fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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第4章 謀略夢想童歌(Crime rhyme)ロンドン~夜霧の魔法使い~
Ⅰ-1 ”魔女の館へご招待”


 西暦、2015年 人理保障機関フィニス・カルデア 技術研究室奥にて

 

 足元から、非常灯のか細い光が揺らいでいる。ぼわぼわ、と微かな点滅に照らされながら、レオナルド・ダ・ヴィンチは「これで最後だけど」と努めて平静な口調で終わりを告げた。

 「何か、言い残すことはあるかい?」

 佇立するダ・ヴィンチの視線の先。強化プラスチックでぐるりと囲われた培養槽の中にぷかぷかと浮かぶそれは、なんとなく、楽し気に見えた。

 ふわふわ、と気まぐれのように培養槽を泳ぐそれ。脳みそと脊椎だけの状態で生命活動を愉しんでいる彼女は、(何言ってんのさ)と培養槽内のハイドロスピーカーを通して応えた。

 (しんみりさせようったってダメだよ。むしろ、今日は誕生日なわけだろ?)

 軽妙な口調だ。その口調は彼女の天真爛漫さの表れであることを、ダ・ヴィンチはよく知っている。それと同時に、その天真爛漫さを以て、ダ・ヴィンチ自身の責任感を緩和しよう、という賢しらさも。

 「命日でもあるだろ」互いに互いを知り尽くしているが故に、会話は他愛ない様相だったのかもしれない。「一度、生命活動を停止させることに変わりはない」

 (物事は捉えようさ。そうだろ、私?)

 彼女の口ぶりに、頓着はない。そうだな、と遠慮がちに応えたダ・ヴィンチに対し、彼女もその配慮を素直に受け取って、言葉を続けた。

 (うーん、そうだなぁ。じゃあ、命名権だけ貰えるかな?)

 「00ユニットじゃあ味気ないしね」

 (全く。何がドクターロマンだよ)

 「そう言うなよ」珍しく、ダ・ヴィンチがやんわりと知古の友人を擁護した。「責任に耐えようとしてるわけだしナ」

 (どっちかというと逃避じゃないかな)

 「言えてる」すぐ、ダ・ヴィンチは手のひらを返した。「責任を負うなら、ちゃんと名前を与えてやる方が向き合ってるだろうな」

 (それもロマンらしいけどね)

 まぁ、最後は彼を責めることになって、そうして目の前の脳みそと意見が合致するのだが。一拍の間の後、互いに小さく笑い合うと、「それで、お嬢さんはどんな名前がいいのかな?」

 (うーんそうだな)

 ちょっとばかり、彼女は悩む素振りをした。最も、内心では決定済みなのだろう。であるなら、この躊躇いは、多分、ちょっとした気恥ずかしさみたいなものだろう。わかる。だって名前を付けるというのは、なんか照れるものだから。

 「私がつけてやろうか?」そんなことを言ったのも、彼女が決断できるよう、からかい半分な助け舟だった。「良い名前、つけてやるぜ?」

 が。

 (うーん、そうしようかな)

 「え゛゛」

 (だって名前って、他の誰かから貰うものだろう?)

 藪蛇である。しかも、確かに彼女の理屈もその通りだった。

 (さあ、早く早く。私たちの素敵な旅路(ビューティフルジャーニー)に相応しい名前、頼んだよ?)

 

 

 淵源のソラが、のたうっている。

 眼下に広がる霧の倫敦(ロンドン)。黒く沈んだ都市に差し込む太陽光はなく、陰鬱が形を成して跋扈しているよう。その闇黒の街並みの中、いやましに黒く装った()()が、色のない睥睨を流していた。顔立ちは若さ……というより幼さを感じたが、実年齢がどれほどかは伺い知れない。

 俯瞰風景を鋭利にさらう視線の先、彼女は足を踏み出した。屋根から飛び降りる仕草に躊躇はない。身投げすれば普通に即死するであろう高さだが、黒い魔女は優雅な身振りで宙に舞う。

 滞空は僅かに1秒足らず。重力加速度に従ったはずの華奢な身体が着地するより僅かに早く、ふわりと白い家鴨(アヒル)の羽毛が舞い散った。果たして羽毛の軽やかさに受け止められたのか、それともその羽毛で跳んだのか。何にせよ、黒い魔女は軽やかに地に足をつけた。

 ──“Lizzie Borden took an axe”

 鮮紅が、延長していた。

 どろりどろり、と路面に広がる紅。惨劇から遁走するように蠢く赤い液体の先、どす黒い塊が転がっていた。

 “And gave her father forty whacks.

 かつ、かつ、と音を立て、彼女はその塊へと近寄る。被った黒いクロッシュ越し、彼女は無感動に、それを見る。

 “And when she saw what she had done”

 肉が散らばっていた。眼球が転がっている。砕けた頭蓋から白い脳髄が零れている。大胸筋が削げた胸郭には、折れた肋が剣山のように突き出している。下半身は千切れ飛んで、10m先で折り畳まっていた。

 “She gave her mother forty-one.”

 口にした言葉が、舌先に淀む。顔を顰めた魔女は、真っ赤な肉団子の脇にへばりついた何かを注視していた。

 脳漿のような、青みがかった原形質めいた何か。名状しがたい悪寒に、黒い魔女は身震いした。何故そんな悪寒が惹起したのかも不明だったが、その判然としない情動が、ただただ不快だった。黒い魔女にとって、無駄に心をかき乱される事態は、とりたてて愉快ではなかった。

 (よお、どうだ? 俺っちの方は何もないぜ)

 「当たり」

 頭蓋の奥で響いた声に、彼女はいつも通りの平静で返した。お、と興味を示した念話越しの相手に、「玉藻の前を呼んで。あと、エリザベスも」と続けた。

 (俺っちとあのオッサンはいいのかよ?)

 「帰って大丈夫」

 軽口に対し、魔女の返答は無駄がない。念話越しの相手も百も承知な様子で、(へいへい)と気さくに返してきた。(ジキルに伝える準備でもしとく)

 ぷつ、と声が途切れる。念話が終了した間際に束の間続く「ざらざら」という無音を耳に、彼女は昔馴染みの人物を思い出していた。

 いつも不満そうな顔をしていた旧知の女性。憤懣を抱えて生きていながら、どこか溌剌という言葉も纏わせる彼女が、一番近いだろうか。最も、念話越しの男はもっと気持ちがいいというか、あんまり物事を考えてなさそうな人だが。そういった点だと、どちらかというと彼に近いだろうか。彼女以上に世間知らずで、“朴訥”という言葉がそのまま服を着て歩いているような、彼。

 微かな、逡巡。懐かしい、とも違う過去の回想だった。彼女は、懐古などという古寂びた情緒とは無縁なのだ。だが、そこに微かな人情を感じないわけでもない。

 黒い魔女は1秒未満の逡巡から意識を取り戻すと、周囲を見回した。

 人通りのないロンドンの大通り。油断なく視線だけを動かし、この街に展開した椋鳥の使い魔の知覚情報を把握する。

 何もいない。少なからず、彼女の索敵網には捉えていない。果たしてそれが何を意味するのか判然としないまま、魔女は空を仰いだ。

 天まで広がる黒い霧。闇が蠢く無音の中。

 ──獣の叫喚が、微かに耳朶を打った。




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