fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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 モニターが、閃いている。

 どこかの市街地だろうか。未来的な石? の建物を縫うように、2つの影が疾駆している。1騎は黒い衣装の剣士。もう1人は、亜麻色の髪の眼帯をした少女だ。

 「そう、そのまま後退。大丈夫、仲間を信じて。きっとカドック君とペペさんは大丈夫」

 “私”は頭に被った何か───私には与り知らぬことだが、それはヘッドセットという現代の器具だった───に声を吹きかけ、冷静に2人を誘導しているらしい。

 街を駆ける2つの影に、黒い何かが追従する。不定の形状をした黒い影のような何か。黒く澄んだ泥人形のようなそれらは、剣を、槍を、弓を構えて2人に迫る。

 計、4体にも及ぶ泥人形はそれぞれの得物に最適な攻撃方法を以て、黒衣の剣士に襲い掛かる。剣士であれば白兵戦を挑み、弓兵であれば中長距離からの狙撃を敢行し、槍兵は俊足の一撃離脱で襲い掛かり、魔術師は他3体の援護をしながら剣士の頸を狙う。

 傍目で見る限り、2人は明らかに劣勢に立たされている。黒い剣士は既にボロボロで、亜麻色の髪の少女も見るからに疲労困憊といった様子だ。

 “私”は、けれど、その光景を平静に捉えている。想定の推移をしている、という事実だけが脳内をぐるぐると巡っている。その奥底に蜷局を巻いている小さく硬い葛藤を感じながらも、“私”は正しくその光景を網膜に焼き付けている。

 (セイバー、右腕部損傷。即応性能40%低下します)

 無機質なオペレーターの声にも、“私”は身動ぎすらしない。「大丈夫」とマイクに声をふきかけるだけで、それ以上は何もしない。脇から刺さるように振り向けられる視線も気にせずに、“私”は泰然盤踞と佇んでいた。

 (セイバー、両脚部に致命的損傷。運動性能80%低下)

 そんな“私”の思惑通りなのか、違うのか。弓兵に足を射抜かれた黒衣のセイバーは、つんのめるように錐揉みしながら地面に激突した。

 運動性能だけではない。既に継戦能力はない。あとはただ、残る3体の泥人形に蹂躙されるに任せるだけ───そんな状態だった。

 槍兵が、大きく得物を持ち上げる。槍というより薙刀のような形状のその武装を振り下ろせば、剣士の頸は綺麗に飛ぶだろう。

 咄嗟、亜麻色の髪の少女が自らの眼帯へと手を伸ばした。その秘奥を解放せんとしたところで、“私”は鋭く声を刺した。

 「大丈夫! もう終わる」

 刃が振り下ろされる。あっさりと頚椎を砕く刃は、剣士の頸を跳ね飛ばさんと───。

 (敵攻撃目標(オブジェクトエネミー)の撃破を確認。状況終了します)

  間延びした声は、酷く場違いに響いた。

 「狙い通り?」

 硬い、詰問の視線が“私”の耳朶を打つ。腕組みしながら佇む灰色の髪の女性は、琥珀色の目を“私”に突き刺すように向けている。

 その姿に、人工美を感じるのは何もおかしなことではあるまい。天体科の若き当主として君臨する彼女は、実年齢こそ10代だが、その身体に蓄積された研鑽はおそらく千年に達するだろう。それは単に、何代も継承された魔術刻印のことだけを言うのではない。その血を良質に保つため、あるいは改良されるため。幾重にも濃縮された血と肉体そのものが、極めて人為的な所産なのだ。何の比喩でもなく、魔術師とはサラブレッドと同じ生命なのだ。言い方を変えれば、魔術師は畜産であり、また家畜なのだ、とも言えるだろうか。そういう換喩を想像するところが“私”らしさなのだが……ともあれ、眼前に君臨する彼女には、その美質を含めて、純粋な尊敬を向けている。少なからず、“私”は魔術師の家系などさっさと放棄してしまっていた。役に立たないものに縋るほど、“私”は暇ではない。

 “私”は、彼女の問いに肩を竦めて「そうですね」と苦笑いをした。彼女が期待しているのは、もっと王道で、華麗な勝ち方なのだろう。そういう期待を持つ気持ちは、よくわかる。人は、知性あるれる他者に度肝を抜かれる奇術師的な在り方を期待するものなのだから。現実の知性は、むしろ地味且つ堅実であることが多い、という事実は、むしろ彼女の方が善く知っているのだろうが。

 「すみません。ご期待に沿えずに」

 「そうね」彼女は不機嫌そうだが、さりとて癇癪を起すでもなく言う。「ですが、1人も欠けることなく特異点を攻略したのは事実ですし。デイヴィッドやキリシュタリアの方が時間は早かったですが、流石に1騎の脱落もなしとはいきませんでした」

 不肖不肖、といったように彼女は腕組みする。やはり彼女は愚かではない。ややヒステリー傾向にあるけれど、だからといって無能というわけではない。どちらかというと保守的で、情勢が安定している時には稀有な才能を発揮するだろう。逆に言えば緊急時には向かない性格で、それ故に、自分のような海の物とも山の物ともつかないものを連れ出してきたのだろう。ご苦労なことだ、と思う。

 最も。

 「何かあったら、なんて考えたくないけど」少しばかり不愉快そうに、彼女は眉を潜めた。「何かあった時、貴女のことは頼りにしてる。その時が来たら、ガンバって」

 さらに言えば己の力量を客観的に評価している、ということか。自分の卑俗さを理解した上で、それをカバーし得る人材を招集できるのは優秀という証拠か。

 「それで」“私”は背中を壁に預けた。モニターの映像は既に切り替わり、各種データがずらりと表示されている。「マシュとはどうなってるの」

 話題の転換は、多分、気恥ずかしさからだった。彼女はそんな“私”の口ぶりには気づかずに、むむむ、と彼女は表情を顰めた。睨むように向けられた視線だが、どうにも力がない。自分に分が悪い話、と理解しているらしい。だからこそ“私”もこの話題にしたわけだが。

 「どうでもいいでしょう。どうして今その話なんですか」

 にべもない言い方だが、やはりいつものはっきりした調子がない。彼女は、マシュ・キリエライトにどうにもニガテ意識がある。いや、当然と言えば当然なのだろうけれども。

 「わかってます。私に何らかの責任があることくらい。ただ、ちょっと待ってよ。ちゃんとするから」

 ぷい、と彼女は顔をそむけた。顔を背けながらも、覗き込むように彼女は“私”を横目で見ている。可愛らしいなぁ、と思いながら、“私”は特に、それ以上は何も言わなかった。何も言わずに、ただ小さく1度だけ、首肯した。

 “私”は、そういう奴だ、と私は思った。中途半端な人だ。周りに関心を以て接して干渉するのに、その癖その干渉はそんなに深くない。小さく触発するだけで踏み込まず、ただ、他者を放牧してしまう。まるで、牧夫のよう。あるいは野に畝を作る農夫のよう。

 人は──あるいは女性は、心に秘密の花園(シークレットガーデン)を持っている。誰にも見せられない心の壁の、裡の園。心地よく。あるいは不快な内面性。

 “私”の内面性は、とても、平凡だった。特筆すべきものは何もない。他者と比較された異端性など何もない。どこにでもいる誰か。誰でも良い誰か。きっと“私”は、その程度の誰かでしかないのだろう。

 「マシュは可愛いよ。おっぱいデカいし、マッチョだし。造形美ですよ造形美」

 「ブラックジョークにも程があるわよ、アナタ」

 「世の中そんなもんでしょ。ね、マリー?」

 マリー、と“私”は口にした。呼ばれた彼女は少しだけ不満そうにした後、ほんの一瞬だけ、表情を緩めた。一瞬だけだけれど、永遠にも等しく延長する刹那。

 “私”は、だから、動くのだ。ただその一瞬に背負うもののために、()()()()

 

 

 「おーい。生きてる?」

 私──エリザベート・バートリィは、べちべちと頬を叩く痛みで目を覚ました。

 朧げな視界が、徐々にクリアになっていく。

 まず、飛びこんできたのは見知った顔だった。赤銅色の髪の毛に、深い池沼の泥底を思わせる鈍い瞳。左側頭部で一つ結びにした髪の毛が、風に揺られて馬の尾のように揺れていた。

 藤丸立華。19歳。いまいちつかみどころの無い、情熱に欠けた女の眼球がエリザベートを反射していた。

 「マスターならそのくらいわかってるんじゃないの」

 眉間に皺を寄せながら、エリザベートは不平を口にした。確かに、と納得するように頷くと、リツカは屈曲の姿勢から背筋を伸ばした。

 遅れて、エリザベートが立ち上がる。堅い石畳の感触だが、特に身体に不調は感じない。いつも通り、と認識して、彼女は立ち上がった。

 見覚えのある街並みだ。綺麗に区画された、古い欧州の街。エリザベートには無縁だったが、今は縁のある、あの広場へと続く街。遠く路面の先から響く鈍い音響も、知っていた。

 フランス・コンコルド広場へと伸びる通路の一本。周囲だけは死んだように森閑とし、ただ自らの息遣いと微風だけが鼓膜の上を蠢動している。

 本当に、外に出た。あの黒い暗黒の先に、このフランスの大地が拓いている。エクスクラメーションマークとクエスチョンマークを盛大に頭の中に撒き散らしながら、エリザベートは当然のように佇むリツカの背を注視した。

 明らかに、彼女はこうなることを知っていた。あるいは予知していた。理由は不明だが、自分より後からこの世界に放擲されたはずのリツカの方が、何事かを察知している。

 「どうしてこうなるってわかってたの」

 堪らず、エリザベートは問いただした。微かに視線を寄越したリツカは、「簡単なことだけど」とまず一言だけ漏らした。

 「言語化し得ないものには長く滞留できないんだよ。無意識とか、存在とか」

 「どういう意味よ」

 「人はすぐ、語り得ぬものを陳腐な言葉にしたがるってこと。私も、貴女も。人間が生きるということは、概念(フレーム)を生産することだから」

 早口に言うと、「まぁいいじゃない」とリツカは続けた。「どうでもいいことだ」

 「エリザベート・バートリィ。貴女にはもっと、大事なことがあるでしょう? それを思索しに行こう。貴女のために。彼女のために。私のことは、どうでもいいからね」

 早く、と口唇が形象を刻む。頭の中を占有し始めた疑問符はそのままに、颯爽と街路を歩み始めたリツカの背を追った。

 「私はハイデガーが好きなんだ」

 彼女の歩みには、何か確信めいたものがある。かり、かり、と靴底が小さな砂粒を磨り潰す音が、妙に耳朶に響いている。筋肉質な背が、蠢いている。指先は何かを掴むように、微かに痙攣していた。慌てて後を追うエリザベートは、天に唸る残響を仰いだ。

 径は、そう長くはなかったはずだ。けれども妙に長く感じたような気がする。いや、逆だろうか。エリザベートの内心と裏腹に、妙にあっさりと踏破したのだろうか。わからない。そもそもここに時間は存在したのだろうか。いやしているはずだ。だが時間そのものが系列を為していないのか? 折り畳まれ沈殿した時間が攪拌されている。スムージーでも作るみたいに──。

 あ、と声が漏れたのは、だからそういう理由だろう。

 唐突に(くら)い視界を啓いた烈日の下、エリザベートは3度目の光景を目にしていた。

 酷く、間延びした広場の景色。屹立する石塔(オベリスク)。その傍らに傲岸と設えられた罪人の安寧の地に、人間たちが群がっている。

 誰かが、何かを喚いている。黒ずくめの人間2人に引きずられれて、誰かが断頭台に連れられて行く。

 誰だろう。いや、誰かはわかる。中世的な修道服に、禿頭の男。大事そうに本を抱えながら、情けなく喚き声をあげている。確か、オルレアンで見た、気がする。黒衣のジャンヌ・ダルクが見せしめに焼き殺した司祭の1人、だった、だろうか。名前は正直に言って、覚えていない。

 無理やり断頭台に首を固定された司祭に、もう抵抗する余地はなかった。周囲の群衆に煽られ、悲鳴を上げながらも、身動ぎ一つ許されずにもがいている。

 こつん、と音が響いたのはその直後だった。断頭台を昇る足音が、何故か、一際鋭く周囲を圧倒する。

 白無垢の姿が、ゆらりと登った。純白無垢の出で立ちに、病的な白い肌。同じように白く見えるプラチナブロンドの髪の下で、天色の目が蠕動していた。

 咄嗟、エリザベートは身を乗り出した。だが、すぐに動きを制止させてしまった。何故、という自分でも不明な疑問が鎌首を擡げた。だが、何より彼女が動揺──あるいは安堵したのは、今の己の挙動の不定を、隣でリツカが刻銘に目撃しているという事実だった。何も彼女は言わず、ただ、見ていた。

 エリザベートは、結局、何もできなかった。ただ現状に滞留した彼女は、戦々恐々と、断罪の瞬間を目撃した。

 白衣の女が手を掲げる。それが、処刑の合図、裁きの号令だった。

 刃が堕ちる。黒々とした巨大な金属塊が落着し、司祭の頸にかぶりつく。首が堕ちる瞬間こそ桶に隠され見えなかったが、絶命したのは明らかだった。ギロチンの刃が直撃してから数瞬ほど藻掻いた太り気味の男は、不意に痙攣したかと思うと活動を停止した。石のように硬直した身体は、もう動くことはなかった。

 何故か、エリザベートの目はリツカの背を追った。同じくその光景を眺望する赤銅色の髪の女は、無言のままにその様を凝視していた。

 その、振り返る動作は異様に遅く見えた。遅く見えただけだろうか。わからない。だが、ゆら、と亡霊のように果敢無い動作で振り返り、どろりと視線に捉えられる秒未満の瞬間が、異様な刻銘さでエリザベートを捕捉する。

 山奥に静かに広がる、誰も辿り着いたことのない秘密めいた沼。その、そこの泥濘。彼女の目の奥底に広がる鈍色の眼差しが、確かに私に掴みかかる。

 「どう。決めた?」

 何故か。

 その眼差しの奥底に、泣いている誰かの顔が掠めた、気がした。

 何が、とエリザベートは問い返さなかった。だってわかっている。彼女が何を求めているのか。

 返答の代わりは、眼差しだった。ぐっと睨み返したエリザベートの視線に満足したらしいリツカは、小さく口角をあげた。

 「じゃあ、帰ろうか。ちゃんとやらなきゃいけないことも、わかったことだし」

 「今ここで暴れるんじゃないの」

 「うーんそれはいいけど」

 確かに、リツカは不満そうな顔をした。ここで暴れずに引き下がる、という行為について、自分事ながら不満がないわけではないらしい。

 「でも多分、暴力が倫理的に潔癖な形で正当化されるのは抵抗の形だけだからさ。それは、王権の持ち主がすべきことじゃあないでしょ」

 厳かに? いや、幾分か気恥ずかしく、それでいて堂々と、リツカは手を掲げた。親指と中指を重ね合わせ、小気味よい音を弾きながら皮膚が擦れ合い──。

 

 

 ぶち。

 

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