。

 こんなことをしている場合じゃない。こっちは大丈夫だから、後は、

 視野投影映像の中、戦域マップを呼び出す。拡大されたマップの内、島の反対側で戦闘する味方を注視する。

 「ごめんクロ、オリオン。まだ防御お願い」

 (あいあい)

 (ちょっと休んでたら。メアリーの方もそろそろ―――)

 ぶちり。

 通信切断、唐突だった。

 この特異点特有の、不安定さによるものか、と思いかけて、即座に否定した。。不調の予兆は見られなかった。図ったような通信途絶は、つまりは意図的。ひやりとした汗が喉元を伝ったのも、束の間だった。

 「なるほど。君が指揮官、というわけか」

 剃刀のような声だった。

 「サーヴァントではないな、人間か。メディアが言っていたマスター、とやらか」

 おそるおそる、振り返る。

 陰鬱に茂る森の中。その姿は、あまりに異様だった。

 黄昏の藍色に溶け込むような、黝い鎧。僅かな微風に浚われた白い外套が、痙攣するように揺れている。

 「若いな。まだ過去ではなく、未来に多くのものを持つ年齢だ。進むべき道は無限に広がる……そんな、年齢だ」

 どこか、意思の伴わぬ空虚な声色。仮面の奥の視線は伺い知れず、佇む姿は何か、魂のない機械のよう。

 「オデュッセウス」

 それが、この男の真名の、はずだった。

 「如何にも、そう言う名前だ。大方、ケイローンにでも聞いたか。メディアの小間使いが」

 オデュッセウスの声に、微かな侮蔑の色が混じった。感情の無い機械じみた佇まいに、僅かに紛れる異物感。機械が束の間見せる、人間染みた所作。

 「羊の腹に隠れたって言う、逸話ですか」

 「ん?」

 「貴方の存在を探知できなかった理由です。この結界、サーヴァントほどの規模であれば探知は容易い」

 ふむ、とオデュッセウスは小首を傾げた。周囲を流し見ること一瞬、ぎょろりと仮面の奥の目がトウマを射抜いた。

 「興味深い。あまり頭は良さそうには見えないが、腹芸とはな」

 「何を」

 「謀りだろう、探索用の結界など。それを承知で、俺のスキルに探りを入れに来たというわけだ。確かに、俺はあまり前線には出んからな」

 ひやりと、臓腑が冷える。

 オデュッセウスの言う通りだ。この結界の主ならともあれ、所有権のないトウマに、当然結界内の権限はない。

 「向こう見ずだな。加えて、知識もある。いいだろう、君の勇気を讃えて教えよう。確かに俺には静粛のスキルがある、その逸話由来のな。アサシンの【気配遮断】にしてみれば、ランクはBと言ったところか。アイギスを介して発動する、『オデュッセイア(俺の旅)』の再現だ」

 鷹揚に、オデュッセウスは言って見せた。

 思わず、気圧される。己の能力を、こうもあっさりひけらかすサーヴァントがいるだろうか。しかも、一瞬口走った言葉、アイギス。あれもうっかりではなく、意図的にこちらに伝えたものだろう。

 もし、ここで対峙していたのがリツカであったなら、さしてどうでもいい情報を渡してきたことを悟っていただろう。つまるところ、オデュッセウスにとって【気配遮断】などどうでもいい要素であり、且つアイギスの逸話には弱点らしい弱点がないものであり、それ故に公開したと理解できるだろうか。だが、トウマにはまだそこまでの洞察は、できていない。

 「そして、時間稼ぎというわけか。不意の通信途絶に感づいた誰かが救援に来てくれるまでの時間を、こうして繋いでいる。違うか、年若い少年よ」

 仮面の奥。覗き込むような目がざくりと心臓を貫く。

 そこまで見抜かれている。知悉に長ずるサーヴァントとは聞いていたけれど、想像以上に思考が早い。

 「図星か」

 「えっ」

 「顔に出ているな。はったりを仕掛けることは思いつくが、はったりを仕掛けられるとは思わなかったか」

 とても、敵わない。少なからず、二枚三枚ではないほどの力の差が、オデュッセウスの間にはある。

 逃げろ、と頭の中で声が響く。早く逃げろ、さもなくば殺される。絶叫のような吐露と全身の激痛が坩堝となって、今にも気が触れそうだった。

 「そろそろ来るな。いい頃合いだ。束の間だが、話ができて楽しかったよ……汎人類史の人間」

 ふわ、と姿が消えた。

 「では、処理するとしよう」

 黒い風が吹いた、程度の認識だっただろうが。トウマの視覚強化ではそれが精々で、とてもその姿を認識して、対処行動を取って、迎撃するなんてわざはできなかった。もちろん、戦闘服にプリセットされた指さしの呪い(ガンド)を撃ったところで、どうにかなったものでもなかっただろう。

 衝撃は軽かった。腹に何か刺さった、ということまでは意識はあった。痛くはなかっただろうか。別な痛みの方が強かったから知覚しなかっただけか。それとも、痛みを感じることすらない、刺殺だったのだろうか。

だが、全ては瑣事だった。

 じわり、と腹部から熱が広がる。熱して溶解した重金属が腹腔に流れ込み、臓腑を焼きながら冷え固まるような感触。爽やかなほどの疼痛は、忽ちにトウマの意識を歪に蚕食した。

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