fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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勝利すべき黄金の剣

 「お、おいトウマ!」

 転倒しな、腕に抱いたオリオンを、思わず落としてしまった。その声は何を求めての物だろう、それすら判然としない。酷く、遠く聞こえるオリオンの声に、トウマはただ、「ごめん」と謝罪だけを漏らした。

 呼吸が荒い。鼻血が止まらない。失神しそうだ。

 ──その、令呪から流れてくる感触を、トウマは知っている。あの時、これと似た感覚を、味わった。オルレアンでジャンヌ・ダルク・オルタを召喚した時。ネロが神話礼装を以て軍神マルスを召喚し、自らの身に降ろした時。メルトリリスが令呪2画を以て、古き海の魔竜の大権能を宝具として振るった時。サーヴァントが分不相応の出力を発揮したとき、令呪から逆流してくる損傷。本来サーヴァントが負っている損壊のフィードバック、だ。

 そう。それは、本来サーヴァントが負っている、傷だ。今まさに無理をしている、クロの体内で起きている瓦解が、令呪越しに伝わっていた。

 トウマには、それが何なのかわかっている。クロがどういう無理をしているのかわかっている。そんなことをさせていることもわかっている。戦略上、そうしなければならない必然性もわかっている。そして何より、頑張っている皆の後ろで眺めているだけの自分を理解している。いや、あまりの激痛で項垂れて、後ろで眺めていることすらできていない。

 滴る血液が床に血だまりを作る。鼻血か、耳からか。激痛に反応して戦闘服から圧力注射でジコノタイドが注入されるのも、あまり効き目がない。

 酩酊のような、意識の中。

 想起したのは、誰だろう。ぎちぎちと頭蓋が解けて収縮する錯覚が過るほどの激痛、立っていられないほどに失調した平衡感覚。眩暈のまま反芻した記憶の中、掠める顔、顔、顔。

 燃えるような目をした音楽家の、教師然とした柔らかな顔が過った。

 熱心に現代医学に耳を傾ける処刑人の顔が過った。

 不機嫌そうな竜の聖女の顔が過った。

 舌足らずの不器用な口調の無銘の暗殺者の顔が過った。

 無邪気に笑う殺人鬼の顔が過った。

 ともに飛べと手を取った綺羅星の如き皇帝の顔が過った。

 弱くていい、と言った、眉間に皺を寄せたしかめっ面の男の顔が、過った。

 ──ふと、その視界に光が差した。

 ……ふと? いや、それはそんな偶然ではない。必然的なその閃珖、煌めくような黄金の光に顔を挙げたのは、必然。いや、運命(フェイト)、だった。

 「おい、そんな身体で」

 行かなくちゃ、と思った。だって、待っている。彼女はその先で待っている。手に携えた剣、黄金の剣を手に、その背は待っている。来るはずのものが来るのを、待っている。なら止まらない。辿り着くべき場所がどこにあるかはわからないけれど、その先に彼女がいるのなら、絶対に止まれない。繋いだものがその歩みの後ろにあるのならば、止まれるわけなどあろうはずがない。

 魔術回路を励起させる。死のイメージとともに裏返る疑似神経。駆けだす速度は妙に鈍く感じた。強化の魔術はうまくいってない。当たり前だ。所詮数か月程度、魔術に触れただけのこと。肉体強度と速度は上がっているが、強化のし過ぎで逆に身体が損傷している。はやる気持ちのせいで、制御するとかそんな考えが追いつかない。

 後ろで誰かが名前を呼んでいる。オリオンか。心配しているのだ。悪い、と思った。オリオンの配慮を、無碍にしている。それでも、彼は行かなければならなかった。だって、彼女はその剣を投影したのだから。ヘラクレスという難敵を前に、その剣を敢えて選択したのだから。

 ……朧げだけれど、あの時のことは、なんとなく覚えている。ヘラクレスを倒し得る武装として、あの剣をイメージした。彼女がその剣を投影して──記録上、彼女はヘラクレスを撃破した。記録上は。

 もう、彼女の姿は目の前。手を伸ばせば届く距離。ヘラクレスは槍を持ち上げている。あの刺突を喰らえば諸共に死ぬ。きっと、こめかみを掠っただけで頭が弾け飛ぶ。

 ……。

 関係ない。どうでもいいことだな、と思った。

 「手を!」

 握って、という。

 彼女の声が聞こえていた。

 その、黄金の剣の柄に手をかけた。酷く、重い。絢爛華美な黄金の剣のその重さ、繋いだものが絡むその重さは桁が違って、だからこそ、ただクロの代わりに剣を振るうことが、多分できる。

 クロはトウマに一瞥すら渡さなかった。その必要もなかった。トウマが手を伸ばすのは自明の理。剣を持ち上げるトウマの身体を巻き込むようにして柄を握りこみ、振り上げるトウマの動作をアシストし。

 一閃する珖芒。

 解放する真名。

 彼女に代わり、握る剣を振り上げる軌道。迫る槍の一撃を押し返し、黄金の一撃が岩の肉体に食い込む。

 一瞬、巨人の体内で黄金が叛濫した。

 雨は止み。黒檀の雲間から、水のように澄んだ月が出ていた。いつも、ずっとそこに在ったかのように。

 崩れ落ちたのは、互いだった。岩の巨躯が膝をつき、ざらりと肉が解けていく。巨岩が砕け礫石が崩れるように、ヘラクレスの躯体が消滅を始める。崩れた肉体がエーテルに解体される金の燐光がふわふわと宙を舞った。1()1()()()()()()()()幻想で貫徹されたヘラクレスの肉体は、そこで、終わった。

 倒した。ヘラクレスを、倒し―――。

 「トーマ!?」

 トウマが見たのは、そこまでだった。緊張が解けたせいか、鎮痛剤が異常に聞き始めたせいか、脳髄の底から這い出してきた眠気が全身に浸潤していく。

最後に見たのは、自分を覗き込むクロの顔。深く冥い黒森の臓物(ハラワタ)の青い目は、どこか。

 いつか見た魔性の目に、重なった。

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