fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

180 / 243
Ⅲ-7

 数分前

 坂田金時がふと顔を挙げたのは、一頻りの労働を終えたあとの伸びのようなものだった。ふわ、とあくびをした金時が纏っていたのは、軽い疲労だ。労働の後の心地よい疲労だけであればいいのだが、暇を持て余した徒労感もないまぜになった、如何ともしがたい疲れであった。

 この特異点に召喚されてから今に至るまで、なんとなく金時は手持無沙汰なことが多かった。時は平安、数多の怪異を打ち滅ぼした頼光四天王の一番槍とでも言うべき金時にとって、もちろん闘争こそが本領だ。文字通りの怪力無双を顕してこそ、英霊坂田金時の腕の見せ所である。

のだが、いざ星に呼ばれ土地に召喚されてみれば、敵らしい敵はいないし、これでは何のために使嗾されているのかわからない。同じく召喚された東洋の呪術師、玉藻の前と途方に暮れていたところでアリスに匿われ、呑気に半年近く生活して今ここに至る。最近ようやっと、金時が戦うに相応しい敵が現れたと思えば、その敵を追って陰陽師ごっこになってしまったのだから堪らない。金時の出番はまだまだ薄く、アリスに言われた通りに庭弄りをする毎日だ。

 まぁ、これはこれで性に合っているから別にいいのだが。一人静かに、もくもくと作業するのは嫌いではない。生き物の気配が少ないのは、少々残念だが。

 金時の毎日は、要するにそんな感じだ。草むしりをして、庭木を手入れして、山で薪を仕入れ、薪を割り、時に山間から動物を狩る。幼年期を思い出す日々はそれはそれで、楽しくはあるが、やはりそれはそれなのだ。

 両極を行き来する疲労感が身体にまとわりつく。大儀そうに空を仰いで首から下げた手ぬぐいで額の汗を拭ったところで、ふと声が耳朶を打つ。

 声の地点は、ちょうど屋敷裏だ。敵、ということはないだろう。理屈は金時の与り知らぬところだが、何せこの敷地に侵入するのは容易ではない。となれば、声の主はこの屋敷に残る誰かのものだろう。

 特に何かあったわけではないが、金時はのそのそと熊みたいに身体を揺すりながら声の方へ向かった。

 ひょこ、と角から顔を覗かせる仕草も、羆の仔のよう。山ブドウを思わせる金時の艶のいい目に映ったのは、積んだ薪にしゃがんだ赤銅色の髪の少女が空中に投影された映像と何か喋る姿だった。

 映像での声は、よく聞こえないが甲高い。多分女性だろう、と検討づける。甲高いのだから、相手は楽し気なのだろう。リツカも笑顔だから、会話の内容は他愛ないものだと察せられる。大体20分ばかりもそうして喋っていただろうか。不意にリツカがこちらを向くと、「おぉい」と間の抜けた声を上げた。そうして、手招き。呼ばれている、と理解した金時は、親鹿に呼ばれた小鹿みたいに、そろそろと大きな身体を小さくして向かった。

 「よお、なんだ?」

 「金時に会ってみたいんだって。ほらこっち」

 空中投影された映像枠を指さすリツカ。なんだなんだ、とそちらを覗き込むと、耳と劈くような黄色い声が鼓膜を刺した。

 青白い画面の向こうでは、喜々とした女性が何やら金時を見て騒いでいる様子である。当惑した金時が途方に暮れた顔をすると、なおのこと黄色い声は強まった。

 要するに、画面の向こうの彼女たち……普段は、2人ともけが人の手当などを行っているという……は、金時の容貌に大変強い興味と関心を惹起させ、喜んでいるらしかった。これと似たような視線は、生前に一人だけ向けてきた。史実上、源頼光が討ち果たしたとされる悪鬼は、金時にそういった視線を向けてきたものであった。最も、向こうの方が遥かに危険で、こちらの方は可愛らしい限りである。

金時自身、あまり騒がしいことは好みではない。とは言え、彼は割と真っ当な倫理観の持ち主で、且つ、精神的な意味で育ちのいい男であった。画面の向こうの女性から、やれ好きな女性のタイプであったり、やれ趣味であったり、やれ休日の過ごし方であったりなど種々の話を聞かれたりしても、金時は快く応えた。他方、育ちこそいいが、どちらかと言うと質朴な人間でもあった。話を大いに盛り上げる、という芸当の持ち合わせはなく、ただただ素直に女性たちの質問に、飾り気なく応えていた。

 かれこれ十数分。“現代”の女性たちと他愛ない会話をすると、案外すんなりと向こうから通信を切り上げていった。画面が瞬く間に消える様はまだ慣れず、不思議そうに眼を白黒させていると、「いや、ごめんごめん」とリツカは肩を竦めた。

 「カウンセリングみたいなこと、しててさ。アキさんもジャビンさんも面食いだから」

 2人とも、今画面の向こうに居た2人の名前だ。面食いってなんだ、という金時の質問に、リツカは「金時みたいな人が好きな人のことかな?」とニヤニヤしていた。クエスチョンマークを頭の上に浮かべる金時を他所に、独り言つようにリツカは声を漏らした。「キアラさんにちゃんと教えてもらうんだったかな」

 「なんだ?」

 「ちょっと前に、カルデアで会った人」やれやれ、と嘆息し、リツカは一つ結びにした髪をかき回した。「カウンセラーとしてカルデアに来てたんだけどね。出向で関係施設に行っちゃって、それっきり」

 先ほどからリツカのいうカウンセラー、という言葉は金時に馴染みのない言葉だったが、その意味することは漫然と理解していた。気持ちが沈んだりした人の話を聞いたり、あるいはちゃんと祈祷師(医者)に出向くよう助言したりして、気分が過度に昂ったり沈んだりするのを和らげてくれるような、そんな人と理解していた。特に現代では、対話が重要とも。

 なるほど、リツカは向いているかもしれない、と思う。いい意味でテキトーさがあり、いい意味で手の抜き方が巧い。それでいて、大らかに他者の話を聞く身振りが上手だ。彼女と他愛ない話をすれば、ちょっとだけ滅入っていた気が持ち直しそうだなと思った。それでいて、そのちょっとの持ち直しが、案外重要なんだろう、とも。

 そんな風に思いながら、金時は「ふわ」と気の抜けたあくびをするリツカの横っ面を、なんともなしに瞥見する。はて、彼女は誰に何を言うのだろう。いや、言うべき相手はいるのだろうか。ぼんやりしているようで隙のない彼女には、そういったものは不要なのだろうか。金時には、測りかねることだった。

 なので、金時は「アンタはちゃんと、誰か相談できるヤツいるのか?」と言うことにして、事実そう口にした。彼の美徳は種々あるが、素直なことはその内最上のものだろう。

 目を丸くしたリツカは、数秒ほど呆気にとられた顔をしたあと、にやりと笑った。その笑いの意味は、よくわからない。多分、金時の朴訥とした良識を、彼女は快く思ったらしい、と思った。その意味で、自分よりもよほど敏い人物なんだな、と彼は思った。

 「いないことはないよ。ロマンにも、ダ・ヴィンチちゃんにも話したりするしね」

 ぱたぱたと足を動かしながら、リツカは茫漠の宙を眺めている。

 彼女の発言が、端的に全てを物語っていた。“いないことはない”ということは、そういった人物がいても価値はあれど意義は感じない、と言っているのと同義だ。そして、彼女自身、その事実に対し、特に悲観的でもない。フジマルリツカという人物は勁く、ただ独りで大地に屹立し得る人間なのだ。彼の知る限り、そういった人物を1人知っている。彼女の異妖な鋭さをもった双眸の奥にある勁さと、同質のものだ。

 「ふわあ」

 万歳するみたいに両手をあげてあくびをするリツカと、彼女は似ても似つかない気もするが。内心でくすぐったい苦笑いをした金時は、なので、やはり素直に話題を変えることにした。彼女に、人間性などはあまり必要ない添加物なのだ。多分。

 「調査の方はどうよ」この時、初めて金時はテラスに誰かがいるのをみとめた。外をぼんやり眺めるライネスに、テーブルについているのはエリザベスか。「見たところ、大変そうだな」

 あぁ、とあくびの残余を混じらせながら、リツカは髪の一房をかき回した。

 「ライネスちゃんのお陰で、ひとまず大変なことは終わったねえ。モリアーティ教授に割り振る分は頼んで、あとはこっちで調べる分って感じ。おおよそ、今日の課題は終わりだね」

 へえ、と金時は感心した。まだ、現在グリニッジ標準時で12時を過ぎ、まだ13時まではしばしば時間がある。昼休憩に入る前までに一日の仕事を全て終わらせたとは、中々手早いことだ。俊英な頭脳が2つもあれば、流石に仕事は早いということだろう。

 だが、少しだけ、リツカの表情は暗い。仕事人は、どれだけ上手くことを運ぼうとも自分の些細な手抜かりを悔いるものであろう。リツカの表情もその類かと思った金時は、特に気兼ねもなく「納得いかねえってか?」と言った。

 が、リツカは肩を竦めた。「全然関係ないと思われることが一つ」と言うと、ちょっとだけ逡巡してから、空中に映像枠を立ち上げた。

 「この本。この本だけが、なんか変でね」

 心ここにあらず、というように言いながら、リツカは空中投影された映像枠を眺める。金時もまじまじと見やると、何やら本らしい、とわかった。タイトルは英霊召喚に関するもので、著者名もきちんと記してある。確か、マシュが本のサンプルとして持ちこんだものだった。

 「2巻目なんだけど、結構有名な本でね。今まで人間には到底不可能とされていた英霊召喚を、ちゃんと技術論として論じようとしたものは、時計塔でも初のものだったんじゃないかな。こっちの英霊召喚システムも、これ……というか、これの研究の延長にある冬木の聖杯戦争をベースにしてたりするんだよね。

 この本の面白いところは、そもそも英霊召喚のベースモデルに対人類悪用決戦術式をマイナーチェンジするってところで」

ほけた顔のまま、流暢に話を始めるリツカ。ちなみに、もう金時の理解力では彼女が何を言っているかついていけていない。ただ、珍しく楽し気なリツカの表情に、金時も自然相槌を打っていた。

 「つまり、俺らサーヴァントってのは冠位(グランド)サーヴァントをより使いやすくしたものってことか」

 こんな風に、とりあえず話の中で彼自身でもなんとかわかることは聞きながら。

 そうだね、と金時の質問に応えたリツカは、「難易度の問題と、必要の問題からだね」と続けた。

 曰く。

 英霊召喚の基盤には、人類悪なるものを体現するビーストと呼ばれるものを迎撃するための術式が流用されているという。その術式で呼び出されるサーヴァントは冠位のサーヴァントと呼ばれ、その性能は通常のサーヴァントを遥かに凌駕する。もし自在に召喚し、使役するならば、これに対抗する戦力は現在地球には存在し得ない。

 のだが、そう簡単に呼べる代物ではない。そもそもビーストなるものが存在しない限り、冠位のサーヴァントは召喚されないのだ。魔術協会の叡智が結集したとて、冠位のサーヴァントを自在に召喚することは不可能である。

さらに言えば、冠位のサーヴァントを呼ぶ必要すらそもそもないのだ。仮に戦力として運用するにしても、サーヴァントは使い魔として最上位に位置する。地球に現存する最高位の魔術師すら相手にならない性能だけで、既に十分。また、例えば魔力リソースにするにしても、冠位のサーヴァントではかえって強大過ぎて扱いにくいのだ。

 以上の点から、冠位のサーヴァントをそのまま召喚するのではなく、その術式を転用することで英霊の座から英霊の影法師を呼び出すことに着眼。理論として結実させたのが、マキリ・ゾォルケンの英霊召喚……リツカが語ったのは、おおむねそんな内容だ。

 「なぁ、たとえば普通のサーヴァントで冠位って奴と戦うのは無謀なのか?」

 金時らしい、質問だった。戦うことは、サーヴァントとして召喚された金時の存在意義でもあるだろう。そう思えば、質朴とも思える問いだ。そんな背景を察してか、どうかな、と応じたリツカも、にこにこしながら真剣に考える素振りだ。

 「正直、冠位のサーヴァントがどんなものか、ってあまりデータがないからねえ。ただ、相手は人型で、どれだけ規模が大きかろうがサーヴァントだからね。ちゃんとここを働かせれば、まず負けない戦いくらいはできるんじゃあないかな」

 ここ、と言いながら、リツカは人差し指で自分の頭を刺した。負けない戦いができるなら、後は敵に合わせて勝ちの目を拾うだけ。そう続けたリツカの物言いは、特に誇張もなければ衒いもない。さりとて、向こう見ずな自信もない。ただ、勝てるという事実だけを信条にしている表情だ。

 「ただ、やっぱり冠位のサーヴァントの性能がどれくらいかにも寄るかなぁ本当。冠位は対界兵器っていうくらいだし、それこそ地表を焼き払うぐらいは」

 言いかけて、リツカはふと言葉を止めた。自分の発言を噛みしめながら、その言葉が漏れないように口元に手を当てると、リツカは沈思に耽り始めた。

 なんとなく声をかけるのも憚られた。この停滞した特異点を推し進められるのは、多分、まさに屋敷で智慧を働かせるものたちにかかっているのだ。

 なので、金時は幾ばくか時間が経ってから、「あぁ、忘れてた」と立ち上がった。アリスから言いつけられていた仕事がある、と付け加えると、晴れがましく伸びをしてみる。あぁそうなんだ、とつかみどころ無くリツカが相槌を打つと、金時はぶらぶらとその場を後にした。テラス席の方を見やると、ライネスだけが、どうやら椅子で寝ているらしかった。

草むしりはもうやったし、もうおおよそ申し付けられていた仕事は終えていた。庭の手入れはまだいいとして、当分は暇だ。昼寝でもしようかな、とぼんやりしていた、その時だった。

 およそ、庭と森の境目あたりか。そこに踏み込んだあたりで、不意に悪寒が惹起した。咄嗟、金時は腰から下げた大太刀の柄に手をかけた。仮に精神が弛緩していたとて、いざ荒事を察知すれば即座に戦闘態勢に入る。それこそが、よく錬成された戦士の身振りだった。

もし、敵が襲い掛かってくるならば、即座に太刀で斬り伏せる。その姿勢をとりながら、彼の視線は素早く先ほど来た小径を振り返った。薪の上にリツカの姿はない。既に、屋敷の中へと戻っているらしい。

 そして、そうこうしている内に、妙な怖気は去っていた。じんわりと全身の毛穴から這い出す脂汗を感じながら、金時は太刀の柄から手を離した。抜刀の姿勢から背筋を伸ばすと、金時は油断ない視線を周囲に向けた。

 薄い雲に覆われた空。雲の上に燦然と煌めく太陽の光を受け、薄曇りの白雲が虹のように光っている。

 気のせい、だったろうか。あまりに暇すぎて、些細なことを誇大に感じただけだろうか。釈然としないまま、金時は空を振り仰いだ。雲間の向こうに丸く縁取られて閃く太陽が、何故かこちらを覗き込む巨大な眼球のように見え、金時は肌が粟立った。

 きのせい。そうかもしれない。ただ、気のせいにしても、あの感覚を思い出すのは愉快ではなかった。あの敵意はそう、人間のものではない。人間のそれとは遥かに差異のある、真闇そのものが形を持ったかのような敵意。かつて平安の世を脅かした怪異たちのような、呵責ない純粋な敵意だった。あるいは、あの時一瞬だけとはいえ戦った人狼を思い出し、金時は顔を顰めた。

 金時は、踵を返した。気のせいかもしれないが、然るべき人間に報告すべきであると判断した。彼は生前から、誰かの下で指示を出されて働くことに慣れていた。

 屋敷に向かいながら、再び空を見上げた。丸い目のような太陽は、分厚い雲に隠れて見えなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。