fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅳ-2

 AM6:00

 坂田金時にとっては、夜が明け、朝が昇ってから大分経った時間と言えよう。生来が野に生きた彼にとっては、寅の刻を過ぎ、兎の刻を一つ時回る前の時間が、目覚めの時だった。

 基本的に山や庭の手入れを任されている金時は、この時間は外でせっせと勤労に励んでいる時間だ。案外アリスのこき使われている金時で、そんな忙しさも性に合っていたりする。

 だが、今日は少々事情が異なっていた。珍しく屋敷の玄関前に立った金時は、一応ノッカーを鳴らしてからドアをあける。大分慣れた外開き型のドアを潜り抜け、やはり慣れたように外履きのままホールまで足を進める。シン、と静まった屋敷の奥からは、何やら空腹を刺激するような匂いが漂っている。恐らくキッチン(台所)でエリザベス女王が何か料理でもしているのだろう。幾ばくか心地よい刺激を伴う匂いは、何故か彼女が得意とする中華料理の類だろうか。昨日買い物に行かされたことを思い出していた、

 帰ってからのお楽しみ、というわけだ。内心に独り言ちながら、金時は台所へは向かわずに、ホールを右手に横切る。電話の隣、花瓶に生けられた青い薔薇が、すっくと花弁を開いている。

繰り返すが、現在の時刻は午前6時である。金時としての理解としては、辰の刻。決して早い時間ではないが、未来の時間に生きる彼女としては、大分早い時間のはずだった。しかも、何せ生活態度においては劣悪を極める彼女である。果たして、本当に起きているのか、という疑念しかなかった。

 とは言え、命令を下されれば従うのが武士である。疑念たっぷりな感情は表には出さず、金時はリビングへと向かった。

 横づけ型の金属質の取っ手を握り、軽く下に降ろす。そのままおそるおそるドアを引いて、部屋の中を覗き込んだ金時は、すぐに後悔した。後悔してから、ノックをすればよかった、と思って慌ててドアを閉めた。

 「あれ、金時君?」

 部屋の中から、何やら声がする。なんと彼女はこの時間に目が覚めていたわけだ。それは驚くべき事実であり、また賞賛の気持ちも湧いてくるのだけれど、金時はそれどころではなかった。顔を赤くしながら、金時はドアノブが下がるのを見るや、なんというか少女のように顔を手で覆った。

 ぎ、と古い音を軋ませ、ドアが開いた。「何やってんの?」という朴訥とした彼女……リツカの声に、恐々と金時は顔を覆わせた指を開いた。指の間から彼女の姿を覗き込んでから、そうして、ほっとした。普段の、あの黒を基調とした衣装に着替え終わっていたようだ。顔から手をどけると、金時は「いやすまねえ」と決まり悪く声を漏らした。

 しばし、赤銅色の髪の少女は思案するように首を傾げた。3秒ほど考えてから、ようやく理解したらしいリツカは悪戯っぽい顔をした。「案外、ウブだねぇ金時クン」

 「ラブコメで見る主人公の仕草だよね。部屋に入ったら下着姿を見ちゃって顔赤くするって」

 「慣れてねえんだよ。その……肌の露出が多いってのがな」

 「酒呑童子は割と破廉恥な恰好じゃなかった?」

 「ありゃ鬼だろう」

 なるほど、と金時の言葉にうなずいてから、リツカは金時を部屋に招き入れた。前髪をかきあげて気を取り直すと、金時は堂々とドアを潜った。

 ここでも、金時はちょっと意外そうに眼を見開いた。当然見慣れたリビングが広がっているわけで、それ自体自然なことではあるのだが。ここ最近のリツカの生活態度と状況を見るに、本やら何やらが四散するが如くにあっちこっちに放り出してあるという金時の予想と異なる様相だった。確かに本の山はあるけれど、床の上に何やら秩序だって整然と並ぶ様は、整理整頓がちゃんと行き届いていると感じさせる。不衛生さを感じさせるものと言えば、テーブルの上に放り出された、あの甘ったるい飲み物が入った金属質の筒(アルミ缶)くらいなものだ。

 「片付けは私がやっているんだが」

 もう一方のソファに座るライネスが、素っ気なく言う。本と睨めっこしているライネスに、まぁそうだよな、と金時は呆れのような納得の視線を向けた。これは蛇足ではあるが、ライネスの身なりは、きちんと厚着をしていて金時の幼年じみた内心をかき乱さずに済む。

 ふと、金時はテーブルの上に置かれた、別なものを見て取った。手のひらサイズでプラスチック製。円柱状のそれは、何かの入れ物らしい。開いた蓋から見える限りでは、何やら軟膏らしきものが入っている、らしい。

 「それで」果たして金時の僅かな瞥見に気づいたか否か、ライネスが軟膏らしきもののケースの蓋を閉めた。「実験の概略のおさらい、だろう?」

 ライネスが顎をしゃくる。リツカも、もう一方のソファに座ると、自分の隣の席を手で叩いた。此処に座って、というジェスチャーだ。

 なんというか、仄かに羞恥心のようなものを感じる金時である。まるで近所に住む年上の女性に、良いように扱われているような、そんな気分だ。不快感はない……というより、むしろ心地よさのようなものすら伴うのが、なおのこと羞恥を掻き立てる。まぁ、結局のところ、金時は素直にリツカの隣に座った。ニコニコと相好を崩すリツカの表情を、金時はまともに正視できなかった。

 「追加情報、があるんだよな」

 勢い、金時は言葉を始めた。なんだかそのままにしておくと、2人にいいように手玉に取られそうな予感がした。リツカの飄然とした雰囲気は、どうにもかつての宿敵を思い出させる。同じ人間なだけあって、かえってやりにくい。

 そう、と金時に応えると、テーブルの真上に空中投影型のモニターが立ち上がる。金時には何事か書いてあるか不明だが、ずらりと並んだ字ずらには、時折あの人狼の画像が添付されていた。

 「敵の狙いはタチバナ本人ないしあるグループで最も弱い人物、というのがタチバナの推論だ。今回彼の提案は、それに付随して敵の出現条件を予測したものになる」

 「宝具の真名解放、が条件だって」

 なるほど、と金時は頷いた。単に新しい情報への評価というよりも、自分が選出された理由がよくわかるからだ。

──金時の宝具は、大別すれば2つになる。武装として所持している黄金の鉞に、その鉞の真の力量を引き出す真名解放の、2つだ。そして彼の真名解放は、他と比べると特殊な発動方法を取る。大抵の宝具は、真名解放の際にオドを大きく消費する。他方で、金時の宝具は、宝具の発動に自らの魔力たるオドを使用せず、大気中のマナを取り込む必要すらない。鉞に装填されたマガジン内のカートリッジを使用することで発動し、且つそのカートリッジ内の魔力を使用するのに、金時自身のオドはほぼ使用しないというすぐれた燃費の良さを持っている。加えて、状況により数発同時に発動することで宝具の殲滅能力すら高められるという優れものだ。魑魅魍魎跋扈する平安の世にあって、京の都を守護するために当時の人智の限りを尽くして作られた生粋の兵器である。金時の持つ打撃力の高さに継戦能力を付与する、というコンセプトは、サーヴァントとして召喚されてなお強力だった。難点は、彼自身では使用済みのカートリッジに魔力を再充填することはできないことだが。幸いにして、この特異点には、物質に魔力を込めることを得手とするキャスターがいるわけだ。

 つまるところ、金時は、極めてお手軽に真名解放ができるサーヴァントというわけだ。それでいて、本人の強さは折り紙付きとくる。実験としてはうってつけだろう。基本的に、金時は戦闘要員であって知的作業には全く向いていない。今までおおよそ蚊帳の外な生活だっただけに、やっと出番が回ってきたという感じだった。

 「それと、モリアーティ教授からのデータがこれ」

 「出現予測のマップだね」

 次いでモニターに表示されたのは、ロンドン市街を映した地図だ。赤いマークがそれだろう。

 「場所の選定はこっちでやるとして。基本的に、今決めることは、君にお願いがあってね」

 「なんだよ、実験に付き合えってことじゃあないのか」

 「いや、そうなんだけどね」

 リツカが、右の側頭部に手を伸ばした。いつもの癖で一つ結びにした髪をかき回そうとして、今さらに髪型が変わっていることに気づいたらしい。あ、という表情を作ってから。髪の一房を指で絡めとると、人差し指でうねうねと弄り始めた。

 「状況次第ではあるけど、敵が実際に出てきてもあまり手出しはしてほしくはなくてね」

 相変わらず髪を弄りながら、リツカは曖昧に笑みを作る。言いにくそうな表情を見れば、彼女の言わんとしていることはよくわかる。

 「俺一人で戦うのは危険ってことか」特に機嫌を損ねるでもなく、金時は口にしていた。

 「いや、まぁ負けないとは思う。ただ、勝てるかどうかは五分だからね」ようやっと、彼女は髪から手を離した。代わりに手梳きしながら、リツカは肩を竦めた。「勝てそうな戦い以外したくないからね」

 彼女の表情は、温和さを感じさせる。というよりも、呑気そうと言うべきか。人類の未来を担う知性の1人、という印象はない。彼女の振舞からは、剃刀の如く鋭さなど全く感じない。

 「敵の増援の可能性も加味すれば、長期戦になりかねない戦いはすべきではないってことさ」

 「オーケー、理解したぜ。万全を期すってわけだろ」

 素直に、金時は頷くことにした。リツカの言わんとしていることは、金時にもよくわかる話だからだ。敵が強大であればなおさら、必勝の策を用いて挑むが常道だろう。実際、かの酒呑童子を打倒した折も、そうやって倒したのだ。金時個人としては謀略を以てするのは気分も良くなければ苦手な部類だが、その必要性は十分承知している。

 「じゃあ俺からも提案だ」

 だからこそ、金時は身を乗り出した。お、と意外そうな顔をするリツカの、右腕を注視した。

 「万全を期すなら、ソイツを使えるようにしておくべきだと思ってな」

 彼女の右前腕に刻印された、深紅の痣。トウマのそれより2周りは大きいそれは、サーヴァントとして召喚された英霊の寄る辺とも言うべき証だった。

 令呪。サーヴァントに対する絶対命令権、だ。カルデアのそれは、聖杯から供出されるものよりも純粋な魔力供与という側面が大きいが、それでも強い命令権があることは変りない。神代の名残たる地のマナより錬成される令呪の拘束力は、聖杯のそれと比肩しうるのだ。

 それを、自ら服従するという。無論その恩恵こそ大きいが、その恩恵の対価に自らの自由を差し出す、と金時は言及したのだ。

 「信用してくれるということで、いいのかな」

 「いや、正直わからねえ。信用できるほど、アンタの人となりはわかっちゃいねえからな」

 忌憚なく、金時が言う。リツカは特に不満な様子もなく、ただ金時が続ける言葉を黙して、待った。

 「ただ、()()()()を完遂する近道だと思うんでね。アンタのことを信用する、コイツは前提条件ってわけだ」

 「助かるよ。そう言ってもらえると」

 今度は違えずに髪を弄りだして、リツカはほんのりと照れ交じりに肩を竦めた。年相応の少女らしさを感じさせながら、どこか老生した賢者のようでもある。

 矛盾の塊。金時がリツカに感じるものは、端的にそうとしか言いようがない。反知性的な言動や身振りを見せるかと思えば理性を感じさせるし、自堕落でありながら勤勉さも存分に発揮する。年相応、というより年齢よりも幼さを感じる振舞を舌かと思えば、時折見せる眼差しは年ふりた賢者のそれだ。生前とて、金時はこのような人間に会ったことはない。酒呑童子が近しいだろうか。だが、翻って言えば、彼女は人間よりも……。

 「じゃあ、契約しようか」

 おう、と金時はワンテンポ早く応えた。脳裏に過った考えは、金時にとってあまり気分の良いものではなかったからだ。

 「あー、ちょっと待って」

 「なんだよ」

 なんだか、リツカにしては歯切れが悪い。気まずそうに右側頭部でまとめた髪を指先で弄繰りまわしながら、リツカは仕方ない、とでも言うように肩を落とした。

 「契約に際して、私の基本的なパーソナルデータはそっちにも行く予定なんだけど」

 「なんだよ、知られたら不味いことでもあるのか?」

 「ちょっと」

 冗談半分に言った金時に対し、少々困ったようにしながらも、リツカは普段の気の抜けたような顔で応えた。それが却って、事の重大さを示している。直感的にそう理解して、金時は冗談笑いの表情のまま、感情の置き所に困惑して固まった。ライネスは、我知らずというように、瞑目したまま静々とペットボトルのレモンティーを口にしていた。

 「情報に鍵でもかけて構わないぜ」ようやっと表情の強張りを解くと、金時はなるだけ平静を装いながら、後ろ髪をかきあげるようにかき回した。「人間、他人に知られたくないことの3つや4つはあるもんだろうしな」

 「いや、まぁいいよ。折角信頼してくれると言ってくれたんだ。無条件に信頼を得る、というのも納まりが悪いからね」

 ちら、とリツカが横目でライネスを伺った。相変わらず、ライネスは特に何も言わずにレモンティーを口にしている。

 まぁ、そう言うなら。金時は内心で呟きつつ、控えめに頷いた。相手が良い、というなら、こちらから文句を言うのは筋違いというものだろう。ありふれた、普段通りの表情に戻ったリツカに対し、金時も居住まいを糺した。

 「じゃあよろしく」

 小さく、頷く。既にマスターとして格率されたリツカと、やはり既に召喚されて久しい金時の間の契約は、厳かながら、基本的に簡素を極めた。儀礼的な詠唱などは一切伴わず、ただ双方明確な合意を直観的理性で把握する、というそれだけのものだった。感覚的に言えば、何か深い領域で繋がりを得るかのような感覚。いわゆる“縁を結んだ”感覚、とでも言おうか。存在の底での接続という経験は、何か、異物が侵襲を伴って挿入されるかのような錯覚を覚えた。

続いて、いわゆるマスターになった彼女のパーソナルデータが脳内に惹起する。金時のイメージでは、使い古された木簡にマスターたる藤丸立華の情報が羅列される形をとった。

 一拍、金時はその羅列に息を飲んだ。そうしてから、隣で当たり前のように座る彼女の居住まいを正視した。金時の視線の意味を理解して、リツカは恥ずかし気に、あるいは申し訳なさげに、にへら、と笑った。

 「そういうことかよ」

 おおむね、自分に向けた独白だった。先ほど、人間よりも酒呑童子のような鬼のよう、という直感を抱いたのは、あながち間違いではなかった。金時は、少々気分が悪くなった。善意によって為される悪逆、というものは、いつ見ても、落としどころのない不快感を惹起させるものだから。

 「や、ごめん」

 「いや。大将、アンタが悪いわけじゃあない」

 ごく自然に、金時は意図もせずにそう口にした。その言葉遣いが、金時からリツカへの、沈黙と言う名の解答だった。彼女も、それを理解している。うん、と頷く素振りは小さかったが、確信に満ちた眼差しは、彼の好むところだった。

端的に言って、金時がもし何事かに不正義を感じるとするならば、世界そのものの在り様なのだ。リツカがそうせざるを得なかった状況そのものに、彼は大きな不正義を感じざるを得なかった。彼女へと向ける感情はそれとは別で、勇敢さへの尊敬であり、そうしてその勇敢さへの哀れみと憐憫だった。

 「不測の事態が起きたら、その時はあなたの力が必要だ。そしたら、よろしく頼むよ」

 「おう。頼光四天王が一人、その精強たるをお見せしよう」

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