fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

183 / 243
Ⅲ-10

 ジェームズ・モリアーティはいつものように朝のルーティンを行うと、ひとまずデスクに着いた。一昨日から加わった新しいルーティン……カルデアの技術顧問兼サーヴァントをしている、レオナルド・ダ・ヴィンチ氏とのリモート会議の対応のためだ。どっこいしょ、といかにもな掛け声とともにクッションの敷いてある椅子に座ると、ざらりと資料を広げた。

 トウマが拾ってきた紙面に描かれた数式。それとは別に、ジキル氏の邸宅から山と見つかった資料の内、モリアーティの管轄と思われるものがリスト化されたデータだ。例えば宇宙物理学の本であったり、宗教書だが書きなぐるように数式が書かれた本であったりなど、だ。

 基本的に、モリアーティは数学者でこそあって、物理学者ではない。まして宇宙物理学はなおさらだ。『小惑星の力学』なんて論文も、モリアーティから言わせてもらえば子供だましの二流論文だ。何せ、本来門外漢の分野についての論文である。その分野の第一人者のものに到底敵うものではない。

 が、何はともあれ、彼にそういった分野に関する知識があるのは事実だ。知識量は二流だとしても、頭脳そのもの超がつく一流である。その才気にかけて、この難問は解かぬわけにはいかぬ、という心境であった。そして、既におおよそのアタリはついていた。

 「おっと」

 モリアーティは、デスクの上に置いてあった手のひらサイズの四角形の機械の一部が点滅するのを確認すると、居住まいを糺した。彼は極めて驕慢で自らが頭脳の極致にあることを自負してやまないが、それ故に同類の人物には敬意を払うことにしていた。

 「どうやるんだったかな」

 ……点滅する機械を難しい顔で眺めた後、えいや、とモリアーティは機械のタッチディスプレイに触れた。OffからOnに表示が切り替わると、モリアーティの面前に青白い空中投影型ディスプレイが立ち上がった。

 思わず、「おお」と感嘆の声をあげるモリアーティである。人類の才気はどこへやら、と思わなくもないのだが、やはり未来の技術を見せられるととても驚くものだ。まぁ、そのメカニズムはほぼほぼ魔術で動いているのだが。

 (やぁモリアーティ教授)画面の向こうの麗人は、モリアーティの奇態を見なかったことにしている。(今日もご壮健かな?)

 「まぁまぁだねぇ」デスクの上の機械をつっついたりしながら、モリアーティは気の抜けたように言う。「こちらは順調。ライネス君とリツカ君が優秀で助かるネ」

 「重要そうなものとそうでないものの仕分けも済んで、私用の割り当ても完了済みだ。あと1日はかかると思ったんだけど」

 (それは結構。こちらもおおよそ似たようなものだ。どちらから話をする?)

 「そっちからでいいんじゃない?」ドアをノックする音に気取られながら、モリアーティは言った。多分、エリザベス女王陛下のお出ましだ。「はいはいなんでしょう」

 予想通り、エリザベスが顔を出すと、丁寧に淹れた紅茶を持ってきてくださっていた。デスクの上に品よくソーサーとカップのセットを置くと、彼女はやはり育ちの良さを感じる挨拶を画面の奥のダ・ヴィンチにしてから、退室していった。

しかし決まりが悪い。まるで、友達と遊んでいたら、母親が来て挨拶していった時のような決まりの悪さである。ダ・ヴィンチもそんなモリアーティの内心を見抜いているのか、何やらニヤついている。

 「ゲフンゲフン」わざとらしく咳払いなどしてみる。誤嚥性肺炎ではない。「じゃあ始めてくれないかな、ミスター?」

 (はいはい。じゃあまずこれ、後から共有する情報なんだけど。薬品のデータは全部洗いだしてきたけど、1つだけ奇妙なのがあった。ある種の麻薬のようなものだ。幻覚作用を惹き起こすもので、表の世界ではほとんど知られていないものだね)

 「ということは、そちらの世界の話というわけかね」モリアーティは、ちょっと不機嫌な顔をした。彼にとって、魔術だなんだというのは、なんとなく如何わしくて好みではないのだ。

 (まぁそうだね。でもどちらかと言うと異端だ、ウィッチクラフトでも使わないよ。元は中国で作られたもので、紀元は老子にまで遡る。丹道、という……まぁ哲学と言うべきか、そういうもので世界の真理に達するために使われた麻薬だそうだ)

 「世界の真理ねぇ」

 明らかに、モリアーティは小バカにしたように嘯いた。だってそうだろう。麻薬だなんだという怪しげな薬を服用して知れるものが、真理などであるはずがあるまい。精々、痴呆症めいた戯言くらいだろう。碩学たらんとしていたジキル氏がそんなものに傾倒していたとは、呆れるにもほどがあるというものだ。

 だが、同時にモリアーティは素早く頭脳を働かせていた。彼自身はそんな奇怪なものに興味も関心もないが、彼の蔵書群に何か関連があったはずだ、とすぐに思い至った。ジキル氏が集めていたという、異様な幻想風小説が、確信めいて脳裏を過った。

 「その薬、名前は?」

 (『遼丹』というそうだ。ミスカトニック大学……アメリカで勃興している魔術系の大学に、一件だけそれに関する書籍があった)

 「覚えておこう」

 モリアーティは苦っぽく言った。生前ならば鼻で笑う話だが、そうも言ってられない。

 「後でみんなに共有される情報かな?」

 (その予定だが、そちらの班で共有した方が良いなら早めにやってもらって構わないよ。まだ寝てるのかい?)

 「外で金時君と庭仕事をしていたよ、2人ともね。座りっぱなしは性に合わないのだろうさ、若さだね」

 言いながら、さわりを抜き取った音声データをライネスとリツカの情報端末に送ると、「他には?」とモリアーティは続けた。

 (承ってた件なんだけどね)モニターの向こうで、ダ・ヴィンチの視線が左右に揺れた。デスクの上のデータを探しているらしい。(そちらにデータ送ったから、見てもらえるかな)

 一拍置いて、小気味良い音が情報端末から響いた。プリセットされた電子音とともにモニターの端に、受信のポップアップが立ち上がる。モリアーティはおっかなびっくりと空中投影された映像のポップアップに指を重ねると、別枠でもう一つ映像枠が表示された。

 (残念ながら、こちらの宇宙物理学の専門家はもう死んでてね。直接ご教授願うことはできなかったが、彼女のPCのデータやら書籍はおおむね調べることができた)

 「覗き見の成果というわけだ」ニコニコしながら、モリアーティは受信データを眺める。「それとも、墓荒らしかね」

 ダ・ヴィンチは露骨に嫌そうな顔をした。モリアーティは特に気にも留めず、「これ、本当に物理学なのかい?」と聞き返した。

 (ウチ、一応魔術の研究施設だからね。アメリカ出身の現代魔術科所属なんて、まぁ良くも悪くも異端さ)

 「古式蒼然とした学会には必要だからねえ、そういう人も。伝統も大事だけどね」

 最も、モリアーティは魔術なんぞ如何わしいとしか思えないわけだが。英霊の座に召し上げられようとも、胡乱なものは胡乱である。万が一彼が魔術なんぞに関心を抱くことがあるとすれば、何が何でもあの探偵を出し抜いてやろうと思った時だろう。最も、そんな日はもう来ないわけだが。

 「つまるところ」レポート冒頭のさわりを一読し、モリアーティは椅子に身体を預けた。「超弦理論と膜宇宙理論、というのが何かヒントになりそうというわけかい」

 (正確には、それを元にした高次元の窓の潜り方……というところかな。十二次元宇宙に根源が渦巻いている、という本論自体はさして重要じゃあない。この三次元以上の高次元の窓は小さく丸まっている、というのは、何か感じないかい)

 ダ・ヴィンチに誘導されるまでもなく、モリアーティの脳裏に浮かんでいたのはあの獣だ。魔力を一切使用せず、空間転移をしていたあの人狼もどき。仮に、物理現象に過ぎないこの高次元の窓とやらを出入りしているならあるいは、という思考が過ったのと、それは妄想に過ぎないと判断したのはほぼほぼ同時だった。だが、その妄想レベルの推論を、ダ・ヴィンチもしているらしいことは明らかだ。だからこそ、彼ないし彼女は、(この数式なんだけどね)と再度デスク上のなにがしかを捜査した。

 併せて、情報端末にプリセットされた電子音が響く。ポーン、という音とともにもう一つ別枠で立ち上がったウィンドウに、モリアーティは、まず身を乗り出して目を丸くした。そうしてから再度背もたれに身体を預け、不気味な嗤笑に口角を歪めた。

 「これはこれは」思わず、といったようにモリアーティは声を漏らした。悪辣な気宇に満ち満ちた声だった。「ジキル君のメモとほぼ同じ数式じゃあないか」

 (高次元領域の窓をマッピングする式らしいね。高次元の窓を見つけるだけで、高次元転移構造体に入るところまでは不明だが)

 互いに気づいているが、重要なのはそこではない。つい先ほどまで妄想に過ぎなかったものが、俄かにつながりを持ち始めたのだ。全く関連性のなかった2つの事案が、妙に繋がりつつある。ヘンリー・ジキルが何を調べていたのか。そしてあの人狼に関するなにがしかの情報。

 だが、やはりまだ強固なつながりではない。繋がりはあくまで妄想に過ぎず、功を焦るばかりにありもしない幻想を実体化して考えて居る節がある。

 「不本意だが」とは言え、まだ妄想の域を出ないとは言え仮説なのも事実だった。「実験をしてみようかと思うが、どうだね」

 (釣りができるかという話かな)

 「なんだっけ、彼。トウマ君だっけ?」

 (合ってるよ)

 「そりゃよかった」モリアーティは、思い出すようにこめかみに指をあてた。灰色の脳細胞から、あのあまりとり得もなさそうな少年の顔を引っ張ってくる。「彼の報告が来てね。とりあえず実験できそうな材料はある」

 (弱者を狙っているのでは、という奴だね)言ってから、ダ・ヴィンチは1秒ほど思案した。(彼、呼んでくる?)

 「いや、弱者というだけなら私かリツカ君で構わないだろう。」

 (君もサーヴァントなんだが)

 「それは君、あれだよ。私の武器はココだからね」

 とんとん、とモリアーティは頭を人差し指で叩いた。ダ・ヴィンチは複雑そうな顔をしつつも、特に何も言わずに小さく首肯だけを返した。

 「日時は明日か明後日に設定しよう。今日は私も2人も、予定が入っているはずだからね」

 (明日って。今日中にその数式、解くつもりかい? 私のレポートもあるんだぜ?)

 目を丸くして若干の抗議も込めて言うダ・ヴィンチに、モリアーティは大仰な身振りで、大いに心外だとでも言うように肩を竦めた。

 「誰に向かって言っているんだい?」

 憮然とした表情は、もちろん演技だった。何せ、彼は理性と良識に善く富んでいたから。そうでなくては、それらの反対概念たる悪辣を為すことなど不可能。愛知らず善を知らない悪など、ただの動物の本能と同意で、そんなものに価値などありはしないのだ。

 「僕の名前はジェームズ・モリアーティ。大学では数学を研究していたりするのでね?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。