fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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飛竜との邂逅

「あの城に入っていくわ」

小高い丘の上、低い姿勢のまま足を止めたクロが指を指す。遅れて顔を覗かせたトウマは、なだらかな丘の中腹に小さく立ち尽くす建造物を目にした。

教会のような、小さな城。恐らく美しかったはずの外観は、しかし、凄惨な姿に変わり果てていた。

石造りの城壁はところどころ崩れ落ち、破砕された尖塔が入り口の前に力無く横たわっていた。

「変です。ヴォークルールは現代まで当時の姿で残る古城のはずです。このような破壊がなされた史実的事実は存在しません。そもそも、この年にフランスとイングランドのあいだで休戦協定が結ばれているはずです」

「なら、特異点の関係があるってことよね」

ね、とクロがトウマとリツカを見比べる。

トウマは、改めて、ぞっとした。戦闘、というなんだかよくわからない抽象的な言葉が、改めて明るみの下で晒されたかのような感覚。夢でも何でもない現実が、目前におどろおどろしく横たわっていた。

「でもここからじゃよくわからないね」

リツカは頷きながら、と独り言のように呟いた。確かに、丘の下の木陰から見える範囲からは、中の様子は伺い知れない。

「すみません……私がアサシンなら単独潜入も可能なのですが」

「え? いや、マシュは、マシュだから」

恐縮するように身をすくめるマシュを、トウマは不思議そうに見つめた。なにやら小さく返事をすると、マシュはこくりと頭を下げた。

「クロちゃんて、服は作れるの?」

「服? まぁ作れるけど。でも服は剣と違って、投影したらそのままってわけにはいかないのよ。私から離れると、消えてなくなっちゃうし」

「霊体化してもダメ?」

「ダメね」

そっかぁ、と肩を落としたリツカが、ちらりとトウマを横目で見る。

……なんだか嫌な予感がしたが、杞憂のようだ。

「うーん」

どかりと座り込んだリツカは、眉間に皺を寄せた。情報を得ようにも手詰まりだ。トウマはそんな彼女を見下ろしながら、さりとて何も名案も浮かばず、当てもなく虚空を見上げた。

底抜けに青い、のっぺりとした空。不気味な光の帯が揺蕩う青い天井。すいすいと飛び回る鳥の影達は酷く呑気な様子だ。どうやら、先頭を飛ぶ大きな1羽を、5羽ほどが追いかけているようだ。鬼ごっこみたいに。

くるり、と先頭の一羽が反転する。翼を広げた鳥は長い首を擡げると、背後の5羽を引きつれるようにして、急降下を始めた。

空を見上げたまま、トウマは眉をひそめた。翼を広げた影。だが、長く尾を伸ばした姿は、まるで―――。

「あのー、あれ何かしらね」

「へ?」

素っ頓狂な声を上げ、リツカも空を見上げた。

「―――何、あれ」

一番最初に、戦きを漏らしたのはクロだった。アーチャーの千里眼を以てして、はるか上空3000mから墜落するように飛来した黒影の姿を、刻銘に捉えた。

(直上500mに大型生命反応探知!)

「目視しました、あれは―――」

飛竜(ワイバーン)―――!?)

劈くような咆哮が迸った。空を切り裂くほどの金切り声を滾らせた黒い蛇竜は地表すれすれを掠めるや、ぐるりと首を掲げた。

翼が強く羽ばたく。長い首の慣性運動も合わせ、くるりと宙を返る。蝙蝠のような翼に揚力を発生させ、一瞬で飛び去った蛇竜を、後方から接近していたワイバーンはとても追いきれなかった。蛇竜のすぐ後ろについていたワイバーン2匹はそのまま地表に激突。ぐちゃ、と音を立てて、挽肉になっていた。その背後から接近していたワイバーンはなんとか羽を立てて速度を落としたが、空気の密度の濃い地表で急に減速をかけたせいか、そのまま速度を落としすぎて墜落。地面になんとか着地しながらも、ぎこちなく踏鞴を踏んだ。

ワイバーンが空を仰ぐ。威嚇するように鳴いた次の瞬間、上空から振り下ろされた剣撃が首を刎ねた。

ワイバーンの巨体が地に臥す。ぶしゅ、と血を吹き上げた遺骸を、何かが踏みつけにした。

黒い、影だった。長い黒衣を纏った影が、飛竜を鶏のように屠殺した。吹き上がる血の雨を浴びてなお、無感動な(ウロ)が、ローブの底から顔を覗かせた。

(サーヴァントの反応も探知―――っていうか、なんだこれ……サーヴァントの霊基規模計測完了、サーヴァントの平均値の数十倍の数値だぞ!)

黒衣のサーヴァントが剣を構える。いや―――剣、ではなかった。よく見れば、それは木の棒だった。剣のように成型されていたけれども、木剣とすら呼べない、粗末な木の棒だった。

ワイバーンが吠える。獅子の威嚇にも似た雄々しいはずの咆哮も、さりとて今は怯えた悲鳴のようだった。

黒衣のサーヴァントが、一歩踏み込んだ。目にもとまらぬ踏み込みでワイバーンの懐へと飛び込むなり、木剣を一閃する。袈裟切りをなぞる剣線は一太刀でワイバーンの翼を切り裂き、返す刃の振り下ろしは当然のように鱗で覆われた牢乎の首を切り落とした。

残数、1匹。バタバタと翼を羽搏かせたワイバーンは、よろよろと後ずさった。既に戦意は、かけらもない。命乞いするように小さく鳴いた。

直後、ワイバーンは両断された。右の肩口から左のつま先まで一刀のもとで叩き切られると、ぐしゃりと地面へと弾けた。

だが、まだ終わってはいなかった。死んだかに見えた一匹―――地面に激突した2匹の内1匹が、よろよろと立ち上がる。そのまま体をよたつかせなが、黒衣のサーヴァントへと飛び掛かり―――。

ぶしゅ。

そんな、間の抜けた音だった。飛来した矢、数は4つ。脳天、腹部、貫き翼の根本に矢が突き刺さると、最後のワイバーンもそこで絶命した。

クロは、まだ弓を下げなかった。狙いに定めたワイバーンは既に絶命していたが、まだ、警戒は解いていない。いや、むしろ警戒すべき敵を目前に、焼け付くほどに鋭い視線を投げつけていた。

黒衣のサーヴァントが、ゆらりと振り返る。ただの木の棒を肩に担いだローブ、隙間から覗く冥い底が、ひたりとこちらを見据えた。

何か。

何か、不可思議だった。明確な敵意を投げつけるクロの殺意を浴びながら、なお、あの影のサーヴァントに敵意らしいものは、無い。観察するような気配の他、何か、もっと別な、柔和な情動が滲んでいるような。

一歩、リツカが前に出る。遅れて前に出たマシュは、明らかに腰が引けている。それでもなんとか、リツカに並ぶと、盾を構えた。

(私とマシュで食い止める。2人はその隙に逃げて)

通信(念話)越しにリツカの声が耳朶を打つ。ぴくりとも動かずに相対するリツカの華奢な背は、巌のようだった。

(無理よ、リツカもあれが何なのかわかっているんでしょう!? とても敵いっこないわ!)

(クロちゃんが居ても勝てないよ。わかるでしょ? マシュと私なら10秒は耐えられる。だから、その隙に逃げて)

クロが歯を噛みしめる。心眼(偽)持ちの彼女なら、リツカの言うことが真実であることがわかるのだろう。トウマには、漠然とした威圧感しかわからないが―――。

(カウント0と同時に攻撃に移るから同時に離脱して。良い? じゃあ、カウント開始―――5、4、3、2、1)

「―――あのー、貴方は敵なんですか?」

思わず、トウマは声を漏らしていた。

一瞬にして、空気が凍る。というより、空気が読めてないことに対して引いてる雰囲気だ。

「な、なに言ってるのトーマ?」

「いや、だってほら。あの人―――人? そんな戦う気があるようには」

草原で佇む黒衣のサーヴァント。漠然と木剣を肩に担いながら、じっとこちらを観察する姿が、不意に体を小さくした。

腰が低いような、謙虚なような。素人目でも、剣の構えには見えない。

「敵じゃない、ならわざわざ戦う必要は無いんじゃあないですかね」

「―――本気?」

クロは胡乱気に呟きながらも、洋弓を下げた。厳しい目は相変わらずだが、それでもとりあえずは敵意を下げたらしい。

「本当に、敵じゃあないの?」

リツカの言葉に、黒い影がびくりと軋む。底抜けの黒い洞がリツカの姿を捉えると、狼狽えるように、1歩後ずさった。

狼狽えるというより怯えるような、怯えるというより困惑するように、さらに一歩、後ろに気圧される。リツカが次の言葉を言いかけた時には、もう、黒い影は跳ねるようにして虚空に飛び上がった。

「あ、ちょっ」

黒い蛇竜が影の足元に滑り込む。首元に影を乗せるや、蝙蝠の翼を大きく広げ、増大した揚力のままに天空へと駆けのぼっていった。ただ、あの竜の獣染みた金切り声が空に響いた。

「何だったのかしら、今の」

クロは右手の矢を償還すると、空の果てをぎこちなく眺めた。

「でも、いいこともあった。あれは、明らかにおかしい」

くい、とリツカが顎をしゃくる。彼女の視線の先には、矢を穿たれて絶命した飛竜の姿があった。

「竜―――」

思わず、といったように、トウマは口にした。

竜。TYPE-MOONの世界観において、竜と呼ばれる生物は強大なものとして語られてきた。

曰く、幻想種の頂点。アルトリアの強さの理由もまた、竜の心臓を持つが故のものだ。そして、神秘の薄れた人間の世界には、既に存在しない生物でも、あった。

「ワイバーン……竜種の中でも亜竜体、に相当するものです。間違っても、15世紀のフランスに存在して良い生き物ではありません」

―――亜竜体。あくまで竜種そのもの、ではないらしい。なるほど、本来であればサーヴァントと言えども対抗しがたい竜種にしては、あっさり倒せたなとは思っていたが……。

(間違いない、この特異点を特異点たらしめる原因、あるいはその原因から派生したものと見て良いと思う。当面はこのワイバーンに関する調査を―――ん?)

「どうしたの?」

(―――近くにサーヴァントの反応を探知した。8時の方向、岩陰のあたりだ)

8時の方向―――ということは、背後だ。

振り返れば、確かに身の丈ほどの岩塊が転がっている。というか、その岩の塊から、ひょこりと何かが突き立っている。

旗だ。間違いなく旗だ。しかも既視感がある―――ということは。

「あれ。見つかっていますか、私」

ひょこ、と岩陰からサーヴァントが顔を覗かせる。金の髪に、蹄鉄のような形の銀のサークレット。おずおず、と岩陰から出てきた彼女は、やや衣装こそ違うものの―――間違いなく、彼女だった。

《知ってるの》

《ジャンヌ・ダルクだ》

ぴく、とクロが身動ぎする。散々会話のネタにした人物が、こうして目の前にいる。なんだか気まずいような気はするけれど―――何より、彼女が、至極全うな姿をしていることに安堵する。

長い三つ編みを風に泳がせ、紺色の外套に身を包むジャンヌは、外典の姿と変わらない。どこか牧歌的で、それでいて清らな御稜威を纏う姿は、なるほど農村から立ち上がった聖女という言葉が真実であることを思わせるものだ。

「ルーラー、真名をジャンヌ・ダルクと申します。先ほどの戦い、お味方とお見受け致しました。情報の共有などしませんか?」

改めて、ジャンヌはそう言うと、こちらへ、と身を翻した。ついてこい、と彼女が誘う道の先には―――樹々が林立していた。

「どうしましょう。誘われてしまいましたが」

「ついていこう。正直手詰まりだったし」

(そうだね、ボクも賛成だ。この時代に近しい生まれのサーヴァントなら、事情にも精通しているはずだろう。トーマ君たちも、構わないよね?)

トウマは、首を縦に振った。

彼女が原作の通りならば、信用のおける人物に違いない。それに、彼女が味方になってくれれば、心強い。

「ありがとうございます。では、急ぎましょう。私はあまり、この世界に思わしくない存在のようですから」

ジャンヌはそんな言葉を口にすると、破壊された城へと憂いた視線を注いだ。

憂いのような、侘しさのような表情も束の間、視線を引きはがすと、ジャンヌは足早に駆けた。

 

 

 

 

 

 

黒衣のジャンヌ・ダルクは、玉座の上で軽く身動ぎした。

彼女のクラス、ルーラー。そのクラスに与えられた権限、あらゆる真名・宝具・スキルをたちどころに見抜く【真名看破】とサーヴァントに対する2度の絶対命令権【神明決済】。それに並ぶもう一つの特性こそ、対サーヴァント用広域探索能力だった。

この索敵能力も分けて2つ存在し―――聖水を用いた探索能力、いわゆるアクティブソナーに類するものの他、ただ存在するだけでサーヴァントを探知する、いわゆるパッシブソナーに類する探索能力を持つ。

彼女は今、前者の探索能力を有していない。だが、気配遮断を持つアサシンやそれに類するサーヴァント以外であれば、後者でも十分であることがほとんどだった。

そしてもちろん、彼女は己の配下たるサーヴァントの動向は、全て把握していた。大聖堂に、セイバーが1騎、バーサーカーが1騎、そして遊撃に出ているランサー、1騎、バーサーカー1騎、セイバー1騎。計、5騎。

この地のカウンターとして召喚されたサーヴァントも把握している。そしてもちろん、新たに出現したサーヴァントをも知覚していた。

数、1騎。クラスは不明だが、反応は弱い。ランサーなら十分に屠れる敵だろう、と勘案する。そして幸運にも、ランサーは近隣の街を楽しんでいる最中だ。けしかければ、出向くだろう。

ジャンヌが手を掲げた。

それが、合図。

まるで影から身を乗り出したように、それはするりと現れた。

頭を垂れた黒いローブの男。人間というよりは両生類じみた顔の男が、ぎょろりとジャンヌを見上げた。

「酒呑童子と佐々木小次郎をラ・シャリテに向かわせなさい。ランサーにも通達を。あのドラ娘、ちゃんと言って聞かせないと癇癪を起しますから。それと―――」

やおら、彼女は立ち上がった。かしゃん、と鎧がこすれる甲高い悲鳴のような音が、誰もいない聖堂に響いた。

「私も出ます。騎竜の手配を」

「ご下命のままに―――我が聖女」




行間詰まりすぎててやっぱり読みにくいかもですね……。少しずつ修正していきます。
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