fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
唸る黒剣、走る閃光。黒々した魔力を纏った剣は飛来した炎を叩き切る。驚愕に歪むキャスターの顔めがけ、気勢のままに剣を打ち下ろす。
示し合わせたように、間に割って入る盾の少女。十字の形をとる、巨大な盾のような宝具は、先ほど何度も剣戟を跳ねのけたものだ。
此度も剣を跳ねのけようと屹立する、厳めしい盾。だが、セイバー・オルタは躊躇も倦みも無く、純黒の刃を盾めがけて聖剣を叩きつけた。
さながら、巨神が振るった玄翁のようだった。直撃の瞬間、悲鳴を上げた盾の少女は、衝撃の威力だけで毬のように吹き飛ばされていった。
なんとか地面に着地した彼女が、瞠目とともにセイバー・オルタを見やる。ふん、と鼻を鳴らすと、じろりとキャスターを睨みつけた。
「アーチャーが居なくなって余裕になったってか?」
「下手な大ぶりを撃ち込めば、忽ち射殺されるのは自明だったのでな。賢しい猟兵さえ居なければ、やりようはいくらでもあるということだ―――!」
魔力を放出する。さながらロケットモーターを点火するが如く、土煙を巻き上げる黒い弾頭が猪突した。
―――反転したセイバーは、決して運動性能が高くない。敏捷性は、ただのD。それこそ、マシュと同程度。キャスタークラスで召喚されたクー・フーリンにも劣る。特に、アーチャー……クロの射撃は、回避することはほぼ不可能であった。直感をもって、ようやく弾くことができる、という現状。魔力放出で無理やりかっ飛んだところで、アーチャーが難敵であることは変わりない。いくら速度があっても、直線的な動作に過ぎなければ、アーチャーにとってはただの的でしかないのだ。
故に、3騎相手の際は防戦に徹した。下手に動くより、防がなければならない攻撃だけを防ぎ、都度打撃を与えたほうが合理的だから。
だが、戦況は変わった。最も厄介だったアーチャーが抜けたことで、攻勢に乗り出すことが可能になった。そうなれば、あとは、黒き騎士王の独壇場だった。
鎧に回していた魔力を変換、打撃力と速度へと回す。圧倒的な速度で以て、盾の少女との相対距離を零にした。
キャスターすら知覚するので精一杯だった。無論、盾の少女の反応速度では、決してセイバーの斬撃に対応できなかっただろう。
だが、彼女は盾を構えた。ほとんど無自覚のように、盾を構えた。
恐らく、彼女の力ではない。彼女の力の源泉が、聖剣に反応して見せたのだろう。セイバーの……アーサー王の、見込み通りの防御だった。
だが、それだけ。掬い上げるような剣の軌道は、打ち上げるように少女の矮躯を打ち付けた。
あまりの衝撃に、彼女の手から盾が弾け飛ぶ。
宙を舞う大盾、恐怖に見開かれる少女の目。キャスターの怒声もむなしく、返す刀で薙ぎ払われた刃は、一文字に少女の頸を跳ね飛ばした。
ぼとり、と水気のある音が耳朶を打つ。力の萎えた細い身体が大地に崩れ落ち、どろどろと赤い汁が噴き出し始めた。
遅れて、鈍い音とともに頭が転がる。長い髪が、まるで樹木のように地面にへばりつく。一つだけ覗いた目が、虚ろにセイバーを眺めていた。
つまらないな、と思った。見所があると思ったが、見込み違いに過ぎなかった。結局、この永遠の中で、倦むような終わりを、待つしかない。ただ、焼き尽くされるのを、待つしかない。
この未曾有の大災害、獣の跋扈を防ぐ手立ては、ついぞなかったのだ。
―――いや。何か、変だ。何かが、変だ。
逡巡の様な疑問。ふと視線を足元に合わせ、セイバー・オルタは、目を見張った。
死体が、無い。盾の少女の死体が、いつの間にか消滅していた。その代わり、一文字に両断された握りこぶし大の石ころが、力なく転がっているだけだった。
―――囮。
判断より早く、セイバー・オルタは地面を踏み込んだ。地面を蹴り上げ、背後へと砲弾のように飛び出す。膨大な魔力をリソースに、一瞬で戦域を脱する、筈だった。
背中を、衝撃が突き抜けた。肺の空気が一気に絞り出されるような衝撃に、涸れるように息を吐き出した。
背後を振り向く。だがそこに壁のようなものは無く、ただ、淀んだよな空間が堅く聳えていた。
空間固定の魔術―――!
「―――キャスター!」
竜の一瞥が鋭くキャスターを突き刺す。だがそれすら平然と受け止めたケルトの英雄は、猛犬染みた嫣然に表情を歪めた。
「キャスターさん!」
何もない虚空から、盾の少女が地面へと投げ出される。ろくに受け身も取れないまま地面に身体を打ち付けながらも、彼女はただ目の前のサーヴァントを見上げた。
「応! コイツで〆だ!」
くるりとキャスターが杖をまわす。地面へと合図を送るように杖の石突を叩きつけるや、セイバーの足元が鈍く燐光を迸らせた。
大地を砕き、細木造りの巨腕が飛び出す。ゆらりと揺れるのも一瞬、巨大な手がセイバー・オルタに殺到する。四方を空間ごと固定された彼女に逃げ場はない。巨大な手がセイバー・オルタを握り込むや、さらに大地が裂けていく。
「我が魔術は、炎の檻。茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める杜―――」
裂け目から、のっそりと巨人が顔を覗かせた。緩慢な動作で地面を破砕し、20mに近い巨躯が屹立する。
燃え盛る、細木の巨人。ドルイド信仰における人身御供の祭儀、その神事をキャスターは再現した。
ぎょろりと、燃える巨人の頭がセイバー・オルタを睨みつける。頭に目は無い。だがその紅蓮の杜は、間違いなく黒い騎士を敵と見做した。
「―――『
大きく、炎の巨人が腕を振りぬく。既に開け放たれた門の向こう、伽藍洞のような胎の底にセイバー・オルタを叩きつけるや、炎の牢獄が己を燃料に、さらに猛り狂うように炎は威力を増していく。
セイバー・オルタが纏う魔力諸共に焼き尽くすほどの獄炎。指先が炭化し、肺が燃え尽き、内蔵が焼け落ちる。霊基すら焦がすほどの灼熱の胎の中。
彼女は、黒き星の刃を上段に構えた。