fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Plus Ultra-Ⅰ

 数多の英霊の魂と肉体が渦巻く疑似的な星の核。この特異点を祭壇に、新しく古い神代という名の異界を形成する。その中心でメディアは自我を保ち、行く末を眺めている。

 魔女メディア。冥府に住まう女神ヘカテに教えを受けた彼女にとって、自らを責め立てるように蠢く魂無き肉体の哀哭も、肉体無き魂の嘆きも、どちらも子守唄程度の耳心地でしかない。そもそも、少女の形を執るメディアの精神性は過剰な純粋さで量子力学的に収縮し、他の何物にも拡散し得ない。あるいはそれ全てに拡散しながら、メディアは生きながらに死に続ける地獄に平然と揺蕩っている。

 ……彼女がその方法を思いついたのは、ずっと前だった。

 神代から彷徨い続ける彼女を大航海時代の楔として撃ち込んだ“魔術式”の存在を知ったのが、その始まり。その魔術式の根本にある古き約束(旧約)という基盤を、メディアはたちまちに分析した。その信仰の根本、人が神に至る道筋を捕捉した。後は、解体して理解した。王女メディアという怪物の底を、おそらく、この人理焼却の主犯は理解できていなかった。彼女が特異点を作るまでは主犯の思う通り。その後、聖杯の魔力を駆使して槍持つヘラクレスを召喚した。異界に渡る門、柱を宝具とするヘラクレスを、召喚した。神代という名の異界を造り上げるために。

 だが、神代への回帰、異界渡りなどという大権能をサーヴァントの身で振るうのは不可能だ。だから、ヘラクレスをより上の階梯へと引き上げる必要が、あった。それに、せっかくイアソンの肉体を用意するのであったら、天に戴く神でこそ相応しい、と考えが至った。なら用意すればいいのだけのこと……。

 メディアが全き思い通りに動いていない、と魔術式が知った時にはもう遅い。威力偵察とばかりに送り出してきた柱も含め、無数の天よりの御使いをヘラクレスに伐採させ、その腐肉を糧に抽出したエーテルからサーヴァントを召喚した。後の祭りと知り、静観することに決めた魔術式は、自分の肉体の破片で謝肉祭が執り行われる様を眺めているほかなかった。

 これで、舞台は整った。果てに至るための大地は広がり、大地をこの常世と隔絶した世界へと巻き戻すための階はそろえた。あとは疑似的にヘラクレスの宝具『十二の試練』11個目の生命(ダアト)が消化される手段を確立するだけだった。

 時は着た。ヘラクレスは10個のセフィラを巡り、11番目のダアトに至った。人、知恵に至り生命の樹と化したその生命を以て、ヘラクレスは窮極たる時戒の神となる。異界渡りの船頭にして英雄の器たる肉体は、ここに復活した。

 満腔の想いとともに、メディアは嘯いた。

 「さぁ、やっちゃってください。ヘラクレス!」

 

 

 ジョン・ミルトン著、『失楽園』は旧約聖書『創世記』をテーマにして描かれた。

 天使たちの堕天から悪魔たちの小競り合いを経、サタンは楽園へと向かう。純真無垢に生きる雌雄の番を騙し堕落させたサタンもまた、神による裁きを受け蛇の身体は植物に変成させられ、創世神話は幕を閉じる。

 人が堕落する以前、夜は原初の静謐が充満していたと言う。数多のものが静まり返り、次の朝まで微睡む賦活の閨。制止という名の生命の横溢と躍動をはたわたに収めた、それは永遠に失われたはずの夜だった。

 ……雨は、当の昔に止んでいる。無風の大気。波ひとつなく鏡面のように広がる海原には、天空で硬直したような黒雲が映りこんでいる。ただ、雲の裂け目から覗いた朔月だけが、青白く震えるように光を堕としていた。原初の夜が、ここに居た。

 後退る、クロ。目前に屹立する巨躯、その威容。神木がそのまま人の形に変成したかのようなそれは、錯覚でもなんでもない。生命の樹を内包し、天より舞い降りたそれは間違いなく英霊の上位種。現世では既に虚ろに果て、高次宇宙へと退いた神霊そのものを前に、平静でいられるはずがない。

 だが、彼女にはそんなことをする余裕すらなかった。パイルバンカーでこめかみを撃ち抜かれるような激痛を叩きつけられた時には、もう耐えられなかった。膝から崩れた彼女は身動きすらできず、聳え立つ玉体を見上げた。

 殺しきれなかった? いや、そうじゃない。確かに殺したという感覚はあった。勝利すべき黄金の剣、カリバーンはヘラクレスの11個目の命を確実に斬殺し、瞬間的にA++にまで撥ね上がった火力は最後12個目の生命すら鏖にする、はずだった。

 「11個目の命の消滅とともに強制発動する、宝具」

 掠れ掠れの声を滲ませる。喃語のような独語を漏らしたトウマは、そこで意識を刈り取られたかのように仰向けに倒れ込んだ。トウマの背に手を伸ばしたが、あまり意味はなかった。二人一緒に倒れ込んだクロは、自分の身体がとうに限界を迎えたことを理解した。

 魔術において、”力”とは他所から引っ張ってくるものだ。並行世界の運用、はその一つだろう。なんにせよ人間1人が所有するオド、魔術回路どちらにも限界があって、その限界以上のものを酷使すれば、反動は代償となって跳ね返ってくる。

 全身の脱力はその合図だった。力、というものの本質全てが底の無い深森の洞に脱落する感覚とともに、再臨したはずの霊基が後退する。霊衣が解け、黒を色調としたカルデアのBDUになったクロは、ただ漫然とその巨体が槍を持ち上げる様を見ているしかなかった。

 背後に浮かぶ、拓いた光の樹木。枝を圧し折りそれを槍に見立て、当然のように突き立てた。

 ただそれだけの行為なのに、世界が震える。戦慄のように大気が軋みを上げ、海が泡立った。世界の位相そのものがずれるかのような刺突に、何を為せるだろうか。アイアスの盾を投影する? いや、そんなもの、完全に投影しても1秒と持たずに全て貫かれる。これほど高濃度の神秘に対抗できる宝具の投影は、不可能だった。

 それでもクロはなんとか立ち上がった。

 霊衣を展開する。未完成状態で霊基が立ち上がり、赤い弓兵の意匠が展開する。

 投影した剣は精々が基本骨子の想定が甘い干将莫耶だけで、とてもあの木の枝を防げるものではない。

 それでも軌道だけは、逸らせるはずだ。その衝撃だけで自身の霊基はミンチになるだろうが、それでも背後にいるマスターの身だけは、守れる。目端、身体を起こしたマシュがきっとトウマを逃がしてくれる。

 その後、どうするかはわからない。こんな怪物を倒せる手段があるのだろうか。わからない。でも、きっとライネスとリツカ、トウマならなんとか打開策を見いだせるかもしれない。そのためにも、まずトウマは生き残らせないと。

 それはきっと、戦術的で、戦略的な思考。それと並列して存在する情動も自覚しながら、クロは無造作に振るわれた槍に双剣を叩きつけた。

 「あっ」

 届かなかった。全力で振るったはずの剣は宙を斬り、不意に背後から引っ張られる力に引きずられるように、赤い矮躯が跳ね飛んだ。

 身体に無理やりに注ぎ込まれる高濃度の魔力。魔力と言うよりは呪詛に近しいその強制感。サーヴァントへの絶対命令権。残り最後の一画の紅い燐光が手の甲で弾け飛んでいく。

 生き延びろ。

 言葉が頭の中で凝る。令呪は端的であればあるほど強い志向性を持つ。その原初的な願い、終わるわけにはいかないという意思の底、無意識すら超えた現存在の存在の祈りに、クロは顔をくしゃりとさせた。

 「バカ、そんなこと求めてない!」

 何に対しての怒気だったろう。自分でもよくわからない情動が過ぎる。ただ自明なことは一つだけあって、このまま槍を振るわれれば、問答無用であの刺突がトウマの身体を吹っ飛ばすであろう、ということだ。

 枝がトウマの身体を水溜まりにする。人間の身体なんて、あの膂力の前には紙切れより頼りない。

 枝の突端がトウマの肉体を貫く、刹那。

 「やらせません!」

 滑り込むようなマシュの挙動。盾を構えたマシュの軌道の先は枝とトウマの間隙ではなく、ヘラクレスそのものだった。

 「『疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』!」

宝具の展開とともに展開するパワーフィールド。【憑依継承】の全力解放、展開した力場をそのまま叩き付け、接触を焼き切りながら圧殺する戦闘技法。虚を突かれたようにシールドバッシュの直撃を受けた、ヘラクレスの巨体が宙に浮いた。

 展開した盾を駆けのぼる。腰に差した両刃の剣、月霊髄液によって形成される銀の刃を抜き放つ。踏鞴を踏むヘラクレスの頭上に飛び上がったマシュの狙いはヘラクレスの頸。構えは目線に水平、突きの姿勢から、マシュは刃を放った。

 「砲撃(ファイア)!」

 刀身は、魔力を出力するための器官。纏わせた魔力を槍をイメージしたパワーフィールドでパッキング。それをそのまま打ち出すそのイメージは、120mmの戦車砲からHVAP(高速徹甲弾)を打ち放つ様だったか。杭のように放たれた魔力はヘラクレスの頸筋を左から貫通し、右の脇腹から飛び出して甲板に突き刺さった。

 悶えるように、ヘラクレスの肉体が蠢動し、

 「ダメ、マシュ!」

 「え、あっ」

 続く声はなかった。延びた左手がマシュの胴体をオモチャでもそうするように鷲掴んだ。

 めり、という嫌な音が、酷く鮮明に耳朶を打つ。鎧が軋む音か、臓器が圧壊する音か。悲鳴すら握りつぶすほどの圧縮がマシュの胴体を捩じる。

 最初から、ヘラクレスの狙いはここだった。この場において最も優先度の高い攻撃目標は、クロでもなければトウマでも、またライネスでもない。未だ戦闘力を維持し、かつあれだけヘラクレスの攻撃を捌き切った|盾の持ち主《マシュ】を現状の最大脅威を認定し、これを排除しにかかったのだ。

 神霊となり果てたヘラクレスの筋力値がどれほどかは不明だったが、握りこまれたマシュがどうなるかは、あまりに、明らかだった。

 ぶちっ。

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