fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅲ-8

 「それではいってらっしゃいませ~」

 ひらひら、と玄関口に向かって手を振る玉藻の前。ちら、と瞥見を向けて目礼するアリスとは対照的に、マシュは深々と頭を下げる。どちらも玉藻の前に対して、各々なりの礼を払った形だ。軋むような音を引きずってドアが閉まると、ドアの向こうから、とつとつと階段を軽妙に踏みやる音が響いた。

 トウマはリビングのソファから身を乗り出して玄関口の2人に手を振ったあと、いま一度ソファに座り直した。テーブルの上には空中投影される青白い映像枠が浮かび上がり、映像を無節操に垂れ流している。

 「大丈夫かしら」

 隣に座るクロは、ちょっと心配そうに玄関の方を眺めている。大丈夫じゃないですか、と呑気に応えた玉藻の前も、ちょこなん、とトウマの隣に座った。

 畢竟、両側を見目瑰麗たる女性(にょしょう)に囲まれるという、垂涎の事態なわけなのだが。

 「アリスさん、あー見えて結構お優しいですよ」

 「そう? 鉄仮面みたいだけど」

 「確かに。なんかこう、強化人間感ありますねアリスさん。しかも使い魔を脳波コントロールしてそう!」

 「いやそういう意味じゃなくて」

 「マシュさんにもいい刺激だと思いますよ? マインスターの魔女なんて、知ろうと思って知り合いになれるものじゃあありませんしね」

 「そうかなぁ」

 トウマを挟んで、やいのやいのと会話する2人。なんというか、もう、声がスゴイ。スゴイ似ている。そりゃあ声優が同じなんだから似ているのは当然な気もするが、こうして目の前に血肉を以て生きる人物でもよく声が似ているというのは、如何ともしがたい聞き心地だ。まるでハウリングしているみたいである。でもよくよく聞くと、微妙に強弱やらイントネーションやら滑舌に差異があるような気がする。クロの方が、全体的には半音高い、だろうか。

 「だからタチバナ様もお勧めになったのでは?」

 玉藻の前に、トウマは曖昧に頷いた。1/3は玉藻の前のいう通り、何かしらマシュに資するのではないか、という目算があってのことだ。

 けれど、全部ではない。2/3は、マシュという人物そのものに何かいい影響があったらいいな、という漠然とした期待だった。マシュ・キリエライトという人物の『成り立ち』に関する情報は、既におおよそは共有されている。された上での、トウマなりの思慮だった。今日も何事か用事があるとのことで出かけるアリスに、マシュを同行させたのは、ちょっと余計な節介な気もしたが。

 クロはトウマのそんな微妙そうな表情から察して、すんすんと小さく頷いている。流石にそんな事情までは知らない玉藻の前は、やや煮え切らな いトウマの表情が意外そうだ。

 「まぁそれより続きでも見ましょうか」

 「そうね。折角だし、成果の一つも見せないと」

 ソファの背もたれに身体を預けるクロに対し、トウマは身を乗り出すように画面を凝視した。

 青白い画面には、あの人狼めいた獣が蠢いている。場面はオールドストリート裏の路地で、ちょうどレイシフト直後の映像。空間の歪みから顔を出した人狼の舌が刺突を繰り出し、トウマの脳天を襲ったところだった。

 トウマたちの仕事は、これまで人狼との戦闘を通して得た映像データの分析だ。正直暇を持て余し始めたため、リツカたちに打診し、彼女たちの仕事の一部を譲り受けた形である。この映像分析が回ってきた理由は単純だ。トウマとクロは人狼とより身近に戦闘しただけに、適任と判断されたためだろう。わざわざリツカは明言しなかったけれど、少し頭を働かせればわかることだ。

 「しかし酷い見た目ですねえ」

 手元のリモコンのスイッチを押すと、流れていた映像が静止する。空間の歪みから全体像を顕した人狼が、不気味な咆哮をあげる様だった。確か、このタイミングで目の前にいたマシュがなにがしかの精神汚染を受けたのだったか。そんなメモを10インチほどのタブレット端末に残しておく。2度目の遭遇の際は特になかったことも併記して。

 「人狼、という幻想種とはまた別なのですかね?」

 「そうですね。いわゆる森の人、と呼ばれる彼らは、そもそも好戦的じゃあありませんし。生身の人ならともかく、サーヴァントと戦闘し得るほどの戦闘能力はないはずです。幻獣クラスの銀狼ならワンチャン、かもしれませんけど」

 言いながら、トウマは思案する。あの人狼は、クロと互角か、それ以上の強さだったはずである。幻獣すら上回る性能だったのは、間違いない。

 となると、そもそも人狼という種と似ているだけでまったく別種のものと考えるべきか。だが、そもそも空間転移じみた挙動を、なんら魔力を使用せずに行っているとなると、やはり未知の幻想種と考えるべきなのか。

 「まあなんであれ、倒すべき敵なら考慮すべきは能力よね」

 鬱然としながら、クロが頬を膨らませる。映像はちょうど、アロンダイトを振り抜いた瞬間に人狼が空間転移を行った場面だ。

 これ厄介だ。魔力で感知できないが故、事前にどこに現れるかすら不明。予備動作が不明なだけに、回避性能すら高い。もしまともに戦うならば、この空間転移になんらかの対策をすることは必須だろう。

 「ただ、とりあえずわかることはあって」

 2度目の遭遇戦に映像を切り替える。ライネスの目視映像を記録したものだ。あの影のサーヴァントが宝具を振り抜くわずか数瞬前、やはりトウマの頭上からあの獣が襲い掛かる映像を刻銘に記録していた。

 「理由は不明だけど、あれは俺を狙っているらしい、ってことです」

 舌がトウマの頭頂部を貫く寸前、挙動を変えた影の剣士が舌へと剣先を向ける。再度歪みの中に引き戻っていった獣は、次の瞬間広場中央付近に、やはり歪みから飛び出して姿を現した。

 「マスターだから? だと、リツカを狙わなかった理由がわからないか」

 「獣の論理は単純ですからねえ。タチバナ様があのグループで一番弱い、みたいに判断したのかも? 群れで一番弱い個体は、肉食獣の餌食ですし」

 「それもあるかもですね」

 内心、トウマはちょっと傷つきながらも、なるべく表には出さないように振る舞おうとしていた。のだが、彼はお世辞にも演技が上手いとは言い難く、諸々察してしまった玉藻の前はちょっと申し訳なさげに肩を竦めた。

 「今後、どういう風に戦うのか不明ですけど」ようやっと、トウマは内心の瑕疵を冷静に抑えることができた。「俺を囮にすれば、こちらで戦域設定ができる可能性、あります」

 努めて冷静に、トウマはあくまで客観的事実を述べるように喋った。そうですねえ、と言う玉藻の前は2人を……特にクロを伺うように、一瞥を投げた。クロは特に気にする素振りもない。至極当然、とその事実を飲み下している表情だ。

 ただ、それでも不明点の方が未だに多い。

 仮にトウマを狙っているとして、何故今この瞬間を狙って襲ってこないのか。まさに戦力が手薄になったこの瞬間は、どう見ても奇襲をかけるタイミングだろう。だが、あの人狼はなんら攻勢に出てこない。

 加えて、あの空間跳躍。どうやら、無制限・無差別に行えるわけではないらしい、ということは判明している。1回目の接敵時、クロの攻撃はあの獣に傷を与えていた。そして、2回目。戦域脱出の際、何故か空間転移で追撃してくることはなかった。畢竟、あの空間転移にはなんらかの条件があると考えられるが、その条件だけは不明だ。

 どんな手法で空間転移を行っているのか。何の目的があってこの特異点に現れたのか。そもそも、あの人狼は何なのか。まだ、謎が多い。いや、この人狼だけではない。まだ、この特異点のほとんどが謎に包まれたままだ。

 「タチバナ様は健気ですねえ」

 玉藻の前は、にこにこと笑顔を浮かべていた。トウマの小市民的な勇敢さ……ちょっとでも自分の力を役立てよう、という慎ましやかな勇敢さを、玉藻の前はさりげなく掬したらしい。

 「須佐之男命を思い出しますねえ。異郷にて武を振るう。まさしく異世界転生の醍醐味ではありませんか」

 ……いや。なんて?

 目を丸くするトウマ。トウマほどでもないけれど、クロも隠し切れない動揺とともに狐耳のサーヴァントを見つめた。玉藻の前は相変わらずニコニコしたまま、テーブルの上の無骨な湯飲みをずるずると啜っていた。

 「タチバナ様は御存知かと思いますが、わたくし天照大神から分かたれた分霊でございますので、色々と見えるのですよ。そもそも私自身、言ってしまえば神界より人間界に転生した身ですしね」

 オホホホ、と行儀よく口元に手を当て、玉藻の前はにこやかな表情だ。

 玉藻の前は、天照大神の分け御霊である。これは、いわゆる型月設定に類するもので、実際は違う。彼女はあくまで平安の世に宮中に現れた野干の化生であり、強力でこそあったものの、それ以上でも以下でもないものであった。この世界にあっても通説的にはただの化生で、日本神話の主神と玉藻の前の結びつきを知るのは、基本的に本人だけだ。

 何か、魂が消えるほどにひやりとしたものが背筋を撫でた。原作通りに、ころころと人好きのする表情をする玉藻の前だが……というより原作より、もっと人ができているような気もする……、その実は人減を遥かに超え、太陽系の中心にすら座す強大な神性なのだ。特に何か聞かれたわけでも、呪術を受けたわけでもないのに、いつの間にか透かし見るなど朝飯前なのだろう。

 「あ、ちなみに周囲との通信は遮断しておりますので、ご心配なく」

 「逆に怖いわよ」

 「お褒め頂き恐悦です。気配りは良妻の嗜みですから」

 「なんていうか」ちょっと居住まいを糺した。玉藻の前の瀟洒な佇まいは、我知らずこちらも礼儀を整えなければと思わせる厳かな慎ましやかさがあった。「俺の知ってる玉藻とは、ちょっと違うような気がしますね」

 玉藻の前は、ちょっとばかり居心地悪げに身を縮めた。ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くすると、「この世界では、少々貞淑でいようと思っておりまして」

 「わたくし、ある方をお助けするために花嫁修業中でございまして。恥ずかしくない立ち振る舞いを修めようかと」

 ほのかな桜色に頬を染めると、玉藻の前はもじもじと身体をくねらせた。なるほど照れか、惚気らしい。というか、彼女の言った内容。思わず彼女の顔立を見返すと、玉藻の前はしっかりと頷いた。一つだけ揺れる狐の尻尾は、秋の水田に重く実る稲穂の黄金が放つ、匂い立つような芳醇な爽やかさを纏っていた。

 「異世界転生した身として、一つ老婆心でも」

 居住まいを糺した玉藻の前は、柔和な表情のまま、真剣なまなざしを取った。

 「異界に転生するとき、そこにはなにがしかの意志が背後にあるものです。きっと、タチバナ様も。なにがしかの必然性があって、この世界に転生したはずです」

 ほんの半瞬、トウマも気づかない一瞬だけ、玉藻の前の山ブドウみたいな目がクロを一瞥だけした。というより、トウマは、ぬたりと去来した情景に気を取られて、それどころではなかった。

 眼窩の底から、魘されるような熱っぽさで這い出してきた風景。高校の屋上から突き落とされたときのあの瞬間、何か、見たような気がする。こちらを閲する眼差しは、何だったか。

 「残念ながら、そのなにがしかまでは私でも見通せませんけど」

 「いや、大丈夫です」ごしごしと顔を撫でまわして、トウマは恐々と相好を崩した。「すみませんわざわざ」

 「いいんですよう。誰であれ、世のために何事か為そうとしている人はお助けしたくなるものでしょう。英雄なら、その気持ちはひとしおですよ」

 「ささ、それよりもこちらを」玉藻の前に急かされて、粗末なテーブルの上に表示された映像ウィンドウを見やった。ちょうど、映像は最初の戦闘に戻っている。獣に襲われ、間抜け面を曝して避けようとするトウマの表情がでかでかと写っていた。

 トウマは、納まりの悪い青鹿毛色の髪をかき回した。この特異点に来てから、何か調子がズレることが多いな、と思った。そのズレが良い結果と悪い結果、どちらを産むのかはわからない。わからないが、多分、何か重要なことのような気がする。

 癖のある髪を弄りながら、トウマは自分の顔を張った。まとわりつく鈍い感触を今は皮膚の内側に塗り込んで、今すべきことを眼前性の中で見定めた。映像の中、神涜的な風貌の人狼が咆哮を挙げていた。

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