fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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前回今回と短い話が続いたので。


人格(ペルゾーン)

 神殿 前室にて

 

 放たれた斬撃は、回避不可能だった。左斜め上段から振り下ろされる槍の速度はオデュッセウスをして認識できなかった。いや、むしろオデュッセウスがオデュッセウスであるが故の瑕疵か。英霊が伝承によって成立するモノである限り、その存在様式は伝承に依存する。彼ら彼女らの無双豪傑は伝承学的論理性によって成り立ち、その論理性によって振る舞われる。そこにあるのはただの自明の明晰性であり、紛れはない。

だから、オデュッセウスには躱せない。伝承そのものが散逸しているが故、またその微妙な立ち位置から『テレゴノイア』そのものが人口に膾炙し得ないものであるが故にテレゴノスが幻霊以上にしかなり得ないとしても。それが語られ、書かれた伝承であるならば必殺の論拠となる。

 だから、それは当然の現実だった。

 アルターエゴ・テレゴノスの放った毒槍がアイギスの装甲を貫通し、致命に果てたのは、論理的に全く疑義申し立てる余地のない現実だった。

 ……だが、それ故に反撃の一太刀もまた自明のことだった。

 狙いは首。満身創痍の中放つ斬撃の速度は決して優れていない。だが、テレゴノスは決して英雄的に優れた能力があるわけでもなかった。オデュッセウスの剣、アイギスより錬成したる剣の一太刀は、あっさりどす黒く淀んだ泥人形の頭を跳ね飛ばした。

 血の代わり、噴き出した真エーテルが霧散する。光の雨粒のように波打つ粒子が床へと流れ、たちまち大気と混じり合っていく。首を刎ねられたテレゴノスはそれで絶命し、床へと転がった。

 オデュッセウスが地面に臥したのは、そのちょっと後だった。テレゴノスの槍、アカエイの毒を含んだ槍の作用か、既にバイタルデータが急激に低下している。酸素飽和度は60を下回り、加速度的に肉体が壊死している。本来であればアイギスから解毒剤が圧力注射で投与されて恢復するのだが、その見込みはない。オデュッセウスがオデュッセウスであるが故、アイギスはただ一つ、その毒だけ解除できない。

 死ぬな、と端的に思った。死ぬのは、二度目だ。一度目はここではない異聞の世界で、背中を衝かれて暗殺された。高慢さが故か、愛知らぬが故か、オデュッセウスは懐を刺し貫かれて即死した。

 床に転がり、エーテルに解体されていく死体を見下ろす。テレゴノスの父は間違いなくオデュッセウスで、その母はアイアイエーの大魔女キルケー。もし本当にオデュッセウスが汎人類史のオデュッセウスなら、その翼ある息子を手にかけることなどできなかっただろう。汎人類史において、年老いたオデュッセウスが未だ年若く戦歴もないテレゴノスに刺殺されたように。

 だが、異聞のオデュッセウスにはそんな感傷がない。そもそも、愛すべき人がいない。汎人類史と混じっているが故に不利判定を受けたが、そもそも同じ名前の他人というだけのオデュッセウスには伝承の論理性が薄かった。皮肉だな、と思った。一度目の生は愛知らぬが故に敗北し、今度は愛知らぬが故に相討ちまでは持ち込めた。なんとも、ままならぬものである。

 消えゆく死体の翼が、千切れて柔らかく飛んでいく。ふわりと浮かんだ羽がオデュッセウスの手のひらに、墜ちた。

 感情は、なにもなかった。例えば哀惜や愛しさのような、そういったものは何もなかった。ただ過ったのは、申し訳ないな、という妙に軽薄な同情だけだった。殺してしまった息子に対する思惟であり。そしてその母親であり、この特異点で知り合い、殺したキルケーに対しての思惟だった。

この特異点の裏にいる者を欺きながら勝つための布石を撃ち込むため、キルケーは自らこの特異点に召喚された。そして自ら召喚したオデュッセウスがあくまで魔神柱を贄に呼ばれたサーヴァントであると認識させるため、キルケー自らを殺させた。あくまで全ては作戦で、そう思えば別にかつて異世界の自分と愛し合った女を殺すことにはさして抵抗はなかった。

 ただ、そんな時、やはり思う。もし己が愛だの恋だのというものを知っていたなら、わかったのだろうか。平然と殺される選択をし、そして調子のよさそうな顔のまま首を刎ねられたキルケーの裡にあった情動に、見当がついたのだろうか。ただ思うのは、刎ねられ転がった顔が消える寸前、飛び跳ねた血が目元について雫を垂らしたようになったのは、偶然だが運命だな、と思った。

 オデュッセウスは、ふと耳朶を衝いた音で顔を挙げた。

 ひた、ひた、と血が水溜まりを作っている。見下ろす視線は酷く冷たい。その姿は知っている。この特異点で戦った相手だ。フランシス・ドレイク──海賊の、サーヴァント。返り血で塗れた姿は、傷だらけだった。

 あの防衛線を突破してきたのだろう。1人で来たところを見ると、単騎で突破してきたのか。無茶な作戦をするものだと思ったが、実際のところは理に適っている。【星の開拓者】、不可能を可能にするスキル。無茶な戦術を執ることそのものが合理的戦術である、などという考え、普通は浮かばない。これを指示した人間は、よほど人を人とも思っていない思考回路の持ち主に違いない。()()()()()()()()()()、よもや単騎で猪突してくるなど予想外にも程がある。

 フランシス・ドレイクが銃を構える。当然だ。オデュッセウスはフランシス・ドレイクがキャプテンを務めるあの船団を手酷く殺して回ったのだから。フランシス・ドレイクは生前、まだ奴隷船貿易に従事していた頃にスペインにしてやられたことを根に持ち続けた、という。復讐心を抱き続けた彼女が太陽を堕とすことになるのは、必然ではないが運命ではあったのだろう。

 つまるところ、ドレイクが瀕死のオデュッセウスに対して起こす行為は一つしかない。

 ドレイクが拳銃を構える。先込め式拳銃の銃身から飛び出した弾丸がアイギスの装甲を砕き額の皮膚を裂き頭蓋を破壊し前頭葉間脳視床下部松果体延髄小脳を肉みそにし、徹った弾丸が壁面を穿った。オデュッセウスは(おわ)った

 曰く。オデュッセウスは、海から離れた場所にて、安らかな死を迎えるという。あるいは、海より来たものによって、安らかな死を迎える、とも。

 異聞のオデュッセウスも、テレイシアスの予言通り、安らかに死んだ。知的好奇心は埋まったのだ。実感することはできずとも。

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