fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
コーン、なんて甲高い音がする。ちょうどリビングの窓から見えるところ。外では金時が、斧で薪を割っている。“金太郎”なだけあって、そんな野趣あるれる仕草が似あうなぁ、とクロは思った。
「遅いわね」
特に焦っている様子もなく、エリザベスは呟く。ソファに身を預け、腕を組んで頬杖をつく姿はとても思慮深く見える。一国の女王に昇りつめるほどの人物というだけあって、そんな細やかな動作すら品に満ち、知悉豊かな姿に見える。野性的な金時とは全然違った、文明の粋といったところ。
なのだが。
クロにはなんだか、その姿がとにかく珍奇だった。
何せ、あの遠坂凛の姿をしているのである。なんなら服装もそうだ。非戦闘時、ということもあって霊衣を解除している。それ自体はいいのだが、その結果着ている服は赤いプルオーバーに黒いロングのプリーツスカート、という普段着。髪型こそツインテールではなく緩く結んでいるだけだ が、なんともまあ遠坂凛である。
その凛らしからぬクソ真面目そうなたたずまいは、なんとも珍妙である。もちろん凛も真面目な時は真面目なのだけれど、なんというか抜けてる時の印象が強すぎるのだ、ウン。
「ウ●コでもしてるんじゃないかな? かなりデカいヤツ!」
「こんなのが数学教授って本気なのかしらね」
ワッハッハ、と知性の欠片もない物言いのモリアーティに、白けた顔のエリザベス。傍目には気品のある老紳士とお転婆な小娘という風景なのに、やってることは真逆らしい。
「先に始めてもいいんじゃないかしら」
なるべくエリザベスを視界の中央に入れないようにしながら、クロはソファの背もたれに肘をつく。基本的にソファに座っているのはリツカとライネスで、クロとマシュはソファの後ろに突っ立っている格好だ。
「ログなんかはとってるんでしょ?」
どこともしれない宙に声をかけると、示し合わせたように通信枠が空中に浮かび上がった。
(取ってるよーばっちり)
ダ・ヴィンチはにこやかに言うと、すぐに通信は終わりだ。当然カルデアとしても、状況は逐次モニターしていることはしているが、こちらのやることに過度に干渉することはしてこない。司馬懿とリツカがいるなら任せても大丈夫、という判断らしい。ロマニはおおむね施設運営に時間を割いてるし、ダ・ヴィンチも戦闘服の改良や魔術式の開発に日夜励んでいるらしい。そちらの方が、組織としては健全だろう。
「ほらね」
「んー」ちょっと悩むように、クロの鼻先でリツカの後頭部が揺れる。柑橘系の、良い匂いがふわっと立った。「そうしようか」
「ふーん、割り切ってるのね」意外そうに目を丸くしてから、「まぁいいわ。お願いできる?」
「もちろん、女王陛下。では少々お待ちを、皆さま」
妙に芝居がかったように言うと、すっくとモリアーティは立ち上がった。細身なこともあって、長身がなお目立つ。品のいい面持ちもあって、数学教授というよりかは生粋のブルジョアにも見える。
「皆さま、お茶の用意ができましたよ」
入れ替わりでリビングに顔を出したのは、玉藻の前だ。巫女服は相変わらずだが、何故か割烹着姿で出てくると、お盆にのったティーカップとソーサーを音もなく、且つ素早く並べていく。目にもとまらぬ速さである。
「お二人もどーぞ」
華やぐような笑みを一つ。いつの間にか用意したサイドテーブルにもソーサーを2つ並べ、紅茶の入ったカップを乗せる。もちろん“かちゃん”なんて音は一つも立てない。
紅茶。特に好むわけではないけれど、嫌いというわけでもない。好き好んで飲むわけではないが、出されれば問題なく飲めるものだ。
「で、では失礼して」
何故か妙に畏まった様子で、マシュはカップに手を着ける。ライネスは自然に、リツカは「うげ」と言うように。クロは特別頓着もなく、口をつけた。
ふわっと舌先を滑る茶葉の薫り。それだけで「おや」と思う風味なのに、それとは別に、艶やかな酸味がほんの微かに鼻腔をくすぐった。
「アレ、これうまい」
目を丸くした、リツカの素直な感想だった。紅茶なんて脱水症状者の濃縮尿としか見做していないリツカをしての賛辞である。無論そういった事情を知らない玉藻だが、子どもみたいなリツカの表情に満面の笑みだ。ライネスも表情にこそださないが、文句の一つもなく静かに紅茶を口に含んでは納得げに頷いている。多分、美味しいのだろう。特別飲食物にこだわりがあるわけではないクロでも、美味しいと思わされる。
「普通の紅茶じゃないよねこれ。ストレートティーだけど」
「ローズティーね」エリザベスも紅茶を一口。うん、と小さく頷きながら、「アリス……この館の主の持ち物よ」
アリス──。
エリザベス女王が口にした名前が、するりと耳朶を打つ。古くからの友人を呼びやるようで、にもかかわらずその名前を口にする彼女の口唇は、なんとなく不慣れに強張っている。少しだけ顔を顰めたエリザベスは、くすぐったそうに口元を白いハンカチで拭くと、もう一口ローズティーを含ませた。
「やあ、私にも貰えるかな?」
いづこから戻ってきたモリアーティも、気さくなように玉藻に言う。はいはい、とキッチンへ向かう玉藻の前。カコン、と外で薪を割る金時。ほう、と紅茶に一息つくエリザベス。モリアーティの手中で煌めく金の杯。間延びした雰囲気がリビングに発散し、なんというか、ここが特異点なのかと思わされるようで──。
「あ、はい。聖杯」
ごと、とモリアーティは当たり前のようにテーブルに杯を乗せた。黄金色に煌めくはずの金の杯は、どこをどう見ても食器の類ではない。
聖杯だ。はい、聖杯です。なんかごく自然にこのおっさんは持ってきたけれど、聖杯そのものではないか。既視感よりも、やはり来るのは驚きだった。だが驚きそのものは数秒ほどで、すぐに疑念の方が思考に浮かんできた。
「聖杯、これ?」
リツカはそう言うと、なんの躊躇もなく聖杯へと手を伸ばした。魔術師でなくともその正体を知れば万人が希求する聖遺物だというのに、彼女の仕草はあまりに凡庸だ。民芸品で三流の焼き物でも手に取るよう。いや、彼女だけではない。その杯を眺めるライネスも、リツカを見守るマシュも、何よりクロも、その聖杯に注ぐ視線の意味は淡泊だ。
本当に、本物なのか?
似たような状況は以前もあった。大航海時代へ跳んだ時も、既に聖杯は回収済みではあったが、何か根本的に違う。
「言うまでもないことだけどね、これは本物だ。特異点の要石として、この時代に撃ち込まれた楔に相違ない」
どうも、と紅茶を持ってきた玉藻に愛想よく言いながら、モリアーティはまじまじとその杯を一瞥した。
「にもかかわらずね、そもそもこれ、発動すらしてないんだヨ」
そう言って、モリアーティは何枚かの紙をテーブルに放り投げるように広げる。ばさりと散った数十枚の紙には数字や英数字、記号が犇めくように並び、まるで芋虫が苦悶にのうたうったかのような有り様になっていた。
「女王陛下と色々調べてね。うーんそうだね、ざっくり言えば聖杯の持つエネルギー量の推移を算定したもので。これがわかりやすくしたグラフみたいなものなんだけど」
そうしてもう一枚。モリアーティの手書きと思しき紙切れを出すと、乗り出すようにリツカはそれを見た。
x軸が時間推移でy軸が聖杯の持つエネルギー内包量、らしい。だいぶ単純化しているようだが、直観的にはわかりやすい。
グラフは計、2つある。X軸の増大に従いy軸の数値も跳ね上がり、頂点をとったところで緩やかにどちらの数値も減少していく。ぱっと見、山を描いているようなグラフが1つ。
もう一つも、概略だけは同じだ。山なりのグラフが、ほぼ重なるように描かれている。いや、違う。明らかに相違している箇所がある。グラフの頂点。聖杯のエネルギーがピークパワーに達する周囲だけが、ごっそりと抜け落ちていた。
(ちょっと見せて。リツカちゃん、君の視覚情報データリンクで共有するよ)
「うん」
ディスプレイが立ち上がる。何か慎重な面持ちで眺めるダ・ヴィンチを他所に、「無論、これはただのデータに過ぎないんだがね」とモリアーティも眉間に皺を寄せた。
「このグラフは聖杯が放出すると予想されるモデルケース。それでこっちのできそこないが、この聖杯の痕跡から算定したグラフだ。ここからどう解釈するかは難しいのだが」
「このグラフ通りに推移した場合、特異点が形成されるほどの量じゃあないってこと?」
頷くモリアーティ。幾ばくか満足気にリツカを見やってから、モリアーティは聖杯を指先で小突いた。
「そういう意味では、これは聖杯にすらなっていないのだよ。聖杯として完成する前に死んだ、といってもいいかもね」
何故か、そう慨歎してみせるモリアーティの表情は真に迫っている。生まれることすらなく死産した聖杯の残骸の色はどこか鈍く、指ではじく音が濁って聞こえるのも、おそらく印象だけではない。
クロエ・フォン・アインツベルンは、痛ましく、その杯を正視した。人格のない物だったとしても、彼女が彼女である限り、愛惜は感じないわけにはいかなかった。
「でも、ここ特異点よね」
だから、そう口にしたのは幾分かの気散事でもあった。既に完了して癒えたことだけれど、それでも古傷は痛むものなのだから。クロは、誰にも気づかれないように、指先を動かした。トウマの手に、触れたかった。無性に。
「そう、問題点の1つはそこだ。この聖杯に特異点を作るだけの力はない。にもかかわらず、1888年ロンドンはシンギュラリティポイントと化した。それは何故か? それが第一の問い、というわけだ」
「そうして、もう一つがこれというわけか」
ライネスが、手を伸ばす。紙を摘まみ上げた彼女の視線の先には、底のないカルデラと化したグラフが、異様な存在感を放っている。
その通り、と言う表情のモリアーティ。さりとて何も言わないのは、ライネスに続く言葉を任せようというのだろう。そんな意図を察してか、ライネスは不肖不肖というように、「2つめは」とモリアーティを覗き込むように見やる。
「このグラフが何を意味するか、だね」
「単純に不発に終わった、というだけなのか。それなら最後にまたエネルギーが検出されるのはどういう理由なんだろうね?」
4人して、ライネスの手元のグラフに視線を注ぐ。グラフが畸形だと思わされるのは、ただ途中で数値が喪失しているからだけではない。最後、x軸の増大とともに、急にグラフが出現し、なだらかに減少へと向かっている。
「モリアーティ教授のお考えは?」
お手上げ、というように、リツカはソファに身を預ける。意味深長な表情のモリアーティは、緩慢な動作でカップをテーブルに置いた。何事か深淵なことを語らんとする厳かな素振りに、我知らず全員の視線が集まって、
「ワカンナイ」
あっけらかんとモリアーティはおどけた。一気に白けた空気感に不満顔になると、「だってしょうがないじゃないか」と年ふりた男は肩を竦めた。どこぞの日本の俳優みたいな言いまわしである。
「私は科学的態度を重んじるのでね。今出そろってるデータから提示できるものがこれだけで、そこから推論できるのは、この特異点を形成しているのはこの聖杯ではないってことだけサ」
「それ以上は推論ではなく妄想、というわけかな」
不満顔はこちらも同じ、と言わんばかりのライネスだが、そろりとテーブルの上にグラフを戻す。そうだね、と応じるようにティーカップに手を伸ばすと、モリアーティはつまらなそうに自分の算出したグラフを一瞥した。
「つまり、今やるべきことは妄想を推論に引き上げるためのデータ集め、ってことか」
「話が早くて助かる。そうして、この大いなる謎のしっぽは2つ。1つはつい先ほど君たちが戦ったアレ、だ」
モリアーティが言い終わるや、再度空中にホログラムが立ち上がる。
カルデアからの記録画像だ。画質が荒いのは戦闘中に撮影したものだからだろう。ぶれた画像の中、大写しになっているのは、あの怪物だ。
全長およそ3m。人型をした獣の、不気味な双眸がぎらぎらと蠢いている。脇腹を抉られた瞬間を思い出し、クロは微かに顔を顰めた。だが、彼女のリアクションなどまだまだ些末なものだった。マシュは明らかにその姿に動揺し、あまつさえ顔色がみるみると蒼褪めていく。
マシュ、と声をかけようとしたが、寸でクロはやめた。彼女は自ら瞑目すると、深く呼吸して、ゆっくりと、もう一度、その画像に獣を正視する。大丈夫、とほんの少しの声で自らに語り掛けた時には、もう、彼女は普段通りだった。
「この特異点、成立してからはや5か月たったわけだ。だが、この5か月というもの、一切何も起きてないんだよね。敵がいたわけでもない。特異点を強固にしようという者もいない。これは、そんな特異点に急に現れた“敵”なんだ」
「あんまり、聖杯が云々っていうのとは」不愉快そうに、リツカはその獣の画像を睨んでいる。「関係なさそうに見えるけど」
「確かに君の言う通りだ」ふと、モリアーティはリビングのドアを一瞥した。おや、というように首を傾げると、ゆったりと立ち上がった。「ただ、初めて現れた変数というのも事実だ」
「手掛かりかもしれない、ってことか」リツカも、それとなくドアの方を一瞥した。
「蓋然性が高いかどうかはわからないけどね。待ってたよ」
ぎい、と重くドアが開いた。
皆の視線が集まる。視線が絡む先、ドアから顔を出したのは、トウマではなかった。
クロがまず抱いた印象は、不思議な人形、というものだった。黒い髪を短く切りそろえた色白の風采は、どことなくこけしを思わせる。表情に薄いところも類似点か。だが、そうした和風な印象と同時に、醸し出す雰囲気はどことなく西洋のビスクドールを思わせる。修道服風の服がそう思わせるのだろうか、それとも別な要因だろうか。何にせよ、この少女には、得体の知れない奇妙な何かが潜んでいる。そんな印象を抱かせる、サーヴァントだった。
そんな彼女の後ろから、なんとなく決まり悪そうに入ってくるトウマ。少し難しそうな顔をしたまま、彼はするするとクロとマシュの後ろにすごすごと引き下がっていった。
「連絡、ついたかい?」
「金時の言う通り」首を横に振ると、少女は細やか且つ傲然とした素振りで、つい先ほどまでモリアーティが座っていたソファに座った。「居るには居るみたい」
少女の視線が、目の前の5人を捉える。値踏みするように流し見ること数秒、顎に手を当てると、渋々ながら、納得するように頷いた。
「ナーサリーライム。それが真名。クラスはキャスター」
「この屋敷、ひいては固有結界の主ってわけね」
「え?」
何故か、食いついたのはトウマだった。周囲の視線を集めてしまったことに今更に気づくと、トウマは「いや、なんでも」と歯切れ悪く応えた。
それとなく、クロは理解した。
《原作キャラ、って奴?》
《そうなんだけど、俺が知ってるナーサリーライムと全然違う。まぁナーサリー自体特定の形があるわけじゃなかったけど》
最後は独り言のようだった。よくわからないが、真名が同じだが別人が召喚された、ということなんだろうか。でもそういうことは理屈上、あり得るのはわかる。サーヴァントがあくまで英霊の一側面を強調した形で召喚されるものなら、その側面次第では全く別の人格が召喚されることも想像に難くない。そういう、ことだろうか。
彼女の視線がトウマに向く。他4人を見た時とは違う、猜疑を感じる胡乱な眼差し。だがそれも一瞬で、玉藻の前が紅茶を持ってくると、興味は失せたとばかりにティーカップの持ち手に指を這わせた。
「もう一つの尻尾というのが、今の話でね」モリアーティは、幾分困ったように両の眉を眉間に寄せた。「仲間の1人とつい最近から連絡が取れなくなったんだよ」
「名前はヘンリー・ジキル。サーヴァントではなく、この時代の人間ね」エリザベスも、困惑を隠さないで思案するように言う。「私たちの調査に色々協力してくれてたんだけど、この怪物の出現の直後から連絡が取れないの」
ヘンリー・ジキル。クロはピンと来なかったが、マシュが「おや」という顔をしているあたり、多分有名人だろう。
「元々は理知的な好青年だ。さっきの計算も、彼に大分協力してもらったんだよ。だが、この数時間で急に人が変わったようになってしまってね。これも、この停滞した特異点での数少ない変数だ」
「ヘンリー・ジキルが仮に実在するなら、ハイド氏になってしまったからなのでは」
「良い質問だね」恐る恐ると口にしたマシュに、モリアーティは会心の笑みを作った。「でもそれはそれで変なんだよ」
「だって、それならこの私、ジェームズ・モリアーティに従わない理由がないからね。ハイド如き小悪党が」
会心の笑みはそのまま、優雅な素振りで紅茶を啜った。
ぞっと肌が粟立つ。先ほどマシュが言っていた言葉が脳裏を過る。犯罪界のナポレオン、とすら呼ばれる大悪党なのだ。「なるほど」と慄くように言ったマシュも、冷や汗をかいていた。
「まぁ正確に言うと、ハイドパークの別邸にも誰もいなくてね。ハイドになったわけでもないように見える、というところかな」
「あまり、これも直接関係がある問題には思えないけど」独り言ちるように、リツカは口にした。「でも数少ない手掛かりか」
思案すること数秒。沈黙に注視される中、リツカは背後で影薄く佇むトウマに振り返った。
「どうするのがいいかな?」
「えーと」考える素振りをしてから、トウマは少し怖気づいたように言う。「2班に分かれて、それぞれ調査するってのは」
「一番それが手っ取りばやく情報収集できるでしょうし。問題は戦力を分けることですけど、これだけ人員がいて、且つ敵がそう目ぼしいものがいないのであれば分けても十分かなと」
なるほど、と考え込むふりをするリツカ。そう、それはあくまでフリだ。彼女はあくまで既に考えを決めていて、その上でトウマに聞いたのだろう。満足気に頷いてから、「それで行こうか」と口にした。
「こっちのクソ犬の方はどうするの?」紅茶を口にしながら、エリザベスが顎をしゃくる。「ジキルについては、まぁ家に行ってみるって話だけど」
「実質、即応待機状態になりながら手近なところを調べる、って感じだよ。ねえトウマ君?」
「あーはい。その通りでございます」リツカの言葉に曖昧に応えながら──多分コイツそこまで考えてないな、とちょっと思う──、トウマはくせっけを指先でいじくった。「とりあえず、前にコイツがいた場所に戻ってみようかと」
「犯人は現場に戻る、というわけだネ」
「そこまでは期待してませんけど」したり顔のモリアーティに、少しにやけ顔のトウマ。「何か手掛かりが、見落としがあるかも」
感慨深いように頷くモリアーティ。リツカは再度思案するように髪をかき回しているが、表情こそはそう悩まし気でもない。ライネスも特に異論はないらしく、澄ましたようにソファに身体を預けていた。ナーサリーライムことアリスは、入ってきたころと変わらぬ静謐のままに静寂を纏っていた。
「それで行こうか」さりげなく周囲に視線を回すと、リツカは最後にトウマを見やった。「トウマ君の案、採用ってことで」
照れたように、トウマは納まりの悪いくせ毛を指で弄んだ。なんというか、リツカは面倒見がいいと思う。とは言え温和な佇まいは、指導者というよりは師父、とでもいうべきか。あるいは身近なセンパイ、とでも言うような。
何にせよ、決まりだ。この特異点で、とりあえず、やるべきことは決まったのだ。
それとなく、トウマの横顔を伺う。相変わらず照れたような、それでいて“嬉しい”という感情を隠し切れない子供みたいな顔をしている。こんな戦いに身を投じて、はや5か月。成長を感じる日々の他方で、まだ16歳という年齢の幼さは、まだまだ感じさせる。
クロの視線に気づいたらしく、トウマはふとこちらを見た。毒気のないからりとした笑みを浮かべる、自分のマスター。互いに軽く拳を重ねる硬い感触が、中手骨に
これにて第4章第Ⅰ説終了です。
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