fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
「タチバナトウマ、出頭しました」
おっかなびっくり、と言ったように顔を出した少年は、まずキョロキョロと広間を見回している様子だった。何か探すような素振りである。出頭にかこつけて会いに来た、という様子を隠しもしない。
誰を探しているかは明瞭だ。ライネス・エルメロイ・アーチゾルテは金糸を束ねたような後ろ髪をかきあげて、空色の目をテーブルの片隅へと向けた。
小さく蹲る、ハト麦色の肌の少女。困惑な様子が一転、トウマの姿を見るなり明るく表情を閃かせて、また次の瞬間には、彼女は表情を暗くした。クロエ・フォン・アインツベルンは、妙に畏まったようにちょこんと座りこんでいた。
なんとも、らしくない素振りだなと思う。彼女の素振りを鑑みれば、もっとストレートな仕草をするような気がするのだが。
まぁ、何にせよ。
「子作りでもさっさとすればいいと思うんだがね」
なんとなく、嫌みっぽさが滲む。
「なんか言った?」
ほけ、とするリツカに、なんでもない、と応える。ライネスはすん、としたままカップに注いだブランデー入りの紅茶を口に入れた。
「鯖って年齢関係ないんだし、やっちゃえやっちゃえと思うけどね」
「普通に聞いてるじゃんか」
「ライネスちゃんはいいの?」
「優れた魔術師じゃないならノーサンキュー」
「なるほどね、逆説表現」
華やぐような口当たりに混じる濃いブランデーの舌触りを感じながら、ライネスは胡乱気にリツカを一瞥した。ぐびぐび、とエナジードリンクを元気よく飲むリツカの姿に閉口しながらも、ライネスは民主主義的な健康的無関心さを貫くことにした。一応派閥的には貴族主義だが。
それにしても鯖ってなんだろう。あ、サーヴァントの略か。鯖て。
「じゃあそこに座っておくれ、タチバナトウマくん」
「あ、はい。ありがとうございます」
ライネスに促されるまま、トウマはクロの隣の席に小さく座り込んだ。ちらりとクロのことを気にする姿は、まぁなんというか初々しい。初心ですらある。ニコニコとしながら、いそいそとリツカは立ち上がった。
「アンタに来てもらうのは、もっと後の予定だったんだけどねぇ」
ライネスの隣、ボサボサの髪をかきあげたフランシス・ドレイクはいつになく疲れているようだ。
「すみません」
「いや、別にアンタがいいならいいんだけどね。結構
「まぁ、そこそこに」
僅かに畏縮するトウマ。相変わらずにボサボサの髪をかき回したドレイクは、まぁいいか、と自答する。
「改めてってわけじゃないが」どかりと背もたれに身体を預ける。「アンタの元にオデュッセウスが来た。そうだったね?」
それとなく、ドレイクの顔を伺う。彼女は努めて冷静に、事実認識をしようとしている……のだろうか。不機嫌そうな表情が、却って彼女の努力を感じさせた。
他方、トウマの表情はこわばり気味だ。それもやむないこと、ではある。ふらふらと視線を惑わせるトウマと目が合った時に、”事”を済ませておく。なんてことはない、ただの暗示である。それこそシングルアクション以下で発動する簡素なものだったけれど、魔術師的にはズブの素人でしかないトウマに暗示をかけることくらいは訳ない。まして心理的に近しいならなおのことだ。ライネスは、目元に熱を感じて目頭を抑えた。余計な世話焼きだな、と思った。これを恐らく、心の贅肉と言うのだろう。
「奴は何か言ってたかい? なんか、喋ってたんだろう」
「えぇと」思案を巡らせるようにしてから、「小間使いとか、あと静粛性の話とか。確か、やられる前には”そろそろ来る”とか言ってたような」
納得げに、手慰みに顎に手を当て首肯するフランシス・ドレイク。そんな姿をおっかなびっくりと伺うトウマの姿は濡鼠のようだ。ライネスはわざとらしく、咳払いした。これも心の贅肉。
「オデュッセウス自身が顔を出してきた理由を考えている最中、ってことさ。指揮官が前線に出るってのは、はっきり言って普通じゃないからな」
「マスターを倒しにに来たってことなんじゃないの? 敵の指揮官を倒すために後方に浸透してそれを叩く……って考えれば」
「それもそうなんだがね。にしても、それならアタランテに任せた方が良いんじゃないかって話。レンジャーとしてのスキルに優れるのはアーチャー、なわけだろ? それに重ねて言うなら、封鎖状態に置いたことも正直不明だ。無論攪乱と奇襲を考えれば適当だが、逆に私たちの目を徒に引く行為だろう。もしそういう戦術なら、迅速に敵を倒さなきゃ意味がない」
「……狙いは、マスター、じゃあない」
言って、ライネスは思考する。
何故、オデュッセウスはそうしたのか。
考えられることは一つ。その無線封鎖は、味方に対する秘匿だ。理由は現状を推測すれば、秘密裡にこちらに手を貸すメディアに対する牽制か。
要約すれば、メディアの造反を察しているオデュッセウスの独断での行為というところか。ならメディアを罰しないのはその上に居るイアソンへの遠慮か、はたまた別の何か、なのか。
微かに蟠る思惟。束の間思考を彷徨わせたライネスは、やはりその答えに行きつく。
何故、オデュッセウスはそうしたのか。そこにはもっと根が深く、かつ暗い何かが横たわっている気がする。
果たして、ドレイクは何を思っているのか。彼女もブランデー入りの紅茶……というより紅茶入りのブランデーが入ったカップを見下ろしていた。
ブランデーに移る自分の顔を、ドレイクは何を思って眺めているのか。無表情に近い顔立ちは、一見して読み取れない―――。
瞬間、ドレイクは顔を上げた。
「アンタは幸か不幸か遭遇した生餌ってところか」
「え? っと、確かにそんなことは、言ってたような」
「オデュッセウスは私が来るまで待ってた、ってこと?」
「それもそうなんだけどね。わざわざ活かしておく必然性が見えてこないんだよね、アンタのマスターをさ」
元から悪かった顔色をさらに青くしたトウマは、それでいて困惑の様相で周囲を見回した。
すん、と鼻息を吐く。話のテンポの速さについていけないながら、何か尋常でないことを悟ったというところだろうが、何にせよ事態そのものは理解していない様子だ。紅茶を出すリツカに頭を下げる様が何やらひ弱に見えるものだ。
また咳払いしたライネスは、「つまるところだ」と話を進めようとするドレイクとクロを制した。
「トウマ。そもそもオデュッセウスの行為の意図、最終的にはヘラクレスを倒し得る障害を取り除くことに行きつくわけだろ?」
難しい顔をしながら、トウマはとりあえず頷いて見せる。表情を確認しながら、ライネスは次の言葉を続けた。
「気になるのはオリオンが指定した隠れ場所を、オデュッセウスが見抜いた上で探りに来たことだ。言ってしまえば狩り人として生きたオリオンのレンジャーとしての見識から導き出した隠れ家というわけだが、逆に言えば隠れ家に最適な場所を探れば敵の位置のおおよそを探れるってことだろう? オデュッセウスの経歴と知性を考えれば、それを読んだ上でこちらのアーチャーの位置を探り出すことくらいはできると考えてもおかしくはないよな」
「それで、アーチャーを、クロを探りに来て」
「むしろ君に会った、だから使うことにした。そういうことじゃあないかな。具合を見るために」
蒼い顔のまま得心した素振りのトウマに、ライネスは頷いて見せた。
オデュッセウスの狙いはあくまでアーチャーだったのだ。だが、偶然“アーチャーなら身を隠すであろう場所”を中心に動いていたトウマを発見した―――というのが、恐らく事態のあらましなのだろう。
そしてその結論に辿り着くなり、もう一つの疑問が鎌首を擡げる。
オデュッセウスの狙いは、とりもなおさずアーチャーの無力化なのである。なら、マスターであるトウマを始末すればそれで全て完了していたはずである。無論、はぐれサーヴァントが多い特異点と呼ばれる場所において、トウマがクロのマスターである証拠は何もないけれど―――。どちらにせよ、敵マスターを殺さない事態は、少なからず異常である。
クロが間に合った? いや、そんな都合のいい話はない。立華藤丸など、魔術世界最上位の使い魔たるサーヴァントを前にして1秒生き残るだけでも至難の業だろう。つまるところ、オデュッセウスはトウマを殺すタイミングなど腐るほどあったのに殺さなかったのだ。まるで、本当にクロの実力を測ろうとしていたかのように。
だが何のために。排除し得る機会を捨ててまで性能を測る意義とはなんだろう。
例えば──そう、例えば。オデュッセウスはヘラクレスを殺すための戦力を、模索している?
──いや、それはおかしい。それだとオデュッセウスの行動に矛盾がある。それはない。もしそれがあるとするならば、メディアだけでなくオデュッセウスまでもがヘラクレスの打倒を考えていることになる。
つまる、ところ。
……?
思考が何か、絡まるようだ。ふう、と熱っぽい息を吐いたライネスは、とりあえず考えるのをやめることにした。思考を続けるには要素が何か足りていない。妄想を羽搏かせることと、合理的推論を辿ることは別なことだ。ふと頭に浮かんだ考えを振り払うと、「全然わからん」とさっぱり言い切った。
「オデュッセウスは何を見ているんだろうね。リツカ、わかるかい」
「ライネスちゃんがわからないことが、私にわかるわけないじゃないですか」
思案を一つ、口を尖らせたリツカは不満げに言う。そんなことはないと思うが、何にせよ彼女に考えはないということか。
「うーん困ったね。敵の狙い、聖杯でもないんでしょ?」
声を漏らしたのは、リツカだ。ライネスの隣に座った彼女はそう言うと、ついでに持ってきた新しいエナドリ缶のプルタブを開けた。
「え、そうなんですか?」
「あーそっか、トウマ君にはまだ言ってなかったっけ」
側頭部で一つ結びにした髪の一房をかき回し、リツカはそれとなくライネスを一瞥する。
「ほらこれ」
手のひらを宙に翳すと、それはすぐに現れた。
金色の杯。天幕の隙間から差し込む陽光を受けて、川底に沈む宝石のようにちらりと閃く黄金色。
「え、ちょ―――ってうわ!?」
ライネスは、ひょうい、とその杯を雑に放り投げた。
あわやとそれを手に取ったトウマは、まずもって目を白黒させてから、疑念のようにその場にいる全員を見回した。
「え、なにこれ。聖杯? え?」
「そう。聖杯、間違いなく聖杯だよそれは。聖杯だったもの」
言ったのは、ドレイクだった。断定的な口調とは裏腹に、表情は微妙に疑問符を浮かべている。さりとて聖杯の存在そのものへの懐疑はなく、それに付随する諸々の現象に対して得心がない──と言いたげに、紅茶入りのブランデーを口にした。
「いやーすげえ。協会も教会もぶったまげるよこれ」
「言い方」
トウマの手のひらの上にある金の杯を指で突っつくくリツカ。そう言えば、彼女は一時
「形を維持しているがそれだけ。内包していた魔力は既に消費されて枯渇してる。純粋な魔力だけの高次状態にあるよりも、三次元空間に物質として存在している方が安定していられるから、こうして聖杯という形を以てここにある、という状態のようだ」
他方、ライネスはきちんとブランデー入りの紅茶を口にしながら、その金の聖杯を注視していた。
聖杯。万能の願望機と呼ばれるそれだが、特異点の核となる聖杯はやや志向性が異なる。即ち、既存の世界を時空的に改変し、新たに法を敷くための無形の形。既存の時代を揺るがし新たなルールを敷衍し、文字通り特異点と化すための核こそは聖杯なのだ。
だが、仮に特異点を特異点にした上で、それでも機能し続けるのが聖杯と呼ばれる遺物の驚異的足る所以である。例えばオルレアン。記録上での認識だが、特異点を作成した上でファブニールほどの竜種を呼び出し、さらにはそれに匹敵する怪物を召喚するだけの魔力を肩代わりした。前回の特異点セプテムにおいても、人間であったはずのネロに降霊することで疑似的に軍神マルスの霊基を疑似的に再現したことは、ライネス自身も記憶として知ることだ。
畢竟、聖杯とはそういった産物なのだ。今次事件においては
「え、なんで敵はこれ狙ってるんですか?」
「さぁね、よくわからん。キルケーが敵から上手い事ちょろまかしたものなんだけどね、その時からこんな有り様なんだよ、コイツ。なのにあちらさん、この聖杯を求めてアタシらを追い回してるのさ」
「なんか、何が何だかわからないですね」
釈然としないまま、しげしげと聖杯を眺めるトウマ。言って見せたドレイクも、ただただ胡乱気に物質でしかない聖杯を見やっている。軍事的なあれこれを思考するのは得意だが、それ以外のことは気分で動く方が性に合っているようだ。
「わからないことだらけね。敵の狙いも、聖杯が何に使われたのかも、何故聖杯を追い回しているのかも」
「ただ、わかることはある。アタシらはカイニスを倒して、初めてアルゴー船のクソどもに一矢報いたってことさ。アンタら星見屋も居るし、あのみょうちきりんな踊り子みたいなのも仲間になってる。オリベエもいる。ヘラクレスもなんとかなる。つまり」
「攻勢に出るなら今が好機、ってことかしら」
「そういうこと。まぁ、予定通りってことさね」
おもむろに立ち上がるドレイク。ぐい、とカップのブランデーを一呑みにすると、いかにも物足りなそうに小洒落たカップを掌の上で弄んだ。
莞爾、と嫣然を浮かべるドレイク。考えつかれたと言わんばかりの表情は、なんだか彼女らしい、と思った。
「次の戦いに移る前に祝勝会って奴をしようじゃあないか。なんだか辛気臭い空気だけど、なんだかんだアタシら初めてアイツらにまともに勝ったわけだしね」
※
「あぁすまない、メディア。もう、問題はない」
神殿広間。
いつもの落ち着いた──というよりは陰鬱ですらある声のオデュッセウスに、メディアは気が滅入るように、小さく頭を下げた。
あの戦いから実に3日。重傷を通り越して重体のオデュッセウスの治療が早々と終わったのは、メディアの技量の賜物だろう。魔術の基本骨子とは、即ち身体という内なる自然へと沈思することでもあるのだから。始原において、治癒と魔術は一体のもの……というより、それを別なものと区別するのは、近現代の認識でしかない。哲学と数学が本来同じものであるのと、同じように。
「すみません、私ではアイギスまでは直せず」
「いや構わん。別に機能が低下しているわけではない」
今度は謝罪の一礼。深く頭を下げるに合わせ、後頭部で一つ結びにした黒髪が遅れてしゃなりと垂れる。ゼウスよりアテナに授けられたアイギスを完全な形で修復するのは、たとえメディアでも難しい。時間があればそれも叶うだろうけれど、今はその余裕はない。
──元を考えれば、そのアイギスをここまで破損させるほどの戦闘を行ったことが異常である。戦闘にはあまり長じないメディアでも、指揮官が前線にでて、あまつさえ死ぬ寸前まで追い込まれるような状況が正しいとは思えない。
二流、三流の指揮官ならそういうこともあるだろう。だが、オデュッセウスは決して低能ではないのだ。それこそ、古代ギリシャに名高い名軍師。それこそが、オデュッセウスという英霊ではなかったか。サーヴァントとしての召喚体は、過去の英霊からすれば本来の姿のデッドコピーに過ぎない。つまり、オデュッセウスの知性に翳りがある、ということだ……。
と、断じるのは容易い。あるいは、そう判断してしまうほうが自然なのかもしれない。だが、メディアはそう判断しない。というより、そこで結論を導くことが、単純な拙速ではないかと思われてしかたない。
忘れてはいけない。彼はオデュッセウスなのだ。古代ギリシャに名高い英雄であり、艱難辛苦を乗り越えた正しく“踏破”の英雄。この愚考にも似た結末が、その上でオデュッセウスの戦術、ひいては戦略的判断において最も合理的な帰結を産むという試算があったからこそ行った、と考えるべきだ。そしてその判断が何を持つのか、メディアにはわからない。わからないが、結果を見ればヘラクレスを守り抜き、この特異点を維持することこそはオデュッセウスの主眼だろう。あの日見た、見果てぬ黄金の日々を守るために。
逆に言えば──そしてこのオデュッセウスの襤褸雑巾ぶりを見れば、推測の蓋然性は遥かに高まるというわけだ。敵が、ヘラクレスを殺し得るだけの可能性が、である。アテナの守護の象徴ともいうべきアイギスをここまで破壊するとなると、相応の宝具の持ち主に違いない。オデュッセウスは敵の海賊にやられたの一点張りだが、たかが海賊風情がアイギスを破壊できるとも思えない。十中八九、あの紅いアーチャーの仕業だろう。
しかし、残念だな、と思う。折角ならこの目でアーチャーの性能を見たかったというのに、肝心かなめの時になんらかの魔術で妨害されて観測できなかった。結界の作用か何かは不明だが、己の力量を以てしてすぐに解除できないものとなると、その術者の想定は容易い。
「ではすまないが、お言葉に甘えて休ませてもらうことにしよう」
「はい、お休みください。魔術での回復は、あくまで傷の治癒にすぎませんから」
こくり、仮面が無言で頷く。誠実な男であることはアルゴー船の頃から変わらないし、その意味で信頼のおける人物に違いない。
その信頼性が、今は仇。その強さと怜悧さこそが、今だけは難敵なのだ。
オデュッセウスに悟られるわけにはいかない。あれに悟られれば、その時こそは負けなのだ。オデュッセウスはヘラクレス殺しを赦しはしないだろう。メディアの力では、アイギスを装備するオデュッセウスを倒せない。オデュッセウスを殺し得るのは、この世界には一人しか居はしまい。だが、あれは幻霊でしかない。呼び出すならば、特殊なプロセスが必要で、今はそれに忙しい……。
「次はここが戦場になるだろう。メディア、如何に君が熟達した魔女と言えど、サーヴァント同士の戦いとなれば油断はできなん。表には姿を現さず、サポートに徹してくれ」
身を翻すオデュッセウス。感情の色がない声は、やはり機械的というよりは鉱質的。地下でゆっくり冷え固まった花崗岩のような、取り付く島の無い雰囲気。昔はもっと、華やかな男だったと思う。いや、華やかではなかったか。硬質でもあったが、玄武岩のような、朴訥で、それでいて熱を帯びるような佇まい。イアソンとは異なるが、その実直が人を惹きつけるような人だった。
「はい、私は皆さまをお守り致します」
メディアは深々と頭を下げた。オデュッセウスという人間への違和感はあるが、言っていることの意味はわかる。聖杯戦争において、キャスターは基本的に弱いクラスだ。だが、アレに端を発する人理焼失に続く一連の出来事とそれに伴い発生した特異点での戦いは、聖杯戦争というよりもフォーマットは聖杯大戦に近しい。自ら戦う必要なく、また支援が大きな意味を持つこの形式においては、キャスターは大きな意味を持つ。
事実、とでも言おうか。海賊たちが当初アルゴノーツと互角以上に戦えていたのは、この特異点発生当時に召喚されたキルケーが遺した支援があったからこそで、
「お気を付けください、オデュッセウス様」
その時。
不意に、メディアに電流が走る。
悪魔的天啓。いや、悪魔的な誘いか。オデュッセウスの背が網膜に焼き付き、メディアは思わず口角を歪ませた。
あぁなるほど、そういうことか。ならつじつまは全て合う。
ならばどうするか、答えは簡単だ。オデュッセウスの影に怯える必要などないのだ。
メディアは背後を振り仰いだ。
巨大な、扉。その扉の向こうを幻視して、メディアは、老女のように口角を捻じれさせ、
「メディア様?」
「ヘア!?」
不意に肩を叩いた声に、メディアは珍妙な悲鳴を上げた。
「あ、ごめんなさい。考え事ですか」
「い、いえ。いえ、考え事はしていましたが大丈夫です」
心拍数が凄まじく跳ね上がっている。はらはらと息を吐ぎながら、メディアはいつの間にやら広間に入ってきたポルクスに努めて笑顔を向けた。
「すみません、いつものお話とでも思ったのですが。早かったでしょうか」
「あ、そうでしたね」
メディアはそれとなく思惟する。
そう言えば、この後ポルクスといつも通りの、とりとめのない話をする予定だった。そうだそうだ、と思い返して、メディアは犬鬼灯のような白い頬をぱっと赤面させた。
「忘れてましたね、メディア様」
「ごめんなさい」
くすり、とポルクスが悪戯っぽく笑みを浮かべる。ますます赤面を深くしたメディアは、ただただ俯くばかりだ。
「私、どうしても肝心なところで手抜かりをしてしまいます」
「恥ずかしがる姿も可愛らしいですよ、メディア様。そうだ、アタランテも誘いましょうか。私サンドイッチを作ったんですよ」
「砂と魔女?」
「パンでハムとかお野菜を挟む食べ物です。人間が考えた食べ物だそうですよ。人間の真似事ですが、それなりのものはできましたから、どうかなと思いまして」
「まぁ」
にこにこと頬を緩ませるポルクス。グズマニアの花弁のように華やぐまろやかな頬色からして、多分、本当に食べさせたい相手はメディアでもなければアタランテでもないのだろう。
「どうせならピクニックでもしましょうか。珍しく天気もいいです、アタランテも外の方が好ましいでしょう。あの件があってから、どうにも気持ちが沈んでいるようですから」
「そうなのですか?」
「あ、はい。メレアグロスを討った時から」
「海賊に寝返ったランサー、でしたっけ?」
「そうですね。私も詳しくは知りませんが」
メレアグロス。カリュドーン狩りで名を馳せた英霊の1人。英雄たちが集うカリュドーンの猪狩りにおいて、アルテミスが放った神罰の獣を最終的に討ち果たした張本人であり、またその後獣の残骸を巡る醜い争いを生み出した張本人でも、ある。間違いなく、アタランテには因縁のある相手だ。
意外と言えば意外。獣の論理で動く彼女が、痴情のようなものに揺らぐとは。いや、まあ普通に子供がいるのだからそういうこともあるだろうか。
「メディア様、どうかされましたか? 楽しそうな顔をされていましたが」
「いえ、なんでもありません。なんでもありませんよ、ポルクス」
きょとん、とするポルクス。それも一瞬で、いつも通り華やかな笑みを浮かべたポルクスは、ちょこちょこと駆けだし
とりあえず7日までは毎日投稿予定でございます