fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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人の礎を見定めし者

細木づくりの巨人が炎に包まれていく。あるいは、既に炎そのものになった巨人の放つ熱波は、遠く離れたキャスターの額まで炙るほどだった。

ウィッカーマン、人身御供の巨人。原初のルーンの使い手として顕現しながら、その肉体の出自から付与された宝具。贄を胎に、荒魂を鎮めた巨人は、あとは供物を捧げるために全てを灰燼に帰すはずだった。

はず、だ。

「倒したんですか」

マシュが、炎の塊を所在なく眺めている。自分を囮にしたに関わらず、マシュはそれ自体には特段の頓着を持っていないらしい。

肝が据わっているのか。それとも―――。

「早くタチバナ先輩とアーチャーさんに伝えないと」

「いや―――まだだ!」

燃え盛る火焔。紅蓮の牢獄の中―――黝い閃光が津波のように横溢した。

魔力が収束する。縮退星の如くにマナごと、周囲の炎すら喰らいつくしながら、宵闇の閃珖が剣の形へと収斂する。

「―――是は、人理を選定する(護る)ための戦いである」

其は、星の意志。星の力。惑星の(ハラワタ)より産み落とされた最強の幻想、ラスト・ファンタズム。数多ある宝具の中でも頂点に君臨する神造りの剣、その名は―――。

「―――『約束された勝利の剣(エクスカリバー)!』」

―――黄金のフレア。そうとしか言えないほどの、圧倒的な光の奔騰。竜の炉心、そして大聖杯から供給される魔力全てを光に変換して放たれた斬撃は、炎の巨人を真っ二つに叩き切り、光の渦となって押し寄せた。

躱す暇は無い。ルーンの身体強化で敏捷を上げればなんとかキャスターは回避できただろう、だがそれではマシュは躱せない。ルーンで二人を強化する猶予も無い。

何より。

背後に、リツカとオルガマリーが居る。この極限まで練り上げられた斬撃を、何が何でも防がなければならない―――!

《マスター、令呪を―――》

念話で呼びかけた刹那、ぞわりと身体がたわんだ。

キャスターの念話より一手早く、リツカは令呪を切った。

命令は至ってシンプルだった。何よりもキャスターが求めていたその命令に、鋭く口角を上げた。

「んじゃあご命令通り、全力でぶっ潰してやるぜ!」

ドルイドの杖を突き立てる。

右手を地に。軋む霊基の崩壊すらもルーンでねじ伏せ、その真名を解放した。

「―――『大神刻印(オホ・デウグ・オーディン)』!」

地につけた右手を起点に、周囲に不定のルーン文字が浮かび上がる。その数18、かの師より賜りし古のルーンその全てを起動させた。

北欧の神話体系、その頂点に位置する大神オーディンが作り出した魔術基盤。かの戦乙女ですらも、己が霊基と引き換えにしか発動しえない原初のルーン。Aランクを超える魔力の塊、その全てが獄炎へと変換される。

黒き極光。怒涛となって屹立する暗黒の星光に、流星の如き焔が激突する。

焔を食い尽くす断光、暗黒を貫く焱。食い合い、殺し合いながら、星の聖剣と大神の術技は完全に拮抗していた。

だが。

それも、僅かな間、だった。

徐々に、光が炎を飲み込む。大口を開けた巨鯨が海水ごと沖醤蝦『オキアミ』を摂食するように、聖剣が原初のルーンを切り裂く。

「まるで()()()()()だな―――!」

苦く、顔を引きつらせる。上級宝具を遥かに上回る大神のルーンと言えど、相手はさらに上位に君臨する星の意志そのもの。さながらそれは、あの悪戯好きの巨人が育て、炎の巨人が振った炎魔の杖。一つの神話体系の主神でしかないものに、撃ち勝てる道理など無い。

エクスカリバーの閃珖が炎を食らい尽くす。そのまま押し寄せた光がキャスターを消尽させる。

その瞬間だった。

キャスターの前に、彼女は躍り出た。その背に躊躇いは無く、恐れも無く。怖いほどに純粋な背が、青い目に焼き付いた。

「其は、人理を見届けるもの―――」

彼女が、マシュが盾を掲げる。あるいは盾とすら呼べるものか不明な十字の宝具を手に、星光へと相対した。

「マシュ・キリエライト、行きます!」

 

 

「疑似展開―――『人理の礎(ロード・カルデアス)』!」

光の断層の只中、其れは現れた。

あらゆるものを焼き払う星の内海より溢れる濁流を堰き止めるように、白無垢の如き雪花の盾が聳え立つ。その守りは、遥かな太古にてセイバーが背を預けた城壁のようだった。

星の聖剣に耐えうるものなど、この地上には最早存在しまい。神代の終わりに現世にもたらされた終末の幻想、エクスカリバーの出力は、それほどに気高かった。

だが、それは物理法則に限った話だ。あの少女の持つ盾は、物理法則と異なる次元に位置する護り。即ち、精神の護りに他ならない。

ならば、その光景は必然だった。いかなアーサー王の最強の剣が放つ漆黒の極光と雖も、その盾は、防ぎ切った。地獄のような灼熱に包まれながら、それでも、まだ戦いを知ったばかりの小娘は、究極の斬撃を受け止め切った。

セイバーは、おぼつかない足ながらも踏みとどまった。キャスターの宝具で既に霊基は限界に近い。それでも、彼女は地に伏さない。

セイバーは、薄く笑った。これでいいんだ、と思った。永遠に耐え続け、精神が擦り切れて襤褸になるまで摩耗しながら。独りでは決して間違えるとわかりながら、それでも彼女は待ち続けた。行く末を見守る者が現れるのを、ただ、待ち続けた。

盾を構えた少女の目が、セイバーを捉える。視線の交錯は一瞬、セイバーは微笑を投げかけ、目を伏せた。

あぁ―――安心した。

―――だが。

セイバーは再度、剣を掲げた。安堵の微笑は既になく、その金色の目、屍色の肌は、冷徹に戻っていた。

それとこれとは、別だ。いやあるいは、だからこそ示さなければ。最新のサーヴァントへの餞として。

ざわ、と背筋に冷気が奔る。

直感が告げる死の予感。

丐眄と同時、虚空へと剣を叩きつける。その数舜前、滑り込むように人影が重なる。

いつの間にその距離を詰めたのか。一足で相対距離を零にしたキャスターの手には、赤い槍の穂先が煌めいていた。

猛犬の目と黒竜の目が交錯する。驚愕、絶殺、数多の情動を絡ませながら―――。

「『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』―――!」

 

 

赤き呪いの槍、ゲイ・ボルグ。本来それは、投擲の為の槍であった。だが、クー・フーリンはその独自の運用を編み出し―――そしてその絶技は、穿てば必ず心臓を貫くとされた。

心臓を貫いた、という結果の後に槍を放つという過程が付随する、因果逆転の魔槍。それを躱すには、いかほどに敏捷が高かろうが無意味である。躱すには高い幸運と直感が必要になる―――その意味で、本来のセイバーはゲイ・ボルグを躱し得る数少ないサーヴァントの1人だった。が、反転した彼女は直感こそ持っているが、幸運値はCと低い。間合いに入れば、ゲイ・ボルグはセイバーの心臓を貫ける。

それ故に、ゲイ・ボルグは切り札だった。アーチャーが放ち、そして所有権を奪い返したゲイ・ボルグは、セイバー戦で鬼札になり得る。だからこそ、最後の瞬間まで温存しきることとした。

焼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』、『大神刻印(オホ・デウグ・オーディン)』は囮。クー・フーリンの肉体が最も得手とする呪いの朱槍こそ、最後の一手であり―――そして、その赤き刺突は、間違いなくセイバーの心臓を貫き、破裂させた。

血が、地面を濡らした。

宙に貼り付けにされたセイバーの四肢は、既に力を萎えさせている。ぶるぶると痙攣する小さな身体は、あと1秒で事切れる―――。

―――否。

「流石だな、光の御子。いや、北欧の大神と言うべきか?」

ゆら、と幽鬼のようにセイバーが顔を上げる。死蝋のような色の無い顔、冷たい目がひたりとキャスターを睨みつけた。

瞠目する。心臓を貫かれて、なおセイバーはまだ死んでいない。いや、既に死んでいるのかもしれない。だが、死んだ程度で彼女は止まらない。心臓を貫かれた程度で終わるくらいなら、カムランの丘で彼女は果て、聖剣は還せなかっただろう。

それは意地。耐久値Aだけで心臓の破壊に耐えながら、彼女は、無為な最後の剣戟に挑もうとしている。

其は、彼には理解不能なものだった。だが、彼の身体にはあまりに馴染んだ灼熱の無為だった。

「面白れぇ―――セイバー!」

セイバーが聖剣を薙ぐ。袈裟斬りに放たれた剣がキャスターの肩口を切り裂き、心臓を真っ二つにした。ぎりぎり身体を両断しなかったのは、セイバーが既にそれだけの余力を残していなかったからだった。

どす黒く、血を吐き出す。キャスターは、その一撃だけでほぼ、絶命した。だが死に切らなかった。戦闘続行―――仕切り直し。ただ独りで大軍と戦い続けたクー・フーリンが有するスキルは、彼を一歩手前で殺さなかった。

互いに、残りは1秒しか猶予は無い。1秒経てば互いに死ぬ。何をしようとも、互いの死は避けえない。

だが、キャスターは動いた。

左手を掲げる。キャスターとしての彼が持つ杖が、ゆらと形を変える。オーク材の杖は形を変え、もう一本、赤き呪いの槍へと姿を変えた。

セイバーは、ただ虚ろにもう一本の槍を眺めていた。既に、彼女は絶命していた。絶命しながら、その槍の一撃を、ただ、目にしていた。

「―――『是、大神宣言(ゲイ・ボルグ・グングニル)』!」

呪槍が奔る。呪槍は閃光に、閃光は死棘に。片腕だけで放たれた槍は、セイバーの胴を貫いた。

最後の吐息を吐き出すように、セイバーは声を絞る。果たしてそれが、キャスターへの称賛だったのか何なのか、よく聞こえなかった。言葉の意味を問いかけようとした次の瞬間には、セイバーは燐光に包まれ―――消滅した。

セイバーが消えた痕に、何かが閃いた。周囲の景色を捻じ曲げるほどの高濃度の魔力を纏った、奇妙な水晶体。聖杯、だ。

槍を突き立てる。倒れて死ぬのは、彼の歴史に反することだった。

「キャスターさん!」

「よお、お嬢ちゃん。見たか、影の城の主の真似事だ。俺の槍ならあんな奴相手じゃねえって言ったろ?」

言いながら、キャスターは血反吐をまき散らした。思わず倒れかけたところをマシュに支えられ、彼は苦く笑った。

「ったくこれじゃあ格好つかねぇな。嬢ちゃんにも(ゲイ・ボルグ)作ってもらって―――ってなんだ、ここまでか」

キャスターの身体が、燐光に包まれていく。ぼろぼろと身体は崩れ始めていた。つい先ほどセイバーがマナに還元されていくように。

「後は任せたぜ、お嬢ちゃん。まぁなんだ、グランド・オーダーは始まったばかりだが……当分、サーヴァントとして召喚されるのは勘弁だわ」

 

 

 

「キャスターさん、消滅しました。私たちの、勝ち、でしょうか」

マシュは、手のひらの上に零れた光の残滓を見下ろした。

最後の数舜まで殺し合い続けたセイバー。キャスター。英霊たちの戦いがなんであるのか、マシュは最後の最後に、その凄絶を目に焼き付けた。

マシュは振り返り、リツカを見た。彼女は柔く、微笑を返した。

「所長、ありがとうございます。身代わりのルーンがなかったら、私―――」

「いいわよ、別に。精々役に立ったようで何よりです」

ふん、とオルガマリーは取り付く島も無い様子で鼻を鳴らした。態度は相変わらずだったけれど、それでも、まんざらでもない様子なのは、古馴染みのマシュにはよくわかった。

「はいはい―――それよりあの水晶体を回収しましょう。セイバーが異常をきたした理由―――あれでしょ。それに」

(何だい?)

「冠位指定―――いえ、なんでもありません。マシュ、早くなさい」

「は、はい。では―――え?」

ざわ、と空気が震えた。ような、気がした。

何が、というのは、よくわからない。だが、マシュは思わず、リツカを見つめた。

慄く? 恐怖? いや、違う。目を獣のように見開く彼女の内に巣くった情動が一体何なのか、マシュにはよくわからなかった。ただ、そのあまりの強度の情動のせいで、彼女の身体が小刻みに、震えていた。

「いやはや。まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だよ」

伽藍洞に響く声。酷く慇懃無礼な声音には、聞き覚えがあった。

いつから現れたのか、どこから来たのか。いつの間にか面前に現れた獣染みた目の男が、不快そうに口を歪めた。

「―――レフ、教授」

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