fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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Ⅳ-4

 (今日の14:00からとなると、被ってるね)

 ちょっと悩む素振りのダ・ヴィンチに対して、トウマは大変真面目な声で応えた。

 例の人物からの手紙が来たのは、今日の早朝のことだった。会談の場所と日時、それと人物だけが素っ気なく書かれた文章は、酷く事務的で、書き手の人情を一切感じさせないものだった。

 現時刻、AM10:00

 二度寝から目覚めてから、おおよそ3時間が経っている。クロに起こされてメールの内容を確認するなり、大わらわでリツカに相談し、今に至る。

 (まぁ別にいいんじゃないかな? トウマ君がこっちのモニターにいなきゃいけないこと、ないでしょ)

 空中投影された映像は2つ。1つはダ・ヴィンチで、もう1つはリツカだ。寝間着のままベッドの上に座り込んだトウマは、ねえ、と尋ねるようにこちらを伺うリツカに身を竦めた。

 14時、という時間の問題は、簡単に言えば「実験」と時間が被っていることだ。こちらもモニターとして参加することにはなっていたのだが、会談に出るとなると、そちらには参加できないということになる。

 (どう思う、タチバナ君)

 ダ・ヴィンチの声に、しばし思案してから「リツカさんの言う通りかと」と頼りなさげに応えた。

 「向こうは僕とキリエライトさんを指定していますから。アリスさんにも来ていただくとして、クロと、あと玉藻さんにモニターの方はお願いしようかと」

 (アリスちゃん、よく承諾してくれたね)

 「戦力を分散させるのは巧くないですから」

 若干会話に咬み合わさなを感じつつも、リツカは一応、頷いてみせた。なお、トウマは真剣に考え事をしているようで、その咬み合わなさには鈍かった。

 (一応、その封書のフレーズは検索にかけておいたよ。特に何か伝承を示唆するものではないみたいだが)

 どうかな、とダ・ヴィンチは言外に尋ねていた。無論、質問相手はトウマではなく、リツカだ。一時の研修目的とはいえ、伝承科(ブリシサン)に席を置いたこともあるリツカではあるが、眉を顰めて肩を竦めただけだった。(んーちょっとわかんない)

 (奇妙な冒険じゃない?)

 (まぁ英霊の座の自由度を考えれば、あり得ないことではないが)

 呑気そうに言うリツカに対して、ダ・ヴィンチは呆れるような、悩まし気な顔だ。彼女たちが議題にあげている文言……今朝届いた封書に記されていた文言に、何か人物像に対する手掛かりがあるのではないか、と調べていたらしいが、どうやら不発のようだ。封蝋のスタンプも印も何もないものでは、調べようもないらしい。決してランクは高くないとは言え、サーヴァントたるクロの【千里眼】に捉えられなかったとなると、相当な人物であるということは伺い知れる。アリスに助力を仰いだのも、それが理由だ。

 「“ダイヤモンドはなんとやら”、だとそのまんまですよね」

 (さぁ。詩的表現の解釈、というのは中々難儀だからね。案外、そのまんまの意味だったりするかもしれないし、それを踏まえてのダブルミーニングだったりするかもしれない)

やれやれ、というように、ダ・ヴィンチは肩を竦めている。万事に通ずる才気とは言え、なべて物事を容易く見通せるというわけではないらしい。

 (人員についてはリツカから見てどう?)

 (いいと思うよ。マシュとはフレンド契約、結んでるんだよね)

 「はい、一応」

 (それでも、有事の際にマシュ1人でトウマ君を守り切れるかはわからないしね。キャスタークラスのバックアップの有無はやっぱり大きいし)

 「ありがとうございます」

 思わず、トウマは画面に向かって頭を下げてしまった。日本人気質らしい振舞であろう。まだ慣れない様子のダ・ヴィンチは、怪訝そうな顔で、トウマの頭頂部を眺めることになった。

 (オッケー、じゃあこっちの問題はこれでクリアだ)何かあるかな、と確認するように、ダ・ヴィンチの視線が左右に動く。トウマは首を横に振ってそれに応え、リツカは(ないでーす)と温和そうに返事をした。(じゃあ、これは後でロマンに報告しておくよ)

 (じゃあ、次に移ろうか。資料、もう目を通した?)

 一応は、と心もとなく応えるトウマ。リツカも僅かに頷いただけだけれど、彼女はちゃんと頭の中に入っているらしい。

 資料、とはいうものの、実のところ、一部作成したのはトウマだったりする。端的に言えば、あの人狼に関しての情報のあらましだ。それに加えて、リツカたちの蒐集した情報を総合したものが、件の資料ということになる。羅列するならば、おおよそ以下の概要になりだろう。

 

 1.敵の能力(出現条件なども含む)

 2.出現予測マップ

 3.人狼の真名に関すると思しき情報群

 4.その他(1、2を踏まえて取りうべき戦術)

 

 1に関してはトウマの情報供与によって作成されたもののため熟知しているが、2以降に関しては、しっかり頭にインプットしているわけではない。2はモリアーティ教授が、3はライネスとリツカの作で、4は1~3を総合して、トウマの提案をベースにリツカがブラッシュアップしたもの……といった形だ。

 (今更だけど、敵の戦力を測定するのが、今回の作戦の戦術目標といっていい。局地的な戦術的勝利に拘る必要は、特にない)

 リツカの言う通り、今回の目的はあくまで、敵の能力がこちらの予測通りのものか見定めることそのものにある。トウマからすれば、こちらで戦域設定できるこの状況、リツカなら多分、あの人狼を撃破することも可能なようにも思える。けれど、彼女のスタイルからして、それはできないのだろう。彼女は、基本的に十二分に勝てると踏んだ戦いしかしない。指揮官として、当然だが重要な素質だ。

 戦いを有利に進めるには、こちらで戦域を設定し、想定通りの推移で戦闘を進めていくことが肝要だ。要するに、ある種の管理能力が必用、というわけだ。これも当たり前の話だけれど、思い通りに戦闘を管理するのは容易なことではない。たとえば、オケアノス。神代の英霊を相手に、ライネスとリツカはほぼ優位に戦いを進めていたのは、戦況の推移をうまく管理しきれたことによる。ヘラクレスの最後の宝具こそ予想外だったものの、素早く立て直しを図って即自全滅を免れたのは、リツカの判断によるところが大きかった……と、思う。

マシュも、クロも、ライネスも、それぞれサーヴァントとして優秀なことは違いない。だが、リツカがいることの安心感は、また別種のものだ。

 (基本的には、金時は呼び水になってもらいながら、私の直掩に。ライネスちゃんとリンちゃんには、バックアップに回ってもらおうかと思う。教授はまぁ居ても仕方ないからアレだけど)

 「モリアーティ教授、本当にサーヴァントなんすかね」

 (私に普通に殴り負けるくらいのサーヴァントではある)

 (試してておハーブ)さりげなく、リツカの口調が感染っているダ・ヴィンチである。

 生身の人間に殴り負けるサーヴァントってどうなのだろう。色々不安に思いつつも、原作でもちらほらそういう例はあったな、と思い返すトウマである。神代の魔女も中国拳法にボコられていたし、偏屈な童話作家も多分、似たようなものだ。

 (万事が想定通り行くかどうかは不明だけれど、まぁしくじったら、みんなで赤っ恥をかいて終わりってことで)

 ね、と小首を傾げて見せる。明らかに、リツカの視線は、トウマを見ている。映像でのミーティングとなると、直観的には視線誘導などわからないのだけれども。思わず、トウマは大きく頷いてしまっていた。

 (一応質問なんだけど)手元の資料を眺めながら、ダ・ヴィンチ。(リスクヘッジを考えたらライネス君でもいいかと思うけど)

 (もちろんそうだけど、効果を考えたらサーヴァントと人間、と言う方が再現性は高いと思ってね。あと一応、私も頑丈だから)

 (了解、こっちは大丈夫。タチバナ君からは?)

 「一応なんですけど、来るときは上から来るかもしれないので。ただ可能性、というだけなので、先入観になっちゃうかもですが」

 (お、了解。気を付けておく)

 後は特に、と示すように、トウマは頭を下げた。ダ・ヴィンチも頷いて了解を示してから、思い出したように言った。(あーそうそう)

 (追加の情報。ジキル氏の邸宅で見つかった書き残しについて。ハイド邸で待っている、って奴だね。筆跡鑑定にかけたが、ジキル氏のものであってジキル氏のものではない……という結果だった。ジキル氏のものに酷似しているが、やや単語が斜めに傾く傾向があったとのことだ)

 幾分逡巡してから、リツカは困惑したように眉を顰めた。(ハイドが書いた、ってこと?)

 そうして口にしてから、彼女は思い出したように、付け加えた。

 (ジキルとハイド事件の中に、ハイド氏がジキル氏の筆跡を真似て、友人を騙そうとした出来事があってね。その際の特徴は、やや文字が斜めになっていたんだよ)

 明らかに、トウマに対しての情報提供だろう。実際、まだまだ近現代の事件には手が及んでいない。その上、彼が元居た世界の『ジキル氏とハイド氏』については、ほぼほぼ無知だった。

 「何か、問題なんですか?」言ってから、トウマはふと朧げに感じたことが多分問題なんだろう、と自覚した。「今まで、ハイド氏については一切今回の件に絡んできていないですよね」

 (その通り。ジキル氏と言えば、ハイドに変身することが有名だ。でも、今回の特異点に限り、本来分裂しているはずの2人が共同していて、ハイド氏は極力表に出ないようにしていたと聞いていたけれど)

 「でも、その隠し情報はハイド氏の時の邸宅を示していたんですよね。なら、ジキル氏にも知らない情報があるということでは」

 (そうとも言える。でも、ちょっと懸念がある。資料の3、134ページを見て欲しいんだけど)

 言われて、トウマは空中投影されたエアディスプレイの内の一つ、資料が表示されたそれに手を伸ばした。

 タッチスクリーン式のタブレットのように、指の動きに反応して画面が切り替わる。リツカの指定したページを開くと、古めかしい本の写しと注釈が並んでいる。

 (今回重要な資料と黙している『秘密を見守る者たち』、24ページからの抜粋だ。

 敵と思しき幻想種の特性の中に、“敵の精神構造を吸収・同化する”とある。方法までは書いていないが、それに関して今はいい。可能性として、あの人狼はジキル氏ないしハイド氏の精神構造を奪取、それをもとにトラップをしかけた可能性が、あるんじゃないかと思ってね)

 「考えすぎじゃあ、ありませんか」信じがたい、というように言ってから、トウマは不快げに眉を顰めて、独語めいた言葉を残した。「でも可能性はあるのか」

 (そう。可能性としてある以上、考慮はした方が良い。元から罠の可能性はあったわけだし、なお、警戒する必要がでてきたってワケ。それとダ・ヴィンチちゃんに頼みたいことがあるんだけど)

 (住所とマップの位置関係だろ? 了解、この実験試験が終わるまでには出しておく。他にある?)

 いやないよ、とリツカが応えて、この話は終わりだった。引いては、このミーティングそのものの終了、ということでもある。再度、互いに心残りがないことを確認し終えてから、トウマは、ベッドの上に置いた通信端末を手に取った。タッチスクリーン式の、スマートフォンを思わせる端末をベッドに放り出したウェストポーチに押し込むと、ふう、と息を吐いた。

 ベッドに座り込んだまま、壁に身を預ける。頭上の窓には、まだカツンカツン、と雨音が響いていた。視野投影されたディスプレイには、現時刻が表示されている。

 AM10:28

 14時に予定されている会合の場所は、ホワイトチャペルメインストリートの先、教会近くのカフェショップということになっている。そこまで、徒歩およそ10分。早めに着くことも考えれば。13時30分にはここを出る予定だろう。逆算すれば、それまでに下準備をしなければならないことになる……。

 ……彼は、あまり頭がいいわけではない。明晰且つ端的に思考する、という能力に突出しているわけでは、ない。残念ながらその能力がないので、トウマはそれに最適な能力を持つ人物に頼ることにした。

 パスを介した念話と、要領は同じだ。頭の中にその人物を思い浮かべ、繋がりを実感する。その後、頭の中のイメージに対して、直接語り掛ける、というプロセスだ。

 「マシュ、今どこ?」

 (あ、はい。マシュです)

 ワンテンポ遅れて、マシュの返答が帰ってきた。フレンド契約……正式にマスターがいるサーヴァントと、一時的ながら正式な形で契約を結ぶ手法だ。一画のみとは言え、令呪すら使用可能という。そのパスを介して、トウマから念話を送ったのは今回が初めてだ。

 「ちょっと相談が」

 (えっと、近くの公園に。帰ります)

 「いや、いいよ。あそこ?」

 (はい、角の)

 こちらから出向く旨を伝えると、トウマはすぐに立ち上がった。極地戦用の制服に着替え、ややぼさついた髪に手櫛を入れる。ベルトにポーチのカラビナをひっかけてから左右どちらも既定の物が入っているのを確認。折り畳み傘を手に取ると、玄関へ向かった。

 廊下を歩いて階段へ。ことこと、と小気味良く段を降りていく。塗装の剥がれた玄関のドアを開けると、トウマは怪訝そうに空を見上げた。

 能面のような雲が、空に堆積している。能面と異なるところがあるとすれば、色だろうか。淡く白い能面に対して、黒々とした分厚い雲は、どうしようもなく陰鬱さを感じさせる。であれば、降りしきる雨は、なんだろうか。地球に堆積した老廃物を吐き出す、糞尿のような、ものであろうか。

 折り畳み傘を開く。取っ手部分のボタンを押すと、たちまちワンタッチで開いていく黒いビニールの傘。どつんどつん、と鈍くビニールの幕を叩く音が手まで響いてくるようだ。不定のリズムから感じたのは、心地よさだったか、それとも不快だったか。その中間のような感情がどうにも気分悪い。紛らわせるように「ちょっと行ってきます」と賃貸住宅の中に声をかける。窓辺から顔を出した、見知った相棒が手を挙げて応えると、トウマは走り出した。

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