fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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諦観

 「んがっ。あいたァ!?」

 椅子がすっ飛ぶ激しい音に、人間が落着する重く鈍い音。ついで尾てい骨が悲鳴を上げる疼痛に顔を歪めたロマニ・アーキマンは、一瞬その場をきょろきょろした。

 管制室、所長席に相違ない。正確には席から転げ落ちた席の下、というべきだろうか。なんでこんなところにいるんだっけ、と一瞬、というより十瞬は思考するくらいには頭が鈍っていた。

 思考を続ける間、絶えずあくびに邪魔されながらも、ロマニはさらに十瞬ほどをかけてようやく現状を理解した。

 思い返せば記録上、ロマニの精神活動が停止したのは80時間前に遡る。戦闘に突入した4人をモニターしながらライネスと連絡を取り合い、戦闘終了し、トウマの応急手当が終わったあたりで気絶した気がする。疲労と心労、その他もろもろがピークになって気絶したのだろう、とぼんやり想起してから、ロマニは慌てて立ち上がった。

 「と、ととととトウマ君は!?」

 「あー大丈夫みたいっすよ」

 オペレーターの1人がちらとこちらを振り向く。そこそこ太めで金のサラサラヘアがトレードマークの男は、呑気そうに言った。

 「ライネスちゃんからの報告書、あげときましたので」

 もう一人、黒い肌の女性オペレーターが言う。目鼻立ちのくっきりした、利発そう……というか利発そのものといった女性だ。あ、そう、と曖昧な相槌を打ったロマニは、ごりごりと後頭部をかきむしった。

 そりゃそうだ、悪い知らせがあるならこんな放置していない。状況が好転、あるいは好転と行かずとも安定しているなら、わざわざ疲労で寝ている所長代理を起こす必要はない、ということだ。

 それにしても80時間とは。腕に巻いたスマートウォッチで日付を確認したロマニは、とりあえず後ろにすっ飛んだままの椅子を起こして座ると、目元を擦りながらモニターをチェックする。

 電源スイッチを押し込み、10桁ほどの暗号キーと網膜認証でセキュリティロックを解除する。デスクトップに表示されたファイルをクリックして、ロマニはデータを開いた。

 現地にいるライネスからの中途報告書だ。リアルタイムでのやり取りができない故に、今はこの定時連絡がカルデアとしては何よりの情報源だ。

 時系列的な事件推移を頭の中でイメージし、とりあえず状況を把握する。ぽかんと夢想すること1分ほど、特にこちらからコメントすべきことはないと了解し、ロマニは読了のサインを送信する。

 久々の起床。オルレアンの頃は有り得ないレベルの長時間睡眠である。ライネスが現地の指揮の概ねを賄ってくれるようになって、逐次現地のモニターをしなくてよくなったのはかなりの労力負担の軽減になったと言えるだろう。無論存在証明は継続しているけれど、それは根本的にロマニがしなくても良い業務だ。

 つまるところ、ロマニは必須且つ煩雑且つ長い時間を必要とする仕事から解放され、ロマニ・アーキマンとしてやらなければならない業務に時間を割くことにしていた。つまるところ、“所長代理”としての業務である。

 需品科からの整髪料や食糧、衣類の消耗ペースの上伸や入浴スケジュールの策定に始まり、補給科からの銃器類の整備や呪術品のストックについての意見具申、施設内設備の故障個所の報告、果ては部下からのカウンセリングの予約など。これでも意思決定の多くをスタッフに渡している分、やはり業務的には楽にはなっているのだが、それでも忙しいものは忙しい。

 現状、暇を見てやっているのは施設内の死亡者リストの作成という、全く以て気が進まず、かといって放置もできない仕事を行っていた。業務内容的には実はさほどではない内容ではあるのだが、その重さを考えれば、現行の最高責任者が行うべきものだとロマニは思っている。それが一応、責任というものの一つだろう。

 目を閉じれば浮かぶスタッフの顔ぶれ…ん…というほどに、実はロマニはスタッフと懇意ではない。もちろん医療スタッフとしてある程度の人員とは顔見知りだけれど、顔と名前が完全に一致するのは一握りだ。

 だから、ロマニはリストを整理しながら、データベースと照合して、提出された個人情報を確認する作業を行っていた。

 「えぇと……日本の人か。リツカちゃんトウマ君と同じ出身なのか」

 デスクトップ上でリストを更新しながら、タブレットを眺める。本当は無暗にプライバシーに踏み込むべきではないので、ひっそりとやっている。一応公務員なので、コンプライアンス違反にはシビアであるべきではあるのだ。一応、一応。

 ともあれ、こうしてロマニは折を見てこんな作業をしている。

 この作業を始めて思うことと言えば、ダイバーシティという言葉の現実感、とでも言おうか。古い考えの人間なだけあって、そんな現代的で、ともすれば当然な言葉がとても新鮮に思われる。

 そもそも、フィニス・カルデアは国連の下部組織だ。毎年行われる監査ではちゃんと国連の人間が来るし、しかも法政科と教会からも監査を受けている。アニムスフィアが管理しているとはいえ、やりたい放題な運営はできるはずもない。時計塔で繰り広げられる、政治と言う名のエゴイスティックな陰謀とは別種の政治性がここでは要求されるのだ。

 そんな国連組織なだけあって色々な人種の人間が集まっているし、その経歴も色々であることに驚かされる。派閥的には貴族主義だが、蒐集する人財に関しては能力至上主義的で、民主主義的だ。時計塔の派閥争いの都合貴族主義に居た、とでも言わんばかりの振舞であろうが、ロマニにはあまり実感のないところである。

 「セラフィックスに居た──えぇと、キアラさんだっけ。あの人こっちにいてくれたらナァ……あぁあの時の献血の奴か。そもそもマリスビリー、予算感がガバすぎるよ。一般公募なんて無駄遣いじゃないのかなぁこれ。予算とか考えてよ」

 例えば今管制官を務めている、あの黒人の男なんかはその一例だろう。何せ彼、魔術は一切の素人であるという。アトラス院から出た魔術師を祖とするようだが、既に家系は途絶えて久しい。魔術と呼ばれるものの知識だけは有しているが既に過去のものと見切りをつけ、新天地のアメリカに居を変えた、そんな非才な魔術師の家系の末裔というわけだ。そんな彼もアメリカで永住権を得るためにアメリカ空軍でグラウラーのコパイを経験した後、その並列思考能力の高さを買われてアニムスフィアからスカウトされたという。結構アグレッシブだ。

 そんな人物も居れば、例えば既に死亡したキリシュタリア・ヴォーダイムのような堂々たる魔術師もいたり、スカンジナビア・ペペロンチーノのような無頼者も大手を振って闊歩する。酷く歪で、それでいてそうでなければ運用されない組織。窮屈さと自由さがごちゃまぜになった。それが、人理保障機関フィニス・カルデアという組織なのだろう。

 「あーいやでも凄いなこの適正値。所長が見たら泣くんじゃないかなぁ」

 頬を緩める。笑みとも笑いともつかない困ったような表情をしながら、ロマニはタブレット端末のスクリーンを指でスライドさせた。

 「えーとあれ。名前間違ってるなーっと。リツカちゃんと同じ名前……」

 「おやロマン、起きてたか」

 びく、と身体を起こしたロマニは、頭上から降ってきた声に静々と振り向いた。

 これまで幾度となく聞いてきた声だ。振り向けば当然予想通りの顔が、にやにやをこちらに向けていた。

 「なんだい、またコンプライアンスを苛める仕事かい?」

 「所長権限。権限は濫用するためにあるんだろう?」

 「賢王とは思えないものいいだね?」

 思わず口を閉ざす。わざとらしく肩を竦めるレオナルド・ダ・ヴィンチをむー、と睨みつけながら、「冗談も言うさ」と癖のあるモルモットの体毛みたいな赤毛をかきあげた。

 「ぞっとするよ。これでライネスちゃんが居なくて、ずーっと現場で張り付いてたらと思うとさ」

 「そういうことも、あるかもだよなぁ。そしたら私も、オルテナウスを弄る余裕なんて無さそうだし」

 レオナルドはそう言うと、ふわあ、とあくびをした。維持するサーヴァントが増えた都合もあり、彼女? も近頃は定期的に睡眠を摂るようにしているのだとか。本来不要の“眠気”も、意図的に付与しているものらしい。流石はキャスター、というところだろうか。変な話だけれど。

 「最悪、リツカちゃんとマシュの2人でやらなきゃいけない可能性だってあったわけだ。まぁリツカちゃんならなんとかしそうだけど、ちょーっと考えたくないよなぁ。私たちの労力に限って言っても」

 「休みとかなさそう」

 「ないだろうねぇ」

 互いに浮かべる苦笑い。マスター1人と決して強力とは言えないサーヴァント1人、2人だけでこの長い旅をするなんて、いくらなんでも最悪の状況過ぎる。有り得ただろう、しかし回避し得た仮定に肝を冷やしたロマニとレオナルドは、しみじみと現状のありがたみを咀嚼する。

 その意味で、3人が居て本当に良かったと思う。ライネスがいるからロマニは比較的楽ができるし、クロがいる分だけ戦術の構築はハードルが低い。トウマはなんだかんだマシュと同い年で、一番フラットに喋れる関係性を、なんとなく構築しているようだった。どうしても、マシュはリツカに対しては、()()()()()()()という印象が強いらしい。マスターとしてはまだ頼りないけれど、それでも将来性は強く感じる。

 人理が不安定で、世界そのものが喪失するという危機的状況。そんな中で、ある程度の社会を構築し、緩慢ながらも前に進めているのは、とてもいい状況だと思う。現地に薬漬けにして洗脳した子供を向かわせざるを得ないというとても正気ではない状況から、目を逸らすわけではないけれど。

 せめて、少年少女たちが帰ってこられる場所はちゃんと守ってやりたいよなぁ、と思うものだ。

 「父親がカスな君が言うと、説得力があるね」

 「責任の話。やめてよね、父親の話は」

 ごめんごめん、と平謝りするレオナルド。ボサボサの髪のまま「それで?」と口にしたロマニは、堂々とコンプライアンスを蹂躙し始めた。

 「君自身の決意はどうなってるんですか」

 生真面目を装うロマニの声は、事実からかい抜きの真摯な問いだった。わざとらしい硬さで幾分か和らげているところがロマニ・アーキマンという人間の優しさであり、優柔不断さの表れだったろう。

 レオナルドは、そのどちらの意もしっかり理解している。それが故に顔を顰めつつも、彼女はいつものような強気に揶揄しかえすこともできず、ただ苦笑以上苦痛未満のような曖昧な形相(Form)を作るしかなかった。

 「あの子の意思は固いよ」

 「了解。それが君の意思ってわけだ」

 「マルティン・ハイデガーのことを信じるわけではないけれど、世界とは黒い森の中に差し込んだ陽の光ってのは合ってると思うんでね」

 さっぱりとした口調で、レオナルドは煮え切らないことを言う。彼女らしからぬ言動も愉快ではあるが、実際のことを思うとロマニもちょっと、気が沈む。

 所長代理──というより、意思決定者の仕事は、一重に責任を取ることなのだ。部下に死ねという指示を出したり、人を殺せという指示を出したり、死に物狂いで帰ってこいという指示を出したり、そのどれも、現場でない場所から発する。そうして起きた出来事の結果全てを負ったり負わされたりするのが、状況を管理する人間の何よりの仕事なのだ。決して現場の労苦に劣らない仕事なのだ。

 つまるところ、レオナルドに苦杯を飲ませる指示を出したのは、ほかならぬ自分なのだとロマニはちゃんと自覚していた。たとえ彼女から、あるいはあの子から率先して発せられた提案であったとしても。最終的な判断を下したのは、人理保障機関フィニス・カルデアの現所長代理たるロマニ・アーキマンなのだ。

 「ま、そんなこったろうと思ったけどね。チキンの癖に人を揶揄おうとするなんて、3000年は早いんだよ」

 「むぅ」

 そんなロマニの内面性をよく理解しているので、レオナルドは一転して皮肉っぽく笑って見せる。手近な空席に酷くおっさん臭く座り込むと、彼女は「大体使い方はわかったよ」と続けた。

 「あー例のカード? 置換魔術だっけ?」

 「まぁ言い方悪いけど、お手軽デミ・サーヴァント製造機って奴だよ。英霊の座にアクセスして、英霊の力だけを生身の人間に置換する。言葉にすれば簡単なようだけど、これとんでもねえ魔術だよ。ある意味、魔法っちゃ魔法」

 言って、レオナルドは捨てるように何かを放り投げる。ぺち、とデスクの上に乗ったそれは、カードのようだった。

 しかも複数枚。剣士やら魔術師やら。実に7種の絵柄が描かれた、およそ20枚ほどのカードの束だった。

 「なにこれ?」

 「作った」

 「いや作ったって……本気で?」

 「本気さ。概念(メカニズム)はわかってるんだぜ? 解析からの実用化。これでも技術部門の責任者ですので」

 なんでもないことのように……というよりは結構残念そうな物言いだ。あんぐりと口を開けるロマニを後目に、レオナルドは束から1枚、剣士のカードを取る。

 「えーとなんだったかな。そうだ、『夢幻召喚(インストール)』」

 呪文のように一節を唱える。妙に現代的な言葉は酷く空虚に響いただけで、何も起きる気配はなかった。うんともすんとも言わない。

 「何も起きないじゃないか」

 「そう、起きないんだ。ちゃんと作っても9割は機能しない」

 やれやれ、と言うように肩を竦めると、レオナルドはカードを投げ捨てた。

 「ただ、残り1割はある程度機能する」

 「マジで?」

 「ただ“ある程度”だけどね」

 今一度、束からカードを抜き取る。難しい顔で眺めた後、レオナルドは1枚を抜き取った。

 カードの模様は、獣の皮を被った戦士。狂戦士のカードだ。

 「『夢幻召喚(インストール)』」

 再度の詠唱。詠唱というにはあまりに短い単語が広がった瞬間、ひらりと閃く。一瞬目を瞑ったロマニが次に見たのは、何やら不定の形状をした、黒いエーテルの塊だった。

 不定ながら、ともすれば斧に見えるだろうか。だが忽ちに形状が崩壊するや、黒い塊が泡立ち始める。

 弾ける、と思った次の瞬間、黒い塊は露のように霧散していった。

 「座に繋がって、そこに在る英霊と呼ばれる高次元のものを形成する力そのものだけを抽出することはできる。それに“クラス”っていう志向性を与えてやれば、まぁ使えなくはない。かなり高度な情報解釈システムが必要だけど」

 「いや凄いじゃないか! 確かにクロちゃんから聞いてたのとは大分違うけど」

 「でも、これで本当に彼女が必要になっちゃったってわけ」

 彼女は、普段通りに言う。痛ましいほどの平静さに、ロマニは何を言って良いのかすらわからなかった。わからなかったが、それでもなんとか、感謝の意を小さな声で発するしかできなかった。

 よしてくれよ、とレオナルドは口にした。それ以上は交わすべき言葉がわからず、ただただ途方に暮れた苦笑を互いに披歴した。

 大人2人、自らの品位の無さを自覚した。

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