fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅲ-1”イレギュラーズごっこ”

 Schwarze Milch der Frühe wir trinken sie abends

 wir trinken sie mittags und morgens wir trinken sie nachts

 wir trinken und trinken

 wir schaufeln ein Grab in den Lüften──

 

 ……

 

 テオドール・アドルノの『批判のプリズム』に収録された文化産業に関する論考の一節。全ての言語表現は野蛮さから逃れられない、という言葉の残響は、今も、そしてこれからも滞留していた。

 

 ※

 

 翌日、AM6:17

 17分、遅い。

 ぼんやりとベッドの上で目を覚ますと、アリスはまず自己のコンディションを確認。問題ない、と認識してから、やっと上体を起こす。ついで足を出し、スリッパをはく。ワンピース型の白いパジャマをすっぽり脱ぐと、そのままベッドへ。どこからともなく現れたトランプ型の使い魔、プロイキッシャーが丁寧にパジャマを着る傍で、机の上に畳んであったいつものワンピース型の服を被る。修道服を思わせる、極東の某女学校の礼服である。これまたトランプの兵隊が持ってきた温タオルで顔を拭き、化粧水を肌にしみこませる。手触りのいい絹のタオルで顔を拭いていると、いつもと全く同じタイミングでドアをノックする音が耳朶を打つ。

 「アリス様、お邪魔しますね」

 どうぞ、とアリスの声を待ってから、勢いよく、にもかかわらず、ゆったりとドアがあく。

 玉藻の前だ。アリスより早々と朝を迎えた玉藻の前は、毎日のようにマメな様子で煮炊きをしている。しかも食事は旨く、洗濯物は丁寧に畳まれいるし、掃除も行き届いている。以前は“知り合い”と2人がかりでも手が回らなかったはずの屋敷も、彼女の手にかかれば塵一つないとくる。一体どんな魔法なのだろう、と、柄にもなく考えるアリスである。いや、人類未踏の魔術を魔法と仮に呼ぶならば、玉藻の前の家事テクは魔法だと思う。

 「そうお褒め頂いても何も出ませんよう」

 えへらえへらと緩い笑顔を浮かべる玉藻の前。それも一瞬で、「今日のメニューはですねぇ」と続けた。

 「サバの味噌煮サンドなど作ってみました。お口に合うといいのですが」

 「サバの味噌煮サンド」

 「はい、サバの味噌煮サンド」

 真面目に返す玉藻の前。アリスは一瞬硬直しながら、その食べ物を考えてみる。

 サバの味噌煮。無論、アリスはその料理を知っている。ある程度日本人の血を持ち、かつその土地で暮らしてきた身である。どちらかと言えば洋食を好むアリスで、初見の折は「こんな泥ソースの魚より母親のアクアパッツァが食べたい」と侮蔑したものの、その味の善さはよくよく心得ている。

それにサンド。サンドとは何だろう。もちろんサンドイッチのことだろう。何でも挟んで食べちゃう言ってしまえばヨーロピアンライスボールを体現する食べ物だが、何故そこにサバの味噌煮を挟むのか。これがわからない。

 「以前ひょんなことで召喚された折、サバの味噌煮バーガーなる食べ物を食べまして。それがもう『うゃん』、と言いたくなる美味しさだったもので、どうにか再現できないかと」

 そういう理由らしい。正直アリスの想像外の料理だが、自信ありげな彼女の様子と、ふりふり動く尻尾を見れば信じるしかない。これまで1~2度如何ともしがたい料理がでてくることはあったが、そうならないことを祈るばかりだ。

 この間、アリスは無表情で玉藻の前を見ていた。元から表情豊かな人柄ではない故である。そんなアリスの一見無表情に微かな機微を見て取った玉藻の前は、満足そうに頷くと、足取り軽やかに退室した。

 「あ、今日、お昼は?」

 「今日も外に」

 「それではお弁当、用意いたしますね」

 ひょこ、とドアから顔を出した玉藻の前と軽くやり取りすると、今度こそ彼女はドアの向こうに消えていく。ぱたぱたとスリッパの音が遠ざかるのを聞きながら、アリスは椅子から立ち上がり、窓をあけた。

 開けて、まずもって目に飛び込んできたのはよく草刈りの行き届いた庭である。清々しく広々した庭には、ここ最近いつも誰かがいる。

 はて今日は誰だろう。取り止めもない思考のまま見下ろすと、今日は3人だ。みんな一様にカルデアとやらの黒い制服姿である。プラチナブロンドの長い髪を揺らす小柄な人物に、対照的なシルバーの髪に褐色の肌の少女。もう一人は、あの黒髪のマスターである。

 異様なのは、庭に並んだいくつもの武具である。褐色肌の少女がその武具一つを持ち上げると、残る2人と合わせて何やら熱の入った会話をしている。白熱した議論、というにはやや非対称だろうか。理路整然で喋っている金髪の少女、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテに対して、トウマはどこか印象論的な様子だろうか。それでもライネスに言い負かされてる、という印象はない。むしろぼんやりしたトウマの言葉に、ライネスは盛んに相槌を打ち、クロも何か意見を述べている。議論ではなく、もっとナラティブで、それでも調和的な対話というよりはもっと闘争的。なんとなく、そのやり取りに、かつての知り合いとの会話を思い出す。

 この世界の彼女は、今何をしているのだろう。赤い髪の知り合いを思い出していると、ふと、視界の下で視線がこちらを向いた。

 黒髪の少年が、しゃがんだ格好のままアリスを見上げている。少し気まずそうにしながら、トウマはちゃんと頭を下げた。最低限の礼儀は知っているらしい。アリスも、一応、ほんの少しだけ頭を揺らした。

 手慰みに顎を指先で撫でながら、軽く、アリスは頸を傾げる。何事かを得心したように頷くと、勢い、アリスは窓枠に足をかけた。

 そのまま身体に弾みをつけ、一足で窓の外に飛び出す。風が耳元に尾を引く感触の次は重い浮遊感で、重力落下そのままにアリスの身体が4m下の大地に墜落する。

 特になんらかの魔術も用いず、アリスは普通に地面に着地した。烏の羽毛が落ちたかのような軽やかさで地面を踏みしめる。サーヴァントなどというものになっていることの異様さにはもう慣れたが、こうして身体面での頑健さは未だに慣れない。

 幾分か自分の若気に羞恥を感じながら、アリスはそれをちっとも見せずに言った。「これは、宝具なの」

 ずらりと並ぶ武具の類。赤い呪槍なり黄金の剣なりがずらずらと並ぶこれら全てが宝具だ、という事実に、正直アリスは眩暈がする。そんな仕草は見せないが。

 宝具。英霊の座に召し上げられたあらゆる時制の英雄たちが持つという、英雄たちの象徴。英霊の現身ですらあるそれは、一つ一つが魔術師の常識を遥かに超えた形持つ神秘である。それこそ、宝具一つで彼女の持つ最も希少な3つのプロイキッシャーを超えるものもあろう。

 そんなものが、こう造作なく、まるで朝市に並ぶ野菜か魚のように並ぶ光景をどう理解したらいいのか。異端中の異端とは言え、真っ当な魔術師の論理を身に着けている彼女は、なんというか、頭痛が痛くなる。

 「そうね、よく使う宝具一覧って感じかしら」

 そんな風にさらりと言うクロ。この宝具市場の仕入れを行った張本人である。投影魔術、というマイナーもマイナーの魔術で宝具の複製を行っているという。多分、全うな投影魔術ではないのだろう。

 「色んなものを使うのね」

 それでも、彼女は内心の動きを顔に出さない。とは言え、しゃがんで眺めてしまう仕草は、どうしても魔術師としての興味の発露だった。

 「剣ならなんでも作れるの?」

 「一応ね。見たことないのは無理だけど」

 「ヴォーパルの剣は?」

 何それ、とはてな顔のクロ。童話の剣だよ、と応えたのは、意外にもあの少年マスターだった。

 「不思議の国のアリスに出てくる詩の剣、だったかな」

 他2人はさして不思議がることもなく、素直に感心した様子だ。いや、ライネスはちょっと愉快そうな顔をしている。多分、わかっている。ちら、とこちらを伺う仕草が、なんとも小悪魔的だと思う。

 「鏡の国」間抜け面の少年に、憮然とアリスは言った。「ジャバウォックは鏡の国」

 そうか、と赤面したトウマに、アリスは柄になく嘆息を吐いた。他者への批判と言うより、ざわついた心境への戸惑いを吐き出すような行為だった。アリスの母は、マザーグースよりルイス・キャロルを好んだ。

 「君は確か」ライネスは、少しだけ厳かな素振りをした。「真名はナーサリーライムだが、君自身はマインスターの魔女……なんだよな」

 その素振りが尊敬する相手への礼節に満ちた振舞だ、とやっとアリスは気が付いた。どちらかと言えば本流と言い難い魔術体系に属するアリスにとって、基本、魔術師と顔を合わせる場合は剣呑な空気であることが多い。そもそも、こんな事態でなければ、彼女はこんな風に他人と言葉を交わさないが。

 無言を非難と受け取ったらしい。「兄が勉強熱心でね」と言い訳がましく言うと、ライネスは、申し訳なさげに肩を竦めた。「興味本位で聞くことじゃあなかった」

 アリスはそれにも応えず、ただ小さく首を振るにとどめた。互いに魔術師の領分を知る身である。過分な干渉はしない、と互いに共通認識を確立した。それに、未知なるものを知ろうという気宇そのものは、アリスも善いものだと思う。少しだけ、ライネス、という少女のことが好きになった。少しだけ。

 「それで」アリスはビスクドールのような整った無表情のまま、隣で呆けた面のマスターを一瞥した。「私の、このきちんと草むしりをした庭で、何を?」

 「私の」というフレーズに、ちょっと力が入る。とは言えアリス自身以外には気づかないほど些細な声色の変化ではあった。

 まず、口を開きかけたのはクロだった。ごく自然に現状を説明しようとした彼女に、手を翳して制したトウマは、少し身体を緊張させた。畏まった様子で「えーと」と呟いてから、「簡単に言うと、今後を見据えた相談を」

 一旦言い終えたトウマに、アリスは再度無言を投げた。色のない視線は変わらず、垢抜けない少年は気圧されるように表情を硬くした。

 「僕は彼女のマスターなので」しかし、気圧されながら、努めて平静にトウマは続けた。「ちゃんと彼女を勝たせてあげる手立てを考えないとだから、そのための話し合いを」

 顔を青くさせたり赤くさせたりしながらも、きちんと彼は口にした。そう、と無感動に呟くアリスは、無表情の裏で先ほど惹起させた感慨に再度思いを馳せながら、並ぶ武具に視線を落とした。

 「これ」

 ずい、とアリスが“剣市場”の中の一品を指さす。アーサー王が振るった黄金の剣を、じいと眺める。

 そのまま、5秒。妙な沈黙の後、ようやっと理解したクロは「欲しいの?」と目を丸くした。

 また無言。アリスは、今度はクロを孔が空くほどじっくり見つめ返してから、そよ風の揺れる柳のように、こくん、と頷いた。

 要するに、この場所の使用料を要求している。こんな情勢だから譲歩しているが、アリスは保守的で、また他人の存在を好まない。そして彼女は、割に守銭奴である。

 困ったように、クロはトウマを見た。トウマはちょっと悩んだ様子になってから、「良いよ。ダ・ヴィンチちゃんも良いって言ってるし」

 「そ」

 クロが剣の柄を差し出すと、アリスは素早くつかんだ。キャスタークラスという非力さもあって、流石に実物の剣は重い。思わず切っ先が地面に突き刺さり、アリスは覚束無く踏鞴を踏んだ。

 支えようと咄嗟に手を伸ばしたトウマより早く、アリスは自身の身体に強化をかける。ずしりと重い黄金の剣を抱きかかえると、素早く延びた手から身を翻した。

 途方にくれた様子のトウマを他所に、アリスは黄金の剣をしっかり抱きかかえて踵を還した。

 「じゃあ、これ、私の」

 極めて端的に宣言すると、アリスはぐるりと迂回して屋敷の玄関口へと向かう。1歩、2歩と踏み出してから、ふと、アリスは振り返った。

 「朝食。タマモが」

 やはり端的に言及すると、アリスは特に反応を待つことなく歩き出した。

 「When good King Arthur ruled land…… 」

 背後に感じる奇妙な感情の視線……呆れであったり、畏怖であったり、その他雑多な感情を感じながら、アリスは静かに口遊む。

 「She was a goodly king……」

 ただ、ひとつ、あの時の表情が眼球の底の盲斑から浮かび上がる。

 少年が見せた、気圧される弱さの中に見えた何か。似ても似つかぬ人物像に、何故か、アリスはかつて同居していた赤い髪の知り合いを重ねた。

 「……克己心?」

 ぼそり、独語のように声が漏れる。第三者には相も変らぬ無表情。に見える“かんばせ”のまま、アリスの舌先が歌うに任せた。

 「Build it up with silver and……」

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