fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
それは、神話の戦いだった。
吹きすさぶ暴威、咆哮する神性。巨大な怪異が振るう神威は、その一薙ぎで肉を挽き潰し、大樹を叩き切り、岩塊を破砕する。その破壊の前に、人の身はあまりに脆いものだった。
だが、それでも相対する。到底人間の細腕では叶わぬ怪物を相手に、たった小さな少女が相対する。その手に握る人理の結晶、英雄譚を彩る
手に握る西洋の双剣の一振り、『
振り下ろされる斧剣を赤き剣で切り払い、横薙ぎの一撃を叩き伏せる。地面にめり込んだ巌のような斧に軽やかに赤い矮躯が飛び乗り、がら空きの胴体めがけ、剣を撃ち込んだ。
既に剣戟で捲れ上がった傷めがけて叩きつけるや、どす黒い血が飛沫となって巻きあがった。
狂戦士が雄たけびを上げる。すくい上げるような斧剣の一撃に、黄の剣を重ね合わせる。重い一撃はあっさりと刀身を打ち砕き、衝撃の余波だけで小さな身体を吹き飛ばした。
宙に投げ出され、錐揉みする彼女へと追撃をかける巨体。左腕の傷に顔を歪めながら、それでもクロは、狂戦士の体躯に狙いを定めた。
「―――『
折れた剣を投擲する。身体の発条でもって放たれた剣は、既に折れ、柄だけになりながらも狂戦士の頭蓋を抜け、脳髄をぶちまけ、間違いなく即死させた。
だが、狂戦士は止まらない。殺されたことで却って勢いづくように名状しがたい咆哮を上げ、ただ膂力のままに斧剣を叩きつけた。
「
脳裏に思い描く堅き剣。絶世の銘剣と謳われた剣。振り下ろされた剣めがけて、かの伝説の剣を叩きつけた。
直撃の衝撃が両腕を軋ませる。剣戟が余波となって頬を裂き、肩を抉り、足に食い込む。完全に躱し、あるいは防いでいるにも関わらず、既に全身が傷だらけだった。ヘラクレスの一撃はそれほどまでに重く、鋭かった。
乾坤一擲。踏み込む裂帛の気勢だけで巌の如き斧剣を切り払う。斧剣ごと右半身を跳ね飛ばされ、3mに達しようという巨体が蹈鞴を踏んだ。
「―――『
それはかの伝説に刻まれた、誉の剣。岩塊すらバターをスライスするように切り裂いた剣はヘラクレスの肉体と言えども一文字に叩き切った。頭から股までかち割られた巨体は、やはりその一撃で即死した。脳みそを真っ二つにされ、心臓を両断され、如何に大英雄と言えども死亡した。
だが、止まらない。忽ちに切り裂かれた肉が繋がると、岩の塊と大差ない大剣が横殴りに直撃した。
一歩間違えれば、その一撃だけでクロは粗挽き肉団子になっていただろう。そうならなかったのは、振り下ろしたデュランダルを返す刃で振り上げたからだった。
その逸話から、デュランダルの刃は決して毀れることはない。だが仮に剣が毀れずとも、クロの小さな身体はそこで限界だった。
斧剣に剣をぶつけた瞬間の衝撃は、大型トラックが直撃したかのようだった。衝撃だけで意識は磨り潰され、矮躯は軽々と吹き飛んだ。受け身を取る余裕すらもはやなく、石畳に頭から激突した。
即座に、クロは自分の身体に解析をかけた。あるいは、無意識で解析した。
腕はまだ動く。足も動く。内蔵は……腎臓と肝臓、膵臓が破裂した程度。肺が無事なのは不幸中の幸いか。その他損傷個所……全身の裂傷。左脇腹が抉られた程度。
デュランダルを杖に、立ち上がる。咳と一緒にどす黒い血液を吐き出して、なんとか、バーサーカーを見上げた。
既に、5回。螺旋剣で上半身をねじ切り、中華剣で全身を切り刻み、呪いの槍で心臓を穿ち、妖精の剣で頭部を吹き飛ばし、毀れずの剣で身体ごと叩き切った。
だが、まだ死なない。ぼろぼろと身体を崩しながら、既に人間というよりヘドロの人形のようになりながら、まだ、ヘラクレスは死なない。
黒い巨人が、不気味な叫喚を巻き上げる。斧剣を振り上げ、目の前の障害物を叩き潰そうと肉薄する。
デュランダルを引き抜く。あと一撃は弾き返せる。その次はどうする、何の宝具で抉り殺す? いや、あと、何回殺せばいい―――!?
振り下ろされる大剣。目前に迫る黒光りする死。げほ、と血を吐き出したクロには、もう、反撃する余力は―――。
「こっちだバカァ!」
あんまりに、その声は場違いだった。
ぎょっと顔を上げれば、とても運動に慣れていない様子で走るトウマの姿が目に焼き付いた。今にも泣き崩れてしまいそうな形相は、近所の大型犬を怖がる幼児のようですらあった。
「馬鹿、何―――」
バーサーカーが身動ぎする。側背から接近するトウマを、敵対行為と見做し、斧剣を振りぬく。サーヴァントすら轢断する一撃。生身の人間など、それこそ剣圧だけで両断しよう。
「―――これでも喰らえ!」
バーサーカーが振り返るより早く、トウマが何かを投げつける。
クロのアーチャーとしての目は、その石くれを明瞭に目撃した。ルーン文字が刻まれた、手のひら大の石はゆらゆらと宙を舞った。
バーサーカーが、飛来した石を叩き伏せた。
それが、合図。一刀のもと、鮮やかに切り裂かれた石が炸裂する。まるで太陽が目の前で弾けたかのような眩い閃光が押し広がった。
炸裂は、バーサーカーの目の前で起きた。いかな大英雄と言えど、かの時代にフラッシュバンなど存在しない。しかも闇夜。もろに閃光を喰らったバーサーカーは、悲鳴のような絶叫に引き裂かれた。
閃光に苦悶するバーサーカーを後目に、トウマが駆け寄る。彼女の小さな身体をなんとか抱き上げると、そのまま山門へと―――。
背後で、肉塊が蠢く。突き出された左の拳が轟音とともに迫る。トウマの足ではとても躱しきれない。
「あ―死ぬ、死ぬゥ! アカン、やべぇ!?」
なんだかわけのわからないことを喚きながら、トウマはもう一つ、石を投げた。
今度は地面めがけて、打ち割るように石畳へと石ころを叩きつける。案の定真っ二つに割れると、切断面を起点に光の壁が屹立した、
バーサーカーの拳が光の壁に激突する。軋みも一瞬、壁一面に罅を走らせながらも、その光の壁は毀れることなく、殴打を防ぎ切った。
防御のルーン。しかもかなり強力なルーンの魔術だ。だがキャスターのそれとは違う。だとしたら―――。
逡巡は、一瞬。
確かに光の壁は、バーサーカーの拳を一旦、受け止めた。だがそれも1秒程度。粉々に打ち砕いた剛腕が、トウマを弾いた。まるで、ゴム毬のようだった。ぽーん、と軽やかに跳んだトウマは、山門にぶち当たる寸前、腕に抱きかかえていたクロを離した。
咄嗟に、地面に着地する。ふくらはぎが抉れた足では碌に着地もできずに地面に転がった。転がりながら、彼女はなんとか立ち上がった。よろよろと立ち上がりながら、ふらふらと、山門の柱にぐったり寄りかかるトウマに、駆け寄っていった。
肩をゆする。反応は無い。ぞっとしながら、クロは、トウマの胸に手を当てた。
解析をかける。内蔵はどこもやられていない。どこも折れていない。損傷らしい損傷は無い。さっきの防御のルーンで拳の威力を殺しきったからこそ、だろう。気絶しているのは、諸にサーヴァントの攻撃を喰らったショック、だろうか。
だが、安堵に浸る余裕は、無い。身体を震わせながら振り返ったクロは、そのどす黒い巨体を、真正面から睨みつけた。
巨体が迫る。憤怒の形相に歪みながら、巨体が今度こそとばかりに大剣を振り上げる。
何か剣を作らねば。防ぎ、切り返すための剣を、作らねば。さもないと、このまま、2人まとめて、消えてなくなる。
と。
背後から、か細い声が耳朶に触れた。
虚ろに繰り返す言葉。熱に浮かされたように呟く言葉が、クロの鼓膜を静々と触れ、脳の聴覚野に輪郭を描いた。
―――『
トウマは、その剣の銘を、口にしていた。
ある。確かに、その名の剣はある。そして、クロは、知っている。黄金に食らめく選定の剣、カリバーン。それこそ、バーサーカーを倒せる手段なのだと、彼は譫言のように述べていた。
だが何故、その剣、なのだ? 他により優れた剣があるというのに、何故、トウマはその剣を伝えたのだ?
鎌首を擡げる疑問。微かに過る不審。トウマの、どこか腑抜けたようで屈託のない笑みが、ざらりと脳裏に過る―――。
疑念を拭うように、手を伸ばす。
現出させるは黄金の剣。ブリテンの行く末を見定めるための王の剣。何故か異様にしっくりと手に馴染んだ剣を手に、クロはバーサーカーより半歩早く踏み込んだ。
「『