fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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ペルゾーンⅠ

 「皆さん、無事につきましたか」

 アルゴノーツ拠点、南東部。

 四方、その多くを崖に囲まれた孤島。岩礁も多く、船で乗り付けられる場所は砂浜のある北西部しかない。

 そんな孤島の南東部。尋常であれば接岸すら不可能な崖の下に、5人4騎は居た。

 ライダー3騎、アーチャー1騎。アーチャーはケイローン。ライダーはクリストファー・コロンブスにアン・ボニーとメアリー・リード。そして、フランシス・ドレイクという面々であった。

 「ったくよお、こんなチンケな襤褸船でこの嵐の中、50km漕げっていくらなんでも無理があるだろ」

 吐き捨てるように言うコロンブス。丁度雨の当たらない岩陰にいるお陰で、ようやっとの休憩だった。

 「まぁでも僕ら海賊だし。ライダーだし」

 「私たち、全然ライダーっぽくないですけどね」

 「どっちかってーとセイバーだよね、メアリー。アンはアーチャーか?」

 「そういうドレイク船長はもうしっかりライダーだよね。コロンブスは──わかんない。人間の屑ってクラスないのかな?」

「そもそも俺ぁ海賊じゃねぇしひでえ言いようじゃねぇかよ!?」

 思い思い、4人は軽口をたたき合う。雨に波にと晒されたせいで、皆ずぶ濡れでとてもテンションは高くない。サーヴァントは身体的疲労とは無縁だが、気分の問題としては幻滅極まるといったところだ。

 「まぁあの嬢ちゃんに比べたらマシだ。こんな荒波の中泳いでんだろ?」

 「あら、でもメルトリリスが一緒なのでは」

 「むしろ逆効果定期」

 「違いない」

 皆どっと笑った後、ドレイクは、「それでどうするんだい、隊長?」とケイローンに水を向けた。

 ごほん、と咳ばらいを一つ。改まったケイローンは、天を振り仰いだ。

 眼前に屹立する絶壁。これからこれを登り切り──しかも敵の索敵を掻い潜るため、魔力の消費を極力抑え──、その後敵地に戦力を展開。一路、オデュッセウスを撃破する。そぶりを見せつつ、敵戦力の漏出を防ぐのが、ケイローンたちの任務だった。

 一瞥を、島の果てへと投げる。海洋に浮かび砲撃を加える2隻の船、そしてその直後に訪れるであろう光景を幻視してから、ケイローンは努めてにこやかな表情を浮かべた。

 「では、頑張りましょう。ロッククライミングは初めてですか? 結構、では私のスキルで付与して差し上げます。岩登りに自信のないものは名乗り出てください」

 仲良く手を挙げる4人の船乗り。だろうな、と思いつつ、ケイローンは彼のアクティブスキルを発動する。

 【神授の叡智】。汎用スキルであればB~Aランクで任意付与を可能とする、彼の教師としての在り方が具現化した宝具だ。聖杯大戦の形式において、これをうまく運用すれば戦いの趨勢を決定づけるとすら呼べるスキルだろう。そんなスキルを使って付与するのがロッククライミングとはどういうことだ、という話だが、ケイローン的には他者に教えられるならなんでも嬉しいものである。そも、海賊たちに与してからというもの、建築術に野草の栽培魔獣の飼い方と、そんな日常? 的なスキルを教えることが多かった、という事実はここで述べておこう。

 そうして3分。1騎1分のペースで岩登りを習熟させまくると、勢いケイローンは崖に取りついた。

 「では参りましょう」

 「うーん胸が突っかかって」

 「あーアン、アンタもかい」

 「お先~」

 「あークソ、髭が! 髭が絡まる!」

 「リラックスできていて何よりです」

 ──とても敵の本拠地に潜入している最中とは思えない、はっきり言って間の抜けた光景である。無論そんな珍奇な光景が繰り広げられているとは思いもよらないであろう、ちょうど崖の上を哨戒していた合成獣は、叩きつけるような豪雨と遠く響く神立ちのような砲撃音、そして何やらの困惑によって、右往左往としている。

数は3頭。山羊の頭を背負った合成獣も居れば、蟷螂の鎌を背負う獣も居る、神代の牡牛も居る。

 そのうちの一頭、白い合成獣(キメラ)の頭部に矢が突き刺さる。頭蓋を砕き一矢用意に頭部を貫通した矢が地面に突き刺さり、攪拌された脳髄を血と一緒に撒き散らした。立て続けに雨音を弾き飛ばした銃声が迸り、一瞬遅れて飛来した銃弾が背中の山羊の頭を破砕し蛇の尾を引き千切り、それで絶命した。

 敵襲、と魔獣の小集団が悟った時には既に遅かった。牡牛は首を落とされ蟷螂を背負ったキメラも一刀のもとに両断されていた。未だ魔獣種に留まるヒュドラが逃亡しかけたが、背を見せた時が終わりだった。頭部を槌で磨り潰された魔獣はそこで絶命し、一度だけ身体を痙攣させると沈黙した。

 わずか1秒。いや、正確にはその半分ほどの時間もかかっていない。魔獣種の小集団を殺戮した余韻は欠片もなく、4騎のサーヴァントは慎重に周囲を索敵する。

 「目撃者はいませんね?」

 「とりあえずはね。でもメディアはこっちを見てるんじゃあないかい?」

 「おぉい見てる~?」

 「いくらなんでも自由すぎるだろ海賊」

 「メディアは味方ですから。形式上」

 どこともしれない場所に向かって手を振るアンとメアリー。本当に、これから激戦が始まるとは思えない空気だ。しかもケイローンが背負う箙には、数本の矢がかちゃかちゃと音を立てている。対ヘラクレス用として用意された兵装。かつて戦い、撃破した神獣の肝臓、胆嚢より精製されたそれは、伝承上ヘラクレスに致命傷を与えうる装備だ。

 とは言え、ヘラクレスにそれがどれだけ効くのかはわからない。1度殺せる可能性はあるが、1度殺したところで無意味。それがヘラクレスという英霊の、何よりの強さだ。

 だが、何にせよヘラクレスに対し、有効打であることは事実だ。作戦が万が一ずれた際の打撃手段としては申し分ない。

 ケイローンは努めて犀利な人物である。そういった客観的事実を対自化し、納得している。たとえ自らが育てた弟子であろうとも、矢を向けることに戸惑いはない。それが戦いであるなら。だが、それをヘラクレスに向けるという出来事は、ケイローンをして心理的苦痛を感じないわけにはいかなかった。

 リツカに、感謝しなければ。フランシス・ドレイクを差し置いてこのチームの指揮権を渡された理由は別にあるだろうが、ケイローンへの配慮もやはり理由にある。と、思う。

 「ケイローン?」

 小首を傾げて見上げるメアリー。いえ、と首を振ったケイローンは、いつも通りの理知的で、大人な表情に切り替えた。

 「それでは行きますよ。遅れずついてきてください」

 

 ※

 

 始まった。

 オデュッセウスは島の片隅、小さな洞の中で顔を上げた。

 タイミングは彼の予定通り。おもむろに立ち上がったオデュッセウスは、神体結界(アイギス)から剣を引き出した。

 アイギス・カリュプソー、彼の旅路を守る海の女神の名。アテナが遣わしたアイギス、鍛冶神が錬成した神の盾を以て再現される『オデュッセイア』は、このオデュッセウスには、本当は関係がない。とある異聞に生きた彼は何の旅路も経ず、またトロイア戦争も無縁だった。伝説など彼にはない。

 どうしてこの汎人類史に自分が居るのか、その理由は知らない。何かの因果によってここに紛れている。オデュッセウスがわかることはそれだけだ。

 だが、別にそれはどうでもいいことだ。何の因果にせよここに自分は居る。汎人類史のオデュッセウスを取り込んだこの状態でここに居る。なら、やることは一つだった。

 剣を、突き立てる。剣を起点に地面に奔る召喚陣は、奇妙な文字がのたうっていた。古代のギリシャ文字ですらない、あるいは文字ですらあるか不明な文字列。神代においてもおそらく最も秘匿され、時代に痕跡さえ残らなかった──というより意図的に遺されなかった文字。ヘカテより伝わり、太古の魔女たちが口にした固有語。高速神言によって唱えられる魔女たちの言葉で織成された召喚陣。

 ゆらりと揺らめく黒い影。霧のように噴出した真エーテルが淀み、堆積した魔力が形を成していく。

 白銀の鎧纏う頑健な体躯、異聞の大神の加護を受けたる槍兵、数20騎。汎人類史には決して存在しなかったはずの、誰でもあり誰でもない臣民の武装形態だ。

 もちろん、それそのものではない。所詮その形をとるだけの使い魔で、形式上は英霊に昇れない幻霊のようなものでしかない。だが、その精強は英霊にも匹敵するだろう。

 これに幻想種の指揮権もあれば紛れはないはずだった。だがそう上手くはいかないだろう、ヘラクレスから譲渡された指揮権を発動しようにも、島の幻想種にアクセスできない。理由は不明だが、間違いなくメディアの仕業だろう。

 「目につくものは全て殺せ。幻想種だろうが英霊だろうが、全てだ。行け!」

 オデュッセウスの檄に押されるように、20の影が蠢く。黒い霧から覗く銀の鎧が闇夜に溶けていき、野に放たれていく。

 どれだけ時間が稼げるだろう。極めて算術的に1騎あたりの消耗率を勘案すること1秒未満、オデュッセウスはあまりに頼りない一歩を踏み出した。

 雨が酷い。飛び跳ねる泥水がアイギスを汚している。こんな時が、確かあった。主神が呼んだ嵐に見舞われた時だ。カリュブディスに部下が食われてしまったあの、時。

 いや、それは自分の記憶ではない。他人であるオデュッセウスの記憶であって、オデュッセウスには記録に過ぎない。無味乾燥で、手触りが無い単なる記録。だが、今は自分の内に固着している記録。

 オデュッセウスは目の前に飛び込んだ姿に、躊躇なく剣を振り落とした。小型のヒュドラは唐突に首を両断し、自分に何が起こったかすら不明なままに絶命した。

それが合図。立て続けに襲い掛かる巨大な蠍──幻獣の毒尾の刺突を跳躍で回避。眼下に蠢く扁平な生物めがけて、左の前腕を突き出した。

 展開する装甲。飛び出した光の帯が蠍の黒い身体を雁字搦めにし、身動きができないキチンの身体を一刀のもとに斬り伏せた。

びゅう、と飛び散るどす黒い血煙。黒い鎧を汚す赤い血は瞬く間に雨に洗い流されていく。目元に流れた赤い雨水をそのままに、オデュッセウスは、マップに表示されたブリップを即座に把握する。

 前方500m、竜牙兵と魔獣の群れが小競り合いを起こしている。理想的状況。やはり、いかにメディアとてヘラクレスの宝具に直接干渉できない。干渉してくることは織り込み済みだが、却って状況は好転している。

 あとは如何に短時間で行けるか。迂回した方が早いか? いや、その時間が惜しい。なら最適解はただ最短距離を突っ切るべきだ。あのオリュンポス兵たちが陽動している間に。

 他人の記録を引き摺り出す。アイギスによって再現されるオデュッセウスの伝承、その全てを駆使してここを突破する。

 エンゲージまで残り3秒。唐突の遭遇戦に不毛に殺し合うキメラと竜牙兵へとガンクロスを重ね合わせ──。

 「──アイギス・ペーネロペー」

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