fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅰ-4

 “それ”、にとって、その瞬間は運動ではなく思考に全てを割いていた。

 周囲は、突如上空から降り注いだ爆撃で霊子と爆煙が立ち込めている。事実上、目隠しされたような状態に陥っている。元々光学情報、視覚情報に頼らず索敵する“それ“にとってみれば大きな意味はなかったが、この状況それ自体は警戒すべきだ、と認識していた。つまり、これは攻撃のための一手。こちらの索敵網を防ぎ混乱に陥らせたうえで強襲をしかける心づもりだ、と把握する。

 取りうべき行為は、大きく2つ。ここから全速力で脱出するか、それともこの場に構えて迎撃に専念するか。思考の末、それが行ったのは後者だった。

 本来であれば前者であろう。だが、闇雲に逃走する方が、危険性が高いと踏んだのだ。なにせ先ほど切り結んだあの赤い敵。あれは本質的に、遠距離攻撃を得手とするに違いないと認識していたからだ。脱出の瞬間を狙撃されれば、躱すのは容易ではない。いや、狙撃だけだなまだいい。無防備な状態で飽和攻撃でもされようものなら、抵抗すらできずに制圧されるは必至だった。

 無論、この場にとどまっていても事態は変わらないだろう。脱出しないとみるや、たちまちこの一帯を爆撃してくる可能性もある。そうでなければ接近戦をしかけにくるか。

 畢竟、それにとってみればこの状況は危機的状況で、この戦術的2択問題も「どちらが勝率が上がるか」というポジティヴな命題ではなく、「どちらが死ににくいか」というネガティヴな命題だった。

 だが、それは揺らがない。一転して自らの致死を目前にしながら、最善を思考することを辞めない。たとえこの不自由な肢体であったとしても、それを呪っても致し方ない。

 だから、じっと、それは待った。周囲のエネルギー風と煙の狂騒が止むのを、ただじっと待った。豪胆な冷静さで焦燥を耐久したが故、それは背後からの急襲に対して迅速に迎撃した。

 高速で肉薄する影が1つ。赤い剣士が手に携えた宝石の剣を掬い上げる。どうやって接近したのか不明。だが迎撃できない距離ではない。逆袈裟切りの一撃を、ただ身体を捩らせるだけで躱してみせ、お返しとばかりに接近しなに無事な爪を叩きつける。

 剣士は、あまりに容易くその一撃を振り下ろした剣で受け止めた。いや、受け止めたのではない。横薙ぎに振るった爪に上段から剣を振り下ろすと同時に飛び上がり、軌道を逸らすと同時に“それ”の手首を踏み台にしさらに跳躍。曲芸じみた動きで獣の直上を位置取るなり、再度何かをばら撒いた。

 「今よ!」

 響き渡る、凛烈たる叫喚。何か危険を察知したときにはすでに遅く、周囲に散らばった無数の鉱物が砕け散り、それは呻き声にも似た叫喚をあげた。

 全身が一挙に軋んだ。四方から押し寄せる圧力が身体を縛り上げ、動こうに動けなかった。

 重力操作系の捕縛魔術。重力計数そのものに干渉するそれは、およそ魔法に近しい魔術の具現だった。

 接近する何か。堂々と真正面から猪突した偉丈夫が、巨大な斧を掲げる。それに匹敵しようかという隆々とした体躯が掲げる黄金の鉞から飛び出した薬莢、計3つ。溢れんばかりの電撃が龍のように迸り、今か今かと解放の瞬間を待っている。

 「骨の髄までイッちまいなァ! 『黄金衝撃(ゴールデン・スパーク)』!」

 

 

 「と、いうような状況でして、ゆるりとお待ちくださいませ」

 ね、と小首を傾げるケモミミの女性。ひょこひょこうねうね、と狐の耳と尻尾を動かしながら、彼女は抱きかかえたクロをそっと地面に降ろした。

 「とりあえずそちらに任せていい、と」硬質な声で伺うライネス。油断なく見上げてくる視線に、ケモミミのサーヴァントもちょっと困り気味だった。「イナリワ……じゃなくて」

 「玉藻の前です。間違えないでくださいまし」

 ぷんすかしながらも、彼女は「まぁわかりますケド」と肩を落とした。

 「いいじゃない、信用しても」気楽そうに言ったのはリツカだった。一転してキラキラした視線を向ける玉藻の前をスルーしながら続けた。「これで敵ならどうしようもない」

 不肖不肖、といったようにライネスは玉藻を見上げていた。確かにな、と言うように玉藻を見る視線は、なんとも容赦なく、玉藻の前もしょうがないかなぁ、みたいな顔をしていた。

──遡ること、1分前。広場に出た3人が目にしたのは高密度の魔力が吹き荒れる光景で、立ち入れずに四苦八苦するマシュの後ろ姿だった。クロとのデータリンクも上手く繋がらず、リツカがマシュの無謀な突撃を掣肘し、ライネスが必死に思考を回転させはじめた時に振ってきたのがこのケモいサーヴァントだった、というわけで──今に至る。

 「あー一応だけど、もう傷は大丈夫」

 ちょっと決まり悪そうに言うクロに、彼女のマスターはただただ大きく肩を落としていた。16歳の彼は今もって何もできなかったことを悔いているらしく、一画令呪が脱落した左手で、くせ毛をかいていた。

 「もう大丈夫」項垂れも、でもちょっとだった。大きく息を吐いたトウマは両手で顔をぴしゃりと叩いた。「とりあえず、良かった、と思おう」

 微かに、何かがざわめく。今の感情はなんだろう。クロは思案するまでもなく解答を握っていたが、あまり、考えないようにした。思考は閉じて、ただざわめくがままにした。

 「背、伸びた?」

 「いや、変わってないけど」

 不思議そうな顔をしてから、トウマは「助かりました」と丁寧に玉藻の前に頭を下げた。クロが魔力含めてほぼ完調状態なのは、このキャスタークラスのサーヴァントのなせるわざだったからだ。

 「いえいえ、これから友好関係を築くわけですし。恩を押し売りしておいた方がよろしいか、と思いまして」

 ころん、と小首を傾げるような素振りをして、玉藻の前はトウマの手を取った。キャバ嬢か何かみたいな緩い表情に、底抜けの朗らかな雰囲気だ。

 「あのー玉藻の前、さんなんですよね。日本出身の」

 「はい? そうですけども、どこかでお会いしましたか?」

 「いや、そういうわけではないです。ただ、ええと」トウマは少しぎこちなく言った。「お綺麗な方だなぁと」

 「まぁまぁ嬉しいことを仰いますねぇ。そういうあなた様も、善い魂をお持ちのようで」

 にこり、として、玉藻の前はなおさら強くトウマの手を握りしめているらしい。ふにゃふにゃとよくわからない顔をしたトウマは、目の前でぶるんぶるん揺れる手に、されるがままになっていた。それとも、もっと別なぶるんぶるんしているものを見ているんだろーか。

 この反応。多分、このサーヴァントも“原作キャラ”なんだろうか。西洋的な魔術とは全く異なる理論体系の魔術──それは最早、厳密には魔術ですらない──を駆使するキャスター。致命的損傷を負ったクロを、片手間でたちまち回復させた技倆は、魔術に長ずるクロだからこそ伺い知れる。元はゲームのキャラクターとかなら、さぞ強力なPCだったりするのかしら。

 というか。

 ある意味で、クロにとっても、似たような状況になりつつあるのだが。

 「終わったみたいですね」

 手でひさしを作って、眺望する素振りをする玉藻の前。アーチャーのクロにしてみれば、ごく自然に広場の戦闘の趨勢は把握できた。

 薄くなりつつある煙の中から出てきた人影に、クロは妙な顔つきになった。シリアスな空気なのにギャグ顔になっていないか、と自分の顔をむにむにと触りながら、努めて平静に、その人相を正視した。

 「ダメだった」

 口を開いたのは、金の髪の大男だった。流石にあの化け物を見た後だと小さく感じるが、それでも大きい。筋骨隆々とはこのことだろう。肩に担いだ鉞も、腰に下げた大鉈も大太刀も、男の手にかかれば小枝のように振るうに相違ない。

 「逃げられた。間違いなくぶっ叩いた、と思ったんだが」

 バーサーカーのクラスらしいが全く以て狂化の影響など感じさせない大男は、険しい顔つきで言った。

 「アンタは追いきれなかったか?」

 「うーん無理でしたねえ。何の痕跡も残さず消えてしまったようなので」

 そうか、と言った大男は、全く納得していない様子だ。舌打ちこそしなかったのは、多分、この男の在り方なのだろう。

 「なぁところで」ふと、張り詰めていた男の空気が抜けた。さっとこちらを流し見た視線に毒気はなく、なんとなく、野生動物じみた朴然とした気配を感じた。「俺っちのこと紹介してくれよ、皆皆さまに」

 ……こんな風に、ちょっと照れたように言ってしまうような人なのである。多分、素直な少年のような人なのだろう、と思う。

 「あ、そうですね。もう一応お伝えしているのですけど。バーサーカーの坂田金時さんです。そしてこちらが」

 すす、と素早い身のこなしで、玉藻の前が男の前に滑り込む。そしてもう一人、と口にしかけたところで、彼女は「いいわ、自分でします」と品よく口にした。

 今度こそ、クロは面喰った。その凛烈な佇まい。衣装こそ違うものの、善く似合う深紅の魔術礼装を着込み、トレードマーク、とばかりにセミロングをツインテールに結んだその姿。どう見たって、遠坂凛ではないか。

 それで。

 面喰った奴がもう一人。目元を抑えて前後不覚になったトウマは、静かに呻いていた。「情報量多すぎる。玉藻と凛とか何」

 「あ。リンちゃんじゃん、おいっす……っていうか女王様でいらしたんですか」

 「お久しぶり、リツカ。いつぶりかしら」

 そうして当たり前のように顔見知りのリツカ。金時の背からひょこりと顔を出したマシュは、盛大に疑問符を頭上に浮かべている。

 「やっぱ」少し、リツカは言葉尻に迷ったように眉を寄せた。「サーヴァントだったのかぁ」

 もちろん、と胸を張る彼女。呆気に取られたり気絶しかけたり、色んな視線を浴びながら、遠坂凛の姿をしたサーヴァントは高らかに名乗りを上げた。

 「サーヴァント、キャスター。真名はエリザベス1世。あまり有名ではないですけれど、よろしくね。カルデアの皆さま?」

 スカートの裾を摘まんで、遠坂凛、もとりエリザベス1世は丁寧にお辞儀をした。

 エリザベス1世──。

 有名ではない、というのはあまりに謙遜が過ぎる。大小批判されつつも、近現代のイギリスという国の基礎を打ち立てた女王と言えば、間違いなく彼女を置いて他に居ない。フランシス・ドレイクを海軍提督に召し上げ無敵艦隊をうち破り、文化興進によりシェイクスピアが文壇に昇る契機を打ち立てた、まさに張本人。それが、エリザベス女王。今まさに目の前に君臨するサーヴァントの功績だった。

 「それにしてもリンちゃん、普通に黄色人種みたいだね?」

 多少なりとも目を白黒させながら、一切言葉尻の変わらないリツカである。そんな素振りが気持ちいのか、エリザベスも朗らかに笑みを見せた。

 「身体は別なの。疑似サーヴァント、っていうのかしら。私自身は有名だけど、何せ近代人だし。幻霊程度の力しかないから、器を借りてるのよ」

 「ライネスちゃんみたいなものか」

 ねえ、と水を向けられて応えたのは、けれどライネスではなかった。そうだな、と堅苦しい口調は、司馬懿のものだ。

 「いや、申し訳ありませんね女王様」 ぎこちなく、司馬懿もエリザベス女王のカーテシーに拱手を返した。「色々混乱しているみたいです、ライネス殿は」

 「知り合いが多いのね、トオサカリンちゃんは」

 ひょい、と視線がクロに向く。ぎょっとする間に、「まぁいいわ」と独り言ちたエリザベスは、改めて、と言うように咳払いをした。

 「特異点ロンドンへようこそ、カルデアの皆さま。魔法使いがお待ちしておりますわ」

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