fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
「『
掬い上げるような軌道を描く絶世の銘釼。あらゆるもの切り裂く剣の一閃が突き出された腕を両断し、巨岩の如き体躯を抉る。汚濁のような血まみれの筋肉が宙を舞い、露出した心臓目掛けてデュランダルの刀身をねじ込む。勢いよく噴き出す血を浴びながら、クロは次の刀剣を投影する。
「
ナノセカンドで現出する双剣。柄で連結した雌雄一対の双剣は、いつものそれとは明らかに様相が異なる。異形と化した干将莫耶を投げやりの要領で持ち帰る。
迫る、槍の薙ぎ払い。岩からそのまま抜き出したかのような二重螺旋の槍の薙ぎ払いを跳躍で躱すなり、再生を始めた心臓へと投擲した。
音速を超える速度でハルバードの刀身がヘラクレスの肉体を貫通する。再度穿つ心臓、突き抜けた刃が背骨を砕きヘラクレスの肉体を甲板へと縫い付ける。宝具の起爆と同時にヘラクレスの上半身が吹き飛び、下半身だけになった巨躯が踏鞴を踏んだ。
残り、9回。クロは、ヘラクレスの『
戦闘開始から、既に1分20秒。重ねた剣戟は2桁などとうに超え、20に及ぼうとしている。防御することを一切無視して打撃を連射するクロは、ただひたすらヘラクレスの命を切断する。にも拘わらず、投影する剣の筵になるヘラクレスに対し、クロは未だ自壊以外の損傷はなかった。
クロそのものの性能もある。ツヴァイフォームのそれ、しかもサーヴァントの体躯ですら自壊する程の強度で作動し続けるクロの運動性能は、敏捷値にすれば瞬間的にA+に比肩する。クロに直撃を撃ち込むのはまず至難。さらには背後で白皙の肌に赤い目を爛と閃かせるライネスの存在もある。『|混元一陣《かたらずのじん』』の効果による回避補正も兼ねに、ダメ押しはこの船。船長たるフランシス・ドレイクのスキル【星の開拓者】は、その愛船たる
だが、ただ運動性能が高く、且つ中国軍師の宝具と海賊風情のスキルの援護だけで直撃を取れないほど、ヘラクレスは弱くない。疑似的に再現されたツヴァイフォーム、ライネスとゴールデンハインドのバックアップを以てしても、むしろ打撃のほとんどは必中の気勢でクロの急所に吸い込まれるように直撃する。
ただの力量、ほぼ同時と見紛う速度で放たれる頭部への刺突、脛への薙ぎ払い、胴への両断。刺突と両断を左手ベガルタの振り下ろしで弾き返すも、脛への薙ぎ払いは弾き切れない。太古の神造兵装がクロの脚部を捉える。
ヘラクレスの攻撃はただの攻撃ではない。アレスの戦帯で強化された筋力値は実にA++という怪物値。掠っただけで生身の人間は半身が吹き飛び、サーヴァントとて当たれば即死しかねない。ただ一振りでBランクの宝具と同等の火力を発揮する上に、振るう武器は神造兵装である。クロなら足に当たっただけで、衝撃で全身が藁人形のように粉々に千切れるだろう。
だが当たらない。寸で割って入るように飛び込んだ騎影が構えた十字の大楯が二重螺旋の槍と激突し、衝撃のウェーブがゴールデンハインドの中央マストを圧し折った。
槍の一撃を、盾で防御した。それだけだというのに、マシュは失神しかけた。その気勢で対城宝具すら防いできたマシュをして、押し負けるという錯覚を覚える威力の鋭さ。盾持つ腕は折れるかと思うほどで、呼吸する隙を見せた瞬間に五体を千切られる錯覚が脳裏を過る。
本当は、マシュは、弱気で内気な少女なのだ。戦いの最中、恐い、という情動はいつもあって。ヘラクレスなどという怪物と相対するのは、それこそいつ発狂してもおかしくないほどの凶行だった。
だが、マシュ・キリエライトは引かない。絶対に退かない。何があっても引く気がない。己がスキル、【
トウマは言った。防御は任せる、と。
クロが背中を押した。一緒に戦うぞ、と。
ライネスが勘案した。この作戦で行く、と。
そうして、リツカはマスターとして決断した──マシュ・キリエライトなら大丈夫、と。
だから引かない。託されたものが確かにある。守りたいと思った人が、確かにいる。
腕が折れそうになるからなんだ。そんなのは酒呑童子の時に味わった。
飲まれそうな攻撃が何だ。そんなものはアーサー王とアルテラの剣で味わった。
圧倒的な強さが何だ。そんなものは源頼光の気勢で味わった。
根負けしそうな衝動を全力で叩き殺す。己の弱さを歩んできた道が導いてくれる。だから負けるな、この力は精神を糧に屹立する無限の如き城壁。クロがきっと殺しきってくれるという未来を信じて、マシュ・キリエライトは攻撃を完璧に防御しきる。マシュの力は、根本において他者を守りたいという願いを実際の魔力に変換する【憑依継承】にあるが故に、“クロ1人を守る”というわかりやすい指標はよりマシュの力を魔力に変換し、パワーフィールド形成をアシストする。
事実。マシュはこの1分半、完璧なタスクをこなしていた。マシュの霊基に結合した月霊髄液、トリムマウによって演算分析された、クロが躱すこともできず跳ね返すこともできない打撃を的確に防御しきる。トリムマウの演算結果の通りに身体を稼働させ、盾を維持しきるその精強。彼女自身は自らを半人前のサーヴァントと認識しているが、それこそは古き英霊では到底成し得ない現代の戦闘技法。スパコンたる月霊髄液の演算速度に追従する反応速度は、およそ人間という枠の中にあってその限界点に到達していた。
だがそれ故、マシュはその打撃に一瞬遅れた。彼女はただ我武者羅に誰かを守ることに専心していただけに、自分の首を狙って放たれた攻撃への動作が遅れた。
突き出された槍は間違いなくクロを狙っていただろう。マシュはその斬り払いに追従し、叩き返すように槍の一刺しを打ち返す。
ヘラクレスが動いたのはその瞬間。一歩踏み込むなり槍を宙に放り投げ、マシュの盾をむんずと掴みかかる。縁を掴まれた頃には遅く、マシュの腕からもぎ取るように盾を放り投げた。
弦月のような弧を描き、十字の盾が宙を舞う。引き剥がされた衝撃でよろけるのとほぼ同時、ヘラクレスの手中に槍が収まる。槍を宙に投げ一歩踏み込み盾を捥ぐ。何の淀みもなく進む一連の挙措をこの機動格闘戦の最中に行うなど尋常ではない。この戦闘において、ヘラクレスはクロ以上にマシュを難敵と認識したが故の戦闘動作。そしてその最後の行程を以て、ヘラクレスは神の槍をマシュの脳天に叩き込む。
トリムマウの警告音とともに視界の中に警報のポップアップが立ち上がり、マシュに防御行為を要求する。だがそんな手段はない。盾がなくともパワーフィールドは形成できるが、盾を触媒にしない場合観念の想定が甘く強度が足らない。剣を抜く暇もない。畢竟、視界を埋め尽くす二重螺旋の槍を防御する手段は──。
「
開く、紅蓮の花弁七つ。マシュから槍を遠ざけるように開いたアーチャーの盾が空間を押し広げ、音速の刺突を食い止める。一瞬で6層まで貫かれ、最後の7層も拮抗すらできなかった。防御できた時間は半瞬ほどもなかっただろう、だがアイアスの盾は半瞬ほどの猶予を形成する。最後の花弁を突き破る槍へとベガルタを叩きつけ、軌道がそれた槍がマシュの頭上あわや5cmを掠める。髪の一房が宙に舞い、マシュは瞠目の中に砕けたベガルタを右手に構えたクロの姿を捉えた。
「あっぶねえ、なァ!」
ヘラクレスが槍を引き戻す。繰り出す再度の刺突、だがそれより早く、小さな体躯がマシュの小脇を潜り抜ける。カモが素早く川面を潜水する身のこなしでマシュとヘラクレスの間に躍り出るなり、クロはヘラクレスの鎖骨へと左手を突き立てた。
肉にめり込む左の五指。ヘラクレスの鎖骨を起点に左大胸筋と腹直筋を力任せにこそぎ取り、露出した肺の隙間から覗く心臓へと左腕を叩きつける。
「
肋を砕き肺を潰し、心臓に手のひらが到達する。心臓を握り潰す余韻もなく、破砕したベガルタを反撃繰り出すヘラクレスの右腕肩関節に直撃させる。脆く吹き飛ぶ右腕。よろめいた瞬間、ヘラクレスは自らの裡側から生えた剣に貫かれて絶命した。
「
どす黒い剣の群れに貫かれたヘラクレスの肉体が変色する。呪いに蝕まれるように蒼褪めた巨体が膝から崩れ落ち、一瞬だけ沈黙した。
「これで、殺しきれる」
※
ふらつきながら、クロは沈黙した巨躯を睥睨した。
呪詛で硬直したヘラクレスの玉体。宝具『
あとはただ、この巨体を屠殺するのみ。
それに最適な武装──あの巨体を完全に殺しきる武具を、脳裏に描く。
凶つ、星のように。
蒼褪めた眼差しを堕とし、クロは左手を掲げた。
「
荒れ狂う、魔性の論理性。
アレを殺せる戦力は既に策定済み。
創造理念を鑑定し、基本骨子を想定し、構成材質を複製し、制作技術を模倣し、成長へ至る経験を憑依し、蓄積年月を再現し、あらゆる工程を凌駕する。
魔術理論・世界卵による心象風景の具現、魂に刻まれた「世界図」をめくり返すリアリティ・マーブル“固有結界”。
クロエ・フォン・アインツベルンの成立要件たるクラスカード“アーチャー”が蓄えた戦闘技法、経験、肉体強度をサポーターに、自らの戦闘潮流を確定。
固有結界『|無限の剣製《アンリミテッド・ブレイドワークス』、使用不可能。
英霊エミヤの心象世界と彼女の世界は異質。
あの戦いを、幻視する。狂戦士の大英雄が振るった大剣を寸分違わず凝視する。
左手を掲げる。まだ現れぬ架空の柄を抱握する。
桁の違う巨重。だが、この身体ならヘラクレスの怪力ごと違わずに複製する。
確実に、殺しきる。ならば通常の投影ではまだ足らない。限界を超えた投影で、残り9つの命を叩き潰す。
故に。
「──
脳裏に描いた軌道は9つ。擬制された魔術回路、実質総数4桁に届く魔術回路その全てを動員し、この打撃の元に叩き伏せる。
僅かに、蠢く巨体。ヘラクレスの肉体は、数多の試練を乗り越えた呪いにも似た祝福。ダインスレフの呪いなど、以て1秒だった。
「
巨体が跳ねる。クロを轢断せんと、神造の槍を薙ぎ払う。
激流と渦巻く気勢。
頭部頸椎心臓鳩尾膀胱睾丸大腿脛に狙いを定め。ミリセカンドの一閃を、ナノセカンドの連撃で迎え撃つ。
「──『
其こそは、英霊ヘラクレスが武闘流派。数多の幻想種を屠り去った神技の如き大英雄の戦闘技法を、剣の丘で模倣する、『無限の剣製』に並ぶ英霊エミヤの最終奥義。神速の九連撃、その初撃が反撃を叩き伏せ、残る八連撃がヘラクレスの肉体を轢断した。
一撃で死に二撃で死ぬ。繰り返される死の連打は八つ、蘇生と同時に為すすべなく殺され尽くし、ヘラクレスは瞬く間にミンチと化していく。
岩の如き斧剣が砕ける。最後の一撃は耐久度が足りずに刀身が砕け、夢のように散っていく。
故に倒しきれない。残り命のストックは2つ。瞬く間に蘇生した肉塊が槍を掲げる。緩慢な動作、あまりの鈍足。身体の八割を殺されたヘラクレスの速度はあまりに遅い。
クロに、次の投影を行う余裕はない。無数の投影連打に加えて『
妹のような姉の反則技を使った。
母が継承した衣を纏った。
父系が持つ固有の魔術式を模倣して再現した。
そうして、創り上げた兄の全力を叩き込んだ。有り得なかったはずの運命を手繰ってヘラクレスの命をほぼ削り切り──最後の一押しを、叩き付ける。
「投影」
終われない。こんなところで終わってやらない。その原初の願いを、私は絶対裏切らない。
「……完了」
砕けたはずの斧剣の内から、光が漏れた。
豪華絢爛の如き黄金の剣。刃毀れなど知らぬ、ただ一撃で敵を断つ聖珖の如き王の剣。二度目の生の中知った、それは英霊ヘラクレスを殺しきるために相応しい、最終兵装。
……あの時は、敵わず、叶わなかった。未だあの少年を信じられなかったのか、力及ばなかったのか、そしてそのどちらもか。この聖なる刃は、持つ者の心根を測るが故に。
でも、今はきっと。いや絶対、違う。この剣は、あの少年が導いたこの剣こそは、太古の大英雄を七度殺し勝利すべき未来を手繰る剣。
その、剣の、銘は。