fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅲ-2

 「さて、改めて情報交換、と行こうかナ」

 ジェームズ・モリアーティは、芝居がかったような大仰な口ぶりで言う。どかりと上座のソファに座り込み、手を組んで見せる素振りなんて見事に悪役である。汎用人型決戦兵器を運用する組織の長みたいである。

 最も、この場にいる誰も、素振りに畏敬や何やらという感情は抱かないのだが。素直な感情で見ているのは精々トウマくらいなもので、その他の人物はおおよそ「何やってんだこのおっさん」くらいな白々しい目で見ていた。

 「アレ、あんま似合ってなかった?」

 ちょっとショックを受けたようなモリアーティに、アリスは嘆息を深く吐いていた。無表情から、憮然の情動が滲んでいる。

 幾ばくかの心傷に哀れっぽく顔を顰めながら、「じゃあ」とモリアーティは背を柔らかなソファに預けた。

 AM9:12:32、既に朝は大分過ぎている。アリスの固有結界の外は相変わらず濃霧が立ち込めるロンドンだが、内側には陽が射している。薄曇りの空から、輪郭の崩れた穏やかな光だ。

 陽の光が差し込むこの広場……アリスの屋敷のリビングに顔を突き合せたのは4人。モリアーティにアリス、リツカにトウマ、という面々だ。

 先日の戦闘から、2日。1日は休養に当て、2日目のこの日。各班、得てきた情報の公開と今後の方針の決定しよう、という運びになり、今に至る。

 (こっちもログ取らしてもらうぜ)

 網膜投影された通信映像の向こうで、恰幅のいい金髪の男が気さくに言う。よろしく、と言うリツカに対し、トウマは咄嗟、会釈だけ返した。

 「では」モリアーティはまず、トウマへと視線を向けた。「君の方からお願いしようかな。えぇと、なんだっけ」

 「トウマよ、タチバナ」伏し目がちのまま、アリスは嗜めるように言う。「あぁそうそう」と言いながら、モリアーティは人のよさそうに肩を竦めた。

 「じゃあ僕から」構わない、とトウマもほんのちょっと首を横に振る。そうしながら相変わらず表情を変えないアリスを、一瞬だけ、一瞥した。「一番の収穫は、単純にこれだと思います」

 テーブルの上の古ぼけたリモコンに手を伸ばす。リモコンの左上、赤いゴムスイッチを黒い大きな箱めがけて押し込む。

 ブゥゥン、という鈍く低い音とともに、中央から広がるように映像が立ち上がる。ブラウン管テレビに映し出されたのは、あの藍色の体表の不気味な人狼だった。

 「再出現は期待してませんでしたけど、本当に来ました」一瞬、険しく表情が変わったアリスを気にしながらも、トウマは続けた。「あまり長く経過の観察、できませんでしたけど」

 「いや、あそこで引いたのは良い判断だと思うよ。下手に留まるのはちょっとね」

 テレビに映る獣を見ながら、リツカが言う。トウマは内心、安堵やら悔いやら何やらを惹起させたがそれをわざわざ表には出さず、「もう一つがこれです」とリモコンのチャンネル切り替えのゴムスイッチを押す。

 次に映ったのは、あの黝いフードの剣士だ。

 「前回の特異点では現れませんでしたけど、ローマに続いてこちらでも」

 「セイバーってことはクロちゃんが戦った?」

 「はい、同一サーヴァントかと。それに、これも」

 もう一度、トウマがリモコンのチャンネル操作ボタンを押し込む。今度は画面が分割され、端に追いやられたフードのサーヴァントに代わり、別な人物が中央に表示された。

 自然、この場にいる全員が、大なり小なり息を飲んだ。モリアーティは身を乗り出し、アリスも幾ばくか怪訝な表情だ。至近で目視したトウマも、改めてその姿に息を飲む。

 (これ、リツカじゃねえか)

 何より、一番目を見開いたのは、彼女だった。湿地帯の泥濘を思わせる鈍色の目を開き、赤銅色の髪が揺れた。怪訝、動揺、放心。目まぐるしく情動を変える彼女の表情は、ただ、呆然としていた。

 画面に映し出されたのは、あの瞬間だけ遭遇したマスターらしき人物。紙魚のような白い髪を左側頭部でひとまとめにし、血色を思わせる目が爛々と閃いている。髪の色、眼の色。それに不健康そうな浅黒い肌の色も違うけれど、そのかんばせは、リツカのそれそのものだ。どこかぽやんとした表情に2つ穿たれた底知れない眼差し。その少女は、フジマルリツカの形相(Form)をしている──。

 「今まで出会ってきた黒いサーヴァントたちのマスター、と思われます。僕が反撃してセイバーが助けに着た後は居なくなってしまいましたが」

 一息で言い切る。トウマが言い終わる頃には、リツカは普段の底知れない温和そうな表情に戻っており、思案気に髪をかき回していた。

 「どういうことなんだろうね、これは」

 色んな意味で、モリアーティはその言葉を発したに違いない。正体不明の黒いサーヴァントにマスター。何の動機があるのか、誰かに使嗾されているだけのものに過ぎないのか。この一連の人理定礎崩壊の犯人なのか、否なのか。そして何故、そのマスターが何故リツカと同じ顔をしているのか。その他雑多な意味を含めての言葉だった。

 「とりあえずだけど、今はまだ敵じゃあないらしいのは確かだね」

 わずか数秒で心境を持ち直したらしいリツカが言う。視線でその意味を問うモリアーティに、「もし敵なら」とリツカは画面に映る自分と同じ顔を見た。

 「私たちの旅はもう終わってる。現状、私たちの戦力であの黒いサーヴァントに勝てる戦力はいない。本気で私たちのことを敵と認識しているなら、もし私ならさっさと殲滅するよ」

 私なら、の部分を強調する。居心地悪そうな表情を口元に浮かべ、リツカは気難しく言う。

 「それに、事実この黒いサーヴァントたちは積極的に僕たちと戦おうとはしてません。今回も僕からマスターを攻撃したから、反撃しただけに見えます」

 「味方とは言い難いが、敵とも言い難いと。なまじ敵より厄介だね」

 「現状、敵でなくてよかったと思うしかない。動機とか、現時点で考えられる材料が少なすぎるし」

 モリアーティとリツカ、2人して渋面を作る。互いに、この件は保留せざるを得ないと認識しているらしい。

 トウマは、なんとなく、あの時の瞬間を思い出していた。いつの間にか背後に立っていた敵マスターの顔は、どんな表情を形作っていただろう。戦闘服に搭載された疑似魔術刻印を起動し、放った“フィンの一撃”。素人で時計塔のロードくらいは射殺せる、設計理念によって開発設計された火器はいかんなくその性能を発揮して、トウマ自身もその心づもりであの砲撃を撃った。無造作に投げつけられた殺意を目前にして、リツカの顔をしたあのマスターは、笑っていなかったか?

 ぞわりと、肌が粟立った。得体の知れない感情は、恐怖や畏怖とも違う、肌寒い不定の情動としか言いようがなかった。例えばそれは、過去に未曾有の被害をもたらした爽やかな清流を眺めるような。道端で出会った近所の知り合いにでも話しかけるかのようなあの気兼ねのなさを思い出し、トウマは我知らず身震いした。

 「あ、そう言えば」慌てて、トウマはポケットから握りつぶされたように丸くなった紙片を取り出した。「セイバーに遭遇する前にこんなものを」

 テーブルに、丸まった紙を置く。無表情のアリスはただ見つめるだけで、リツカも普段と変わらない様子ながら、何か気味悪そうに顔を顰めている。恐る恐る手を伸ばし紙を伸ばしたモリアーティは、おや、と拍子抜けするように目を丸くした。

 「数式」

 綺麗に紙を開き直し、テーブルの上に置いた。まじまじと見つめる眼差しは、好奇心と野心が綯い交ぜになったものだった。端的に、サバンナで腐肉を見つけたハイエナの眼差しを思い起こさせた。

 「広場に落ちていました。関係があるのか、わかりませんけど」

 「何とも言えんね、これだけでは」

 紙から視線はそらさず、うわ言のように言う。好奇と野心だけの感情に、僅かに猜疑のようなものが混じる。

 今度は手に取り、ソファにもたれかかる。僅かに混じっていただけの猜疑が、膨れるごとに眉間の皺が深まっていく。

 気散事のように、数式の描かれた裏を見る。いよいよ疑念を深めたモリアーティは、再度、テーブルの上に置いた。

 「どこかで見た筆跡だ」

 思案気なまま、モリアーティはその紙片をテーブルの上を滑らせる。アリスの目の前で止まると、彼女も、手にこそ取らないが一瞥を投げると、首肯するように僅かに首を縦に振った。

 「それってどういう」

 「わからない」トウマの声にあっさり言いながら、モリアーティは手慰みに口ひげを撫でる。「わからないが、有用なデータかもしれない」

 「探偵みたいだね」

 「よしてくれ!」モリアーティはわざとらしく不機嫌そうな顔をした。「私は科学的思考を愛しているのでね。不確実なことを述べるのは、学術的態度に反するというだけさ」

 相変わらず不機嫌そうな顔のまま、モリアーティは胸を張る。実際、表情こそ剽軽さを感じさせるけれど、その内面の不快感は嘘ではないらしい。苛立たし気に貧乏ゆすりする様など、大変神経質な様子である。

 「あんまり、僕の方のデータは意味があるかわかりませんけど」

 卑屈気味に、トウマは身を縮めた。かけた危険の大きさを思えば、収穫はあまりに少なく見える。たかだか映像、画像データとこの謎の紙切れだけでは戦果に対して収穫が乏しすぎる、と考えるのも無理はない。

 モリアーティは、さして表情も変えず、ただ首を捻った。否定するでもなく、さりとて肯定するでもない。威厳すら感じさせる毅然とした面持ちで、「確かに」とテレビの映像を見やった。

 「無駄なデータに見えるものが有意なものに見えることもあるし、またその逆もある。ま何にせ集められるよ情報は積み上げていくものだよ、少年君」

 「そして、このデータはデータの一つであることに間違いない。ってことだね」

 「そういうことになるネ」

 一転、モリアーティは相好を崩した。好々爺を思わせる満面の笑みの意味をよく理解して、トウマはなお委縮しかける自分の姿勢を正した。視界の端で、アリスは静かに瞑目している。なんとなく、クロに会いたいな、と思った。

 さて、とモリアーティが膝を打った丁度そのタイミングで、ドアをノックする軽い音が響いた。時間はちょうど、10時になろうとしていた。

 アリスは、無言でドアを眺める。特になにもせず、じい、と彼女が見つめていると、そろそろとドアが開いた。

 ひょこん、とドアの隙間から顔を出すケモミミ。恐る恐るな素振りでリビングを流し見ると、ころころと笑顔に変わった。

 「皆さま、一旦お休みになられてはいかがですか?」

 「いいね。ちょうど、話も一区切りだった」

 モリアーティの言葉に、同調するようにリツカも頷く。アリスも微動だにせず座り込んでいるが、伏し目がちに玉藻の前を見やる素振りは、やはり賛同しているように見える。

 「タチバナ様はいかがしますか?」

 「あ、じゃあ俺も」

 「ではでは」

 一旦扉の背後の退くと、玉藻の前はいそいそとトレーにソーサーとティーカップを乗せてやってきた。

 玉藻の前の手際は、素人目に見ても素早く、丁寧に見える。音もなくソーサーを並べ、その上にカップを置く。白磁に見えながら、カップの内側に可愛らしい花柄をあしらったティーカップは、品の良さと愛らしさを感じさせる。アリスの持ち物らしい。

 「お茶請けはこちらに。スコーンでございます」

 やはり手早く小皿を並べ、小さな菓子を乗せていく。なんとなくコンビニの菓子パンみたいな、と思ったのは、トウマの単純な語彙の貧困さの故か。

 「作ったの、タマちゃん」

 「いえいえ。ホワイトチャペルのカフェで譲っていただきました。お先に一つ頂きましたけど、中々」

 なら間違いない、と言うように、アリスも頷いている。というか、興味津々というように、孔が開くほどスコーンを眺めている。じー、と擬音語すら聞こえてきそうである。

 とは言え、流石にいきなり菓子をむしゃむしゃするのは気が引けるらしい。スコーンに気を取られながらも、行儀よくティーカップの淵に口を触れ合わせている。

 「うっま」

 そして当然のように、スコーンに食いつくリツカ。恨めし気なアリスの視線を気にも留めていない。トウマは、恐る恐るティーカップの取ってを手に取った。

 「ローズティーだ」

 「緊張なさっているかと思いまして。ローズティーには、リラックス効果があるのですよ。それと美肌効果もあったりで~」

 「へー」

 玉藻の前は特に「美肌」の方を力強く説明しているが、リツカはあんまり興味がなさそうである。若さの故か、それともなんらかの魔術の故か、彼女はさして美容に関心が無いのに肌は綺麗である。玉藻の前は少しだけショックを受けていた。

 そう言えば、この屋敷には薔薇の花が多い。このリビングにも、薔薇を挿した花瓶がブラウン管テレビの脇に飾ってある。ロビーの電話台の脇にも置いてあっただろうか。薔薇が好きなのかな、とスコーンを両手で持ってはむはむする彼女の横顔を伺ってみる。

 何事にも無感動そうに見えるけれど、結構、可愛らしい人なのだろうか。

 と、彼女の視線がこちらを向く。何、と伺う彼女の視線に圧を感じないのは、多分、気分的なものだろう。なんでもないですよ、と応えるように柔らかく小首を傾げると、アリスは不思議そうな顔をしていた。

 「タチバナ様はお口にあいますでしょうか」

 「美味しいですよ。あ紅茶の善し悪しは、そんなにわからないんですけど」

 「いいんですよう。美味しい、っていう評価が一番です」

 「アリス君。これ、如何かな? 老体にはやはり重くてね」

 「も」

 「も?」

 「貰うってことじゃあない? ねえアリスちゃん」

 「そう」

 「あぁそう……」

 かれこれ、10分。特にとりとめもない会話が、延びていく。

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