fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅱ-4

 「タチバナ!」

 ライネスが路地に滑り込んだ時、まずマスターの顔色を伺った。

 狭く暗い路地裏に、蹲るようにしゃがみ込むトウマ。ライネスに気づいて顔を挙げた少年の顔は、思いのほか普段通りだった。

 「大事ないな」

 「特に問題は。実戦では初でしたけど」

 そういうことではない、とライネスは言いかけたが、言葉を飲み込んだ。右手を開いて閉じてを繰り返しながらも、普段通りの表情をするトウマの在り方は、傍目で見ても動じていないように見える。何か動揺を抱えている風にも見えない。ライネス、ひいては司馬懿という人間の鑑識眼に問題がないと仮定するならば、タチバナトウマは不意に啓いた戦端に動じていない。

 知らず、口角が緩みかける。緩めなかったのは、司馬懿の怜悧さというよりは、多分ライネス・エルメロイ・アーチゾルテの人格によるものだった。優秀な弟子に苦い顔を浮かべていた義兄が脳裏に過る。ライネスの感慨はもっとポジティヴなものだったが、要するに、感受した情動そのものは同位だった。

 「こちらBSリーダー、防勢接敵(エンゲージ・ディフェンシヴ)。敵は1騎、例の黒いサーヴァントと見て間違いない。マスターらしき姿も確認したがロスト」

 (あーこちらSG、状況了解した)

 無線で応えた声はロマニのものだ。慌てて休眠から出てきたせいか、妙に声が上ずっている。

 (戦闘指示はそちらに任せる。こちらはマスターの追跡に専念する)

 「了解。SSとはまだ?」

  (あぁ、ついさっきから通信途絶してる。原因は不明だが、こちらの計器の問題じゃあないと思う)

 了解、と手短に応えると、トウマは手早く通信を終えた。ロマニとの連絡も淀みがない。思考を素早く切り替えるように、トウマは広場の戦闘に視線を投げた。

 「どう思います、あれ」

 顎をしゃくりながら、トウマが一瞥を寄越す。こんなに凛々しかったかな、とちょっと圧倒されながらも、ライネスは、司馬懿の目で戦闘の趨勢を凝視した。

 戦闘の状況は、一言で表せば小康状態に見える。

 セイバークラスと思われる敵サーヴァントと直接剣で斬り合っているのは、エリザベス女王だ。【皇帝特権】に類似したスキルを用いることにより、生前と無関係に高ランクの剣術を獲得するエリザベス女王は、本場のセイバークラスとの戦闘にも関わらず、一歩も引かないインファイトを繰り返している。不可視の剣を宝石の剣が撃ち払い、宝石剣の一撃を不可視の剣が打ち返している。

 それだけではない。一歩エリザベス女王が押し込まれると見るや、即座にクロの狙撃が敵セイバーの追撃を阻む。魔力を断つ赤い槍を変化させた矢に、セイバーも苦慮しているように見える。

 一見、こちらが押しているように思われる。セイバーは攻めきれず、徐々にだがエリザベス女王とクロの連携が追い詰めている。

 そう、見える。

 「でも逆にも見える」

 険しい顔のトウマに、ライネスも同じように首肯を返した。

 事態は逆としても理解できる。クロとエリザベス女王の猛攻に対し、一切動ずることなく捌いている。攻撃の“間合い”を図るために、敢えて敵サーヴァントは受けに回っている、とも理解できる。不可視の剣を構える姿に動揺はなく、泰然盤踞と地に足をつける様は、圧されているという風には見えない。

 「力量を測ろうっていうのかもしれないけど」

 「普通に考えればそうだろうね。それも、こちらの手の内を探るためにだ」

 「でも何のために?」

 最後は質問というより自問に近しい。その自問の解答は一見明瞭に見えるが、くせ毛に指を絡めて何か思案する素振りのトウマの表情は、その問いが外見以上に複雑らしい、と思わされる。

 思案は、その実4秒ほどか。よし、と頷くと、トウマはしゃん、と立ち上がった。

 「どうしようっていうんだい?」

 「戦闘行為は基本的に消費行動。起こすならそれ以上の収穫が見込まれるときだけ、ってリツカさんも言ってたので。それに、あの不可視の剣」

 「あ、おいキミ」

 立ち上がりかけたライネスを制し、トウマは臆するでもなく、さりとて勇み足にもならず、広場の戦闘へと足を向けた。

 「BS01より02、04。タイミング見て一旦引いて」

 (どういうこと?)

 (何か策があるのよ、トーマには)

 ぎりぎりと弦を絞るなり、打ち出された矢がセイバーを狙う。重い矢の一撃を不可視の剣が叩き伏せた一瞬の隙に滑り込むように、エリザベス女王が高く背後へと飛び退く

 セイバーに、追撃の気配はない。二の矢を構えるクロの素振りとも関係なく、ただ悠然と攻撃を待つかのようだ。

 菫色の影なる幽鬼。無風だというのにゆらゆらとローブがはためくのは、不可視の剣から漏出した微風によるものか。

 こうして相対してみると、小柄ながら、その威容の圧迫感は大航海時代で出会ったヘラクレスと同等か、それ以上に見える。差異があると言えば、知性を感じさせる点か。前に進み出るトウマの姿を、あの洞の奥に光る金の目で、冷静に伺っているように見える。

 「こちらに戦闘の意思はない。剣を引いていただけないか」

 多分、セイバーにとって予想外のことだったのだろう。意表を突かれたようにローブが身動ぎすると、「名は」とぶっきらぼうに声を発した。

 少年を思わせる、張のある声質である。それいでいて未熟さは感じない。ただその一声だけで、広く名の知れたサーヴァントだと伺い知れた。

 「人理保障機関フィニス・カルデアのマスターです。タチバナ、トウマ、と」

 「カルデアのマスターか。女子供の背に隠れているだけの臆病者かと思ったが、風聞とは異なるようだ」

 「それに関しては違わないです。僕はその、ひ弱なので」

 「先ほどの射、繊弱な人間のものとも思えぬがな」

 微かに、幽鬼が嗤う。嘲りとも異なる奇妙な笑い声を漏らした後、「確かにな」とトウマを見据えた。

 「元はこちらの不手際。私のマスターは中々やんちゃでな、あれでは先ほど貴様に殺されていても文句は言えまい」

 「こちらも焦って撃ってしまいましたけど、でも根本的にあなたがたと事を構える必然性がないのも事実です。そもそも、俺……僕たちは、あなた方を何も知らない。敵かどうかすらわからない人と戦うのは、不合理では?」

 影の幽鬼は、無言でトウマを見返した。彼も彼で臆せずに、その視線を受け止めている。およそ5瞬、「一理あるな」と漏らしすなり、ゆらりと剣先を持ち上げた。

 瞬間、一気に暴風が吹き寄せた。路地裏に潜むライネスすら立っていられないほどの烈風、颶風にも届かんとする40ノットを超える風があの不可視の剣から吹き上がっている。

 大気が荒れ狂うけたたましい轟音の中、ひやりと、その声が耳朶に触れる。

 「俄然、興味が湧いたぞ。カルデアのマスター」

 路面を砕き窓辺を叩き割り、石壁を引き上がしていく。鉄柵と看板がなぎ倒され、バルコニーにあったであろう植木鉢の花が宙を舞い、空で裁断されていく。

 瞬間的に発生したサイクロンは、実時間にして5秒ほどで凪いでいった。周囲一帯を砕き巻き上げ更地にしながら、セイバーは、静かに剣を構えていた。

 凪の中。セイバーの構える剣が、煌めく松明のように閃いている──。

 「嘘」

 怖気のような呟きは、クロのものだったか。トウマを庇うように立ちながら、その黄金の剣に圧倒されていた。

 いや、彼女だけではない。その場にいる誰もが、失神寸前になるほどの瞠目で、その剣を注視せざるを得なかった。

 星の光をそのまま雫として象ったかのような光輝の剣。輝かしき聖剣の名を知らぬ者はいはしまい。

 凪いだ大気の中、セイバーのマニューバはほぼ無音だった。

 ソニックムーブを巻き起こし、音を置き去りにした突進は神速としか言いようがなかった。間近に居たエリザベスは反応すらできず、ライネスには影としか視認できなかった。咄嗟に反応できたのは、【千里眼】と【心眼(偽)】持ちのクロだけだった。

 投影した宝具はフィアナ騎士団の英雄が持つ小剣。こと防御においては『干将・莫耶』を上回るその真名を、彼女は振り下ろした。

 だが、とても対抗できるものではなかった。セイバーが掬い上げるように振り上げる剣こそは、外なる世界の怪異すら撃ち払う最強の兵器(ラスト・ファンタズム)

 その、剣の銘は。

  その時。

 ライネスはその光景を明瞭に見た。見てしまった。全ての注目がその黄金の剣に集まる中、背後から、やや遠景の形でクロとセイバーの剣戟が重なる刻を見ていたからこその視認だった。

 トウマの直上で、空間が歪んでいた。何もない空中に、同心円の波紋が細波のように沸き立っている。ゆらりと円の中心から這い出してくる何か。黝い肌に鋭角的な頭部、ぎょろりと蠢く眼球。仔細に名状することに不快を覚えさせるその容貌は、間違いなく、

 「タチバナ!」

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