fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
アンサモンプログラム スタート
霊子返還を開始 します。
レイシフト開始まで あと
3、2、1……
全工程 完了
グランドオーダー 実証を 開始 します。
※
「―――無事、転移できたって感じ?」
クロの声が、ふわりと心地よく吹き抜ける。
瞼を開いたトウマは、思わず、感嘆を漏らした。
どこまでも突き抜けるような緑の草原。なだらかな丘がぽつぽつと並び、点々と樹々が鮮やかに色づいている。
つい1秒前、確かに自分は薄暗い管制室にいて。息が詰まるようなコフィンに身を投じたはずだった。
これがレイシフト。過去の時代への跳躍。目の前に広がる光景には全く現実感が無いのに、確かに肌に触れる風や草木の匂いは、間違いなく現実のものだった。
「今回はコフィンによる正常な転移です。身体状況も問題ありません」
マシュは、既に戦闘用の装備を整えていた。
身の丈を優に超える巨大な盾。身体の稼働を重視した、どこか近未来的なボディスーツ。いつもは落ち着いた雰囲気だが、今凛々しいといった方がいい少女は、油断なく周囲を見回している。
クロも、もう私服姿ではない。錬鉄を思わせる赤い外套に、扇情的な出で立ち。冬木で見せた姿とは似ているようで異なる、彼女の本来の正装だった。
「フィーウ! フォーウ、フォーウ!」
健やかな鳴き声一つ、ひょこりと白い毛むくじゃらがどこからともなく顔を出した。
大きく鳴いては、フォウはひょこひょこと草の上を駆けまわっている。ずっと部屋に閉じこもっていた子供が久々に外に出たかのようだ。いや、それが動物であるなら、なおのことだろう。
「あら? フォウもついてきたの?」
「キャーウ……」
ぴょい、とフォウが跳ねる。マシュの頭の上に飛び乗ると、もう一度小さく鳴いた。
両手でフォウを持ち上げると、マシュはまじまじと顔を突き合せた。
「フォウさんに異常はありません。恐らく一緒にレイシフトについてきたんだと思います」
「誰かのコフィンに潜り込んでたってこと?」
「そのように考えるのが適当かと思います。ですので、大きな問題はありません。座標は4人の内の誰かで固定されているはずですので、私たちが帰還できれば自動的に帰還できるものと考えられます」
「フォウのためにも、無事に帰らなきゃね?」
ぴょん、とマシュの手から飛び降りると、今度は軽々とクロの背へとよじ登っていく。
小動物と戯れる女の子2人。世界の危機への第一歩だというのに、なんだか微笑ましい。いや、違うか。こんな当たり前の日常を守るために、きっと―――。
ふと、トウマは、もう一人の存在に思い至った。リツカの姿が、見当たらない。
はて、と首を動かすと、何のことは無く、彼女は小さな丘にたたずんでいた。温い風に一つ結びにした赤い髪を靡かせて、彼女は、当てもなく宙を見上げている。
「おーい、リツカさん。どうしたんですか?」
ぶんぶん、と手を振る。彼女は一瞥をトウマに向けると、再度空を仰いだ。
「あれ! 何かな?」
リツカが、大きな声を上げた。あれ、と言いながら、彼女は空を指さしている。釣られてトウマも、空を見上げると―――。
「オーロラ?」
青い空。まさに果てのない穹窿の彼方に、白い光の帯が横たわっていた。
外見は、オーロラのようだった。違いがあるとすれば、オーロラはもっと優雅に波打つように空に帳を下ろすが、目の前のそれは、そんな雅なものではない。何かもっと、先鋭的で、驕慢な何かが、その光にはある―――。
「あれは……カルデアに確認をとってみましょう。こちらマシュ・キリエライト。聞こえますか」
マシュが無線に呼びかける。空中投影型のディスプレイが立ち上がると、通信ウィンドウが開いた。
(やぁ、聞こえているとも。あの空の光の帯のことだね? こっちでも映像で確認した、ちょっと待ってね、すぐに調べよう)
ウィンドウの向こうで応えたのは、見目麗しい女性だった。
冬木からカルデアに来た当初に出会った、カルデアのサーヴァント、レオナルド・ダ・ヴィンチだ。
(ただ言えるけど、その時代にこんなものがあった記録は無いんだよねぇ。
君たちは西暦1431年のフランス、百年戦争の休止期間に跳んだようなんだけど、衛星軌
道上に展開した巨大な魔術式なんて聞いたことがない)
(間違いなく未来消失の一端だろうね。解析に時間がかかると思うから、まずは現地の調査に専念してくれていい。霊脈探しだね。何かあったらまたすぐに連絡してくれ。それじゃまた、何かわかったら連絡するよ)
ディスプレイが忽ちに消失する。互いに顔を見合わせると、4人はそれぞれに頷きを合わせた。
やることは少なくない。ロマニが指摘した霊脈探し、この時代の状況の理解。今は地道に一つずつこなしていく他ないだろう。
「じゃあ、まずは街に行けばいいのかな」
「待って。戦争中なのに、そんなにほいほい街に行って大丈夫なのかしら」
「その点に関しては気にしすぎる必要はないかと思います。戦争中ですが、1431年は休止期間です。この時代の戦争は比較的のんびりしていますから」
「戦争なのに?」
クロは怪訝な顔だ。戦争なのにのんびりしている……ある意味現代の人間であるクロにとって、戦争とのんびりというワードが結びつくことがイメージしにくいらしい。
というか、トウマも初めて知った。確かに高校の世界史Bの授業で百年戦争の話は習ったが、そんな有り様だったとは……。
「よし。じゃあ当面の目標は、街を探して状況を整理することだね。行こうか!」
※
「恐らくですが、ジャンヌ・ダルクに関する何かしらの事件が起きたのではないか、と考えられます」
マシュは、生真面目そうな凛とした顔で言うと、厳めしく咳払いなんかをしてみせる。なんでなんで、と目をキラキラさせるリツカの言葉に、彼女は気をよくしているらしい。
「1431年、といえばジャンヌ・ダルクが火刑に処された年です。その前後に起きた大きな出来事の多くに彼女は関わっていますから、そう推測するのが適当かと思われます」
「おおー」
パチパチパチ。リツカが手を叩くと、マシュは少しだけ表情を崩した。16歳、というにはなんだか幼いというか、初心な反応だった。それだけに、マシュはリツカに親愛を抱いているのだろう。マシュの歴史講義が始まって、かれこれ30分。それこそ世界史の先生もかくやといった口ぶりで、マシュは話を続けていた。本を読むのが趣味、とは彼女の弁だが、それにしても物知りだ。それに関心したリツカがマシュをことあるごとに褒めては、マシュが照れるように赤面する、といった行為も、とどまることを知らずに繰り返されている。トウマは二人のそんなやり取りを聞きながら、遠くへと視線を向ける。
およそ500m前後離れた場所に、赤い影が動いている。斥候として単独行動を取るクロだ。彼女が先行し、周囲の状況を確認したのち進行、といったルーティンで進んでいた。
遠くで、赤い影が丐眄する。そのまま進み始めたことから察するに、周囲に危険は見受けられない、ということだろう。
特異点にレイシフトしてから、かれこれ1時間。特段何も無く、瑞々しい自然が延び広がる光景は、長閑を通り越して牧歌的ですらある。戦争中とは思えない緩慢な空気は、なるほどマシュの言った通りなのかもしれない。
それにしても。
「ジャンヌ・ダルク―――かぁ」
思わず、トウマは空を仰ぐ。
TYPE-MOON的には、ジャンヌ・ダルクはFate/Apocyrphaの主要キャラ……というかメインヒロインの一人だ。
彼女が息づいた時代での戦いというなら、彼女が居たりするのだろうか。それか、あるいは敵だったりするのだろうか―――。
「タチバナ先輩は、どんなifの世界だと思いますか?」
「え?」
ふと気が付くと、妙に目をきらめかせた二人がトウマを見上げていた。
察するに、歴史のifに話の花を咲かせていたらしい。歴史もののバラエティでよく取り扱われるテーマといえばテーマで、そこに何かロマンがある、というのは、わかるような。
「うーん、そうだなぁ」
脳裏に過る黄色いジャンヌ。ごしごしと黄色いイメージを拭いつつも、思案する―――。
「黒いジャンヌ、とか」
「黒い……?」
「あぁいや、闇堕ちみたいな? ほら、ジャンヌ・ダルクって傍目に全然報われない人生だったからさ」
イメージ、してみる。
聖女然とした彼女が黒衣を纏い、復讐に身を焦がす姿。ジャンヌ・ダルク・オルタ、とでも言えばいいのだろうか。だとすればクラスはアヴェンジャー?
うむ……結構カッコいいかもしれない……。
「なるほど、それは考えませんでした。聖女ジャンヌは勇猛なイメージがありますから、そのまま法王や教皇のような位まで上り詰めて独裁を敷いてしまう、といったものを考えていました」
中々エグいことを、マシュはさっくりと口にした。無垢に見えて、マシュは冷めているというか現実的というか、いかにも物静かな少女という定型的イメージとは明らかにズレたパーソナルの持ち主だった。まぁ、人間なんてそんなもんなんだろうけど。
「トーマ君は結構想像力豊かなんだねぇ」
「はい。頭が柔らかいです」
それは褒めてるんだろーか。じとりと2人を見返すと、曇りなき眼だけが返ってきた。
……褒めてるわこれ。
「クロちゃん、手振ってる」
「え?」
薄く目を細めて、リツカは遠くを眺望していた。
釣られて、トウマもじっと視線の先を追ってみる。確かに、なだらかな丘の中腹あたりに赤い点は見えたが、手を振っているか否かまでは判別できない。
やはりリツカは、何か特異な存在なのだろうか―――?
「先輩、よく見えますね。確かにクロさん、手を振ってますね」
「え? や、強化してるし……さすがに表情までは見えないよ?」
「あ、そうでした。先輩、あんまりその……らしくないので」
「よく言われるぞ~」
健やかな艶のあるマシュの髪を、リツカは遠慮なくわしゃわしゃした。まるで飼い犬をほめちぎる飼い主そのものみたいな仕草である。マシュも満更でない……というか顔を真っ赤にして、よしよしされていた。
「手を振ってる、ってことはこっちに来てって意味だよな。急いだほうがいいんですかね」
「速足でいいかな、無線閉鎖維持してるってことは、急ぐ必要は無いと思う」
「なるほど……」
確かに、緊急時は通信する、と取り決めていたはずだ。それが無い、ということは、見てほしいものはあるが急ぐ必要はない……という状況なのだろう。
ロジックを聞けば説得的だ。だがこの一瞬でそこまで判断できるのは、やはりすごいと思う。冬木の時も思ったが、リツカは、場慣れしている。元はオルガマリーの助手、という立場でカルデアに所属していたから、元からそういうことに慣れているんだろうか。
「マシュ、殿について。トーマ君は私についてきてね」
「了解、後ろはお任せを」
背後にマシュが移ると、リツカは特に急ぐ素振りもなく足を踏み出した。
速足、という言葉通り、走りはしないが歩くよりはちょっと早い。およそ700mほどの距離を5分ほどのペースで、クロの下へ向かった。
クロはまず、手のひらを上下させてから、その場に屈みこんだ。動作を倣え、とのハンドサインだ。クロと同じように腰を落とすと、彼女は軽く頷いた。
「誰か見つけた?」
「ま、そんなとこね」
くい、とクロが顎でしゃくる。身はかがめたまま、そろそろと丘を登ると、緩い稜線から顔を出した。
代り映えのない長閑な草原。緑の丘を、何かの一団が横断していた。
「詳しいことはわからないけど、一般人みたいね。遠征? に出た帰りみたいだけど」
「どうしてわかるの?」
「顔色。かなり疲弊してるし……そもそも士気が低い。そんな状態で出撃って、あんまりないでしょ?」
ふむ、とリツカが目を細める。クロの発言は、とりあえず納得できるものだ、と判断しているらしい。
「
「どうかしら。気が立ってるみたいだし、不用意に近づくと敵と間違われるんじゃない? 向こうから見たら、私たち相当怪しい恰好でしょ? 魔女扱いされたりして」
「で、では辞めた方がいいですね……そうですよね、すみません……」
「あ。でもいいアイディアよね? 手がかりは無いし、マシュの意見も重要……というか?」
「じゃあ、間を取るのはどうかな。ある程度距離を取りながら後ろをついていけば、何か情報が得られるんじゃあないかな」
じい、とマシュとクロがトウマを見つめた。救いを求めるような二人の目が、妙な痛ましさを纏っていた。
まぁ、うん。そういうこともある……。
「いいね、それ」
ふむ、と頷きを一つ。ぐ、と親指を挙げたリツカは、わざとらしく生真面目な顔をしていた。
「マジですか」
「確かに不用意な接触はすべきじゃないよね。最悪、敵と思われかねないし。でも、情報が欲しいのは確か。両立する案として、トーマ君の案はスマート」
ね、とリツカはぐるりと3人を見回した。ほっとしたようなマシュに、安堵するように肩を落とすクロ。ちょっと決まり悪そうに前髪を弄ぶと、クロは「じゃあまた私が単独で動く?」と続けた。
「や。4人で動こう」
「確かに、休止期間というには不自然ね」
「まぁ援護するかどうかは状況次第だけど。その判断含めて、リアタイで見たいのもあって」
「えーと。ごめん、どゆこと」
ぽかん、とクロとリツカがトウマを見返した。
リツカとクロ。心眼持ちのクロと場慣れしたリツカの会話は、ごく普通のトウマにはちょっとよくわからなかった。ちなみにマシュもあまりわかっていないらしく、きょろきょろするばかりだった。
「あー……説明しましょう」
「クロさんどこから眼鏡を……というか私とキャラが」
「まぁまぁ」
くい、とどこからともなく眼鏡を取り出した……というか投影すると、くい、とクリオングスを押し上げた。愉しそう。
「あの部隊、見るからに疲弊してるわよね。ある程度の戦闘行為を行ってきた後、と判断できるわ。休止期間、という時期とちょっとそぐわない。もちろん小競り合いの可能性は無くはないけど、もしあの部隊が戦ったのがこの特異点の原因、あるいはその勢力だとするなら、あの集団はこの事件の原因に近しい存在とみなせる。もしそうだとするなら、場合によっては追撃の部隊が来るかもしれない。そうしたら、状況次第ではこちらも加勢しなきゃならない、ということね」
「な、なるほど」
「しかしあの方々、そこまで急いでいるようには見えません。追撃を気にしているでしょうか」
「まぁそうなんだけどね。念には念、みたいなものよ。ある程度の距離を取っていれば被発見リスクも下げられるし」
ふんふん、とマシュは頷いていた。手元にメモ帳でもあれば、一言一句書き留めそうな勢いだ。
見た目通りというか、マシュは真面目だ。でもなんというか、今の彼女の勤勉さは、真面目というより―――。
「トーマ、どしたの?」
「や、なんでもない」
黒塗りの弓を手にした少女が振り返る。慌てて3人の背を追った。
先を行くリツカ。その背を追いかけるマシュの背中は、なんだか、急いているようだった。
※
サント=クロワ・ドルレアン大聖堂。
2つの塔が目を引くゴシック様式の大聖堂は、都市オルレアンを代表する建造物の一つだ。扉口を抜けると、身廊、と呼ばれる長い通路が延びていく。左右のステンドグラスから注ぐ光を背に歩みを進めていくと、内陣が目前に迫る。
だが、彼あるいは彼女が目にしたのは、聖堂という場には酷く不似合いなものだった。
端的に言って、それは玉座だった。祭壇が聳えるはずのサンクチュアリには、傲岸不遜にも、王の座が屹立していた。打ち捨てられた聖母や御子の像を足蹴にするようなその玉座に、彼女という存在者が実存していた。
白い灰のような髪に、死蝋のような肌。無機質な鉱物めいた目は、見るものをひやりと震え上がらせる目だった。
魔女、という言葉が脳裏をよぎる。彼もしくは彼女―――シュヴァリエ・デオンは内心に巣食った怖気を押し殺し、しずしずと、黒い外套を纏った女へと跪いた。
「ご報告に参りました、リヨンは落としました。サーヴァントも2騎撃破した、とのことです」
かちゃ、と鎧が軋む。座上で身じろぎした彼女は、疎ましいように、「それで?」と言葉を吐いた。
「ジークフリートには逃げられました」
ただそれだけを付け加え、デオンは黙した。再度かちゃり、と彼女は身じろぎすると、静かに立ち上がった。
「言い訳しないのは結構なことです。もし何か余計なことを喋るものなら、その舌を切り落とすところでした」
「お戯れを」
デオンは表情一つ変えず、またぴくりとも体を動かさずに言った。すぐ脇には、黒い魔女がゆらりと佇立していた。
「敵にはライダーとセイバーが居ました。そしてあのアーチャー、アタランテ。市街地で遅滞戦闘を敢行されれば、あのサムライでも追いきれないでしょう」
静かな声だ。感情の色の無い声は、不快なほどに耳心地よく耳朶に触れてくる。静謐のようで、心根の奥底まで浸潤する天鵞絨のような声に、デオンはただ、奥歯を薄く咬み合わせた。
「補足事項が1点。ジークフリートには致命傷を与えました。またバーサーカーが魔剣を破壊したとのことです」
「それは善い情報ですね? 相変わらず小憎らしいですこと」
この時、初めて黒い魔女が小さく笑った。思わず顔を上げたデオンは、正面に立つ彼女の顔を見上げた。
黒い魔女の目が、ひたりとデオンの姿を縁取る。屍色の頬が、僅かに歪んでいた。
「宝具を失ったサーヴァントなど恐るるに足らぬもの。まして深手を負ったとなれば……」
「最早貴女様の竜を阻むものはありますまい―――ジャンヌ・ダルク」
蝋のような白い顔が凄絶に歪む。高い天蓋まで響く、甲高い蟒蛇の泣き声じみた哄笑が、聖堂のアーチに谺した。
フォウ君の鳴き声は誤植だけど面白いからそのままにしました。