fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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オデュッセウスですが、fgo原作とは別な宝具をもってきてるイメージです。トロイの木馬じゃなくてオデュッセウスの旅そのものの宝具化、みたいな。


狐疑のアポロウーサⅥ

 紅い疾風の速さは尋常ではなく。

 「『刺し穿つ(ゲイ・)──!』

 「アイギス!」

 「──『死棘の槍(ボルク)!』

 迎え撃つ黒銀の剛直を以てして、気圧されていた。

 唸る因果逆転の呪槍。過たずに心臓を抉る槍の軌道を上段から叩き伏せながら、オデュッセウスは横殴りに迸った槍の柄を叩きつけられ、踏鞴を踏むように突き飛ばされていく。隙、とばかりに猪突する呪槍使いのアーチャー(クロ)の攻勢は、怒涛という他なかった。

 薙ぎ払い、薙ぎ払い、叩きつけては刺突を繰り出す。捌く黒い機甲の速度は一見して互角だったが、だがそれが外見上の話だ。赤く禍々しい槍を縦横無尽に駆使してオデュッセウスを追い立てるクロは、それ以上に、()()()()

 敏捷だけではない。純粋な武装のぶつかり合いにおいても、クロが上回っている。剣と槍、という武具の種類も原因だろうが、それ以上に、純粋なステータス勝負でオデュッセウスを圧倒していた。

 とどのつまりは優勢。喜ばしき状況のはずなのだが。

 「ありゃ一体、何なんだよ」

 意図的な発話というより、オリオンのそれは吐露でしかなかった。自分より遥かに巨大な物体であるトウマの肉体を引きずりながら、不気味(Um-heimlich)な魔物でも見るかのように、その光景を目にしていた。

 クロの戦い方は、戦術も何もあったものではない、ただの力技。知悉を以て戦うことこそ彼女の戦い方である、と朧げに理解し始めたオリオンにとっては、ただのステータスごり押しの戦闘など違和感しかない。いや、だがそんな違和感などは表面的な話でしかない。根本的な不気味さは、そんな戦闘技法や技巧の話などではない。この光景の異様は、もっと生命的な物に対する不快感だ。

 沸き起こるその声は、なんだろう。悲鳴、嗚咽? いや、それとも怒声なのかあるいは別なのか。地の果て天の底から迸る不定の叫喚のままに赤い槍を振るう様は、オリオンをして身を竦ませるほどだった。

 ──獣。いや、違う。獣は殺し得るものだ。だがアレはそんな生温いものではない。正体不明の黒い霧を吐瀉のように噴き出しながら戦う様は、何の比喩も換喩も届かない……底抜けだった。 

交錯は幾度めだったか。刺突を顔面に食らったオデュッセウスがたまらず背後に飛び退く。後退際、追撃とばかりに相対距離を詰めるクロを正面に、黒い機甲、その胸部の装甲が左右に開いた。

 「撃て(ファイア)──!」

 装甲解放部から顔を出したのは射出口だった。魔力を光に変換して投射する魔力砲を撃ち散らし、飛び掛かる気勢のクロの前に弾幕を投げつける。槍の一薙ぎで大多数が弾かれ、瘴気のように噴き出す純粋な魔力の本流に残り全てが飲み込まれる。全て数瞬の内の出来事ではあったが、オデュッセウスにはその数瞬が何よりも欲しかったに違いない。

 オデュッセウスは知勇に長ずるが、決して武勇には長じない。凡百の英雄に劣らぬが、それでもやはり、優れて一流以上の強さではない。息つかせぬ嵐の如き連撃を捌き切るほどに、オデュッセウスは優れた戦闘能力を持っていない。それ故に、今一息が無ければ押し切られる、という瞬時の判断だった。

 いや、それだけ、ではない、とオリオンは思った。

 オデュッセウスが自覚的であるかどうかは不明だ。だが、オリオンほどのサーヴァントであればそこにある種の直観が強く働いていた。

 下手に戦おうとすれば、呑まれる。あの深き天の底より響く物の怪が発するのと同位の唸り声に、存在論的な不安に堕とされるようだった。

 しげしげと、向かい合った22騎が互いを探り合う。オデュッセウスは己の鎧を一瞥すると、奇妙に哂った。

 「いやはや凄まじい、アイギスがこのザマだ。どんな化け物かと思えば」

 見せびらかすように、機甲の体躯がおどけて見せる。頭部の仮面も、左の目元が抉れ、オデュッセウスの目がくきりと覗いていた。

 「地球(ガイア)の影法師に近しいが、むしろ真逆か? 君は人理の外側から来たわけか。ネメアの獅子の毛皮を貫けるのは道理だ。だが、まだ半分だ。ゴッドハンドを貫いた本領、まだ見ていない。そのぬるぬるだけではあるまいて!」

 ゆらりと蠢く姿からの一転。一挙に猪突したオデュッセウスは、クロの脳天めがけ、剣の一閃を振り下ろした。

 「──是非見たい! その実力をな!」

 柄で受け止めるクロの体躯が、踏鞴を踏む。ぐらりと揺れた隙に、跳躍したオデュッセウスは鉛直直上に舞い上がる。 

 掲げる前腕。装甲の一部が弾け飛ぶなり、ぐにゃりと歪んだ装甲面が這うようにクロの体躯へとまとわりついた。

 まずまとわりついたのは足。蛇のようにまとわりついたそれから逃れようとしたが、既に遅い。既に固着を始めたアイギスの欠片は、いかなゲイ・ボルグとて一撃では破壊できない。

 そしていったん動きを止めれば後は終い。足を伝い腰に喰いつき、背を覆い腕を縛り上げた時には、もうクロは立っていることすらできなかった。たまらず膝をついた少女の身体に、さらに粘性の黒濁液が伸し掛かり、圧し潰していく。

 「ひとまず耐久度を見てみよう。ヘラクレス(アレ)と殺し合うのだ、多少の傷で死んでは頼りない」

 睥睨が墜ちる。もがくクロを眼下に、剣を逆手に持ち帰るなり、装甲が覆っていない箇所──腹部へと、剣を突き立てた。

 ずぶり。

 白銀の剣が、クロの下腹部を貫く。あまりに容易く突き刺さるなり、鮮血とともに嗚咽が迸った。

 「耐久はさほどでもないか。困ったものだ」

 ずぶり、ずぶり。立て続けに剣を振り下ろし、そのたびに剣先が肌を突き破り、ハト麦色の肌を赤黒く濡らしていく。

 「テメェ!」

 「おやおや」

 飛びかかりしな、目の前に何か棘らしきものが突き刺さる。思わず尻もちをついたオリオンは、ただ恨めし気に左の手のひらをこちらに向けるオデュッセウスを睨みつけた。

 「幻霊か? いや、それ以下の霊体か。そこの人間のようになりたくなくば、今はそこで黙って見ていることだ。熊と蜘蛛のキメラにはなりたくあるまい」

 そうして、一撃。

 振り下ろした剣が肌を突き破る。無音の絶叫が淑と迸り、クロの小さな体躯が大蜘蛛に食まれたように強張ると、忽ちに四肢が萎えていった。

 沈黙が、蜷局を巻く。原夜の静謐が鬱勃と森林に圧し広がり、周囲の樹々は慄くようにこすれ合い、遠くの海で悲鳴のような潮騒が蠕動を始めていた。 

 オリオンは、何故か声をあげられなかった。いや、オリオンだけではない。オデュッセウスもまた、その時啓きかけていた何事かの未知の出来事に、困惑していた。

 無が、唸っていた。小さく蠢動する太古の無。存在の内なる無性が、朔風となって制止していた。連続延長する世界を切り裂く開闢。あるいは未だ神なるものが世界で権能を振るう時代に生きたオリオンとオデュッセウスだからこその、それは、オントロギーな恐怖だった、だろうか。

 「投影、開始(アクセル・シンクロ)──限定、召喚(トレース・オン)

 言祝ぎか、あるいは呪詛か。

 口角から漏れた彼女の声が、停止した世界を軋ませていた。彼女が、何かを引き出している。産褥の悪露を吐き出すように、何かを、産み落としている。

 剣。確かにそれは、剣だった。

 いや、それは剣ではない。剣の形をしているが、そんなものではない。あれは、そう。

 其は、剣の形をした原初の地獄だった。

 「面白い──これほどとはな思わなかった。」

 眼下で口を開ける地獄の釜に怯懦を惹き起こしながら、オデュッセウスは何故か痴呆にでもなったかのように、愉快げにその様を見下ろしていた。

 無が、世界を飲み込んでいく。這い依るように島を飲み込む様を、オリオンには最早、どうしようもなかった。

 いや、この光景をどうにかできる人間などいるだろうか。神とて立ち入れない、何者をも拒絶し恐怖させる絶対王政に立ち入ることなど、もしオリオンが本来の霊基で召喚されていたとしても不可能だった。

 不可能性の極限。

 だからこそ、

 「オデュッセウス!」

 その銃声が無を切り裂いたのはある種の必然ですらあった。

 背後から迫る銃弾。恍惚に身を竦ませていたオデュッセウスは、一瞬だけ反応に遅れた。

 銃弾が額に直撃する。咄嗟に虚空へと振り抜いた剣は何も掠らず、ただ錐揉みするように足をもつれさせたオデュッセウスは、直後懐で爆発した蹴り上げに突き飛ばされていった。

 「藻屑と消えろ、クソ野郎!」

 続け様の砲撃は、苛烈の一言だった。

 どこからともなく現れた砲台──カルバリン砲の18ポンドの砲弾を撃ち込む中口径の大砲、その数4。けたたましい音とともに斉射された砲弾をもろに直撃したオデュッセウスは、さらに明後日へと弾き飛ばされていく。最後に岩塊に頭から突っ込むと、ぐしゃりと水気のある音を漏らした。

 「おい、しっかりしなアーチャー、クソガキ! 熊公、何がどうなってんだい!?」

 カトラスで檻を斬り払う。じろりと睨んだフランシス・ドレイクの顔は、不自然なほどに鋭かった。

 「わからねえ、トウマがやられちまった姿を見てキレちまったみたいなんだが」

 「そっちのガキンチョは生きてるんだろうね」

 「なんとか。気絶はしてるが血は出てねえし、命に別状はない、と思う」

 オリオンは、目の前に横たわる黒髪の子供の顔を改めて見た。

 血と土に汚れているせいか、表情もくそもあったものではない。が、唇の色は薄い桜色のままだ。両手足の末端にもチアノーゼらしいものは特にみられず、脈もとれる。とりあえず、生きてはいる。

 「こっちも大丈夫みたいだね。やられてるのは大腸と脾臓と──腎臓か? 霊核にも肺にも損傷はないから大丈夫だ。すぐ治療は必要だろうが」

 クロの背中に空いた穴を一瞥、即座に判断を下したドレイクは、安堵もなく、引き攣るほどに鋭利な視線を投げた。

 「これはこれは。ご足労戴いた」

 びちゃり、と何かが滴った。

 装甲の隙間という隙間から赤い液体を滴らせる、黒い躯体。歪に変形した頭部は、見るからに頭蓋が陥没しているというのに、なんのことはないようにオデュッセウスは立っていた。

 「敵討ちとは感情的なことだ、フランシス・ドレイク。して、誰の仇だ。メレアグロスかアスクレピオスか。それともブラックバートとかいう優男か、卑怯者のラカムか。あぁそうか、そこに転がるゴミの仇を―――」

 銃声3発。胴に食らったオデュッセウスはよろめきながら、鎧に空いた穴から噴き出す血を眺めた。

 「取ろうとしているわけか」

 平然と口遊む黒い機甲。オデュッセウスと対峙するドレイクの表情は伺い知れないが、ただただ、その無言の背は鬼気迫る何かを湛えていた。

 「だが申し訳ないことに、これから俺は帰らせてもらう。帰ってやることがあるのでな」

 「アタシがアンタをただで帰すと思うかい。アタシの仲間を散々嬲り殺しにしたアンタを!」

 「思うさ。貴様はどれほど憎悪を抱こうが、フランシス・ドレイクに変わりない。時流を見誤り、戦術的判断を誤るほど愚かではあるまい」

 オデュッセウスは、天へと手を掲げる。

 「アイギス・アイオロス」

 前腕の装甲が口を開ける。射出された光弾が上空100mまで登るなり、虹と見紛う光が連続して閃いた。

 「早くケイローンを呼ぶがいい。本拠地はどこか知らんが、うかうかしていると2人ともハデスの館に招待されるぞ」

 オデュッセウスが身を翻す。ふわりと軽やかな挙動で駆けていく様を、ドレイクはただ見送るしかできなかった。

 どれほどの沈黙だったか。オリオンは、その景色を、ただ放心して眺めることしかできなかった。

 地面に転がる、まだ年端もいかない2人。ただ立ち尽くすことしか出来ずに、身動ぎすらしないドレイク。見下ろした両手についた血は、目の前で蒼褪めて横たわる少年の、もので、

 「これがお前の見たい景色なのかよ──アルテミス!」

 

 ※

 

 深く、息を吐く。

 両ひざに手を着き、僅かに目を瞑る。脱力は一瞬、メアリー・リードは身体を起こすと、「逃げたね」と隣に立つ人物を見上げた。

 「いい気味ですわね」

 憮然と応えたアン・ボニーは、口元を血まみれにしながら眉を潜めていた。

 「随分綺麗になったね、アン」

 「手荒な割にはお上手でしたよ」

 つん、と鼻を鳴らすアン。その拍子にずきりと痛んだか、小さく呻くと、恐る恐る鼻の穴に指を突っ込んだ。

 「そろそろ止まってきましたよ」

 「鼻、折れてるでしょ」

 アンは肩を竦めた。折角整った鼻梁を傷つけるのは、品性が無いと思う。メアリーも折れた肋骨の鈍い痛みを抱いた。

 「メアリー、行かなくて大丈夫ですか?」

 「ん、あー」

 脇腹をさすりながら、メアリーは少しだけ視線を泳がせた。

 アンが言わんとしていることはわかる。それとなく脳裏に過った少年の姿に淡く下唇を噛みしめるも一瞬、「大丈夫じゃない」とにべもなく応えた。

 「ふぅん?」

 アンは不思議な表情を浮かべた。メアリーも、アンの表情の意味はよくわからなかった。

 「じゃあ少し、休んでますか。ちょっとキツイですし、ケイローン先生が来るまで」

 一転、アンはニコニコと笑顔を浮かべると、手近に横たわっていた樹木に腰を下ろした。「痛ってぇですね」と言いながら血まみれの布切れで鼻を抑えるアンにつられ、メアリーも、彼女の隣に腰を下ろした。

 アンは時折、こうして何かを悟って莞爾と笑顔を浮かべる。何を悟ったかはメアリーにも言わず、ただ黙して状況を見ようとする。

 「変なの」

 相変わらず、アンは莞爾としたままである。まぁそういうもんだ、といつも通りに、朗らかにアンの身振りを受容した。

 「アン、次は勝てるかな」

 「どうでしょうかねぇ」

 アンは再び鼻に指を突っ込むと、ぶっ刺したまま、にこりと彼女は笑った。

 空に、月が浮かんでいる。

 黒い空に浮かぶ、蒼褪めた月。




GW中にもう1、2話投稿しようかと思っております
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