fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
円蔵山山頂 柳洞寺
円蔵山の頂に建立された柳洞寺。浄土宗系の宗派で、名の知れた観光地でもあるという。平時であれば相応に観光客が居る、とされているが、今はその人影はない。厳かなはずの寺そのものも、戦いの余波で大きく崩れていた。山門は二つに割れ、地面はめくれ上がり、本堂は既に潰れていた。散らばった屋根瓦が、辺り一面に散らばっていた。
その本堂の裏から、境内を見回す。ごうんごうん、と地下から重く響いてくる音だけが、周囲の暗黒を怯えさせていた。
「今、どの辺?」
クロも裏手から顔を出しながら、周囲を探っている。左手には黒塗りの洋弓を。右手は無手だが、敵が姿を現せば、たちまち敵を屠る武装を抜き出すのだろう。
だが、今回の敵は―――。
(丁度山門を上り始めた。接敵まで残り―――20秒!)
「了解。じゃ、あとは上手くやるわ」
ぷつりと、通信ウィンドウが落ちる。虚空を眺めること1秒未満、彼女は、クロは、「じゃ、行くね」と当たり前のように言った。
「もう、なんでそんな顔するの? 死ぬわけじゃあないんだから」
ころころと、クロは笑った。気負いなど無いような表情に、トウマは、暗い顔をしないわけにはいかなかった。
「そりゃあ、時間を稼げばいいだけってのは、わかるけどさ」
「大丈夫だって。こう見えて、
ね、と赤い腰布の裾をつまんで、くるりと回って見せる。ニコニコと笑う彼女の顔が、ただ、なお一層痛ましかった。
「どっちにしろ、私がここでうまいことやらなきゃいけないんだし。どうせやるなら、気持ちよくいきましょ?」
ね、と宥めるようにクロが小首をかしげて見せる。
確かに、そうだ。ここで食い止めなければ、どっちにしろ負けるのだ。なら、何もしないで負けるのを待つよりは、ずっと、良い―――と思うほかない。
《それで、バーサーカー……ううん、
クロは笑顔のまま、パスの念話で話をつづけた。思わず周囲を見回してから、トウマは、顎に手を当て、眉を寄せた。
ヘラクレスの弱点―――そんなものあるんだろうか。
『
攻撃面でも十分だ。狂化によって、その熟練の技倆は損なわれているというが、そんなものはそもそも不要なのだ。強靭な肉体から放たれる斬撃は、ただ振るわれるだけでセイバーを圧倒するほどなのだから。
問題は、
畢竟、原作のどのルートでも、最強の敵として君臨したヘラクレスに、隙らしい隙は無かった。
そんなトウマの沈黙が、答えだった。彼女自身、ある意味でバーサーカーと相まみえたことのあるためか、その強大さはよく理解しているのだろう。「うん、わかった」と応えると、剣を投影した。
捩じれた、剣。螺旋のように歪な剣は、彼女が、そして赤い弓兵が自ら錬鉄し、造り上げた信頼する宝具だった。
「ところでトーマ、一つ確認なんだけど」
「何?」
「時間を稼ぐのはいいんだけど。別に、倒しちゃっても構わないんでしょ?」
彼女が笑う。莞爾と笑った顔は、しかしなお獰猛な狩り人のように凄絶で―――そんなとんでもないことを口にした。
トウマは、何事かを言いかけて、ただ唇を噛んだ。言葉を噛み殺して、ただ、彼女の宝石みたいな目を、ただ見返した。
「それじゃ、遠慮なく期待に応えるわ!」
彼女が、飛び上がる。既に崩落した寺の屋根に蟠踞と足を構えると、猛禽のような目を向けた。
奇妙な静寂は、ただ一瞬だった。蜷局を巻いた静けさと叩き殺して、それはやってきた。
黝い肉塊が、山門を破断して飛び上がった。禍つ巨躯が地面を重く踏みしめ、射殺すような赤い目が、ぎょろりとクロを捉えた。
バーサーカーのサーヴァント。間違いない、あの姿は、ヘラクレスだ。12にも及ぶ偉業を成し遂げた、古代ギリシャの大英雄。神にすら届く巨影が、まさに、目の前に存在していた。
バーサーカーが咆哮を上げる。目の前の敵を殺す、という原初の叫喚。相対するものに畏怖を喚起し、戦意を削ぐプリミティブの奔騰。全身の肌を粟立てたトウマは、知らず、後ずさった。
だが、クロは悠然とバーサーカーの敵意を受け止めた。悪魔染みた笑みをぶつけ返すと、クロは、弓に螺旋の剣を番えた。
「―――『』!」