fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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第1章 邪竜協炎戦奏オルレアン ~竜の聖女~、始まります。


第1章 邪竜協炎戦奏オルレアン ~竜の聖女~
人理継続保障機関『フィニス・カルデア』


人理保障機関カルデア 居住区画にて

 

藤丸立華は、自室のベッドに横になっていた。いや、転がっていたといった方がいい。どこか力無く放心する様は、まるで癇癪を起した子供が放り投げた石ころのようでもあった。

彼女は、微かに呼吸を続けている。浅い呼吸のまま、鈍色の目は、天井の暖色にともったLEDライトを、益体も無く注視している。

戦慄くように、彼女の唇が蠢いた。艶のある健やかな口唇が、恐々と何かを漏らした。

漏れた言葉はどこともなく溶けていく。舌に馴染んだ彼女の名は、何の手触りも無く、蒸発していく。

立華は、もう一度その名を呼んだ。二度、呼んだ。三度目を迎え四度に達したところで、彼女は宛先のない呼びかけを、奥歯で磨り潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

アーチャーは、彼女のこれまでの生で初めて、その畏れを感じていた。

市街を駆けまわりながらの遅滞戦闘を行うこと、既に2日。来る日も来る日も飛竜を撃ち落とし、撃ち落とし、撃ち落とした。

楽な戦いではなかった。でも、不可能な戦いではなかった。サーヴァントであれば兵站は事実上、無視できる。矢は回収して回ればいい。気力さえ持てば、延々と戦闘を続けられるだろう。元より野を駆け草木に親しんだアーチャーの野伏(レンジャー)としての技倆は、アーチャーとしても卓越したものだった。

戦況が変わったのは、竜の魔女麾下のサーヴァント2基が直接制圧に乗り出してきてから、だった。

戦況不利を悟り、同じく街の防衛にあたっていたセイバー、ライダーに街の人々の避難を任せ、自分と仮面のアサシンで迎撃・遅滞戦闘に当たったのだが―――。

「ここに居たか。蝶のように華やかだが。差し詰め蜻蛉のような女子よな?」

ふらり、と男は現れた。

アーチャーは弓を構えた。番えること3射、弦を引き絞ると、立て続けに撃ち放った。

どれも必殺必中。霊核を貫くはずの矢は、しかし、空を切るばかりだった。

躱された。だが、男はその場から一歩も動いているようには見えなかった。

回避の挙動すら碌に見えないなんてことがあるのか? いや、アーチャーたる自分の目を以てして見えないとは、どういう事態なのだ―――?

首筋を、冷たい汗が伝う。ごくりと喉を鳴らしたアーチャーは、その長剣のサーヴァント、セイバーを見つめた。

ここフランスの地にあって、異郷風の出で立ちの剣士。いわゆる、侍と呼ばれる極東の剣士の格好だ。一つ結びにした長髪に、掴みどころのない雰囲気。男ながら、嫋やかという言葉の似合う男だった。

最も目を引くのは、その長剣だった。いや、刀、と呼ぶべきか。すらりと長いセイバーの伸長すらも上回る細く、長い太刀。剣士というよりは武芸者、という言葉の方が、似あっている印象すらある―――。

「私としてはまだ、楽しみたいところなのだが―――そうもいかぬようだ」

男は哀し気に眉を寄せると、初めて、刀を構えた。

それまで、男の剣に型は無かった。あるいは無形こそ型と言うべきか。自然体から放たれる刀は、歴戦のアーチャーですらをも見切れない太刀筋だった。

その男が刀を構える。それは即ち―――

「では―――」

宝具が来る、と思った。

躱せるか? いや、きっと躱せる。自分の敏捷なら宝具を躱し、その直後に反撃を打ち込む。それすら躱すというなら―――第二宝具を切るしか、ない。

一歩、男が踏み込む。石畳の大地を踏み抜くその一歩は、アーチャーの反応速度を遥かに上回った。

初めての、経験だった。

彼女はこれまで、自分より疾い男に出会ったことがなかった。辱めを受けたのは一度、それとて神々に諮られたに過ぎない。純粋な速度において、己より速い男などいなかった。

だが、セイバーのそれは、アーチャーの速度を一歩、上回る。単純な回避は、間に合わない。

だが、まだ回避の可能性はある。撃たれた剣筋から後の先を見て躱す。それしかない。アーチャーの目ならそれができる。

セイバーの太刀が振り下ろされる。アーチャーは見る、剣の軌道を見る。

アーチャーは、絶句した。確かに剣筋は見えた。だが、原理は理解不能だった。

剣が、3本あった。神速の三連撃、なんて生ぬるいものではない。比喩でも何でもなく。3本の太刀が同時に三方向から斬りかかってきた。

そうして、アーチャーは首を跳ね飛ばされた、一太刀は躱せても、回避軌道に先回りした別な2太刀が左右から蟹鋏のようにアーチャーのほっそりした首を刈り取った。

 

アーチャー、アタランテ。

 

特異点と化したオルレアンに召喚され、右も左もわからぬまま、されど人理の護り手として戦い、フランスの英霊たちと肩を並べ、かの竜殺しの大英雄と共同戦線を張った彼女の物語は、ここに終結した。

 

 

 

 

「やっと終わはったの、セイバー」

つと、艶やかな声が肩を叩いた。生返事で返したセイバーはおざなりに肩に刀を担いで振り返った。

「そなたがアサシンをさっさと始末するからであろう、バーサーカーよ。折角の宴、そう急かすものでもあるまいに」

「そない睨まんといていな。アサシンが弱いのが悪いんやないの」

ころころ、と笑う着物姿のバーサーカー。広場の噴水に腰かけた彼女は、少女、とすら呼べる出で立ちだった。

しかし、一部、目を引くものがあった。

バーサーカーの頭部には、禍々しい角が生えていた。額から聳える凶つ双角は、彼女が人でないことを明瞭に証立てていた。

バーサーカーは、手に仮面を持っていた。打倒したアサシンの面からひっぺがしたものだった。

彼女は盃に徳利から清らかな液を並々と注ぐと、つつり、と啜る。しめやかな仕草は、それだけで絵になるものだった。

「あんたはんもいかが? ええ酒よ?」

「音に聞こえし酒呑童子の盃とは、名無しの農民風情には畏れが過ぎるものよな」

「何言ぅてはんの。かの大剣豪、佐々木小次郎にお酌出来る機会なんて、そうありまへんえ?」

けらけら、とバーサーカー、酒呑童子は笑うとセイバー、佐々木小次郎は刀を背負った鞘に納めた。

「さて。では、気が変わらぬ内に、一献戴くとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォウ、フォウ―――キュウ」

トウマは、耳元で擽るような声で眉間にしわを寄せた。

既に、カルデアに来て数日。あの小さな猫だか犬だか知れない生き物―――フォウの鳴き声だ、とわかるようになった。

のそり、とベッドの上で体を起こす。真新しいリネンの匂いがすっと鼻先をすり抜けていく。

あくびを一つ。目元を擦ったトウマは、くしゃくしゃ、とフォウを撫でつけた。

「なんか、悪い夢を見ていたような」

寄せ合った眉間のしわはそのままに、目を細める。

何か、良くない夢を見ていたような気がする。具体的に情景を思い出そうとすると手をすり抜けていく水のように当てもないのだが、なんだか、親しみのような奇妙な感情を覚えさせられる夢だ。その癖、夢見はあまり良くない。

「フォウ、フォウフォウ?」

てしてし、とフォウがトウマの左手を叩く。見上げる視線は、どこか慮るような眼にも見えた。

どこか、知性を感じさせる目。家でペットを飼ったことはない。普通の犬や猫がこんな知的な目をするのか、彼にはよくわからなかった。

「別に、大したことじゃあないよ」

諭すように言う。フォウは品定めするように数回首をかしげると、とりあえず納得したように頷いた。「フォウ」

と、フォウが耳を欹てた。ぴこぴこと耳を動かすと、フォウはトウマの膝の上から飛び降りて、一直線に出入口へと駆けた。

「ミュー、キャーウ!」

電子ロックが解除、自動ドアが開いた瞬間に、白い小さな塊が飛ぶ。ピンポン玉みたいに飛んだフォウを、ドアから顔を覗かせた少女は事も無げに抱き留めた。

「もう食らいませんよーだ。2回目だもんね」

浅黒い肌に銀の髪の少女―――クロは、勝ち誇るように胸元の獣に笑みを向ける。今はオフ、ということなのだろう。私服姿に二つ結びにした髪は、普段よりも輪をかけて幼く見える。

なにやら残念そうに、フォウは鳴いた。互いに、すきを見てはちょっかいを出すような関係らしい。己の姦計が破綻したことに、フォウは不服なのだ。

「フォウはいつも元気ね。トーマは、よく眠れた?」

「まぁ、ぼちぼち?」

トウマは、歯切れ悪く苦笑いする。

眠れたといえば眠れた。眠気は無いし、疲労感も無い。今すぐにでも走り出せる―――そんなコンディションだ。

だが、なんだか夢が気にかかる。特に覚えているわけでもないというのに。

「ふーん? ま、ベストが良いってわけじゃないし。ぼちぼちが一番よね」

「どゆこと?」

「あんまり素人が体調良すぎると、無茶するってこと。生身でヘラクレスに立ち向かったりね」

クロは、意地悪く唇を歪めた。

心配かけたことを根に持っているんだろう……きまり悪く、トウマはただ身じろぎした。

「そうだ。ロマンが呼んでたわよ。管制室でブリーフィングだって」

くるりと、クロは身を翻した。ちらとこちらを見る視線は、待ってるから早く来てね、というアイコンタクトだった。

クロが自動ドアを潜る。靡く銀の髪の房を目に、トウマはベッドから抜け出すと、二本の足で、立った。

ひやり、足の裏が凍える。ぶる、とトウマは体を震わせた。

ブリーフィング。遂に、始まるのか。早く拍動を始める心臓音を内耳に、トウマはハンガーにかけてあったカルデアの制服―――魔術礼装に、袖を通す。

白い、新調の上着。黒のパンツ。胸元のベルトを締め、居心地悪そうに、上着の裾なんかを直す。

いずれ、これを着慣れる日が来る。よし、と一言。のどの渇きを潤すように唾液を飲み下すと、トウマもクロの後に続いた。

 

 

 

 

管制室・司令部コンソール前にて

 

「やぁお疲れサマ。よく眠れたかな」

ロマニ・アーキマンはわざわざ座席を回してトウマの方を向くと、底抜けに温和な顔で言った。

穏やかな性格であることは、冬木で連絡を取り合ったときにそれとなくわかっていたことだ。お人よしで、朗らか。近所の優しいお兄さん、という言葉がよく似合う青年だった。

「クロももう大丈夫かな? 不調は無いかな」

「特に無いわ。いい感じ」

ね、とクロは抱きかかえるフォウを揺すった。頷くようなフォウの鳴き声に良かった、と応じると、ロマニは穏やかな表情のまま、すっくと席から立ちあがった。

「よし。それじゃあ、改めて君たちにやってもらわなきゃいけないこと、説明しないとね。ついてきて」

こっち、と歩き出した先、ロマニが手招きする。クロと顔を見合わせると、赤毛の青年の背を追った。

管制室外縁部の階段を下りて、管制室前の広場へと足を踏み入れる。ロマニが向かうのは広場の中央に浮かんだ巨大なモニュメントの下だ。

人間大の巨大な地球儀に、惑星環が三重になったかのようなモニュメント。疑似地球環境『モデル・カルデアス』。それが、このモニュメントの名前だった。

惑星には魂が存在する、との定義の下、その魂の複写により作り出された小型の疑似天体、という代物らしい。トウマには何が何だかさっぱりわからないが、言ってしまえば地球の小型コピーであり、地球で生じた過去の出来事を観測できる……らしい。さらには100年程度であれば、ある程度角度の高い未来も観測できるとか。機能面に限ってい言えば、なんだかムーンセルの若干へぼい版だなぁ、というのがトウマの感想だった。

その小型地球―――カルデアスは、現在灰色に染まっている。延焼の後に残った燃え滓のような灰色だ。

そのモニュメントの傍に、見知った人影が2つ並んでいた。

赤銅色の髪を一つ結びにした少女。そしてもう一人、白い髪の少女。リツカと、マシュだ。

「やぁお待たせ。元気そうだね、二人とも」

「先輩、さっきまで寝ていたんですよ?」

「マシュが来るの早すぎなんだよ~」

ぐだ~、とリツカがマシュの背に抱き着く。緊張感のない顔は、如何にも同じ16歳の女の子といった感じだ。

その姿だけ見ていると、冬木で見せた姿が嘘のようだ。

怜悧に研ぎ澄まされた牙。そんな印象は、今の彼女には無い。

―――というか、マシュはなんで顔を赤くしているのだろう。

「そりゃあまぁ、そういうことじゃない」

意味深に言うと、クロはにやりと口元を歪めた。

……なるほど。抱き着いたまま、肩越しにひらひらと手を振るリツカ、そして顔を真っ赤にしながら小さくお辞儀をするマシュを見、なんとなく、トウマは察した。

「仲良き事は善き事哉」

うんうん、とクロは頷いている。そういえば彼女は、結構許容範囲が広かった。

「よし。じゃあ4人揃ったことだし、状況説明(ブリーフィング)と行こう」

手尺を一つ。ロマニは変わらず、人のよさそうな朗らかな微笑を浮かべた。画面越しの時はわからなかったが、ロマニは人前で話すことに慣れているらしい。落着きのあるたたずまい、そしてその穏やかな声音は、自然と耳を向かせる何かがある。

「作戦にあたっての説明事項は3つ。1つ、特異点の調査及び修正。2つ、『聖杯』の調査。3つ、特異点にレイシフトしたら霊脈を探査。召喚サークルの設置をお願いしたい。3つ目は1つ目から派生したものだから、実質上は2つかな」

『聖杯』。トウマは知らず生唾を飲んだが、とりあえずは1つ目が先だ。

「さて、1つ目の『特異点の調査及び修正』についてだね。

 まず物凄い語弊を恐れずに言うなら、君たちが行うのは『間違ったifの歴史の修正の

旅』と理解してもらっていい」

 「それって、例えば『織田信長が本能寺で死ななかった歴史』にレイシフトして、その間違いを修正する……ってことかしら」

「オダノブナガ……日本の英雄だね。そうだね、その理解で概ね正しいと思う。クロちゃんは理解が早いね」

うんうん、とロマニは頷いている。まるで近所のおじさんだ。クロの外見から年下と理解しているのだろうけれど―――。

当のクロは、なんだかドン引きした顔をしていた。

「正確には違うんだけど……厳密な定義は、特にいいかな。特異点、即ち『ifの歴史』の修正。それが第一の目的。それでは第二の目的だね。

 『聖杯』の調査だ。

 これは推測なんだけれど。特異点を発生させているのは、聖杯なんじゃないかと考えられてる。

特にトーマ君は知らないと思うけれど、『聖杯』とは、一言でいえば願望機という奴だ。膨大な魔力をリソースに、所有者の願いをかなえる魔導器のことだね」

微笑はそのまま、ロマニはちらとトウマに一瞥を寄せた。

何も知らないはずのトウマを慮っての言葉、だろう。だが、実際トウマは、聖杯がなんたるかは知識としてはよく知っていた。なんなら、亜種聖杯戦争と呼ばれるものが多発した世界のことも知っている。

もちろん、それらはまだ、クロを除いては誰も知らないことだ。トウマはいかにも、といった顔でうんうんと頷く素振りをした。

そしてその知識故に、トウマは、隣にたたずむ銀の髪の少女の存在を意識せずにはいられない。

クロ。いや、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。彼女のその名は、言わば天の杯(ヘブンズフィール)の代名詞とすら呼べる。あるいは、血肉を持った聖杯、とでも言おうか。

無論、聖杯(アートグラフ)聖杯(ヘブンズフィール)は別なものではあるけれど―――。クロの表情は、普段と変わらない、余裕を感じさせる微笑だ。

―――彼女の真名を、一部だけ開示したのも、そういった理由だった。クロ、という名前だけを開示することで、逆にアインツベルンの名を伏せる。未来の英霊と名乗れば、ライブラリに全く該当しないことも、誤魔化しは効くだろう―――との判断だった。

「レフ―――そうだね、トーマくんは知らなかったね、レフ・ライノール。近未来観測レンズ『シバ』の開発者で、顧問を務めていた魔術師だ―――はなんらかの形で聖杯を手に入れて、悪用したんじゃないか、と考えている」

ちょうど目の前に映像が投射された。

レフ・ライノールと呼ばれる人物のパーソナルデータが羅列された一覧だ。映っている人物は、にこやかにほほ笑む好人物、といった様子だが―――。

この人物が、この事件を引き起こした犯人、と目されている。カルデアを爆弾テロで強襲し―――そして、所長を、オルガマリー所長を、殺した、人物―――。

ざわざわ、と肌が泡立つ。眩暈が頭蓋の奥まで突き抜け、臓腑の底で、捻じれるような不快感が惹起した。

ちら、とクロが見上げる。表情はやはり変わらないが、その目はたぶん、トウマを慮ってのものだった。

大丈夫、と軽く頷きを返す。視線を下げると、クロはするりといつもの様子へと戻った。

ダメだな。一度強く目を瞑り、トウマは、重く吐息を漏らした。

「時間旅行とか歴史改変とか、聖杯でも無ければ無理だから。ホント」

とつとつと、ロマンの言葉が周囲を流れてくる。ろくに聞いていないのに、こうしてしっかり耳に入ってくる彼の声は、なんだか、不思議な強制力に似た心地よさが、ある。

それにしても、と思う。

レフ・ライノール。どこかで聞いたことがあるような。ないような?

「特異点を調査する過程で、必ず聖杯に関する情報が見つかると思う。そしたら、手に入れるか、あるいは破壊して欲しい。たとえ歴史をもとのカタチに戻しても、聖杯が残ったままだとまた特異点になっちゃうからね。

この2点が作戦の主目的だ。いいかな」

3人が、頷きを返す。ワンテンポ遅れ、トウマは首を縦に振った。

ロマニの目が、つとトウマに止まる。すぐに視線を逸らした。「うん、よろしい!」

「それじゃあ補足。さっき言った、もう一つの目的だね。レイシフトしてその時代に跳んだら、召喚サークルを作ってほしいんだ。霊脈を探したり……本当は冬木でもやってもらいたかったんだ。物資の輸送やサーヴァントの召喚が行えるようになる。方法に関しては、レイシフトした後にまた詳しく伝えるよ」

さて、とロマニは身を翻した。一度灰色に燃え尽きたカルデアスを見上げたのち、再び向き直った。

優しい表情は、無い。言葉を詰まらせたように苦し気に眉を寄せたロマニは、「悪い、と思う」と言葉を漏らした。

「リツカちゃんも、トーマくんも、元を辿れば正規のマスターじゃない。マスター候補ですらなかった。ほとんどのマスター候補は、今は……安置所だ。Aチームも一人だけ生き残っているけれど、意識は戻らない。実質的な戦力は、君たち二人しかいない。

まともな大人なら、君たちを前線に送り出すべきじゃあない。でも、レイシフトの適性が極めて高い二人を遊ばせておく余裕は、ぼくたちには―――いや、人類には、その余裕は無いんだ」

所詮は言い訳だけど、とロマニは決まり悪そうに、言葉を濁した。

「別に、私は構わないよ。やらなきゃいけないことだし……所長の、弔いでもあるんだし」

リツカは、何でもないように肩をすくめて見せた。彼女らしい笑顔は、でも、少しだけ寂しさのようなものを感じさせた。

確かに―――と、思う。

立華藤丸(タチバナトウマ)には、彼らに付き合う義理は無い。元は異邦人に過ぎない彼に、この世界の危機に対して立ち上がる責任や義務といったものは、中々成立しにくい。ただ巻き込まれた人間として異議を唱えれば、恐らく誰一人とて、彼に何も強制はしないだろう。そして多分、彼らのことである。そんなトウマに、このカルデアでの生活を保障するだろう。

でも。いや、だからこそ、というべきか。

「俺も、なんでこんなことになったのか、知りたいし。なんで別な世界に来たのか、とか。なんで大勢の人がこんな目に―――死ななきゃならなかったのか、とか。俺は、その答えを知らなきゃいけない気がするから―――なんか、どううまく言葉にしていいかわからないけど」

トウマは、もどかし気に俯いた。

―――病室から出るまでに、色々と、考えた。元の家に世界に戻りたい、とも思った。大勢の人間が死んだことも知った。大勢の中の一人―――冬木で実際顔を合わせて、言葉を交わしもしたあの白い髪の、どこかキツくて苦手で、でも助けてくれた彼女のことも、考えた。

「俺、ここで止まっちゃダメだと思うから。まだ何も始まってないのに、終わりになんてできない、から」

「そうか―――わかった」

ロマニの返答は、それだけだった。ただそれだけ、慈愛に満ちた彼の柔和な顔は、ただ優しく、トウマの言葉を肯定していた。

少しだけ、気恥ずかしい。ロマニは、どこか抜けていて気さくな感じがするけれど、同じくらい底が深くて、温かい。人間味、というんだろうか。素朴に、いい人だな、と思った。

しかし―――むう。気が付くと、リツカも、マシュも、クロも、なんだか感心したように頷いたり、ニコニコしたりしている。

学校で、自分で書いた作文が読み上げられたかのような恥ずかしさがあるぞ……。

「そ、それで。レイシフト? はいつなんですか?」

「やぁやぁ、トーマくんは勇ましいね」

からからと笑ったのもつかの間、すっとロマニの目に真剣な色が宿る。雑談はここまで、というように空気が切り替わった。

「早速行ってもらうよ。今回はレイシフト用のコフィンを4基用意してある。正確に、そして迅速にレイシフト出来るはずだ」

ロマニが背後を振り返る。

カルデアスが屹立する広場には、地面から石柱のようなものが4基、地面から生えるように立ち上がっている。あれがコフィン、という奴なのだろう。

「7つの特異点の中でも、今回は最も揺らぎの小さな時代を選んだ。もちろん油断は出来ないけど、一番危険の少ない特異点のはずだ」

ロマニが向き直る。厳しい表情は変わらず、ただその目は、4人の姿を焼き付けるように注がれていた。

 

「では―――健闘を祈るよ。リツカ君。トーマ君」




投稿したものを頭から読んでみると、行間、話の切れ目などなど全体的に読みにくいかもと我ながら……。
文書ソフトで編集しているときには意外と気が付かないものですね。

折を見て、少しづつ改善できたら、と考えています。
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