fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
澄んだ、空だった。
煌めく朝焼け、黄金の陽を照り返す、穏やかな海原。凪ぎを孕んだ蒼いわだつみの上、振り返る姿が目に焼き付いた。
「おう、トウマ。やっと目ェ覚ましたか」
快活と笑う巨体。一瞬ヘラクレスなんじゃないか、と思ってビビりながらも、すぐに認識を改めた。
筋骨隆々、勇気凛々とした身体の割に、なんというか―――顔が可愛らしい。なんかこう、どこかで見た記憶のあるゆるっとした感じがするような。
「誰がゆるキャラじゃ誰が」
もしゃ、とマッチョマンの顔が変形する。どこかで見た熊のぬいぐるみと全く同じ顔だ。
「え、オリオン?」
「おう」
軽い調子で、巨漢……オリオンは言うと、にかっと笑って見せる。
やっと起き上がったトウマは、目を細めた。海の上。丸く輝く太陽の光。浜辺からずっと沖合、真っ二つに砕けた船が浮かんでいた。
勝ったんだな、と思った。何がそう思わせたのかは、わからない。ただ、この黄金の景色を吹き抜ける柔らかく涼し気な海風が、底抜けに気持ち良かったのは、確かだ。
「なんだかコロンブスさんみたいんですよね。ねぇ先輩?」
「うーん確かに。顔の可変性は似てる」
「えぇー……俺これ扱い……?」
「おうおう、なんだぁその言い草は。俺の聖女サマのクソ垂れがなけりゃあ死んでたんだぜぇマシュ?」
「そういう言い方するからだと思いますよクリス」
「そーだそーだ!」
やれやれ、と髪をかき回すコロンブス。呆れる様子のケイローンとアン、納得いかない様子のコロンブス。あとなんか初めて顔を見たようなサーヴァントが一人。
「初めまして。名もなき人の子の勇者様」
「あ、はい。なんかそれ恥ずかしいっすね」
小さく頭を下げる、金髪の女性。すらっとしていて、なんというかトウマより身長が高い。そう言えばデータにあった。ディオスクロイの1人、ポルクス、だろうか。なんというか、近所で散歩してたら近所に住んでいる人に挨拶されたような……なんか、そんな身近さだった。
「私が黒幕のイアソンは倒したし、司令官のオデュッセウスも倒した。これにて一件落着ってわけさ。リツカ様様だねぇ」
「結局、メディアは仲間だったんだよな。てっきりメディアかと思ってたんだけどなぁ」
「良い子だったじゃない」
「うーん納得いかない……まぁドレイクが言うんならそうなんだろうけど。でもなぁ、どっちかというとメディアの方が裏切られてる逸話も多いからなぁ。案外、善い子なのかなぁ」
「終わりよければ全て善し、って奴さ。なぁ、トウマ?」
納得いかないように眉間に皺を寄せるライネス。クロは不思議そうに首を傾げるだけで、ドレイクはただ、裏も表も無い顔で笑うだけだ。何もなかった。そう、強く言及していた。
「……まぁ、それならいいか」
頓着も無くリツカは肩を竦めた。珍しく煤に汚れたり擦り傷ができたりした表情を、緩ませている。
皆、傷だらけだ。ボロボロになり果てた満身創痍。怪我していない人間などいない。そうして、多分この場に居ない人たちは、そういうことなのだろう。メルトリリス、黒髭、メアリー。いや、それだけじゃない。敵の手中にずっといたメディアも、ドレイクの口ぶりからすると、そうなのだろう。何某かを為そうとして帰らぬままに、彼女も終わったのだ──。
アンと、視線がぶつかった。アンは無言のまま首を振って、柔らかく微笑を浮かべただけだった。
(やぁみんな、お疲れ様。なんかこう、すごい大変だったみたいだね)
「めちゃめちゃ大変だったよ」
(ご苦労さま。本当によくやってくれた。帰ったらゆっくり休むと良い)
ロマニの声も、なんだか酷く懐かしい。そんなにずっと離れていたわけでもないのに。
(こっちでも時代の修復を確認した。そろそろ退去が始まる頃だ)
「なんだい、もう帰っちまうのかい。折角だし、そこの大男に一狩り行ってもらって宴でもしようかと思ったんだけどね」
肩を竦めるドレイク。残念そうな顔の全員の期待に反して、妙な身体の浮遊感がまとわりつく。特異点修復に依る強制レイシフト。聖杯は既に回収済みで、この時代を特異点たらしめる事象は排除していた。。
「まぁいいさ。人間、出会いも別れも唐突に始まって終わるもんさ。
「うん。じゃあ、また。フランシス・ドレイク。それと、皆」
※
溶けるように、5人の身体が消滅する。いや、消滅とはまた違うのだろう。遥か彼方、ここよりずっと先の時代へと帰っていったのだろう──。
仰ぎ見る青い空。アン・ボニーは、長い髪をかきあげた。
「なんか、終わっちまうとあっさりっていうか。急ぎ足なもんだなぁ」
「そう、時間があるわけでもないのでしょう。わざわざかかずらっている暇もないのですよ」
「やらなきゃいけない仕事ってのは早めにやるにこしたことはないもんさ。ま、拍子抜けっちゃ拍子抜けだけど、アタシらだけでもバカ騒ぎするかい?」
「おう、いいじゃねえか。これから諦めずに困難を進む馬鹿野郎たちと、これまで頑張った馬鹿野郎たちのためにってな」
「あの、私もご一緒させても。兄もいるのですが」
「あーいいよ良いよ──ってなんだぁ、あんちゃん生きてたのかい?」
「はい、その。寝ているのですが。こういう社交場? 的な場所に行きたいと」
「カストロが? いつの間にそんな風に成長を……先生としても嬉しい限りですが、また奇異なこともあったものですね」
「オリオン、アンタ狩り人なんだろ? ちょちょっとこの島で暴れてきておくれよ」
「あー構わねえぜ。でもちょっと待ってくれ。用事。すぐ戻る」
「おーい、アン!」
耳朶を打つ、フランシス・ドレイクの声。踵を返したアン・ボニーは、はぁい、といつも通りの元気の良さで応えると、大きな身体を揺すって駆けだした。
……世界で最も有名な女海賊、アン・ボニーとメアリー・リード。その二人の結末。アンとメアリーはともに身重の身体で牢に繋がれた。メアリー・リードは獄中、病に侵され、胎の子供ともども死してしまった、と記録には残っている。対するアン。ボニーは無事に子供を産み、種々の事情の後に赦免を得る。新天地アメリカの大地で家庭を持ち、子宝に恵まれ、当時としては長寿である82年の歳月を生き、天命を全うした。まるで、メアリーに半生を託されたかのように。きっと二人で生きていこう、という約束が履行できなかった、まるで謝罪でもあるかのように。
アン・ボニーは、メアリー・リードの全てを理解しているわけではない。たまに、何を考えて居るのかわからないことがある。他人なのだから当たり前。心が通じ合っている、なんてのは、得てしてただフィクションだけの話。だから、それは妄想でしかない、けれど。
「きっと、あの少年君は立派になりますよ。だってメアリー、貴女が生きて欲しい、と願った人なんですから」
ばさ、と海面から海鳥が飛び去った。翼撃を打ちながら飛び上がる白い鳥。天へと駆けあがる鳥は、空の果て、どことも知れない無限へ向かって飛んでいく。
「BBAー! 拙者も混ぜてくれー!」
「おわぁ!? あんた生きてたのかい!?」
「当たりめぇよォ! この黒髭様があんな筋肉もりもりマッチョマンの変態に叩き潰されたくらいで死ぬかと──ってアレ、誰ですかこの美少女……やだ、可愛い……」
「貴様ァ! 薄汚い身体で妹に近づくんじゃあない!」
「なんか金髪イケメンが生えてきたァ!?」
「世界には色んな人が居るのですね、勉強になります」
「いや待て嬢ちゃん、あれを参考にしちゃならねえ。参考にするならな、この俺様をだな」
「アンタも大概だよコロンブス。顔戻しな顔」
「平和で何よりですねぇ」
めでたしめでたし。ちゃんちゃん。
※
「お疲れ、ロマン」
レオナルド・ダ・ヴィンチはインスタントのコーヒーを啜りながら、ロビーに入ってきた人物に声を投げかけた。あぁ、と手を挙げるロマニ・アーキマンも壁際のコーヒーマシンに近づくと、それはもう薄いコーヒーを淹れ始めた。
「レッド●ルは飲まないのかい」
「やっと修復終わったんだからさ、エナドリ生活は一旦休み。肝硬変になっちゃうよ」
「リツカにも見習ってほしいねぇ」
「とっかえればいいのに」
ぐい、と薄いコーヒーを一飲み。コーヒーっていうよりはもうほとんどコーヒー風味の茶色いお湯だ。旨いもへったくれもあったもんじゃないが、これしかないのなら仕方ない。
へろへろな様子でダ・ヴィンチの向かいのソファに座ると、ロマニは大あくびをした。いつも通りの長時間勤務にやられた後の、束の間の休み、というわけだ。最も、5人が特異点へと飛んでいる最中なら、4時間後に48時間労働が始まるわけなのだが。とりあえず8時間眠れる、というだけで、今はマシな状況だろう。
「それ、ブラック企業の発想だよ。超クソな状況と比較してクソな状況を良いっていうのはさ」
肩を竦めるダ・ヴィンチ。これでも怪我人が現場復帰を始めているので、本当の最初……冬木やオルレアンの頃よりは大分マシにはなってきているのだ。とは言え爆破が管制室で起こった都合、管制官やらのメンバー大半が死亡してしまった現状は変わらないのだが―――多少なりとも、ロマニもやっと自分にしか出来ない仕事をする時間ができはじめているのも事実だ。ダ・ヴィンチにしてもそれはそうで、さもなくばあんな“玩具”弄りなどしている暇はない。
「皆、大丈夫なのかい」
「まぁまぁ。ライネスちゃんは疑似とは言えサーヴァントだしね。眉間が痛いとか言ってるよ。マシュも回復してる。最近はコロンブスの話をよくしてるね。リツカちゃんはなんか最近眠いって言ってたかな。トウマ君はなんか怪我するのに慣れた、とか言ってた。まだベッドから出ちゃダメって言ってるのに、動こうとしててさ。前なんて隣の医務室にまで歩いてったんだよ?」
「オフェリアへの見舞いと報告だろ。まぁいいじゃん、まごころを君にするわけでもあるまいし」
「それ動詞? まぁいいんだけどなぁ。一応医務としてはなぁ」
腕組みするロマニ。うーん、と唸ること暫く、しぶしぶといったように頷いた。というより思考を維持するのが面倒、という感じか。その割に寝ようとしないのは、なんとなく話し相手が欲しいという、人間らしい感情の発露だったろうか。ロマン、なんて名前、良く似合ってると思う。
「それで?」
ダ・ヴィンチはさらりと言葉を続けた。
「わからん!」
「ばっさりだ」
「というより、ぐちゃぐちゃなんだよ、クロちゃん」
天井を振り仰ぐ。やれやれとでも言うように身を揺すったロマニは、今度はお手上げのポーズを取った。
「バイタルデータくらいは取れたよ。体温、心拍数、血圧、酸素飽和度。あと脳波かな。生理学的に“生きてる”状態は維持しているけど、それ以外は全部ダメ。レントゲンとってもエコーかけてみてもダメ。CTもダメだった。なんか―――観測を拒まれてるみたいだ」
いつになく難しい顔のロマニ。それはそうだ。ロマニ・アーキマンは別に物理学者でもなんでもない、ちょっと優秀じゃない魔術使いで医者でしかないのだから。仕事が減ったと思ったら、本業で本当にわけのわからない仕事が出てきたなんて嫌すぎる。
「強くなる理由になるかもだから、まぁ悪いわけじゃないとは思うけどさ」
「強かったねぇ。悪魔じみた強さってのはあーいうことを言うんだろうねぇ。オリオンもとんでもなかったけどね。あれだけ強かった神霊ヘラクレスをただ力だけで捻じ伏せちゃうなんて──」
「あー、思い出した!」
不意に、ロマニは勢い立ち上がった。うわ、と仰け反るダ・ヴィンチを他所に、ロマニは慌てるように駆けだした。
「どうしたんだいそんなに慌てて」
「思い出したんだよ、クロちゃんの脳波計! なんかに似てるなぁ──って思ってたんだけど」
ロビーのドアを潜り抜ける。なんだっけ、と思い出す仕草をもう一度してから、ロマニは大きく頷いた。
「“悪魔憑き”だ! 確か、そんな病気の名前だった、ような」
病気の名前、というにはあまりにも。
なんとも伝奇的な呼び名だな、と思った。
※
「ここでいいのか?」
第三特異点・アルゴノーツ拠点の島
岬に佇んだオリオンは、周囲を見回した。
眺めはよく、善い景色だ、と思う。夜、空を見上げれば、天には満天の星が綺羅星となって煌めくだろう。もちろん、月も、良く見える。
だが、周囲の光景は、もう少し陰惨だ。森の木々は打ち倒され、地面はえぐれている。ここで激しい戦いがあったことは、想像に難くない。
「ここでいいよ」
応えたのは、オリオンの肩に乗っかる、白い姿だった。清らかな流線形の彼女はオリオンから地面に降りると、崖の下、静かな海原を見下ろした。
「馬鹿な子、アタランテ。貴女はちゃんと、正しい判断をしたのよ。私に正直に言って、それでも子供にはちゃんと育って欲しいって言っていたじゃない。私が貴女に子育ては無理だ、って言っても。だから、私は赦したのに。可哀想な、アタランテ。メルトリリスにはお礼を言わなくちゃあね。私の現身として、この世界に召喚されてしまった、あの子に。私がしなくちゃいけないことをさせてしまったのだもの」
小さく、彼女は首を横に振った。きっとそれは、オリオンには関係のない話だ。聞くべきではない、と判断して、踵を返した。
空を、見上げる。青い空、白い雲。遠くで聞こえてくるバカ騒ぎ。その騒ぎ声から離れていく、一羽の杢灰色の鳥。
手を、掲げた。鳥を掴むように、手を伸ばした。当然手は届くことなく、優雅に羽搏く美しい鳥は、空の果てへと消えていった。
……結果として。
冠位たる我が身が召喚された、ということは、即ち。
「じゃあな、みんな。この先に待つ結末がどんなものであっても、絶望が待っていても、挫けそうになっても、止まるんじゃねえぞ」
3章の対ヘラクレス戦が書きたくてfgoの執筆を始めたと言っても過言ではありません。それにしても、まだ3章だというのに8か月もかかってしまって自分でもびっくりです
それでは第3章、これにて完結でございます。ご愛読いただき誠にありがとうございました。4章も既に執筆完了しておりますので、続きは8月半ばくらいから投稿を再開していきたいと思います
それでは次回、第4章『