fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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散開星

 「妹よ、どこにいる?」

 日差しは空の上、直上。刺すような日差しを厭わし気に振り仰ぐ。こんなに日が照っているというのに、深い森には陽の光が届き切らない。要害としてはこれでいいのかもしれないが、こんな時には不便を感じる。不便の対価に得るものと飲み込むほか、ないのだが。

 「むう、こう魔獣が多くては」

 時折、のっしのっしと顔を出す魔獣──下級の合成魔獣、という意味でのキメラに捕捉されまいと木陰に隠れてやり過ごしては、カストロはやれやれと嘆息を吐く。

 無論、英霊の中でも有数の実力を持つカストロにとってみれば、神獣でないキメラなど物の数ではない。物の数ではないが、魔獣たちはあくまで味方だ。人間とは、決して相容れない系統樹。幻想が形となったもの。

の、はずなのだが。

 「何を考えて居るのやら」

 独り、言ちる。

 わしゃわしゃ、と宝石のように煌めく星金の髪をかきまわし、カストロは、ほんのわずかな不安のような情動を、小さく漏らす。

 カストロにとって、ポルクスの最近の動きはあまり、手放しに喜べない。なにやら未来の料理などを作っては楽しんでいるようだが、何故そんなことをする必要があるのか、カストロには理解できない。ポルクスがカストロに理解できないことをしているのが、一番、理解できない。理解不能の連鎖。カストロは募る不快な心情に、ただただ、舌打ちしたくなる。

 それもこれも、人間などという下等種のせいなのだ。人間の信仰とやらが、本来不変であるはずの永遠の存在である神霊を脅かすという、奇怪な事実。そのせいで、古において神霊であるはずのディオスクロイは、片方やただの人に貶められ、自分自身の半身ともいうべき妹すらも、半神へと堕落させられた。

 昔は違った。互いは互いを認識し、同じ生き物のように意思疎通ができていた。何を考えて居るかは手に取るようにわかる、緊密さ。それが、昔はあったのだ。

 「人理など、滅べばいいのだ!」

 苛立つままに、カストロは吐き出してしまった。鼻を鳴らす勢いは強く、カストロは行き場のない怒気のまま、地団駄を踏んでしまった。

 無論、ただの地団駄ではない。サーヴァントのそれである。当然地面は抉れて土煙を舞い上げて、吹き上がった土砂を諸に浴びたカストロは、なおのこと憤懣やるかたない表情になった。

 とは言え、流石にもう一度地面を踏み鳴らす愚はおかさない。というより、怒りの赴くまま力を振るえば、また似たようなしっぺ返しがくるだろう、という学習により、カストロはむくれるように地面に腰を下ろした。

 ちょうどあったオリーブの木に身体を預け、ただただ忌まわしい表情で悶々とする。魔獣たちや歩哨として歩き回る竜牙兵は、触らぬ神に祟りなしとばかりに、遠巻きにその姿を眺めるばかりだった。

 「む」

 だがそんなカストロに構わずに、近寄る影が一頭。苛立たし気に顔を上げたカストロの目に飛び込んできたのは、三つ首の黒黒した大型犬だった。

 ケルベロス。テュホーンとエキドナの仔にして、冥界の門番を務める神獣。諸々の都合でダウンジングこそされているものの、その精強さは常軌を逸している。サーヴァント1騎でどうこうなる相手ではない。

 とは言え、何もケルベロスはカストロを見縊って近づいてきたわけではない。嗅ぎなれた匂いにつられてきてみれば、思っていたのと異なる人物が居た、という状況だ。もちろん嗅ぎなれた人物とはポルクスのことである。

 カストロを見るなり、ケルベロスは眠っている頭以外、如何にも「ウワッ」と言いたげな顔をした。失望まじりの胡乱な目でカストロを眺めること数瞬、やれやれ、というように、ケルベロスは身を翻した。

 「おい待て」

 「?」

 勢い立ち上がるカストロに、ケルベロスの二つ頭はうんざりしたように振り返る。神獣なだけあって分別は弁えているが、やはり、ケルベロスは人理を系統樹とする霊長になど興味はない、と言いたげだ。

 「妹の食事を一番食ってるのは貴様だな」

 そうだが、と言うように、首の一つが軽蔑の視線を向けてくる。甘いものが好きなだけあって、特にポルクスにまとわりついているのがこのケルベロスだ。

 「旨いか」

 そりゃあもちろん、と言うように、もう一つの首が深く頷く。

 「当然だ。俺の妹の料理が不味いわけがない」

 なんだかラノベのタイトルのようなセリフを吐くカストロ。自信満々に胸を張るカストロに、目が覚めている首二つは再度、うんざりしたように顔を見合わせる。

 「だがわからんのだ。何故ポルクスはそんなことをしているのだ」

 「知らんがな」と、恐らく二つ首は言いたかっただろう。だが、それよりも目の前で真剣に嘯くカストロの様子に、なんとなくケルベロスは圧倒されていた。

 「お、俺には何もないのだぞ」微かに吃るカストロ。「何故だ。俺が一番ポルクスを想っているはずではないか。それとも貴様ら犬畜生の方が良いとでも言うのか! 俺だってポルクスの作るごはんが食べたいぞっ」

 ──この時点で、カストロは大分冷静さを欠いていると言わざるを得ないだろう。確かに外見こそ犬だが、ケルベロスは神獣である。幻想種の頂点たる聖獸には及ばねど、それでも神霊にも手が届く。それがケルベロスをはじめとした、エキドナの仔なのだ。当然犬畜生などではない。むしろ人間の方が、彼らからすれば余程鬼畜外道の畜生である。

 普段のカストロであればその程度の分別は当然弁えているのだが、何分彼の精神状態は、色々と過剰だった。理性と良識が居眠りしている、とは言えないが、ややその働きは鈍っているのは間違いない。ケルベロスもそんなカストロの状態を承知しているので、分不相応な罵倒に目くじらを立てるようなことはしなかった。ただ、「うっせえわ」と言いたげに睨んだだけである。

 「兄様?」

 そして、そんな精神状態なのである。背後から顔を覗かせたポルクスを、カストロは今の今まで気がつかなかった。

 「むぉあ!?──ポルクスか」

 「あ、はい。そうですけど」

 ビックリしたように目を丸くしたポルクスは、汚い高音を挙げたカストロを不思議そうに見つめた。決まり悪そうに、「居るなら居ると言え」となんとも間抜けなことを言った。

 ポルクスの表情に、一瞬だけ過る奇妙な猜疑。とは言えそこに、剣呑はない。穏やかで受容的なその疑義の視線を、カストロは感知しなかった。

 「珍しいですね、こちらにいらっしゃるのは」

 「お前やアタランテと違って、俺はここの奴らには好かれていないからな」

 カストロは、自分の発言に妙な棘があることを、妙にはっきりと自覚した。そんな物言いをするつもりはないはずなのに、という困惑が相乗し、カストロは自分でもよくわからない不機嫌さを蟠らせた。

 だが、最も困惑しているのはポルクスであった。予想外のカストロの物言いにたじろぎながらも、ポルクスは、やんわりと兄の言葉をここでも受容した。

 「また餌付けか? ご苦労なことだ」

 カストロは酷く侮蔑的に、ケルベロスを見下ろしてしまった。妙なイライラが、どうにも止まない。戸惑うように佇むポルクスが、何故か不気味に見える。

 「あの、兄様」

 ポルクスは、か細い声を、ようやっと絞り出した。緊張で雁字搦めにされながらも、それでも手探るような声。

 だが、それでも閊えること十瞬にも及ぶ。やっとのことで兄を見上げたポルクスは、恐る恐る、手に持っていたものを差し出した。

 「兄様も、食べますか」

 小さな手に収まるのは、小さな函だった。金属製の函は、近現代で言うならソロキャン用の飯盒のようだろうか。可憐な少女の手に収まるものとしてはやや無骨であろう。だが、闊達な青年が持つには、相応しいものに見える。

 「要らん。人間の食い物など何故食わねばならん。そもそもサーヴァントに食事など不要だ」

 即答、してしまった。言ってしまってからカストロは、蒼褪めた。

 わからない、わからない。何故ポルクスはこんなことをしてるのか、何故こんな返答をしてしまったのか。その答えは、あまりにもシンプルに、目の前に転がっている。だがその答えを咀嚼できる、はずがない。

 「そうですか」ポルクスは、努めて明るい表情を作った。

 続く言葉を紡ぐように、ポルクスの口唇が痙攣する。聞きたくない、と思った。ただただ不快を募らせるしかできなかったカストロは、その言葉を聞く前に、逃げるように身を翻した。

 「ほどほどにしろ、ポルクス。人間ごっこなど我ら、し、神霊には不要だ」

 

 ※

 

 ポルクスは、その背をただ見送ることしかできなかった。

 どれほど、放心していただろう。兄の姿は当の昔に消え、さっきまであれほど赤々としていた空が、今は薄暗い。

 どうして、兄はそんなことをするのか、ポルクスにはよくわからなかった。わからないが、とりあえず、兄は自分の行為を拒絶した。その事実だけが、今は明瞭だった。

 ほろほろと、視界の輪郭がぼやける。目元から落ちる雫に地面を濡らして、ポルクスは慌てて目元を拭った。

 「ごめんね、変な所見せちゃって」

 ポルクスは表情を明るくしながら、しゃがみ込む。ケルベロスの首に手を伸ばしかけて、ポルクスはただただ溢れるものに耐えられなかった。

 静かに滲むような横溢。気遣うように頬を舐めるケルベロスのざらざらした舌触りもただただやるせなく、ポルクスはぽろぽろ落ちる涙があふれるたびに手で拭っていた。

 「こんな想いをしなくちゃいけないなんて、なんて不出来な生き物なの」

 ポルクスはただ、その現実の前に立ち竦むしかできなかった。

 人間。神の下等種。そう、カストロはいつも言う。確かにそうかもしれない。誰かと繋がりたいというそんな単純な情動を叶えるだけで、こんなにも傷つかなければならないなんて。なんて不便で、不出来な生き物なのだろう。

 だが、ポルクスは、そんな人間のことを嫌悪できない。たとえディオスクロイを純粋な神霊でないものにしてしまったのが人間の想念だとしても、それでも、ポルクスは構わなかった。

 だって、当然だ。神霊であることを辞めたディオスクロイは、カストロは、何に為ったのだろうか。何に、変わったのだろうか。

 「ねえケルベロス、また作ってくるわ。兄様が食べてくれる時、ちゃんと美味しいものを食べてもらいたいもの」

 むにむにとケルベロスの顔をもみくちゃしながら、ポルクスは、精いっぱいの笑みを作る。

 「兄様には言わないでね。門番なのですから、貴方は」

 ふるふると2つ首が頭を上下させる。眠りこけたのこり1つ首も、夢見心地の癖に首を下に振った。

 ポルクスは、おぼつかなく立ち上がる。目元は赤く腫れたまま、ポルクスは空を振り仰ぐ。

 樹々の隙間から覗く、薄く広がる灰色の雲。仄暗い陽の光に目を細めながら、ポルクスは、果敢無げに、表情を綻ばせた。

 頬に、何か冷たい水滴が当たった。雨、だ。

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