fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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狐疑のアポロウーサⅤ

 焦燥、という言葉の意味を、これほどまでに強く感じたことはない。

 皮膚が焦げ付き、燥ぎ罅切れるような錯覚。じりじりと自分の核が摩耗するような感覚。口腔から咽頭までカラカラに渇いているのは、決して錯覚なんかじゃあない。

 速く、早く、迅く。クロエ・フォン・アインツベルンは、ただそれだけを専心しながら地面を蹴り上げた。

 「おい嬢ちゃん、もう少し強化弱めねぇと」

 必死に髪にしがみつきながら、頭上でオリオンが呻く。だが、クロは応えすらせずに強化を行使し続ける。そんな暇なかった。己の身体の限界強度以上に『強化』をかければ、却って逆効果になる───などという事実は、魔術においては初歩も初歩の事実。当然、クロはそんなことは百も承知で、知った上でやっている。早く進まなければ、という得体の知れない衝動が、クロの存在論的存在の全体を捉えて離さない。

 (こちらケイローン。ポジションに入りました、後顧の憂いなくあとは私たちにお任せを)

 了解、と応えることすら厭わしい。パス越しにクリックを返し、絞り出した唾液混じりの吐息を鼻腔と口腔から漏らしながら、赤い外套が疾駆する。

 ……トウマとの通信が途絶したのは、1分前。アタランテとの撃ち合いをケイローンに譲り、トウマの援護に向かう判断を下したのはそれから2秒後のことだった。前線での指揮権を引き継いだリツカの判断は迅速だった。だが、それでも遅すぎる。敵の通信妨害は局所的で、望外範囲は明らかにトウマが隠れていた場所だ。オリオンが見繕った掩蔽場所の信頼性は高いだろうけれど、それでも被発見リスクはゼロではない。

 畢竟。サーヴァントが生身の人間を殺すのに、58秒という時間は長すぎる。

 速く、しなければ。

 「おいってば!」

 早く、行かないと。

 「お前の身体がぶっ壊れちまうぞ!」

 迅く!

 「おや」

 ───さらりと、開けた場所だった。

 束の間の刹那。

 小さく拓けた、黒い森の中。天から降り注ぐ月の光が、薄い雲間から漏れていた。

 ならば、そこに佇立する黒い影はなんだろう。全身に機甲を纏った朧の陰。陰鬱に仄光る、奇怪なほどに無邪気な双眸が、クロを覗き込んでいた。

 サーヴァントだ。敵の、サーヴァント。外見的特徴からして、オデュッセウスだろうか。アルゴノーツのサーヴァントの内、最も海賊のサーヴァントを屠ってきた冷酷無慈悲のサーヴァント。

 何故、という疑問が浮かぶだけの余裕はなかった。アーチャーたるクロの索敵網は実に広大で、島全域に及ぶ索敵網はあったというのに。なのに、何故オデュッセウスの動向を捕捉できなかったのか、という疑念の形を取った後悔が生まれるよりも、ずっと早く。

 「それは何」

 黒い影の左手が、何かを引きずっている。黒い服は、カルデアから支給されている戦闘用の礼装と、よく似ている。

 「あぁ、これか。餌になってもらおうと思っていたのだが、存外に脆くてな。困ったものだ、汎人類史の人間の弱さは」

 ひょい、と黒いサーヴァントがそれを投げ捨てる。クロの面前に転がった170cmほどの塊は、襤褸雑巾のようだった。

 仰向けに転がるヒトガタ。黒い制服よりもなおどす黒い染みが、背中に円を描いていた。裾から僅かに覗く東洋人らしい色の肌には、土まみれで濁った暗血色が、べたりと張り付いていた。

 「まだ死んではいないよ。ただ少し、神罰を受けて貰っただけだ。アテナの神罰と言ってな、アイギス(贈り物)の有効活用だ」

 仮面の奥で、罅割れたように嗤う何か。肩を竦めるような素振りをした機甲の左手は、赤黒い染みが膜を作っていた。

 「まだ死んでもらうわけにはいかんのでな。少々内臓が滅茶苦茶になる程度に弱めていたが、これはどうなることやら。あるいは、野の獣か蜘蛛にでもなり果てるか。いや、それとも」

 ころり、と仮面が小首を傾げた姿は、何故か酷く愉快そうに見えた。

 「耐えられずに、死ぬかもしれんな。残念だが、なってしまうものは仕方ない。物事とは、なるようになるものだ」

 ぷ。っ。つ。ん。

 

 ※

 

 「ええい、オデュッセウスは何をやっている! もう撤退のタイミングでは」

 声を圧殺する破裂音。カストロの不意を狙った弾丸の狙いはあまりに精密だった。着弾箇所は必殺の眉間。喰らえば一撃で霊核を撃ち抜く弾道を、カストロは既に躱す手筈はない。

 だが、弾丸はカストロを死滅させることはなかった。着弾する寸でのところで割って入ったポルクスの剣の一太刀が弾丸を斬り払い、二つ別れになって明後日へと飛び去って行った。

 そしてこのタイミングは好奇、のはずだ。カストロの知ったことではなかったが、ポルクス曰く、相手の武器───マスケット、とかいう、人間が作り出した小賢しい武器───には弓のように、弾丸を装填する隙がある。重ねてポルクスが言うには、マスケットは先込め式滑空銃。即ち一発撃ったら弾丸と火薬? なるものを筒先から詰め込む必要がある。

 つまるところ、弓矢と同じように、撃った後には膨大な隙がある、ということだ。ポルクスが言うには、さらに未来になれば装填せずとも何発も弾を撃てるように発展していくというが───カストロにはどうでもいことだ。ともあれ、ポルクスに曰く、今この瞬間が絶好の機会である、ということだ。これを狙わない道理はなく、一挙に岩陰に身を隠した新手へと肉薄する。

 「賢しらな人間(ましら)風情が!」

 円盤を投擲する。Aランクに達する筋力値から放たれた銀の円盤の破壊力は、聖性のない岩塊など大鋸屑のように破壊し得る。そして事実、3mはあろうかという岩塊は枯れ草が散るように爆散した。

 吹き飛ばされる人影。さらに相対距離を詰めたカストロが、第二の円盤の狙いを定めた。

 遠心力を推力に、身体を捩らせ一擲を打つ。1000m/sで手中から放たれた円盤は一瞬すらなく狙撃手の胴体を両断する。

 躱す術は、当然、

 「メアリー、使ってください!」

 くるりと赤いコート姿の女が態勢を整える。既に手中にあるのはあの筒のような武器ではなく、さっきのこじんまりしたサーヴァントが持っていた船刀の刃先が煌めいてい。

 赤い影が跳ねる。ミリ秒未満の速度で迫った円盤を受け流すように弾き返し、さらには引き戻し中の円盤を叩き伏せる。カストロの反撃手段はない。だが、ポルクスは既に動いている。

 脳内の戦術を組み上げる。何もカストロに武装はないとはいえ、その高い筋力値はそれだけで武器になる。ポルクスが切り結び、そこで生まれた隙を狙って組み付く。拘束したところでポルクスが切りつけ、それで、

 「いかん、ポルクス!」

 背後からカストロを飛び越えようとするポルクスを、咄嗟に押し返した。ポルクスの小さい悲鳴は、直後に飛来めいた破裂音が飲み込んだ。

 ぐしゃ、と何かが背中に広がる。その衝撃を疼痛と解するより早く、面前でカトラスの刃がぎらりと閃いた。

 「兄様!」

 血が、墜ちる。

 見開かれる双眸の主はポルクスだけではない。カストロの不快げな視線と交錯する女の目は、首を庇って突き出された腕へと深く刺さったままのカトラスを捉えていた。

 「げっ!」

 「雌犬如きにくれてやるほど、俺の頸は安くはないぞ!」

 カトラスが食い込む腕を引き寄せる。同時、握りこんだ右の拳を深々と顔面へと叩き込んだ。フォームも何もあったものではない、ただただステータスを利用しただけの打撃。だが、高い筋力値から放たれる殴打はそれだけで宝具に迫る破壊力がある。ぎゃ、という悲鳴ごと叩き潰された女は、毬のようにバウンドしながら弾き飛ばされていった。

 そうして、カストロは忌々しく目を見開いた。殴り飛ばされ鼻血を出しながら、女は既に、マスケットを構えていた。

 「クッソ痛かったですわ、この筋肉馬鹿!」

 「あとこれ、返してもらうよ!」

 腕に食い込んだままのカトラスの柄を、あのサーヴァントが握りこんでいる。カストロの反応よりも、2人の攻撃は早かった。放たれた弾丸は右肺を貫き、引き抜き様に振り抜いた刀刃が橈骨を切り裂き、尺骨を砕いた。

 「予定と違うけど、ここで地獄までぶっ飛ばしてやる!」

 「メアリー、もう一人が来ますわ!」

 「っと」

 追撃の剣を構えるのも束の間。一瞬わき目を振った小柄なサーヴァントは、一転して一目散に飛び跳ねていった。

 「兄様、こちらへ!」

 「ウゲッ」

 首根っこを手が掴む。酷く乱暴に窪みへと引きずると、ポルクスは声を喪ったようにカストロを見下ろした。

 「兄様!」

 「そう声を荒げるな。大したことはない、ということくらいはわかるだろう」

 「ですが、こんな」

 泣きそうになりながら腹に空いた穴を抑えるポルクスの姿は、何故か知らないが妙に必死だった。

 そう、事実、カストロにとってこの程度の損傷は大したものではない。サーヴァント、ディオスクロイの耐久値は実にA++という理外の値を誇る。それこそ、何の防御も取らずに対軍宝具の直撃を生き残り得るという破格の性能。状況によっては対城宝具の直撃すら生き残るサバイバビリティは、おそらく数多あるサーヴァントの内でも随一の性能と言っていい。伝承防御、などという反則持ちのカイニスはともかく。

 そして、当然、その事実はポルクスも了解しているはずなのだが。

 「行きます、兄様を傷つける奴らは魂魄百万回殺しても飽き足らない!」

 「待てポルクス、そう熱くなるな。我らの仕事を忘れるな」

 「ですが!」

 いつからだろう、こんなに、弱さを見せるようになったのは。

 いよいよ泣き出しながら、傷を抑えながら飛び出そうとするというある種の錯乱状態に陥るポルクスの挙動を慰めながら、カストロは柄にもなく戦術などというものを考える。

 オデュッセウスの言う通りに進行している。カイニスがやたらと張り合っているのは予想外だが、おおむねの進行に差しさわりはない。

 だが、だからこそと言うべきだろう。オデュッセウスの行動は予定外であると同時に、何か奇怪だ。普段のオデュッセウスならば、ここでは徹底的に見に回るはず。まして前線に出て、何の報告もなく独断で行動を起こすような男ではなかった。

 所詮は、神性を持たない人間に過ぎない。神の加護を受けただけの人間。

 と割り切ることは容易いが、ことオデュッセウスに対しては軽々な判断は下さない。

 この奇行も、なんらかの必然性によるもの。あまり思考を巡らせるのに長じないカストロにとっては、そのように推測するまでが限界だった。

 思えば、神とはあまり思考しないものだった。神とは自然の具現であり、思索するものではないから。思惟し、悩むなどというのは人間が行う弱さでしかないはずだから。

 だからこその、それは疑問だった

 「ポルクス」

 胸の内に蹲る妹が、恐ろし気に顔を上げる。血濡れのかんばせ。注視する、彼女の目。宇宙色の瞳の奥に凝った何かを透かし見て、カストロは不定形な不安を惹起させただけだった。

 「オデュッセウスが何を考えて居るか、俺にはさっぱりだ。だが、何の連絡もない以上、アドリブで適当なことをやらかすわけにもいくまい。それに、怒りに任せて斃せるほどに優しい敵ではないようだ」

 癪だが、と一言添える。身動ぎするポルクスから目を逸らしたカストロは、舌を打った。

 本当に、癪に障る。たかが人間風情、感情に任せて屠殺するのが常ではないのか。そのように鬱憤をわだかまらせながらも、ポルクスのためにも今は冷静にならなければ、と己を律する。

 「とりあえず、敵には我らを積極的に倒そうという意思はないようだな。オデュッセウスの見立て通りにな」

 未だ攻勢に出ないあの2騎の気配を探りながら、微かに吐息を漏らして見せる。余裕そうな素振りをポルクスに見せながら、カストロは何はともあれ耐えるための手段を考えることにした。

 

 

 「コロンブス、前に出すぎ! 一旦戻って」

 背後から、声が後ろ髪を鷲掴む。躍りかかる骨の化け物をカトラスで斬り払ったコロンブスは、苛立たし気に歯軋りした。

 本質的な話だが。

 コロンブスの戦闘能力はさして高くなく、また指揮能力も高くない。有意な状況において効率的に兵力を運用し、優位を広げることは得意だが、戦力的に拮抗ないし劣勢時での指揮能力は巧くない。というか下手。逆境そのものは好きだが、それを乗り越える手段に精神論以外のものが多分に含まれると、とたんに頼りなくなる。そんな男である。現状は前者ではなく、後者に分類される。それに、誰かの指揮下に入って戦うことにも不慣れだった。

 畢竟、コロンブスは単なる露払いとして挟撃班に編成されているのだ。

 今回の作戦の骨子は簡単だ。ある程度島の内まで誘い込み、アンブッシュにより敵戦力を挟撃。特に、ヘラクレスに次いで厄介と目されるカイニスをここで撃破することが、今回の作戦の肝と言っていい。コロンブスは対カイニス戦において、有効打こそ撃ち込めるが次の手として用意された戦力にすぎず、その本命はなんといってもカイニス撃破のための露払いなのだ。

 ある意味刺激のない戦いではある。サーヴァントによってはそれだけで不満のある出来事であろうが、コロンブスにしてみれば気楽な仕事だという考えがあるだけだった。彼は、楽ができれば楽にこしたことはないという現実主義者なのだ。無論、リツカはそんなコロンブスの趣向を理解した上で、この配役を行っているわけだが。

 「オラァ! コンキスタドール様のお通りだ!」

 ハンマーを投げつける。超重量の鉄塊が機械仕掛けの蜘蛛、その頭部を圧壊する。ここぞとばかりに接近する竜牙兵をハンマーに繋がった鎖で絡めとり、カトラスで頭蓋を叩き潰し、続けざまにさらにカトラスを投擲。もう一匹、マシュへと襲い掛かろうとしていた蜘蛛の胴体、その動力炉(心臓)へと突き刺さった。

 「余計な世話だったか、嬢ちゃんよ」

 「あ、いえ。そんなことは、ありません」

 マシュは少し、ぎこちなく身を竦めただけだった。表情は、あまり柔らかいとは言えない。

 余計な世話、というのは事実だ。マシュの技倆は、正直言ってコロンブスよりも高い。マシュならば苦も無くあの機械仕掛けの蜘蛛を楽に始末しただろう。

 (マシュ、そろそろだと思う!)

 「あ、はい! マシュ・キリエライト、行きます!」

 構えた剣を腰の鞘へ。張り切った様子で応えたマシュは、空を見上げた。

 酷く、華奢な姿だな、と思った。鐵に銀を纏った甲冑を身に着ける姿は、妙な不揃いを感じさせる。港町に居る酒場の子供の方が、まだ勁く見えるだろうか細い立ち姿。その癖に、盤踞と大地を踏みしめる姿の勇ましさといったらどうだろう。

 矛盾する身体性。どっかの学者は人間を沼地に生えてる小汚い葦に譬えたというが、確かにこの姿は葦そのものだ。その癖何日も雨風に耐えて、すっかり弱っているのにすくす延びるのも、葦の特徴か。

 マシュの体躯が、沈み込む。両足を発条に、放出する魔力を推力に。ロケットモーターを爆発させたミサイルのように、マシュは空へと飛び上がった。

 「あ、だから前!」

 「うお、あぶね!?」




 カストロこんな奴だっけ
 と思いながら投稿前の修正作業してました。まあこれはこれでいいかなということでここはひとつ。

 感想等いただけると私が泣いて喜ぶので、お気兼ねなくどうぞ~
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