fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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フェニキシアン・クラスターアマリリス

 私は、あの日のことを絶対に忘れないだろう。

 煌めく朝焼け、黄金の陽を照り返す、穏やかな海原。凪ぎを孕んだ蒼いわだつみの上、振り返る姿が目に焼き付く。

晴れがましい顔は少年のよう。それでいて、長い刻を経た壮年は胸を締め付けるようですらあった。

 私は、あの日のことを、絶対に忘れないだろう。

 たとえこの世界の全てが、夢のように消滅してしまったとしても。

 貴方の姿を信じて、私は、きっと時間すら超えていく──。

 

 

 立華藤丸は、不思議な感覚とともに目を覚ました。

 今のは、多分夢、だろうか。明るい空は、朝焼けだろうか。それとも月夜だっただろうか。あまり判然としないが、ねばつくような綺麗な景色だった、ような気がする。

 じゃあ今の景色はどうか、というと。

 朧に白い。天幕の天蓋だろうか。古めかしい景色は、あまり見覚えが無い。周囲を薫る匂いはなんだろう。苦いような、爽やかなような渇いた匂い。心地よいようでもあり、それでいて何か嫌な記憶をちくりと刺すような感触だった。天幕の外では小鳥が啼いて、地面を突きながらよたよた歩く音が聞こえてくる。ほんの小さな草の擦れる音と、口腔内のチクチクした舌触りが混じり合い、トウマは苦慮するように、自分の身体にかかった目の粗い布を指先で擦り合わせた。

 立華藤丸(タチバナトウマ)という生命は、とりあえずのところ正常に稼働しているらしい。骨髄管の中に液化した重金属を流し込まれるような身体の鈍さを覚えつつも、()()()()()()()()と上体を起こした。

 すぐに、そこが第一拠点中心に敷設されたケイローンの天幕だと気が付いた。見覚えがないのは当然で、匂いも保存された薬草やら何やらの放つ臭気だった。外から差し込む陽の光の青さと、なんとなくの身体感覚で今は朝だと理解した。それも、早朝。

 何故寝ているのだろう。脊椎管から逆流した重金属に浸されたかのように脳みそが上手く機能しない。

 のそのそとベッドから抜け出す。スウェット姿でも、この特異点はさして寒くない。すっかり硬く強張った身体の筋肉を解すようストレッチをしてから、トウマは取り纏めがない思考のままに周囲を見回す。

 ふと目に着いたのは、妙な壺だった。なにやら物々しい。ケイローンが医行為に及ぶ際に使用する薬草とか、その類だろうか。おそるおそる近づいて覗き込むと、肝臓らしき臓器が、液体の中に沈んでいる。なんとなく手を伸ばしかけ、

 「死ぬわよ、それ触ると」

 「うわ!?」

 天幕の奥、黝い影が椅子に座っていた。

 不格好な灰色の幼鳥が気だるげに蹲っているよう。病的な白い肌に肋の浮いた痩せぎすの身体。露出した太腿だけが、スーパーで売られているフィレ肉ブロックみたいに瑞々しかった。

 「毒蛇の胆嚢よ。神経毒に出血毒、筋肉毒。あらゆる蛇毒に侵されて死にたいならどうぞ?」

 メルトリリス。人工的に構築された複合神性(ハイ・サーヴァント)は、何か釈然としない表情をしていた。

 「冴えない(ツラ)。貴方みたいな馬の骨が、世界の命運だとかを担ってるって。何の冗談かしら」

 「すみません」

 反射的に、トウマは頭を下げてしまった。メルトリリスの棘のある口ぶりは、どうにも慣れないと思う。

 だが、なんとなく質が変わったような気がする。

 丸くなった、わけではない。抜き身のナイフというよりは、懐に収まった小刀のような鋭さ、というところか。そう感じるのは、果たして偶然だろうか。椅子に座って足を組むメルトリリスは、ともするとどこか虚空を睨むようにしていた。

 だが、何故そんなことがわかるのだろう。漠然と胸中に輪郭を作るメルトリリスの表徴を感じたトウマは、左手に感じる違和感に、やっとのことで気が付いた。

左の手の甲に浮かぶ、花の形をした令呪。赤い染みの3画の内、2つが暗く淀んでいた。

 「あの後」

 どうなったの、と。ほとんど無我夢中で、トウマはメルトリリスに詰め寄ってしまった。

 その行為は、はっきり言って、メルトリリスに対してあまりに不躾だった。刀剣のような鋭い目が即座にトウマの首すじをなぞり、思わずにたじろぐ。だが、それでもトウマは引かなかった。引かないトウマの仕草を覗き込むようにしながら、メルトリリスは小さく身動ぎする。

 「貴方の予定通り進んだわ。敵は撤退して、カイニスは死んだ。状況は終わって、今は3日後の朝というわけ」

 淡々と告げるメルトリリス。ずきりと頭が痛んだトウマは、まるで芋づるのように引きずり出される記録にただただ閉口した。

 最初は、予定通り進んでいた。それは間違いない。

 作戦の基本骨子は簡単だ。ヘラクレスに次いで厄介と目されるカイニスを倒すことで、戦力比を均衡に近づける。そして敵からすれば遭遇戦に過ぎないことを鑑みれば、カイニス撃破の時点で敵は撤退を選ぶのが妥当。撤退する敵は追わず、そこで作戦終了という算段だった。そしてカイニス撃破の手順は、一定のラインまで敵を誘い込んだ後、カイニスの伝承防御を突破し得るケイローン、マシュ2人のアンブッシュで撃破する、というものだった。メルトリリスの任務はカイニスと耐久戦をしながら規定ラインまで誘い込むことにあった。作戦の概ねはライネスとドレイクの考案で、現場レベルでの指揮はトウマが担い、バックアップでリツカが動く──という形で始まった。

 カイニスは、倒した。その後の状況も、予定通り。結果だけ見れば作戦通りで、十分及第点と言える。

 言える、が。

 トウマは、恐る恐る、シャツをめくった。

 自分の腹を見る。最近体脂肪率が減って腹筋の隆起が良く見えるようになった腹部には、古い銃創のような傷がぽかりと3つ、壊疽のように空いていた。

 「オデュッセウスの宝具、だったかしら。アラクネへの神罰を毒針に込めて撃ち込むそうよ」

 ぞわり、と背筋が凍える。早くも傷は塞がっているが、丸い傷痕を基点に罅割れが走るその痕跡は、死がどれほど身近であったかを、不気味な非現実感とともにつきつけるようだ。

 そう、それはあまりに非現実的だ。どこか間抜けな様子ですらある塞がった風穴の奥から、薄暗い何かがコソコソと陰鬱に蠢動するよう。全身に浮かんだ冷や汗を拭う気力すらなく、トウマはへなへなとベッドに座り込んだ。

 「残念、もう少しでアナタ、汚らしい毒蟲になっていたでしょうにね」

 メルトリリスの声が、鼓膜に棘のように突き刺さる。侮蔑的な彼女の視線に声色は、彼女らしいと言えば彼女らしい。それは彼女らしい気の使い方、というのではなく、哀れな地虫に対する単なる嗜虐心からの心底の侮蔑だろう。

 「クロは?」

 「は?」

 メルトリリスは意外そうに目を丸くした。そうしてから心情を察した彼女は、じい、とトウマを見つめ返した。

 「サーヴァントのことがそんなに気になる? 英霊だなんだ言っても、所詮は人形なのに」

 問い、というよりは自問に近い口ぶりだった。しかも既に自答も済んでいるかのように視線を動かすと、「主人公気質かしらね」と心地よい不快さを蟠らせるように声を漏らした。

 「向こう見ずで、その癖相棒に優しいなんて。カイニスも、貴方みたいなひとがいたらよかったのにね」

 「へ?」

 「独り言、なんでもありません」ぷい、とメルトリリスはにべもなく言う。「アーチャーはフランシス・ドレイクのところに居るわ」

 取り付く島もない様子は変わらず、メルトリリスは顎をしゃくる。

 「彼女もさっき起きたところ。あの時何があったかの聞き取りも兼ねて、呼ばれたらしいわ。早く行きなさい、私の居場所に獣骨が転がってると臭うから」

 「あ、はい。ありがとうございます」

 ベッドから、再度跳ね起きる。ハンガーにかかった黒いユニフォームを着こみ半長靴をしっかり履くと、トウマは気怠げさを引きずったままに走り出し、

 「待ちなさい」

 足を、止めた。

 振り返る、天幕の奥。黒く蹲るように椅子に座るメルトリリスは、どことなくぎこちなさに悶えているように見えた。というよりそれはなんというか。

 照れに似た、意固地さ?

 「タチバナトウマ、これから質問をします」

 軽やかな声色なのに、妙な圧がある。なんとなく、それが彼女らしい、と思った。

 「友達ってどうやって作るものなのかしら」

 「なんて?」

 酷く生真面目そうな顔で、メルトリリスは言った。

 まじまじと、彼女を見返す。なんというか、とても彼女らしくない台詞だったような気がする。

 友達? メルトリリスが? 一体全体、どんな風の吹き回しだというのだろう。そんな当たり前のことを言うなんて、まさか気が変にでもなってしまったのだろうか。

 「今失礼なことを考えて居たでしょう」

 「いえそんなことはありませんとも」

 「今度そんなツラを見せたらゼリーにして棄てるわよ」

 「せめてドレインして欲しいですけど……」

 「どうして老廃物を摂らなきゃいけないワケ? その生理学的必然性を2万字の論文にしなさい」

 「辛辣すぎませんかね」

 やはり相変わらずである。普段の爽やかな残忍さが香る表情ではなく、真顔なところが凄まじいことこの上ない。胸を撫で下ろしていいのか緊張すべきなのか五里霧中のようになりながらも、改めて、メルトリリスの言葉を反芻した。

 友達はどう作るか。聞き間違いでなければ、彼女はそんなことを言った。

 「うーん。別に友達って作ろうと思って作るものじゃないし……いつの間にか友達っているものだし」

 「……アナタ、コミュ力割と強めよね。あんま喋らない癖に。そういうところだけ、あの人みたい」

 じい、とメルトリリスが猛禽のように見返してくる。その不快さの意味がよくわからかずに頭に疑問符を浮かべながらも、そうだなぁ、と苦し紛れのように思考する。

 「リツカさんが上手いですよね」トウマは何の気なしに言う。「あの人、なんかいつの間にか、普通に誰とでも喋るんですよ」

 それとなく、浮かんだことを口にする。

 メルトリリスは半瞬ほど視線をふらつかせてから、「そう」と納得げに、それでいて不満そうに口にした。

 「人の心の壁の向こう側にいるんだけど、その癖壁越しにコミュニケーションをとるというか。壁を超えるわけじゃない、っていうか。うまく言えないですけど」

 「抽象的で意味不明ね」

 「すみません」

 「いいえ、構いません。そもそも私が愚かな質問をしたのです。私の質問の質がそもそも不出来でした」

 そうして、メルトリリスはただただ押し黙った。俯く彼女の志向性の行く先はどこにあるのだろう。この世界にすらあるのかどうかの沈思が向かう先は、当然、トウマにはないだろう。そろそろと後にしたトウマの素振りに、メルトリリスは身動ぎすらしない様子だった。

 

 

 天幕を後にする立華藤丸。莫と思案しながら、メルトリリスはその背を追った。

 「()()()()()()()。随分とまぁ」

 ぼそり、彼女は呟く。

 メルトリリスの特性。霊子世界においてアルターエゴとして産み落とされた彼女が所持していた特殊能力、i-ds(イデス)『メルトウイルス』。ドレイン系のスキルの最上位に位置する。オールドレイン、とすら呼びうるそれにより、彼女は生まれながらの簒奪者だった。。

 だから、彼女はコピーした。マスター・サーヴァント間のパスを利用した、マスターである立華藤丸の記憶のリーディングした、それだけのこと。本来奪うことこそ本質とする彼女にはやや苦手な分野だが、やってみればやれないことはなかった。

 その結果、案の定というわけだ。元からメルトリリスという存在を知っているような素振りから不審には思っていたが、なるほどこれなら知っているのも頷ける。それだけが理由ではなかったが、契約を結んで正解だったというわけだ。

 ……最も、その理由は突飛もないが。それでも自然にメルトリリスがその事態を理解しているのは、そもそも彼女の存在自体も大体突飛がないが故であった。

 「しょうがないわね」

 独り、言ちる。獰猛な禽のような怜悧な面持ちも刹那、メルトリリスは虚空を仰いだ。

 「いいじゃない。守ってあげるわ、こんな世界でも」

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