fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
あと、2騎。
……手に残る斬撃の感触。鎧を砕き、肉を切り裂く、水気のある感触。慣れ親しんだ殺人の感触ではあったが、。
英霊の座に武を以て昇る者なら誰しも、敵を殺す感触に不慣れということはない。ポルクスにとってもそうだったが、今は妙に生々しかった。気のせいではない。妙に感傷的な気分になっているのだ。
勁い、雨が降っている。血濡れになった肌を濡らし、撥ねた泥が彼女の身体を汚している。敵の血と、自分の血。混濁した赤色に沈みながら、ポルクスは残る2騎を、やっとのことで睨みつける。
まだ、2騎とも無傷だった。無傷の装甲はこの闇夜の大雨の中でも爛々と煌めき、古代の瞬きを宿しているかのよう。
睨むだけで精一杯で、ポルクスは静かに、身体を墜とした。臀部から地面に落ちて、足元に溜まったよくわからない水に汚れた。
強い。何者か不明だが、ただただ強い。流石に単騎でサーヴァントに並ぶほどではないが、異常に耐久値が高い。1人撃破するのに、1分以上かかっている。その上、死ぬことへの恐れがない。まるで群体。1騎が殺されている間を隙と見定めて襲い掛かるその戦法は、手足を犠牲にする軟体動物めいていた。
肩の肉はとうに抉れて、足も立つ以外の機能を果たせないほどに肉が削げている。結構に身体は穴だらけだった。
莫迦だな、と思った。
長く、サーヴァントとして生きすぎた。いや、人間として振る舞いすぎた……と言う方が、正しいだろうか。
人間の兄との溝を埋めるなんてことはできなかった。いや、多分ちょっと違う。溝を溝として肯定したかったのだ。近くに居るのにあまりに遠くにいるという、人間の距離感。共訳不可能性という断絶。その果てを前に乗り越えるにせよ諦めるにせよ、その断絶こそがコミュニケーション行為の前提なのだ、などと改めて感じたのは、皮肉にもポルクスの神性の高さの故だろうか。だが、何にせよ無意味だった。どれだけ骨肉を砕いても。カストロは人を好きになることなどなかったし、ポルクスの考えが到達することはなかった。無意味な行為の積み重ねでしかなかった。
ポルクスへとにじり寄る躯体2つ。油断なく弓を構える後衛の1騎に、槍を構える目前の1騎。この1秒であらゆる撃破手段を思い描いたが、いい案は浮かばなかった。そもそも敵は死を懸念すらしていないのだ。こちらも捨て鉢になれば倒せるけれど、それでは意味がない。
今更に何をするという気概もなかった。そんな彼女の機微を感じ取ったか、槍を持った1騎がはっしと得物を振り上げる。
ポルクスは振り下ろされる刃の突端を眺めていた。こんな時、兄はどこからともなく駆け付けてくれる。ポルクスが傷つけられようとすると、物凄いというか凄まじい形相で突撃してきて、並ぶ敵勢を滅多切りにする。神性の高いポルクスの方が死ににくいのに、自分が損傷するのも構わずに。
「俺の妹に気安く触るなァ!」
そう、こんな、風に……。
飛びしきる刃。対の円盤が騎士一体を轢断する。円盤一つを叩き落すが遅く、もう一体の刃が頭蓋から一刀に股裂いた。
一瞬で泥へと還る影。びちゃ、とその残骸を踏みつける1騎のサーヴァント。白銀の、剣。
跳躍する騎影。飛来する矢、3発に貫かれながらも瞬時に相対距離を0に削り取り、掬い上げるように円盤握る手を振り抜く。唸る刃が弓兵の胴に食いつき、そのまま胴と下半身を両断した。
だが、それでも敵は死に斬らなかった。両断されての消滅しな、放った矢が騎影の頭を射抜いた。
消滅する、銀の鎧。佇立する騎影。そうだ、あの2騎を倒せないわけではなかった。頭に突き刺さった矢を引き抜いて、その見慣れた背がポルクスへと振り返った。
「大事ないか」
ふらふらした足取りで、見慣れたはずの姿が言う。大事ないもくそもない。ポルクスの筆舌には尽くし難く、兄の方が、損傷しているのだから。
「すまん遅くなった」潰れた眼球から血を滴らせたカストロの顔は、なんだか、赤かった。血のせいだろうか。「回り道をしてしまった」
ぐらりと揺れる、兄の身体。同じ霊騎を共有しているのだから、ポルクスだってわかる。カストロの損傷度は既に限界だ。
血と泥の海に、兄の身体が倒れ込む。びちゃ、と厭に水っぽい音をたてて地面に転がると、カストロは不満げに吐息をついた。
「人間の身体は不便だ。これしきの損傷で、すぐに壊れる。愚劣で弱い生き物の分際で。そのくせ神に干渉するなど。だから人の世など厭なのだが」
諦観、憎悪。波の無い感情が、表情に滲んでいた。
「なら、どうして」
「母は異なるが、お前は俺の妹だぞ」
当たり前、というように、カストロが言う。だが何故かその顔は、ただただぎこちなかった。
「兄様は卑怯です。私だって、兄様を守りたかったのに。兄様の役に立ちたかったのに」
「そうか、初めて聞いた。
カストロは、にへら、と笑みを作って見せた。妙に人間臭い表情を浮かべてから、静かに手を伸ばした。いや、伸ばそうとした、右の前腕は切り落とされていた。上腕が、ふらふらと宙を舞っただけだった。
「次、この人理でお前とともに召喚されることがあったら、頼むよ。それならこの人間の脆い身体も、少しは、意味、が、」
雨が、降っていた。車軸をひっくり返したように降りしきる雨。血の水溜まりも、泥水も、あふれたものも、何もかも洗い流して一緒くたにしていく。
雨が、降っていた。